⒌疫病の流行
数ヶ月後、ロレーヌ地方に危機が訪れた。
なんと、原因不明の疫病が流行したのだ。
衛生管理が強化され、町の人々は極力外出を控えるようになった。
しかしこの病は、一度治っても再感染するという厄介な性質を持ち、町の経済は瞬く間に深刻な打撃を受けた。
ヴェラリアの父・ノルマンは、事態が広がる前に王宮へ陳情書を送っていた。
王宮では、それをもとに疫病の分析と治癒法の研究が急ピッチで進められたという。
そしてこのたび、有効とされる新たな治癒魔術が開発され、現地での検証のために魔術師が派遣されることとなった。
そして、何の因果か、ロレーヌへと派遣されてきたのは、他でもないアーキルだった。
今回の治癒魔術の開発者も、彼である。
効果を直接確かめるため、彼自身が領地まで直々にやって来たのだった。
「アーキル殿、本当にありがとうございます」
「ノルマン卿、まだ治癒はこれからです。ひとまず重病者から診ていきましょう。」
ロレーヌ領内にある、さほど大きくない病院は、患者でごった返し、ベッドに空きはない。
ヴェラリアはその病院で、患者の誘導や、実務の手伝いをしていた。そこへアーキルが登場したものだから、それはもう驚いた。
ちょうど案内していたご婦人を、椅子に座らせたところだった。
「ありがとうねぇ」
「いえ、そんな。もう少しだけお待ちくださいね。」
少しでも不安がやわらぐように、優しく微笑んで、その場を離れ、父とアーキルの方へ歩き出す。
「ヴェラリア、こちらは王宮魔術師の…」
「君がなぜ…危険だろう。」
「大丈夫ですよ。危険なのはどこにいても同じ。それなら何か動いた方がいいでしょう。」
別に奉仕の精神があってここにいるわけではない。でも、普段よくしてくれている領民の皆が苦しんでいるのに、何もしないのは憚られた。
「あー…なんだ、知っていたのか。」
父が私たちを交互に見遣る。
アーキルは小さくため息を吐いて、ヴェラリアの顔を見た。
「ヴェラリア嬢、これから新しい治癒魔術を試すんだ。一緒に来てくれる?」
その声音は、まるで上司の命令のようだった。
ヴェラリアは一瞬だけ驚き、けれどすぐに背筋を伸ばして答えた。
「はい」
そうして三人は、重病者が横たわる部屋へと向かっていった。