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⒉冷たい言葉

とんでもない顔ぶれの中に入って、ヴェラリアの緊張は限界に達していた。

(気楽なんて無理…あ、なんか足震えてきた…)


気のせいではなく本当に腰から下に力が入らなくなってきた。更には変な汗まで額に滲み出す。

このままでは王族と高貴な方々の前で醜態を晒してしまう。それだけは避けたい。でも何を言ってこの場を離れたらいいのか分からない。


その異変に気づいたのは、アーキルだった。

「ヴェラリア嬢、よければ彼方で少し風にあたってきては…」

その言葉に王太子殿下とエマ嬢がヴェラリアを見遣って、彼女の様子がおかしい事に漸く気付いた。そして、何か思い当たったような表情を浮かべたエマ嬢が――

「アーキル、一緒に行って差し上げては?彼女ひとりでは心配だわ、顔色もとても悪いし。」

(そんなの、迷惑に決まってる!ぜったい断られ…)

「いいですよ。」

即答で答えてくれた魔術師様は、そっと触れるか触れないかの距離感で手の添え、私をバルコニーの方へ誘導してくれた。


バルコニーには小さな腰掛けがあり、そこに座って深く深呼吸をした。冷たい夜風にあたり、少し落ち着きを取り戻す。その様子を見て、アーキルは少し口元を緩めて悪戯っぽい笑顔を向けてきた。

「落ち着いた?緊張するよね〜、俺もいまだに身体固まっちゃうもん。はい、これ使って。」

そう言って差し出された手には、綺麗に畳まれたハンカチが乗っていた。

「あ、ありがとうございます。」

最高位の魔術師殿は、意外と気さくな人だった。偉ぶった態度も、貴族特有の固い話し方もなく、まるで最初から知り合いだったかのような空気を作りだしてくれ、ヴェラリアは緊張が解れるのを感じた。


空には月が昇り、バルコニーに涼しい風が吹き抜けていた。そこから庭園が見えるので、ヴェラリアは腰を上げて、手すりに体を少し預けながら景色を眺めた。

ちょうど薔薇が咲く季節で、眼下に広がる庭園はそれは見事なものだった。

(月明かりの下の薔薇園…なんて幻想的…)

自然と言葉が出た。

「綺麗…」

ふわりと風が吹き、ヴェラリアの髪を優しく揺らした。

「本当だ。」

そう相槌を打ったアーキルの横顔は陶器のような肌に、整った顔立ち。この世にこんな美しい人がいるのかと、ヴェラリアは驚愕した。と同時に高位魔術師様を独占してはいけない、と我に返って会場に戻ってもらおうと焦る。


「私はもう大丈夫ですよ。気づいてくださって、ハンカチまで、ありがとうございました。」

ペコリとお礼のお辞儀をすると、意外だな、という顔になってアーキルがこちらを見つめる。

「俺と…一緒は嫌?」

(えぇ、なんでそうなる⁈)

予想外の返答にどうしようと困っていると、アーキルは吹き出して笑った。

「ごめん!俺の周りって取り入ろうとする奴が多いから。ちょっと揶揄っちゃった。」

その言葉に、ヴェラリアは悟った。

地位の高い人も、それはそれで悩みがある。身分や地位で苦しむ世界ーーそれが貴族社会なのだろう。


なにか気の利いた言葉はないか考えていたとき、それまでの和やかな空気が嘘のような、冷たい言葉が彼の口からこぼれた。


「…俺、人のこと信用しないんだよね。」


アーキルの周りの空気が、急激に冷えた気がした。

その突然の拒絶に、ヴェラリアは言葉を失う。ついさっきまで優しくされたせいか、ほんの少しだけ…小さな痛みを覚えた。


「そう…ですか。」


私も分かりますよ〜なんて共感の言葉は却って良くない気がして、そう返事するのが精一杯だった。


こんな時、巷のロマンス小説の主人公は、気の利いた言葉を紡いでイケメンの心をガシッと掴むのだろう。


(私は平凡だから、無理だわ…)


ヴェラリアは自分に自信がない。父親は優秀で平民から貴族の爵位を貰うほどの人物。その血を引いた弟がこれまた優秀で、父の仕事を手伝いよく褒められている。母は貴族社会には合わないと、領地で良き妻、良き母として父と弟の生活を支えている。


私は本当に何もないのだ。

謙遜しているわけではない。多少見た目は整っているが、先ほどのエマ嬢を見た後では月とスッポン。

頭は悪くないが、領地経営を手伝うほどの能力はないし。母のように家庭的かと言われればそうでもないし。

とにかく一般人の中の一般人なのだ。


そして彼女はシンプルに返答することを選んだ。


「良いと思います。」


アーキルの視線がこちらに向いたのが分かる。

(まずいかな、でもいっか。元々どうにかなろうなんて畏れ多いこと、期待してないし。)


「誰かを信じて生きても、そうでなくても、自由ですよ。」



返事はなかった。代わりに、「冷えるから」と会場内に戻り、その後別れた。


私は結局、いい相手を見つけることができず、帰りの馬車に乗り込んだ。





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