⒈出会い
煌びやかなシャンデリア、
重厚な装飾が施されたカーテン。
高価な宝石をいくつも身につけた貴族の令嬢たちは、まるで自分こそが物語の主人公であるかのように微笑んでいる。
そんな中、内心ビクビクしながらも表情は冷静を装うひとりの少女がいた。
(う…覚悟はしてたけど、こんな人達と私うまく交流できるのかな…)
彼女の名はヴェラリア・ロレーヌ、18歳。
実家は男爵位だが、もとは平民。
父が大変仕事のできる人で、私たちが住んでいたロレーヌ領の前男爵と長く共に働いていた。しかし前男爵は魔術の研究に没頭していたため、実質的に領地経営をしていたのは父だった。後継者もいなかったことから、父がその名と領地を引き継いだ。
まだ男爵になってから5年。社交界では名乗るたびに、「ああ、あの成り上がりの…」といった嘲りの言葉と視線を向けられる。それが嫌で極力パーティは避けてきたのだが…
(私もそろそろ本気で結婚相手を見つけなきゃ…)
王家が主催する今回のパーティは、王宮付き魔術師たちを労うための懇親会。だがそれは建前で、実際は彼らの"結婚相手探し"、が目的だろう。
父は「仕事が立て込んでいる」との理由で、私を代理で出席させたのは、いい男を捕まえてこい、という暗黙のメッセージだ。
会場を見渡すと、適齢期の貴族子息・令嬢が山ほどいる。知り合いもほぼいない中、人の輪の中に飛び込むのはいつだって勇気がいる。
ヴェラリアはひとつ、深呼吸をして覚悟を決めた。
(よし、いくぞ!)
「あら?あなた、見かけない顔ね?」
勇んだ気持ちは、その柔らかな声音に見事にくじかれた。
振り返るとピンクブロンドに金の瞳の美しい女性が立っていた。
身なりや仕草から明らかに高位の貴族であると見て取れた。ヴェラリアは慌てて一礼した。
「はじめまして。ロレーヌ男爵家の娘、ヴェラリアと申します」
「ああ、貴女が…」
(出た…また成り上がりを微笑われるんだわ…)
「こんな可憐な方だったのね。私はエマ・カタリエルよ。」
(え、可憐って私が?というか、カタリエル…って)
その名前にヴェラリアはハッと気づいて顔をあげる。そこにはニコッと柔らかく微笑む天使がいた。
(まっ、眩しい!)
「お、お見受けしたところ……王太子殿下の婚約者様ですね。申し訳ありません、このような場に不慣れで…」
「あらいいのよ、今日は皆さんが主役。わたし、恋のキューピッドに憧れててね」
(ん?)
「会場でひとり困ってるあなたを見て、決めたの!」
(やな予感…)
「あなたの縁談、手伝わせて頂戴!さあ、こちらへ!」
半ば強引に手を引かれて、会場のど真ん中をぐんぐん突き進んでいく。その勢いと気品に周囲の視線が一斉に注がれている。
だがエマはそんな視線などまるで気にする様子はなく、歩いていく。
その先に居たのは…この会場内でより一層眩しい方々だった。
(まってまってまって、まてまてまて)
カタリエルは公爵家、さらにエマ嬢は王太子リチャードの婚約者。そんな彼女の手を振り払うことなど、できるはずもない。
ついに足を止めたそこは、煌びやかな舞踏会ホールのど真ん中。その眩しさは先ほどの比ではない。
(え、ライト当たってる?)と思うほど輝くオーラを放つ数人の輪の中に、私は連れて来られたのだ。
「殿下」
そうエマが甘く声をかけると、輪の中心にいた人物がこちらを見た。
「おや私の可愛いエマ。…そちらのお嬢さんは?」
「さっき知り合ったの。さあ、ヴェラリア」
そう言ってこちらにウインクしてくる天使が、今は悪魔に見える。
観念して姿勢を正し、深々とカーテシーをした。
「ロレーヌ男爵家の娘、ヴェラリアと申します。王太子殿下にお目通り叶い、光栄に存じます」
「ありがとう、今日は気楽にしてくれ。そうだ、彼を紹介しよう。」
そう言うと、王太子殿下は傍らのひとりの男に視線を向けた。その男はあ、僕ですか?というような仕草をして一歩前に出て名乗った。
「どうも、アーキルです。アーキル・ダシオン。」
チャコールグレーにほんのり紫を帯びた髪色に、銀色の瞳の彼は王宮魔術師の衣装をまとい、その袖口には、最高位の証――深紫の刺繍がちらりと覗いていた。