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幼女の巣立ち(2)

 睨み合う二人だったが、そこでドライが一度、冷笑を浮かべた。


「いいでしょう」


 そう言ったドライは、いつの間にか長杖を握っていた。


「く、空間魔法……」


 目を見開いて驚くメイ。ドライはさらに笑みを深める。


「あなたも空間魔法の使い手なのでしょう? でも、何もそれはあなたの専売特許じゃなくってよ? 特別にお稽古をつけてあげるわ」


「……それは光栄ですね」


 冷や汗を垂らしながらも不敵に笑ったメイの周囲に、無数のケーキ用のフォークが現れた。

 たぶん普段彼女が持ち歩いている物で一番攻撃力が高い武器がこれなのだろう。


「お嬢様からの顔踏み(ごほうび)を賭けて、勝負です!」


 絶対に負けられない戦いがそこにある――って、うっせーわ!


「いいかげんにしなさい!」


 今にも互いに飛び掛かろうとしている二人を一喝した。

 わたしの部屋で変な物賭けて争ってんじゃないわよ、まったく!


「これ以上ここで争うなら、二人とも今後この部屋への出入りは禁止するわ」


「も、申し訳ございません、お嬢様……」


 叱られた二人は、揃ってわたしに頭を下げるのだが、その顔はどこか恍惚としていた。

 二人して、「お嬢様に叱っていただいたわ……」だとか「怒ったお嬢様も素敵!」だとかほざいているので、たぶんまったく反省はしていない。


 でも、いいわ。もともと反省なんて求めてないし、反省してもこいつらの本質が変わるとも思っていない。

 とりあえずくだらない争いをやめてくれたらそれでいい。


「とにかくお勉強はもうおしまい。ちょっと休憩するから出て行ってちょうだい」


「休憩ということでしたら、お茶をお淹れしましょう」

「私も魔法の他にヴァイオリンを嗜んでいますので、一曲いかがでしょうか?」


 なんとか退室を回避しようと必死の抵抗を試みる二人の背中を押して、部屋から閉め出す。

 そして、扉を閉め切ってしまう前に、扉の隙間から顔だけ出して、メイに声をかけた。


「ねえ、メイ。手紙、届いてなかった?」


 わたしは何もドライの授業が退屈だから溜め息をついていたわけではない。

 そろそろ届いてもいいはずの一通の手紙。それを思って溜め息をついていたのだ。


「あ、そうでした」


 わたしから手紙のことを聞かれたメイは、何もない空間から一通の手紙を取り出した。


「お嬢様あてに、ついさきほど届いたばかりのお手紙でございます」


 こいつ完全に忘れてやがったな。この言い振りだと、昨日には届いていたはずだ。

 しかし、今のわたしは機嫌がいい。手紙が届いた嬉しさが勝っているのだ。


「ありがとう!」


 メイにお礼を言って、これ以上の問答を拒絶するようにバタンと扉を閉めると、わたしは笑顔を浮かべて受け取った手紙を抱きしめた。

 差出人はレオンハルト=シーラン。

 わたしのお誕生会のときに出会った、この国の王太子の次男坊だ。


「お嬢様あてにお手紙? どなたからです?」

「お嬢様に横恋慕する不逞の輩からです」

「それは聞き捨てなりませんね」

「ええ。軍を動かすわけにはまいりませんか?」

「検討しておきましょう」


 扉の向こう側からそんな不穏な会話が聞こえてきたが、無視をした。

 とにかく今は早くレオンからの手紙を読みたくて仕方がなかった。


 わたしとレオンは文通を始めていた。

 この世界には電話もインターネットもない。一応、都市間通信用の魔道具なんかはあるみたいだけど、私的に利用することなんてもちろんできない。

 そういうわけで、遠く離れた相手と連絡を取ろうとすると、その手段は必然的に手紙ということになる。


 わたしが書いた手紙は一週間かけて王都へ届き、レオンが書いた返事は一週間かけてわたしの元に帰って来る。

 メッセージを送れば秒で既読が付いて、その次の瞬間にはレスが返って来る。そんなやりとりに慣れていたわたしからすれば、文通は手間も時間もかかるし、とても焦れったい。


 でも、この手間や時間がきっとよかったんだと思う。

 手紙を書くときはずっと相手のことを考えているし、手紙を待つ間もずっと相手のことを考えている。

 贈る言葉も受け取る言葉も、手間と時間がかかっている分、一つひとつが重たいのだ。


 そんなことを考えながら、わたしは待ちに待ったレオンからの手紙を開く。

 王家の封蝋を丁寧に剥がすと、封筒の中にはあの日のわたしのドレスと同じような空色の便箋が一枚入っている。

 わたしはゆっくりと便箋を開き、そこに綴られた言葉に目を落とす。


 春の風が吹き始め、王都の桜はいよいよ芽吹き始めている。

 入学式のときには、満開となった桜が君を迎えるだろう。

 私も桜と同じく、春と君の訪れを待っている。


 たったそれだけ。

 八歳の男の子が精一杯の背伸びをして書いた詩的な文章。

 でも、たったのそれだけが、嬉しくてたまらない。

 わたしは、手紙の最後に描かれた彼の署名に、そっと口づけを落とした。


 え? キモいって? まあ、そうよね。正直、自分でもちょっと引いている。

 でもいいの。わたしは今、最強の美幼女なんだから、きっと許される。


「ああ、待ち遠しいなあ」


 お父様とお母様と離れて暮らすことになるのは寂しいし、不安もあるけど、そんな寂しさや不安を吹き飛ばすほどの楽しいことや嬉しいことがきっとわたしを待っている。


 シーラン王立学院初等部の入学まであとひと月。

 開け放った窓からは、春の香りをのせた風が吹き込んできていた。

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