聖女の再誕(2)
これは賭けだ。
失敗すれば、わたしは死ぬ。お母様もお父様も、レオンも、リシュテンガルドのみんなもただでは済まないかもしれない。
でも、わたしはすべてを望んだから、何も失わない道を選ぶのだから、わたしはわたしの全部をベットする。
最後の最後に物を言うのは度胸だ。喪女のメンタル、舐めると痛い目に遭うんだからね!
「ごめんね、レオン。ちょっとだけ大目に見て」
レオンに向けて微笑んで、わたしは虚ろな瞳から涙を流し続けている男の子をぎゅっと抱きしめた。
「リーゼ! 何をしてるんだ!?」
「大丈夫だよ、レオン。きっとうまくいくから。わたし、がんばるから、見守ってて」
きっとうまくいく。
わたしは自分自身に言い聞かせるようにもう一度そう呟いて、持てる力のすべてを解放した。
さあ、禁術『軍団召喚』を発動させよう。
男の子を中心に、紫色の光が広がった。大規模な魔法陣が展開されたのだ。
いよいよだ……いよいよ始まるんだ。
「行っけえぇぇぇえッ!」
お腹の底にぐっと力を込めて、雄叫びとともに、ありったけの魔力を放出した。
ぐいっと内臓を引っ張られるような感覚とともに、わたしの中の魔力が持っていかれる。
あっという間にわたしの魔力は空っぽになるが、それに負けじと、わたしの奥にあるはずの力を捻り出す。
「うわあぁぁぁああ!」
脳みそも心臓も鷲掴みにされたように痛む。手も足も首も今にも千切れ飛びそうだ。
そんな痛みを叫び声を上げて誤魔化して、途切れることなくひたすらに魔力を注ぎ込む。
高密度の魔力が白い光となって立ち昇り、天幕が吹き飛んだ。
周囲で響いていた戦の喧噪が止んだ。みんなが武器を持つ手を止めて、不思議そうに、あるいは、呆気にとられてこちらを見ている。
よかった。まだみんな立っている。みんな、まだ生きている。わたしの考えは間違っていなかったんだ。
「リーゼ! 何してるんだ!」
「来ないで!」
慌ててわたしに手を伸ばそうとしたレオンを、力いっぱい拒絶した。
「今、わたしに触っちゃ……だめ……」
わたしの狙いは、わたしだけの力で禁術『軍団召喚』の発動に必要なエネルギーの全てを充填すること。
そのためにわたしは、神から授けられた力『増強』を使って、術者である幼い皇子にわたしのありったけの力を注ぎ込んでいるのだ。
発動陣が供物陣を持つ人たちの力を吸い始める前に、わたしだけの力で禁術を発動させてやるんだ。
大丈夫。わたしには神の贈り物が二つもあるんだから。
でも、今、レオンがわたしに触れてしまうと、レオンまで巻き込んでしまう。
レオンの力を吸って、それを使ってしまう。
「わたしは……大丈夫、だから……レオンはここに、誰も……近づかないようにして……」
敵に邪魔されて、わたしの魔力供給が途絶えれば、術者であり生贄でもあるこの男の子はあっという間に死んでしまうだろう。
誰にも邪魔されるわけにはいかないんだ。
「シーツ殿、頼めるだろうか?」
「承知いたしました」
レオンが傍らに立つシーツ爺にわたしの頼みをそのまま押し付けて、わたしに一歩だけ近づいた。
「なあ、リーゼ。もし俺がリーゼに触れたら、その術の邪魔をしてしまうのだろうか?」
「……そうだよ。だから、わたしに……触っちゃだめ」
「そうか」
そう呟いたレオンが、わたしの背中にそっと手を置いた。
「リーゼは嘘が下手だな」
背中に添えられた手を通して、レオンの温かな魔力がわたしへと流れ込んでくる。
「だ、だめだよ! すぐに手を離して!」
「嫌だ。リーゼが頑張っているのに、それを見ているだけなんて、俺は嫌だ」
「ばか……」
レオンはばかだ。こんなことしたら死んじゃうかもしれないのに。
わたしがこうしてがんばっているのは、お母様のため、お父様のため、この国のすべての人たちのため、知らずに生贄にされようとしている人たちのため。そして何より、レオンのためなのに。
これじゃあ、全然意味ないじゃない……
でも――
レオンのおかげで、痛みも苦しみも和らいだ気がする。レオンがわたしを支えてくれているんだ。
あと少し、あともう少しだけ、わたしが命を燃やせば、きっと全部上手くいくはず!
「お嬢様!」
わたしがもう一度最後の力を振り絞ろうとしたところに飛び込んで来たのはメイだった。
「奥様は無事です! 無事、救出いたしました! ですから、お嬢様がこれ以上無理される必要はありません!」
悲痛な顔をして、叫ぶように報告するメイ。
それはわたしにとって何よりの報せだった。
「ありがと。ありがとね……メイ」
嬉しい。お母様が無事で本当に嬉しい。
なんだかまた一段と力が湧いてきた。メイががんばってくれたんだ。だったらわたしもがんばらくちゃ。
「お嬢様!」
「大丈夫。ちょっと、そこで……見てて。メイには……この後、頼みたいことが……あるんだから……」
さあ、行くよ、わたし。
失敗は絶対に許されない。失敗すれば、この子もわたしも、レオンも死ぬ。そして、帝国軍が召喚されて、この国のみんなも死んでしまうかもしれない。
でも大丈夫。絶対にうまくいく。
わたしにはみんながついている。レオンがわたしを支えてくれている。
「わたしがみんなを守るんだから!」
天へと向けて誓いを叫ぶと、辺り一面は紫色の光に包まれた。
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