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幼女と戦争(13)

 重たい一撃を受け止めると、骨が軋む音が聞こえた。

 じっとりとした汗に濡れた額には髪が纏わりつき、緊張感のせいで喉はカラカラに乾いている。


 エリアスは焦っていた。


 突如として現れた帝国将軍を騙る男。

 当初は、即座に制圧して、リーゼロッテの元へと向かうつもりだった。

 それが現状はどうだ。シーラン王国最強と称されるエリアスが足止めを食っているのだ。

 いや、足止めという言葉は適切ではないのかもしれない。

 その戦いは、誰がどう見ても、エリアスが押されていた。


「なんだ、シーラン王国最強ってのもこんな程度か? こりゃ、わざわざ全軍投入する必要なんてなかったか」


「どうして……」


 エリアスの問いは自問のようなものだった。

 エリアスはこれまで相手が誰であろうと、どれだけいようと、戦闘において遅れをとったことは一度もない。

 天賦とも言えるほどの剣の才と天賦そのものである神の贈り物(ギフト)増強(リインフォース)』が彼を最強たらしめていたのだ。

 そんな自分が圧倒されている。その事実が彼を動揺させていた。


「もう飽きてきたし、終わらせるか?」


 そう言って剣を構えたマルコは相変わらず隙だらけだ。だが、それはフェイク。

 その隙だらけの構えから繰り出される圧倒的なスピードと破壊的な力に、エリアスはずっと苦戦を強いられているのだ。


「冥土の土産にアンタの敗因を教えといてやるよ」


 真っ直ぐと強引に突き進み、力任せに大剣を振り下ろす。

 マルコは先ほどからそればかりを繰り返している。

 しかし、ただそれだけが、どうしても防げない。


「自分だけが神に愛されてるっていう思い上がりがアンタの敗因だ!」


 大地を砕く剣撃がエリアスを襲う。

 避けるにはその剣は速すぎる。

 受けるにその剣は重すぎる。

 エリアスに打つ手はない。もはや絶対絶命だった。


 そして、その剣は実際に大地を砕き、勝利を確信したマルコが笑みを浮かべた。

 しかし、ぐちゃぐちゃの肉片になっているはずのエリアスの姿は、そこになかった。


「差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ございません」


「……いや、助かったよ、メイ」


 傍で恭しく頭を下げるメイに、エリアスは礼を言った。

 マルコの剣がエリアスを砕こうとしたまさにそのとき、間一髪、メイが助けに入ったのだ。


 本来であれば、エリアスに助け舟を出すなど、不敬極まりないことではあるが、あのままでは、エリアスは死なないまでも、決してただでは済まなかっただろう。

 自分など後でいかように咎められても構わない。主君の命よりも優先させるものはない。それがメイの判断だった。


「旦那様にご報告があって参りました」


 メイが頭を下げたままそう言った。

 エリアスはそれだけで全てを察した。

 マーガレットの救出に向かったメイが今ここに姿を現したということは、つまりそういうことだ。

 それはエリアスが何よりも待ち望んだ知らせだった。


「ありがとう……メイ」


「それがお嬢様から私に与えられた使命でございますので」


 使命――メイが口にしたその言葉にエリアスははっと息を飲んだ。

 エリアスはこの短い期間で最愛の娘と妻を相次いで攫われた。

 リーゼロッテを取り戻したときに、二度とこのようなことがないよう、父として、夫として二人を守ることを誓ったにもかかわらず、すぐに妻を攫われるという体たらく。

 妻を守る。娘を守る。家族を守る。領民を守る。領地を、王国を守る――果たして、自分は自らに課された使命を果たせているのだろうか……


 エリアスは苛立っていた。怒ってもいた。

 しかしその怒りは、妻を攫った敵にでも、侵攻してきた帝国にでもなく、自身へと向けられたものだった。

 結局エリアスは、再び怒りに囚われてしまっていた。彼はそのことにようやく気づいたのだ。


「では、私はお嬢様の元へ報告へ上がります」


 そう言いながら一礼をするメイが、下げかけた頭をぴたりと止めた。


「それとも、お手伝いいたしましょうか?」


 それはあまりにも不敬な言葉だった。

 あろうことか、メイはエリアスに対して助力を申し出たのだ。それはエリアスのプライドを傷つける言葉だと言ってもいい。この場で首を刎ねられたとて文句は言えない。

 しかし、メイはそれだけの覚悟を持ってその言葉を口にした。


 エリアスは弱いのだ。

 メイの知るエリアスよりも圧倒的に弱い。生きる伝説とまで謳われた主人とは程遠い。

 

 エリアスにその事実に気付いてほしかったのだ。


「お願いするよ――と言いたいところだけど、大丈夫だ。ここはすぐに終わる」


 エリアスは不敵に笑った。メイの期待に応えるように。


「かしこまりました。では、旦那様も可及的速やかにお嬢様の元へ」


 エリアスの言葉に笑みを返したメイは、それだけ言い残して姿を消した。

 そしてエリアスは彼女がいた空間を眺めて溜息を一つ。


「まったく僕は情けないな……」


 怒りが剣を鈍らせることは知っていたはずなのに、またしても怒りに囚われてしまった。

 しかし、反省も後悔も後だ。今は、メイが寄せてくれた全幅の信頼に応えなければならない。


「中座して悪かったね。大事な報告を受けていたんだ」


「逃げ出さなくてよかったのか? 次はもう助けてくれるヤツはいねえんだろ?」


「助けならいるさ、いくらでもね」


 圧倒的な力を持つがゆえに忘れていた。自分はいつも助けられているのだ。

 仲間たちが決死の思いでマーガレットを救出してくれた。リーゼロッテはこの戦争を終わらせるべく奮闘している。レオンハルトはそんなリーゼロッテを身を挺して守ってくれている。

 そんな仲間たちにエリアスは報いなければならない。


 では、エリアスにできることは何か。それは極めて簡単な問いだ。

 圧倒的な力で敵を制圧する――結局はそれこそが、エリアスに与えられた使命なのだ。


 マルコは間違いなくギフト持ちだ。おそらくはエリアスと同じ『増強(リインフォース)』の力を授かっている。だからこそエリアスと対等以上に渡り合えていた。

 神に愛されているのはエリアス一人ではない。それは確かにマルコの言うとおりだ。しかし、神の愛には明確な序列がある。そしてエリアスは、最も神に愛された男の一人だ。


 勝負は一瞬のうちに終わった。

 剣を握りしめた腕がくるくると宙を舞う。


「降参して兵を引け」


 肘から先が斬り飛んだ腕を抑えて蹲るマルコに、エリアスが切っ先を向けた。


「殺せよ」


「君を殺して戦争が終わるならそうするよ」


「まあ、俺を殺しても、生かしておいても、どのみち戦争は終わらねえわな」


 もはやこの戦いにおいてマルコに勝ち目はない。そのような状況の中、マルコは歪な笑みを浮かべた。


「よかったな。アンタの嫁さん、助けられたんだろ? しかしよお、結局は死ぬんだ。アンタも! アンタの嫁さんも! アンタの娘も! みんなみんな死ぬんだ! ざまぁ!」


 彼らの足元に紫色の光が走り、マルコが哄笑する。

 それと同時に、マルコの首筋の魔法陣が脈打つように輝き始めた。


 確かにこの戦いの勝者はエリアスだった。

 しかし、戦争の大局を見たとき、その勝者はマルコの方だったのかもしれない。


 絶望のときが今始まろうとしていた。

まもなく完結です!

明日からは午前中1話の更新となります。よろしくお願いします!


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