幼女と戦争(9)
「状況はわかったわ。その空間魔法使いを探し出して、私と貴女で締め上げればいいのね?」
「ええ、おっしゃるとおりです」
戦場から離れた高台で、戦況を俯瞰するメイとドライ。
メイはドライに状況を説明しながらも、戦場の様子を具に観察していた。
「ところでドライ様は『亜空間干渉』をお使いになれますか?」
「まあ、あまり上手じゃないけどね」
亜空間干渉――それは他人が作った亜空間に干渉する魔法。
通常、亜空間同士は互いに干渉することはない。存在する次元がそれぞれ異なるからだ。
この性質を利用して作られたのが、空間魔法阻害結界である。
本来交わらない亜空間同士を無理矢理ぶつけて干渉させる。それは最上級とも言える高度な魔法であり、当然、使用できる者も極端に少ない。
シーラン王国では、ドライとサリィの二人だけ。空間魔法においては卓越した才能を見せるメイにもこの魔法は使えなかった。
しかし、それはやむを得ない面が多分にある。
亜空間干渉の使用には、空間魔法が使えることを前提条件として、さらに攻性魔法の素養が求められるのだ。つまり、攻撃の意思を持って空間魔法を使用することが必要だということだ。
しかし、空間魔法使いは空間魔法だけに特化した者がほとんどだ。基本的に空間魔法使いは空間魔法しか使えない。
ただでさえ使い手が少ない空間魔法。それに加えて攻性魔法の素養を持つ者など、魔法に愛されたごく一部の者のみだ。
「それを聞けて安心しました。私の考えた計画が実行できそうです」
「へえ、あなたが考えたの? じゃあ、言ってごらんなさい。それが実現可能かどうか、私が判断してあげるから」
ドライに言われるまでもなく、メイはそうするつもりだった。
そもそも計画を共有しなければ実行できないということはもちろんあるが、それ以前に、魔法師団長であるドライの判断を仰ぎたかったのだ。
「敵の空間魔法使いを、私の亜空間に捕えます」
メイの亜空間に、敵の空間魔法使い、そしてドライを取り込む。
そして、メイの亜空間の中で、敵の空間魔法使いの亜空間へとドライが侵入し、マーガレットを救出した上で脱出する。
ごくシンプルな作戦ではあるが、亜空間干渉を使えるドライがいて初めて成立する作戦でもあった。
「ちょ、ちょっと待って。てことは私、貴女の亜空間の中で敵の亜空間に干渉しなくちゃいけないってこと?」
そもそも他人の亜空間の中で、空間魔法を使うこと自体が亜空間干渉だ。
メイの言う計画では、ドライはメイの亜空間と敵の亜空間、この二つに同時に干渉しなければならないということになる。
「ねえ……それって、必ず貴女の亜空間の中でやらなきゃいけないの?」
ただ敵の亜空間だけに干渉すればいいというなら、簡単だとは言わないまでも、やってやれないことではない。
しかし、異なる二つの亜空間への同時干渉となれば話は別だ。ハードルがあまりにも高すぎる。
「もちろんです。敵の逃亡や反撃、護衛からの妨害。それらを防ぐためには、私の亜空間に閉じ込めてしまうのが一番です。もしかして――」
ずっと戦場を眺めていたメイが、視線をドライへと流した。
「できないんですか? 魔法師団の団長ともあろうお方が」
「バ、バッカ、で、で、で、できるわよ!」
「信じていいんですね?」
ドライの方へと向き直り、正面から眼差しを向けたメイの視線は驚くほど鋭い。
かつてリーゼロッテがまだリシュテンガルドと屋敷で過ごしていたころ、家庭教師とメイドという立場で戯れあっていたときの雰囲気などまるで感じられない。
「奥様の命と、お嬢様からの信頼がかかっているのです。失敗は絶対に許されません」
「ふん。そんなこと言われなくてもわかってるわよ」
不機嫌そうに鼻を鳴らしたドライ。
たかだかメイドにわかりきったことを説かれたことが面白くなかった。
ただその一方で、ドライはメイのその姿を頼もしくも感じていた。
「必ず成功させるわ。命を賭けてね」
「では、参りましょう」
「参りましょうって、貴女、敵の居場所知ってるの?」
「もう見つけました。空間魔法使いは臭いでわかります」
「え?」
メイの言葉に、ドライは思わず自分の体の臭いを嗅いだ。
ここ数日ずっと戦場に出突っ張りだったが、そう臭くはないと自分では思うのだが……
「何をしているのですか?」
「だって貴女が『空間魔法使いは臭いでわかる』なんて言うから……」
「その臭いではありません。空間魔法使いの周囲は空間が歪んでいるので見ればわかるということです」
メイは聞こえよがしにため息をつくと、やれやれと首を横に振った。
「あまり馬鹿なことを言って幻滅させるのはおやめください。こう見えて私、ドライ様のことを尊敬しているので」
「メイ……」
「でも、ドライ様はちゃんと臭いですよ。そこは安心してください」
「ちょ、ちょっと! 貴女ねえ!」
そう言ってドライがメイの肩を掴んだところで、空間がぐにゃりと歪んだ。
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