幼女と戦争(8)
レオンハルトが決死の覚悟で女剣士へと斬りかかっていったその少し前。
「厄介な相手ね……」
迫り来る無数の火球を爆風で弾き飛ばしながら、リシュテンガルド軍魔法師団団長ドライは独り言ちていた。
「あらぁ、アタシからのプレゼント、まだ受け取ってくれないの?」
目の前では、戦場に似つかわしくないほど露出の多い衣装を纏った女が、辺り構わず火球を撒き散らしている。
一つひとつは大した威力ではないのだが、とにかく厄介なのはその数だ。
一度に数百発。それを防いだかと思えばすぐにまた次の数百発。それが何度も何度も繰り返されるせいで、魔法師団は防戦一方となっていた。
これが殲滅戦ならば、広範囲爆撃魔法で一気に制圧できるのだが、今回は、主家である辺境伯家の当主婦人が人質にとられているため、将校クラスの者たちについては生け捕りが命じられている。
いや、それは言い訳だ。たとえ殺す気でかかったとしても、簡単に殺すことはできないだろう。下手を打てば、自分が殺されることだってあり得る。
目の前の敵は、王国最強を誇るリシュテンガルド軍、その片翼を担う魔法師団の団長をしてそう思わせるほどの手練れだった。
「魔法使い相手に畏れを抱くのはサリィ先輩以来ね」
ドライは、王立学院の一期上、当時から天才少女と騒がれていた先輩の顔を思い浮かべる。
サリィは紛れもない天才だった。初等部を卒業するころにはすでに全ての魔法を操るようになっており、後に『森羅万象』の二つ名を持つ大魔導士となった彼女は、剣を持たない魔法使いであるにもかかわらず、聖堂騎士十二座の首座にまで上り詰めた。
しかしドライは、自分の方が劣っているとは、少なくとも戦闘においてサリィに負けるとは思ってはいなかった。
サリィが全ての魔法を極めようとしたのに対し、ドライは一つの魔法のその威力を追求した。そうして『爆撃』の二つ名で呼ばれるようになったころ、王国最強、いや、世界最強と名高いリシュテンガルド辺境伯に認められたのだ。
「命令は生け捕りだから、生きてさえいればいいのよね?」
目の前の敵も紛れもなく天才だ。
詠唱短縮の技術、無尽蔵とも思える魔力。少なくともこの二点においてはドライを上回っていることは間違いないだろう。
それでも――
「ねえ、死んじゃダメよ」
いよいよ苛立ちも頂点に達したドライが長杖を高々と掲げた。
しかしそのとき、ドライの背後に突如として現れた影が二つ。
「お待ちください、ドライ様。それでは本当に殺してしまいますよ」
その声は、リシュテンガルド家使用人筆頭のシーツだ。
「お迎えに上がりました、ドライ様」
その隣には、お嬢様付き専属メイドのメイの姿もあった。
「シーツ殿、メイ……どうしてここへ?」
「ご説明は後ほど」
驚きを見せたドライが問うが、それに答える代わりにメイがドライの肩に手を振れる。
そうして二人は亜空間へと姿を消した。
「さて……」
残されたシーツは、一人静かに剣を抜いた。
⚫︎
「あら、今度はあなたがアタシの相手なの? ずいぶんお年を召されているようだけど大丈夫かしら?」
女が肢体をくねらせながら妖艶に笑うが、シーツはそれに冷たい笑みを返す。
「少なくとも貴女は私の相手ではありませんがね」
「チッ! 老害が! アンタ、剣士だろ。剣士が魔法使いに勝てると思ってんのか!」
シーツの言葉に態度を一変させた女が、闇雲に火球を撒き散らす。さながらそれは火山が噴火しているかのようだ。
しかし、女の言うとおり、実際に剣士と魔法使いが相見えたとき、多くの場合、勝つのは魔法使いの方だ。
拳銃、マシンガン、ミサイル、爆弾などの兵器に対し、刀一本で立ち向かうところを想像すれば、それは容易に納得できるだろう。
一流の魔法使いと対峙したとき、剣士に勝ち目はほぼないと言ってもいい。
しかし、物事には例外というものが必ずある。
「確かに私は剣士です。ただ、大変名誉なことに『剣聖』と呼んでいただいているのですよ」
シーツは次々と着弾する火球を軽やかに躱していく。当たらなければ意味がない――そう言わんばかりだ。
「うるせーんだよ、ジジイが! 何と呼ばれてようが、魔法も使えねえ猿に変わりはねえだろ!」
「では、私が何故、『剣聖』と呼ばれているか、ご存知ですか?」
最後の火球を跳躍して躱す。
しかし、そのシーツの頭上には『太陽』が迫っていた。
「かかったな、脳筋! いったいいつからアタシが小技しか使えねえって勘違いしてたんだ?」
「それはですね、私が何でも斬るからです」
剣聖シーツは何でも斬る。
魔物だろうが、岩石だろうが、鉄塊だろうが、シーツに斬れない物は何もない。
シーツは上段が構えた剣を振り下ろす。
その一閃で、『太陽』は真っ二つに裂け、消えた。
「なッ!」
「あなたはいったいいつから、剣士が魔法使いよりも弱いと勘違いしていたのですか?」
女が気付いたときには、シーツの剣の切っ先がその喉元に突き付けられていた。
「ま、待て! いや、待って! アタシは女よ! あなた、女を斬るっていうの!? あなた剣士でしょ!?」
「おや? 私の話を聞いていなかったようですね」
シーツが剣を高々と振り上げた。
「剣聖シーツは何でも斬るのです。たとえそれが『女』でも」
「いやあぁぁぁあッ!」
絶叫を上げる女の首に、妖しく光る刃が迫る。
スパンッ!
女の編み込まれた長い髪が宙を舞った。
幸いにも女の首はまだ繋がっている。しかしそれは、生け捕りを命じられていたからだけのこと。
その命令がなければ、シーツは躊躇なく女の首を刎ねていただろう。
「さて、メイはしっかりやっているでしょうかね」
剣を納めたシーツは、恐怖に意識を失った女に目を遣ることもなく、メイが向かった先を眺めていた。
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