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幼女と戦争(7)

「シーラン王国第三王子レオンハルト=シーランだ。生憎だが、俺が敵国を前に跪くことは許されていない」


「小国の王族だから何だと言うのです? 皇帝陛下のご威光の前でそんなことは関係ないでしょう?」


 女剣士が剣の柄に手を掛け、レオンがぐっと剣を握り込んだ。

 まさに一触即発。でも、ここで剣を交えさせるわけにはいかない。


「待って!」


 両手を広げたわたしは、レオンの前に割って入った。

 剣を抜きかけていた女剣士の手がぴたりと止まる。


「跪くわ。わたしが跪くから、待って」


「お、おい、リーゼ……」


 ゆっくりと跪くわたしに動揺を見せるレオン。

 一方の女剣士は、わたしが跪いたことに幾分満足したらしく、腰に下げた剣から手を離した。


「あの女に剣を抜かせたら絶対にダメ。わたしたちみんな殺されちゃうよ」


 天幕の中にいるのが、直系なのか傍系なのかはわからないけど、皇帝の子であることには変わりない。

 そんな超重要人物の護衛がこんな年端もいかない女の子剣士一人だけなんて絶対におかしい。

 でも、実はおかしくないんだとしたら? 彼女一人さえいればそれで充分なのだとしたら?

 そんな相手とレオンを戦わせるわけには絶対にいかない。


「私はシーラン王国リシュテンガルド辺境伯が第一の姫、次期リシュテンガルド辺境伯のリーゼロッテでございます」


 跪き、頭を垂れて、目の前の女剣士ではなく、御簾の向こうの第八皇子へと訴えかける。


「お願いがございます。禁術を止めていただきたいのです。このまま『軍団召喚(レギオン)』が発動すれば、貴国の兵の多くが犠牲となります。そして、我が領も蹂躙され、多くの兵、民が命を落とすことになるでしょう。ですから、禁術を止めていただけるのであれば――」


 本来であれば、ここにはお父様と一緒に来る予定だった。そうすれば、こんな事態にはならなかっただろう。

 でも、それが叶わなかった以上、禁術を止めるためにわたしにできることは、もうこれしかない。


「もし禁術を止めていただけるのであれば、リシュテンガルドは無条件で全面的に降伏します。ですから、どうか! どうかお願いいたします!」


 地面に額を擦りつけるように頭を下げる。

 きっと隣に立つレオンは怒っているだろう。失望しているかもしれない。お父様も絶対に怒る。

 でも、お母様の救出の報せがない今、わたしにはこうすることしかできない。

 ううん、お母様が無事救出されたとしても、禁術『軍団召喚(レギオン)』が発動しない保証なんてどこにもない。これだけのことを仕掛けてきておいて、帝国側が次善の策を用意していないなんてことは考えられない。

 お母様、お父様、レオン、そしてみんなの命よりも優先させるものなんて何もない。街を、領土を奪われたとしても、生きてさえいればチャンスは絶対にある。

 だから絶対に止める。そのためには、わたしの命を差し出したって構わない。どうせわたしは一回死んでいる。今生は、前世でがんばったわたしのボーナスステージみたいなものなんだから。


「何も犠牲にすることなく――それはとても魅力的な提案ですね」


 御簾の向こうからの返事はない。代わりに女剣士が、呟くようにそう言った。

 その声に顔を上げると、女剣士はわたしからすっと目を逸らした。

 しかしそれもほんの一瞬のこと。


「フレイミア帝国軍全軍をもってシーラン王国を蹂躙する――それが皇帝陛下のお言葉です。それは必ずや実現されねばなりません」


 無情にも女剣士はそう言い放った。

 でも、ここで諦めるわけにはいかない。この場で決定権を持つのはこの女じゃない。御簾の向こうの第八皇子が首を縦に振るまで、わたしは絶対に諦めない。


「どうかおねが――」


「もういい、リーゼ」


 これまで静かにしていたレオンが、もう一度頭を下げようとするわたしの肩を抱いた。

 その顔は激しい怒りで満ちていた。


「待って、レオン! 冷静になって!」


「冷静に? それは無理だ。リーゼにこんなことさせられて冷静でいられるほど、俺は大人でもガキでもないんだ」


 そう言ったレオンが剣を構え、その切っ先を女剣士へと向けた。

 それを見た女剣士も、再び剣の柄に手を掛ける。


「待ってってば! わたしのことなんていいの! わたしのことなんかいいから、待っ――」


「リーゼこそ冷静になるんだ」


 レオンがわたしの肩をぐっと抱き寄せて、耳打ちをした。


「俺が仕掛けて奴を引き離す。その隙にリーゼは術者を止めるんだ」


「ダメだよ! そんなの絶対にダメ!」


「だから冷静になれって。リーゼの得意な算術の問題だ、それもとびっきり簡単な。俺一人が命を賭ければ、多くの命が助かるんだ。どっちの方がお得かわかるだろ?」


「ばかッ! なんでそんなこと言うの? 命の計算なんてできるわけないじゃない……」


 涙が溢れ出してくる。

 それを見たレオンが困ったように笑った。


「これが俺の仕事なんだよ。国民の命を守る――それが王族の使命だ」


 こう言い出してしまったレオンはもう止められない。

 大嫌いな禁術も、戦争も止められない。大好きなレオンも止められない。

 どうしてわたしは何も止められないんだろう……


「わかった……」


 どうせ止められないんだったら――


「わたしも一緒に戦うよ。わたしの力があればレオンをサポートできる」


 神の贈り物(ギフト)増強(リインフォース)』を使えば、少なくともレオンの力を底上げすることはできる。

 技量の差は埋められなくても、勝算は上がるはずだ。


「頼もしいけど、それはダメだ。それで勝てる保証はないし、たぶんそれじゃあ間に合わない」


 レオンはとんとわたしを押して引き離すと、その視線をまっすぐと女剣士に向けた。


「チャンスは一回きり。ほんの一瞬だ」


 レオンのこれまで生きてきた時間、そしてこれから生きていく時間。

 その全部を注ぎ込んで、稼げる時間はほんの一瞬だけ。


「いや……ダメだよ……」


「頼む、リーゼ」


 泣いてお願いしてもレオンは聞いてくれない。

 だから、わたしにはもう祈ることしかできなくなってしまった。


「お願い! 死なないで!」


 わたしの悲痛な願いを背中に受けて、レオンは女剣士を目掛けて飛び込んで行った。

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