幼女と戦争(6)
「いてててて……」
吹き飛ばされた天幕の瓦礫の中から体を起こすと、わたしの下にはレオンがいた。
「大丈夫か、リーゼ?」
「う、うん。庇ってくれてありがと、レオン。オンカも」
わたしたちを身を挺して守ってくれたオンカが瓦礫の下からにゃあと鳴いた。
よかった。怪我はしてないみたいだ。
でも……
わたしは今、信じられない光景を目にしていた。
王国最強の剣士と称されるお父様。わたしはこれまでお父様の戦いぶりを目の当たりにしたことはなかったから、王国最強というものがどれほどの強さなのかはわからないけど、少なくともお父様は、一人でこの国を亡ぼすことができると言われるほど強いのだ。
それなのに、帝国の将軍を名乗った男は、そんなお父様と互角の戦いを繰り広げている。いや、素人目にはお父様が押されているようにすら見える。
「お父様……」
「行こう。俺たちがここにいても邪魔になるだけだ」
「でも……」
頭ではわかっていても、心がなかなかそれをよしとしない。
ここでわたしができることなんて何もない。わたしがやるべきことは他にある。それはわかっているのに。
「大丈夫だ。リシュテンガルドは王国の剣。折れることは決してない」
「……うん。うん、そうだね!」
やっぱりレオンがいてくれてよかった。
わたしはずっとおひとり様だった。誰にも頼らず、自分の力だけで生きていけるようにがんばってきた。
だから、こうやって引っ張ってくれる人がいることが、こんなにも心強いなんて知らなかったんだ。
「ありがと、レオン」
わたしはレオンの胸に顔を埋めてそう言った。
でも弱気を見せるのはもうこれで終わり。
わたしは一人で生きてきた。だからその分、ちゃんと強い。
大丈夫。わたしはやれる!
「よし、いつもの調子に戻ったみたいだな」
わたしをぎゅっと抱きしめた後、体を離したレオンが笑みを見せる。
「でも、行こうとは言ったものの、どこへ向かえばいいんだろうな?」
レオンのその言葉はどこか台詞口調。この様子だとレオンは向かうべき先を知っている。
レオンは、わたしが本当に大丈夫か試しているんだ。
「もうほんとに大丈夫だよ」
わたしはレオンに笑みを返して、オンカに跨った。
「行こう! 目的地はこの戦場の中心地だよ!」
禁術『軍団召喚』――
わたしはたっぷりとあった冬休みを使って、わたしをピンチに陥れたその魔法を調べ尽くした。
知識こそがわたしの武器。もう二度と同じ轍を踏まないためにも、その魔法を深く理解しておくことが必要だったからだ。
もちろん、禁術について書かれた魔法書は、R15とかR18とかの生易しいものじゃなく禁書指定。何人も読むことを許されていない。
だから、メイと一緒にお屋敷の禁書庫に忍び込んで、ありとあらゆる禁書を読み漁っていたことは、お父様にもお母様にも内緒だ。
でも、そうやって得た知識が、今ここで活きてくる。
禁術『軍団召喚』の発動には三種の魔法陣を要する。
一つは、召喚される側に設置される転送陣。禁術『軍団召喚』の発動時、この魔法陣上の人と物が召喚されることになる。
二つ目は、供物陣。禁術発動に必要なエネルギーの供給源となる者に刻印される。戦場にいる多くの敵兵にはこの供物陣が刻まれているはずだ。ついさっきわたしたちを襲ってきた男の首筋にもあったし、間違いなくお母様似も刻まれている。
この供物陣の解除には、かなり高度な魔法技術が必要みたいだけど、無事お母様を救出できた暁には、ドライがきっと解除してくれるだろう。
そして最後、三つ目は発動陣だ。そしてこの発動陣の性質こそが、術者の居場所を特定するための重要なヒントになる。
禁術『軍団召喚』は、術者が詠唱を終えると、術者を中心とした大規模な円形魔法陣が展開される。
そして、発動陣上にいる供物陣が刻まれた全ての者の魔力と生命力を吸収し、それと引き換えに、転送陣上にいる者を召喚する。
最大効率で禁術『軍団召喚』を発動させようとするならば、発動陣は、供物陣を持つ者をより多く包含するよう展開される必要があり、必然的にそれは、戦場の中心ということになる。
つまり、術者は戦場の中心にいるというわけだ。
山の上の要塞から戦場を俯瞰したとき、わたしはそのおおよその位置を特定していたのだ。
戦場を縦横無尽に、森の中と変わらないスピードでオンカが駆ける。
時折、飛んでくる剣や魔法は、レオンとオンカが易々と返り討ちにしていく。
そうしてたどり着いたそこは、戦場の中心だというのに、どこか静謐な空気が漂っていた。
そこには御簾を垂らした一人用の天幕が一つだけ置かれていて、その傍らには、一人の女剣士が立っていた。
メイと同じぐらいの歳だろうか。体型はメイよりも大人っぽいが、その顔にはまだあどけなさが残っている。そしてその首筋には、供物陣が刻まれていた。
彼女はおそらく護衛。天幕の中にいる人物が術者だろう。
「跪きなさい」
剣を構えるレオンを先頭に距離を詰めようとするわたしたちに向かって、女剣士は凍るような目をしてそう言い放った。
「フレイミア帝国第八皇子フェルナンド=フレイミア殿下の御前です。跪きなさい」
「皇子!? 戦場に皇子がどうして――」
そう言いかけて、隣で苦笑いを浮かべたレオンに気付いた。そう言えばレオンも王子様だった。
でも、レオンは彼の意思でわたしに付いてきてくれただけで、別に国王の命を受けて参戦しているわけじゃない。なんなら無断で出てきてしまったまである。
だけど向こうはきっとそうじゃない。なんでわざわざ皇子が――って、禁術『軍団召喚』の術者が皇子ってこと?
「何をしているのです? 早く跪きなさい。不敬ですよ」
痺れを切らしたように女剣士が繰り返す。その顔には明らかに苛立ちが浮かんでいる。
そんな彼女に向かって、レオンが剣を構えたまま、一歩前へと歩み出た。
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