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幼女の初恋(4)

 シーツ爺に連れられてやって来たのは、お屋敷とは別棟になっている迎賓館。

 一度に三百人以上もおもてなしできるという立派な建物の周りには、たくさんの馬車が停まっていた。


「もしかしてこれ全部、わたしのお誕生会に来てくれた人?」


「そうでございますよ、お嬢様。王太子殿下、公爵家をはじめとして、南のサンドーロ伯、果てはここから最も遠い東のアーリム侯まで多くの方々がお嬢様のお祝いにおいでくださっています」


「そ、そうなんだね……」


 ああ、胃が痛い。

 もう帰りたい。てか、帰ってほしい。

 わたしは人見知りのコミュ障なんだからねッ!


 でも、そんな胃の痛みも、控え室でお父様に会ったら一瞬で吹き飛んでしまった。


「ああ! 私の天使はなんでこんなに可愛いんだ!」


 わたしを抱き上げたお父様は、滅多に着ないアビ・ア・ラ・フランセーズを着ていて、とても上品でかっこいい。推せるわ。


「とても可愛いわよ、リーゼ。ドレスの色もあなたにぴったりね」


 そう言って褒めてくれたお母様は、わたしのドレスのリボンの色とお揃いの濃紺のドレスを纏っている。

 妖艶かつ可憐。推す。


「さあ、準備はいいかい?」


 お父様とお母様に手をつながれて、大広間の前の扉の前に立ったわたしは、深呼吸をしてからお父様の言葉に頷いた。


 大丈夫。今のわたしは可愛い。

 黙って笑ってさえいたら大丈夫。

 可愛いは正義なのだ。


 そして、大広間の扉が開かれた。


 燦々と輝くシャンデリアが無数の光を舞い散らせる中、煌びやかな衣装を身に纏った貴族たちが一斉にわたしに注目した。


 眩しい。目が潰れそう。

 わたしとは住む世界が違う人たちが眩しく輝いて見える。

 まあ、ここは異世界だし、実際住む世界が違うんだけどね。


 なんてツッコミを心の中で入れながら、わたしは二十世紀中頃に西ドイツの新聞に掲載された『捕獲された宇宙人』のように、お父様とお母様に手を引かれながら大広間へと入る。


 おお、という歓声がそこかしこで上がり、万雷の拍手が迎えてくれた。

 気恥ずかしさと緊張でつい顔を伏せてしまいそうになる。


 だめよ、百合。いいえ、リーゼロッテ。

 顔を上げるの。顔を上げて、生まれ変わったわたしの美貌を見せつけてあげるのよ。


 気を取り直して笑顔を作ると、会場からわあっという歓声が上がった。

 お父様もお母様も笑顔だ。わたしの様子を見て安心したみたい。


 ふう……とりあえず第一関門は突破ね。


 なんて思っていたが、本当の地獄はここからだった。

 会場に入るなり、たくさんの貴族連中がお父様のご機嫌伺いにやってきたのだ。


 リシュテンガルド辺境伯――王都から遠く離れた西方辺境地を治める地方領主。

 しかし、辺境とは呼ばれるものの、実際に辺境であったのはもうずいぶん昔の話。

 人、金、物、そして軍事力。そのどれをとっても王国内に並ぶ都市はないほどの巨大な力持つ領となっている。

 特に武力面では、リシュテンガルド辺境伯領とそれ以外の王国すべてが戦争になったとしても、リシュテンガルド辺境伯領が勝利するとまで言われているほどだ。


 いち地方領主がこれほどまでの巨大戦力を保有することを許されている理由は、この王国の西方、つまりリシュテンガルド辺境伯領のさらに西にある。

 この大陸で最も強大な力を持つフレイミア帝国。豊富な資源と巨大な人口を背景に領土拡大を目論む帝国とミッセ山脈を挟んで接するリシュテンガルド辺境伯領は、シーラン王国の盾であり、槍であった。


 そういう背景もあって、お父様に取り入るため、あるいは、懐柔するために、下級貴族から爵位の上ではお父様よりも上のはずの公爵まで、お父様の元に足を運んでいた。

 要は、お父様素敵ってこと。


 はあ、それにしても退屈だ。それにお腹が空いた。

 立食式のパーティになっているけど、次から次へと客が来るものだから、のんびりご飯を食べる暇もない。

 お父様たちは、子どものわたしにはわからないと思って、領地経営のことや戦争の話なんかをしているけど、残念ながらわたしには全部わかってしまう。

 でも、だからと言って、そんな話に興味があるわけでもない。

 本当はビュッフェを回ってうまうましたいところなんだけど、一応今日の主役はわたしみたいだから、そうすることもできない。

 ただお父様の横で笑顔を作って立っているだけ。本当に退屈。

 推しの『歌ってみた』を流しながら、短文投稿サイトで無限に流れてくるポストに機械的にイイネしている方がよっぽど有意義だ。


 そんな死んだ魚のような目をお母様に向けると、お母様は苦笑いを浮かべて、わたしの耳元に顔を寄せた。

 花のような香りが鼻腔をくすぐる。めっちゃいい匂い。むらむらしちゃう。


「リーゼにはまだ難しい話ばっかりだけど、聞くだけでいいからちゃんと聞いておいてね。その積み重ねが将来きっと役に立つわ」


 お母様はそう言ってウインクをした。


 そうね。お母様の言うとおりかもしれない。

 前世の知識があって、見目麗しい幼女に転生して、今生はヌルゲーだなんて思っていたけど、魔物もいて、戦争もあって、科学技術も元いた世界ほど発達していない、そんな世界でわたしは生きていかなきゃいけないんだ。

 興味ないなんて言っている場合じゃないのかもしれない。


 わたしが頷くと、お母様は優しく頭を撫でてくれた。

 アラサーの女にもかかわらず、わたしはつい嬉しくなってしまい、頬を緩めた。

 なんとなく子どもっぽい反応だけど、こういうことはこれまで何度もあった。たぶん、精神が肉体に引っ張られているのかもしれない。


「なるほど」


 わたしが笑みを浮かべたちょうどそのとき、新たなお客様がお父様の前に立った。


「これは殿下。わざわざお出でくださり、誠にありがとうございます。本来であれば、こちらからご挨拶にお伺いすべきところ、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」


 お父様より幾分年上の、ダンディな口髭がよく似合ったイケおじ。

 ちょっと、というか、かなりタイプ。まあ、お父様には負けるけど。

 でも、お父様が臣下の礼をとっているってことはきっと偉い人なのね、っていうか殿下って言ってたから、きっとこの人が王太子殿下、つまり次期国王ってことか。


「かつてこの地に天使が降臨したとの噂を耳にしたが、どうやらそれは本当だったようだな」


 皇太子殿下はお父様の肩を叩きながら、懐っこく笑った。

 それから彼はわたしの前に跪くと、わたしの手をとって、その指にそっと口づけをした。


「お誕生日おめでとうございます、お姫様」


 その瞬間にわたしの顔は真っ赤に茹で上がってしまった。

 幼いときに夢に見た、そして大人になってからは夢に見ることさえなくなったお指にチュウ。

 まさか、こんなわたし好みのイケおじにやってもらえるときが来るなんて!

 でもどうしましょう。わたしはお父様と結婚するって決めてるのに、別にこの人でもいいかな、なんて思っちゃう。わたしったら、なんて浮気症なのかしら。


「リーゼ」


 わたしが真っ赤になって固まっていると、お母様が目配せをしてきた。

 我に返ったわたしは、油の切れた機械人形のような動きで淑女の礼をとって、ぎごちなく笑った。


「こ、これは……お、おい、エレウス。ハグをしてもいいか?」


 指をわきわきとさせながらわたしに迫ってくるイケおじ。

 お父様はそんな彼に、凍るような冷たい視線を向けた。


「内乱をご希望とあれば」


「い、いやだな、エレウス。冗談に決まっているじゃないか」


 冷や汗を垂らしながら襟元を整える王太子殿下ではあったが、冗談っぽくないところがちょっと恐い。

 世界が変わってもロリは犯罪ですよ。まあ、わたしに限っては合法でもいいですけどね。

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