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幼女と親友(2)

 思わぬ歓待を受けた翌日、わたしたちはノト家の護衛隊を引き連れて、山間にある温泉地を訪れていた。


「すごい賑わいだね!」


 ぶっちゃけて言うと、異世界で温泉と聞いたときには、知る人ぞ知る秘湯のようなものを想像していたけど、とんだ的外れだった。

 領都アルメンドラに勝るとも劣らない賑わいを見せるその街はまさに一大観光地。生前足繁く通った別府や湯布院を彷彿とさせる。


「シーラン王国には、天然温泉はこことシガレス伯爵領にしかありませんからね」


 ふふんと鼻を鳴らして、ナーシャは薄い胸を張った

 でも、ナーシャが自慢したくなる気持ちもよくわかる。

 王国に二つしかない温泉地の一つを有し、魔物のリスクと隣り合わせではあるものの、豊かな恵みをもたらすツクフ大森林を抱える。特に大森林から産出される魔石は莫大な富を生んでいる。観光面でも産業面でもノト侯爵領にはチート級の好条件が揃っている。

 しかし、条件に恵まれているだけで、ここまで発展することはなかっただろう。きっと歴代領主と領民たちの努力の結果が今の姿だ。


 わたしも将来領主になるのだったら、自領だけではなく他領にも目を向けて、良い所も悪い所もしっかりと学んでいかなくてはならない。

 ただの雇われ研究員だったわたしがこんなことを考えるようになるなんて、本当に人生というのはわからないものだ。


 そんなことを考えつつ、街路の両脇に立ち並ぶ土産物屋を冷かしながらしばらく歩くと、やがて街の喧噪は遠ざかり、公爵家所有の温泉宿にたどり着いた。

 木造建築のその建物はどこか和の雰囲気を醸し出していて、どこか懐かしささえ感じさせる。

 今日はナーシャと二人でここでお泊り。すごく楽しみだ。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 出迎えてくれたのは、この旅館を切り盛りする女将さん。と言っても、着物を着ているわけではなく、シックな黒のメイド服姿だ。旅館の雰囲気とのギャップがなんだか面白い。


「久しぶりね。今回もよろしく頼みますわ」


 最初の印象もそうだったけど、ナーシャの態度は尊大だ。でも、偉そうかと言えば、そうじゃない。たぶん、親しみや優しさが滲み出ているからだと思う。

 実際、声をかけられた女将さんもとても嬉しそうだ。


「早速お風呂に入りたいのだけれど、準備はできてるかしら?」


「もちろんでございます。ささ、こちらへ」


 この世界にしては珍しく、靴を脱いで宿に上がると、女将さんに案内されて、この旅館に五つあるという大浴場の一つへと向かう。


 ああ、いいな、この感じ。

 木造建築の木の香りと温泉の硫黄臭。歩くたびにきしきしと音を鳴らす廊下。そのどれもが郷愁を誘う。


「どうしましたの?」


 ナーシャがわたしの顔を覗き込んだ。どうやら無意識に鼻を啜っていたみたいだ。


「ううん。なんでもないよ」


 昔を思い出して。故郷を思い出して。

 どちらも真実だけど、今のわたしがそれを言うのはおかしいもんね。


「そんなことより見て! すごい景色!」


 脱衣場に着いたわたしは話を誤魔化すように、そこから見える景色に目を向けた。

 話題を変えるためではあったけど、でも、景色に感動したのは本当だ。


 檜で組まれた湯船はプールと見紛うばかりに大きくて、その正面には山々の雄大な景色が一面に広がっている。

 小川のせせらぎと鳥の鳴き声、木々の騒めき。

 これはもう勝ち確です。


「ねえ、早く入ろう!」


 さっきまでのセンチメンタルな気分はどこへやら、温泉マニアを自称するわたしは、はやる気持ちを抑えきれずに、いそいそと服を脱ぐ。

 しかし、そんなわたしを余所に、ナーシャはその場に立ち尽くして微動だにしない。どうしたんだろうと、よくよく顔を見て見ると頬が少し赤い。


「私から誘っておいて何なんですけど、やっぱり少し恥ずかしいですわね」


「恥ずかしいって、もしかして裸になること?」


 そう聞くと、ナーシャはこくりと頷いた。

 まあ、なんて可愛らしいんでしょう! 初心なのね? 無垢なのね?


「大丈夫だよ。女の子同士なんだし」


 ショタには目覚めてしまいましたけど、ロリと百合に目覚める気はありませんからね。ぐひひ。


「リーゼ……涎が出てますわよ?」


「え!? ごめん!」


 しまった、油断した。これではナーシャの警戒心を煽るばかりだ。


「じゃあさ、わたしが先に行ってるから、ナーシャは後から入っておいでよ」


 そうして一足先に湯船に浸かり、素晴らしい景色を眺めながら待つこと数分――


「お待たせ……」


 ちょっと! そういうこと言うのやめてくれない? ムラムラしちゃうじゃない!

 声の方へと目を遣ると、そこには一糸まとわぬナーシャの姿。その肌はミルクのように白く、絹のように滑らかだ。少しだけ上気させた顔が妙に色っぽい。


「ちょ、ちょっと! こっち見ないで!」


「ぐへへ……じゃなかった。ごめん」


 照れたナーシャは急いで湯船に入り、口元までお湯に浸かってブクブクと泡を立てている。

 なんて可愛らしい生き物なのかしら。今すぐ抱きしめてちゅっちゅしたいわ。

 は! やばい……これが目覚めなのね……


「ねえ、ナーシャ」


 わたしは恐がらせないようにゆっくりとナーシャに近づくと、視線を景色に向けたまま、彼女を落ち着けるために話題転換を図った。

 それはこれまで敢えて触れてこなかった話題。色々あって大変だったときのことだから、たぶんナーシャも気を使ってくれていたのだろう。


「学院はどう? クラスのみんなは元気?」


「そうでしたわね。リーゼはあの事件から学院には来ていませんものね」


 ナーシャはわたしの方に顔を向けて、安心させるように笑顔を見せてくれた。


「みんな、リーゼに感謝していましたわ。それにリーゼが無事で、喜んでいましたわよ」


「そっか」


 クラスのみんなが元気になったことは知っていた。それはとても嬉しいし、がんばってよかったと思う。それに、わたしが無事に帰って来たことを喜んでくれていることもすごく嬉しい。

 でもわたしには、もう一つ、聞いておきたいことがあった。


「あのね、その……聖女騒ぎのことなんだけど……」


 王都は聖女騒ぎで大変だった。もしクラスのみんなもそうなのだとしたら、ちょっとだけクラスに戻りづらい。

 わたしが思い切って尋ねると、ナーシャはさっきまでの恥じらいを忘れて、わたしのことをぎゅっと抱きしめてくれた。


「リーゼはリーゼですわ。クラスのみんなもそう思っていますわ。だから安心して」


「ナーシャ……」


「まあ、フローラとデイヴはしばらく大騒ぎして大変でしたけどね」


「それはまあ、あの二人だから……」


 そうしてわたしたちは二人して顔を見合わせて笑った。


「あーあ、学院に行って平気なんだったら、わたしもみんなと一緒に過ごしたかったなぁ」


 わたしが一足早く冬休みに入ったのは、もちろんわたしの休養というのが一番の名目だったが、聖女騒動でクラスや学院に迷惑をかけないように配慮したという面もある。


「それは仕方がないですわ。リーゼは大変な目に遭ったんですもの」


「そりゃそうなんだけどさ、わたしもみんなと一緒に研究発表会に参加したかったよ――って、そう言えば研究発表会、どうだったの?」


 初等部三学年全クラスを挙げてのクラスマッチである研究発表会。

 感染症の蔓延とわたしの誘拐騒動で延期になってしまっていたけど、二学期の最後に開催されたらしい。

 そこまでは聞いていたけど、その結果についてはまだ知らされていない。

 わたしがそのことを尋ねると、ナーシャは急に顔を曇らせた。


「みんな、とても残念がっていましたわ……」


「そ、そっか……」


 ダメだったか。

 魔法のある世界で、敢えて科学で挑むのは確かに冒険だったかもしれない。個人的にはいい線行くと思ってたんだけどな。


「リーゼがいなくて」


「え?」


「わたくしたちのクラスの発表、最優秀賞を受賞しましたの。レオンハルト殿下のクラスと同率でしたけどね」


「うそ!?」


「本当ですわ。一年生が最優秀賞を獲得するのは、学院史上初の快挙なんだそうですわよ?」


 ナーシャの言葉を聞いたわたしは、ざぶんと水飛沫を上げながら立ち上がった。


「ちょ、ちょっと、リーゼ! いろいろ見えてますわよ!」


 慌てふためくナーシャだったが、わたしはそんなことはお構いなしに彼女に飛び付いた。


「やったあ!」


「ま、待って、リーゼ……!」


 完璧美少女とのきゃっきゃうふふ。わたしにもこれぐらいのご褒美があっていいはずだ。

 最初こそ戸惑い、抵抗を見せていたナーシャだったけど、わたしがあまりにもはしゃぐものだから、やがて諦めたのか、ナーシャは抱きつくわたしを優しく抱きしめ返してくれた。


 どきん――

 胸の高鳴りを感じた。

 こ、これは本格的にまずいわね……

 最悪、わたしがロリと百合に目覚めるのはいいとして、ナーシャまで覚醒させてしまうのはさすがに業が深すぎる。


 少しだけ反省したわたしは、ナーシャから体を離そうとする。しかし、ナーシャはそれを許さず、もう一度わたしの体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。

 そして、わたしの耳にナーシャの吐息がかかる。


「ナーシャ……?」

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