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幼女の危機(3)

●『聖女の涙』翌日、午後一時前――


 着替えを済ませてから食堂に向かうと、テーブルの上には色とりどりの料理が所狭しと並べられていた。

 軽い食事と言っていたわりにはいやに豪勢だ。清貧であるべきだとは思わないが、教会らしくないようにも感じる。


「お好みがわかりませんでしたので、思いつく限りの品を用意させました。どうぞお気に召す物だけでもお召し上がりください」


 わたしを出迎えたヨーゼンが、椅子を引いて着座を促してきた。


「お気遣いありがとうございます」


 礼を言いつつ、椅子に腰を掛ける。

 正直言うと、まだ立っているだけでもしんどいので、座っていられるのはありがたかった。

 ここからの彼との話は長くなるかもしれないから。


「さあ、いただきましょうか」


「その前に、ここがどこだかもう一度お聞かせください」


 対面の席にヨーゼンが着座したタイミングで、わたしは早速話を切り出すことにした。


「おや、先ほどお伝えしたはずですが? ここは教会所有の療養地ですよ」


「その療養地というのは、中央教会から遠く離れたところにあるものなのですか? それとも、空間魔法阻害の結界を張るほどの重要施設なのでしょうか?」


 目覚めてすぐに、わたしはメイへの呼びかけを試みていた。しかし、何度試しても上手くいくことはなかった。

 そのことが意味するのは、ここがメイの空間魔法の効果範囲外にあるか、空間魔法そのものが阻害されているかのどちらかだ。

 疑わしきは罰せずだけど、疑わしきは信じずでもある。わたしはこの時点ではすでに、ヨーゼンを限りなく黒に近いグレーだと判断していた。


「この療養地は教皇様もご使用になられますからね。所在地も秘匿されており、空間魔法阻害の結界も施してあるのです。それにしても驚きました。リーゼロッテ様が空間魔法にも精通されているとは思いもしませんでしたよ」


 そう言って笑うヨーゼンだったが、質問を受けたとき、一瞬だけ目を見張ったのをわたしは見逃してはいない。

 もうこれははっきり黒だと言ってもよさそうね。

 ヨーゼンは黒、つまり、わたし彼に誘拐されたのだ。


「そうですか。教皇猊下もご利用になられるのであれば、何の対策もなしでは不用心ですものね。では、当家の者をこちらに迎えに参らせるのも難しい、ということでしょうか?」


「ええ、大変申し訳ありませんが、仰るとおりです。しかし、ご安心ください」


 彼の言う『安心』とは、すぐに家まで送るから安心せよ、と言った意味ではないだろう。

 わたしが何も返事を返さずにいると、案の定、ヨーゼンは嫌らしく口の端を持ち上げた。


「ここが貴女の新しい家になるのですよ、聖女様。もう俗世の家など必要ありますまい」


「つまり、わたしは誘拐されたと、そういうことですね?」


「それは誤解です。私はただの貴族令嬢になど興味はない。幼女にはほんの幾許かの興味はありますがね」


 や、やばい、こいつロリコンだ……

 身代金目的の誘拐の方がずっとずっとマシだったわ……


「しかし、わたしの趣味などどうでもよいのです。わたしはただ、『聖女様』を汚れた俗世からお救いするという崇高な使命を果たしただけなのですから」


 こいつ、ロリコンな上に、聖女原理主義者だったのか。

 聖女教とは本来、聖女と聖女の教えを信仰の対象としている。

 このうち、聖女だけを崇め奉り、人ではなく、聖女による治世がなされるべきだと主張するのが、聖女原理主義者と呼ばれる者たちで、王による治世を認めないとして、かつてはテロ行為を繰り返していたらしい。

 しかしそれもはるか昔の話で、今ではもうほとんど存在しないと聞いていたんだけど……


「勘違いしていらっしゃるようですけど、わたしは聖女ではありませんよ?」


 かつては喪女、今は幼女、そして将来は美女。だけど聖女なんかじゃない。

 それだけは絶対に断言できる。


「いいえ。貴女はまだ幼く、まだご自身が何者なのかよくお分かりになっていないだけです」


 立ち上がってわたしの元まで歩み寄ったヨーゼンは、嫌らしい笑みを浮かべながら、わたしの肩に手を置いた。


「私が、いえ、我が一族が苦労して見つけ出したのです。貴女は紛れもなく聖女です」


「苦労して見つけ出した……?」


 わたしはその言葉に引っかかりを覚えた。いや、もっと明確に、悍ましい感覚を覚えたといった方がいいかもしれない。


「あなた……何をしたの?」


 わたしがヨーゼンを睨みつけると、彼は哄笑を上げた。


「待っていただけですよ。死に至る熱病に信徒が苦しみの声を上げる中、救世主が――聖女様が現れるのを待っていただけです」


「……感染症の蔓延はあなたの仕業なのね?」


 図書館の本には、かつて王都を襲った感染爆発(パンデミック)はバイオテロの疑いがあると書いてあった。そして、当時の状況との類似点から、今回もその可能性があるのではないかと考えてもいた。

 その首魁が今目の前にいる。


「私は何もしていませんよ? ただ、私の故郷で熱病を患った者が何名かおりましてね。私は彼らを中央教会に招き入れただけです。彼らには治癒魔法を施す必要がありましたから」


 胸に手を当て、わざとらしく慈愛の表情を浮かべるヨーゼン。

 しかし、次第に肩を振るわせ出すと、再び高らかに笑い声を上げた。


「もっとも、私が目を離した隙に、彼らはどこかへ行ってしまいましたがね」


 こいつ……

 本気で殺してやりたいと思ったのは、名前も忘れてしまった同期入社の芋っぽい男以来二人目だぜ……


 聖女と同じ力を持った女を探すためだけに、ヨーゼンは恐ろしい病原体を王都に撒き散らしたと言う。

 それがどれだけ多くの者を苦しめたか、もし治療が間に合わなければどれだけ多くの人が命を落としたか、自分がどれだけ罪深いことをしたのか――この男を小一時間ぐらい問い詰めたい。

 しかし、何を言ったところで無駄だろう。わたし自身、もはやこの男に反省や改心など求めていない。

 この男は然るべき罰を受けるべきだ。

 しかしそれは国に任せるとして、今は目の前にある問題を解決しないといけない。


 どこにあるのかもわからない場所で、誰とも連絡が取れず、幼女が一人ぼっち。しかもそばにいるのはロリコン。

 控えめに言って詰んでいる。これはもうダメかもわからんね。


「これからどうするつもりなの?」


「理想の世界を作ります」


 わたしは『今日これからどうするつもりなのか』と尋ねたつもりだったけど、ヨーゼンはなぜだか壮大な夢を語りはじめた。


「聖女の血統を騙る王家など害悪でしかありません。それにおもねる教皇など無用の長物です。そんなものは壊して、殺して、無くしてしまえばいいのです。その上で、聖女様、貴方が全ての民の上に立ち、世界を導くのです」


「王国と戦争をするつもりなの?」


「必要とあれば。聖女様による治世のための聖戦であればやむを得ません」


 要は、ただ世界を支配したいっていう安っぽくて、馬鹿っぽい戯言だ。

 でも、わかったことが一つある。それは、これがヨーゼン一人によって企てられたことではないということだ。

 ヨーゼンは王国との戦争も辞さないと言った。それは、王国と事を構える準備があるということだ。そんなこと、たかだか中央教会の枢機卿一人にできるようなことではない。

 彼には後ろ盾がいるはずだ。しかも有力な上位貴族が、おそらくは複数。

 つまりこれは、聖戦の旗を掲げたクーデターというわけだ。


「わたしがあなたたちの言いなりになるとは思っていないでしょう?」


「聖女様には、今はただ、ここにいていただくだけで結構です。しかし、いずれ聖女様にも我々の崇高な理念をご理解いただける日が来ると、そう確信しています」


 なるほど。わたしをわからせる自信があるってことね。

 いいわ。だったら逆に、わたしがあなたをわからせてあげる。

 幼女だと甘く見ていることがあなたの命取り。

 喪女ってね、黙ってやられてあげるほどやわな生き物じゃないの。

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