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幼女の初恋(3)

「ねえ、メイ?」


「なんでございましょう、お嬢様?」


 着替えが思いのほか早く終わったので、ふかふかのソファに座って、メイが用意してくれたホットミルクを飲んでいた。


 このミルク、睡眠薬とか入ってないよね?


 本当はそう聞きたかったけど、無垢な幼女がそんなことを聞くのはどうかと思い、自重した。

 いくら狂ったメイドとは言えど、雇用主の娘にさすがにそんな不敬を働くことはないだろう。知らんけど。

 それとは別にわたしにはもう一つ聞きたいこと、というか聞いておかないといけないことがあった。


「このあと、何があるの?」


 わたしはおめかしをさせられているわけだし、お父様とお母様はお客様のお出迎えに行ってしまった。

 きっとこの後、大切な何かがあるのだろう。


「ああ、それはお嬢様のお誕生会でございますよ」


 わたしの隣に座っていたメイが優雅に紅茶を啜りながら言った。

 いや、なんでメイドが主人と並んでティータイムを楽しんでんだよ、と思うところがないわけではないが、実害はないので放っておくことにする。

 そんなことより――


「お誕生会?」


「ええ。今日はお嬢様のお誕生日、一年の中で最も尊く、輝かしい日ですので」


 ああ、そうだった。今日はわたしの誕生日だった。

 アラサーになると誕生日なんてもはや忌み日だからすっかり忘れてたや。


「でも一年で一番尊い日は『聖女の日』、一番輝かしい日は『建国記念日』じゃないの?」


 聖女の日というのは、天界から聖女が降臨してこの大地に祝福を与えたといわれる日、建国記念日はお父様が治める西方辺境を含むシーラン王国が建国された日だ。

 この国の数少ない祝日で、盛大なお祭りも催されるため幼い子どもでも知っている。


「ふふ。聖女も国も、お嬢様のお生まれになった奇跡に比べれば、足元にも及びませんよ」


 たぶん不敬罪だね、これ。

 お礼を言って巻き込まれるのも嫌だから、曖昧に笑みを浮かべていると、メイは再び紅茶を口に含み、とても嬉しそうな笑顔で話を続けた。


「王国貴族の方々、特にその嫡子の方にとって、六歳の誕生日というのはとても大切な日なのです。多くの場合、その日が社交界デビューの日となりますので」


「社交界デビュー!?」


 思わず牛乳を噴いた。

 まさかこの後、そんな拷問みたいなイベントが待っていたなんて……


 メイはわたしの口を甲斐甲斐しく拭きながら、笑みを浮かべる。


「本日は、諸侯をはじめとして王族の方もお越しになります。それらの有象無象の中で、唯一神々しい光を放つお嬢様……ああ、捗ります」


 何が捗るのかは知らんけど、やっぱり普通に不敬だな、コイツは。


 しかし、困ったな……

 わたしは基本コミュ障だ。

 わたしの持論では容姿に自信がない人間は基本的にコミュ障になる。それは仕方がないことだ。


 え? 容姿に関係なく、陽キャでコミュ強な人間もいるって?

 ふん、そいつはきっと目が悪いか、頭が悪いかのどっちかだね。


 とにかく、これまでの人生で、実際に口から発した言葉よりもチャットで打った文字数の方が圧倒的に多いわたしにとって、社交界なんて荷が重すぎる。


「緊張しているお嬢様も愛らしいですね」


 どんよりと気分が沈んだわたしの頭をメイが撫で回す。

 せっかく髪をセットしたのに台無しだ。


「無理をしてお話になることはないのです。いえ、むしろ、簡単にお嬢様のお美しい声を聞かせるなど、もったいないことでございます。お嬢様はただ笑っておられればいいのです。それだけで勝てます」


 何に?

 とは思うが、メイの言うことも一理あるかもしれない。

 コミュ障のわたしが無理をしてもきっと上手くはいかない。それなら、黙って笑顔でいた方がいい。

 何と言っても、わたしはびっくりするほど可愛いのだから。

 きっとそれだけで勝てる。

 だから、何に?


 ぽーん、ぽーんと夕方五時を告げる鐘が鳴って、それと同時に部屋のドアがノックされた。


「お嬢様、お迎えに上がりました」


 扉を開けて姿を現したのは黒の執事服に身を包んだ白い髪と白い口髭が特徴的な老紳士。


「シーツ爺!」


 わたしはぴょんとソファから跳び降りて扉に駆け寄ると、シーツ爺の腰に飛び付いた。


 シーツ爺はお父様付きの執事であり、この屋敷の使用人の統括責任者でもある。

 わたしは物心つく前からシーツ爺によく懐いていた。


 お爺ちゃん、お婆ちゃんという存在は、容姿により人を判断するという段階をもはや超越して、人の魂の美しさを見抜くほどまでに達観している人が多いため、昔から好きだったのだ。

 まあ、わたしの場合、べつに魂も美しいわけじゃなかったですけど。


「お嬢様、今日はまた一段と可愛らしゅうございますね」


「うん、ありがとう!」


 わたしがシーツ爺に満面の笑みを向けると、その背後、部屋の中では、メイがハンカチを噛みながら目を潤ませていた。


「お、お嬢様……私に対する態度とずいぶん違いませんか……?」


 初見の変態メイドと馴染みの完璧執事では接し方が異なるのは当然なのである。

 というわけで、わたしはメイの言葉に取り合わずにいたのだが、どうやらシーツ爺は、紅茶のカップを片手にソファに座るメイドの姿が気に掛かったらしい。


「あなたはそこで何をしているのですか?」


 好々爺然とした笑みを浮かべてはいるが、そのモノクルの奥の瞳は全く笑っていない。


「え、えっと……その……お嬢様とお茶を……」


 王族や聖女にさえも不敬な発言をするほど恐れ知らずのメイが、まるで生まれたての子鹿のようにガクガクと震えている。

 いくら上司だとは言ってもここまで怯えるのは尋常じゃない。


「今夜のパーティが終わったら、使用人室へ来るように」


 シーツ爺がそう宣告すると、メイの顔が蒼白となり、鼻血の付いた真っ赤な鼻が一段と際立った。

 彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 チッ! しょうがないわね。

 確かにメイは変態だけど、まあ、悪いヤツではなかったから、ここは一つ助け舟を出してあげることにしましょうか。


「ふええ〜」


 わたしは大きな瞳を潤ませて、シーツ爺の腰に縋り付く。


「お、お嬢様、どうされたのですか……?」


「だって、シーツ爺、怒ってる……」


 慌てふためくシーツ爺を涙で濡れた瞳で見上げた。


「お、怒っておりませんよ、お嬢様。爺は怒ってなどおりません。ほら、このとおり爺は笑顔です」


 無理矢理に作った笑顔をわたしに向けたシーツ爺は、次いで、メイへと視線を移す。


「ほら、あなたももう結構ですから、早く退室なさい」


 はい、オッケーでーす!

 相変わらずシーツ爺もチョロい。だいたいのことはこうやって泣けば許される。

 知らなかったでしょ? 美人っていうのは泣けば許されるのよ?

 そして、美人は二秒で泣けるの。


 結局は顔だよ、顔! ちくしょう!

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