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幼女の失敗(1)

「ナーシャ、久しぶり!」


 夏休み明けの教室にナーシャの姿を見つけると、わたしは彼女の胸に飛び込んだ。


「もう、リーゼは甘えん坊さんね」


 ナーシャはそう言いつつも、笑みを浮かべながらわたしの頭を撫でてくれる。

 誕生日的には――というか、魂年齢的にはわたしの方がはるかに年上なのだが、今やナーシャはわたしのお姉さん的存在だ。精神まで幼児退行しちゃってて、ほんとすみません。


「夏休みはどうでしたの?」


「ナーシャに会えなかったこと以外はとても楽しかったよ」


 ほとんど毎日お父様とイチャイチャ。ときどきレオンとイチャイチャ。控えめに言って最高の夏休みでした。


「みんなと一緒にお茶会もしたんだよ。ね?」


 フレッドに、フローラ、それにデイヴも。そこにレオンを加えて我が家でお茶会をしたのだ。

 これまでの人生でそんなふうに友達と遊んだこともなかったから、本当にこの夏休みは人生で一番楽しい夏休みだったと言っていいと思う。


「あら、それはわたくしも参加したかったですわね」


「うん。次はナーシャも一緒にやろうね」


「ええ、ぜひ」


 そう言ったナーシャが何かを思い出したように鞄を漁ると、そこから小さな木箱を取り出した。


「はい。リーゼにお土産ですわ」


「わあ、嬉しい! なんだろ?」


 受け取った木箱の蓋を開けると、そこには小さな水晶のような石の付いたネックレスが入っていた。


「綺麗な石だね。もらっていいの?」


「もちろんですわ。使用済みの魔石を使ってわたくしが作ったんですのよ。ほら」


 ナーシャが少しだけ襟元を開いて見せると、そこにはわたしにくれたものと同じネックレス。


「わ、お揃いだ! これ、自分で作ったの? すごいね!」


「ちょっとした趣味ですの」


 絵画や音楽のほか、編み物やアクセサリー作りを趣味とする貴族令嬢は以外と多いと聞く。

 前世を生きていたときにはレジンを使ったアクセサリー作りが流行っていたみたいだけど、わたしはやったことはなかった。着飾っても意味がありませんでしたからね。


 シンプルだけどとても繊細な作りをしたこの綺麗なネックレスは今のわたしにならきっと似合う。

 でも、そんなことよりも、お揃いで作ってくれたナーシャの気持ちがとても嬉しかった。


「ありがと。大事にするね」


 お礼を言って、もう一度ハグをしようとしたところで、それは荒々しく開かれる扉の音に邪魔をされた。

 まあ、これもいつものことだ。


「おう、全員揃ってるな。いいこっちゃ」


 陽気に笑いながら教室に入ってきたセドリック先生は、生徒たちの顔を見渡して満足げに頷いた。


「楽しかった――かどうか知らんが、夏休みはもう終わり。今日から第二学期の始まりだ。諸君、覚悟はいいな?」


 セドリック先生は開口一番、生徒たちを脅すようにそう言った。

 初等部一年生の一学期、それは少し長いオリエンテーションみたいなもので、本格的な勉学は二学期から始まるのだ。


「では早速だが、クラスマッチだ」


 やはり来たか――クラスメイトたちの反応は概ねそんな感じだ。

 クラスマッチは毎年、各学年異なるものが開催されるため、前の年に行われたものと同じものが次の年に行われることは基本的にないらしい。

 しかし、二学期最初のクラスマッチだけは例外だ。


『研究発表会』


 そう題した課題が毎年、全学年に同時に出され、全学年全クラスで順位を競う。

 情報収集を怠らない子たちはそのことをすでに把握している。


「テーマは自由。発表は二か月後。国のお偉いさん方も見にくるぞ。お前たちの成績が俺の給料の査定にも関わってくるから頑張ってくれよ」


 いかにも俗物っぽいことを言い残し、セドリック先生は教室を出ていった。

 一限目の授業はテーマ決めの話し合いに使っていいということなのだろう。


「というわけだから、早速テーマを決めなければならない。まずは皆の意見を聞かせてほしい」


 当然のように前へ出て教壇に立ったイヴァンがみんなを見渡す。

 クラスのリーダーとしての自覚が芽生え、クラスメイトたちもそんな彼をリーダーと認め始めている。とてもいい感じだ。


 研究発表会のテーマの花形は当然ながら魔法。次点で魔道具。

 過去には初等部の研究発表会でのアイデアがきっかけで開発された魔法や魔道具もあるらしい。

 クラスメイトたちの意見もやはりそのどちらかが多かった。


「はい!」


 それじゃあ、新規魔法の開発ということで――そんなふうにまとまりかけたところで、わたしは勢いよく手を上げた。

 大人として本当は子どもたちの意見を尊重してあげなくちゃいけないところなんだろうけど、今回ばかりはわがままを言わせてもらいたい。

 え? いつもわがままだって? 知らん。


「わたし、みんなでポンポン船を作りたい」


「ポンポン船?」


 みんなを代表してイヴァンが尋ねた。隣ではナーシャも首を傾げている。

 まあ、それも当然だろう。初めて聞く言葉だろうからね。


 わりとレトロなおもちゃだから、元の世界でも知っている子は少ないかもしれない。

 ボイラーとそこに接続した二本のパイプが動力源になっていて、ボイラーで加熱した水蒸気がパイプ内の水を押し出すことで推進力を得る仕組みになっている。

 そして、水が排出されるとパイプ内が陰圧になることで、再び水が流入する。

 この蒸気による水の排出と流入のサイクルでボイラーを加熱し続ける限り、船はポンポンと音を出しながら進み続ける。

 スタジオ・ラブリーの人気映画『崖の上のポニ男』に出てきたおもちゃの船だと言えばわかる人もいるかもしれない。


「デイヴ、お願い」


「かしこまりました、姫!」


 わたしが合図を出すと、出番を待っていたデイヴが準備を始める。

 実はこの夏休みに、実家が武器商であるデイヴに相談をして、お抱えの工房で試作品を作ってもらっていたのだ。


 たらいに張った水におもちゃのポンポン船を浮かべ、ボイラーを蝋燭で加熱すると、ポンポンと軽快な音を立てながら小気味よく船が水面を滑る。

 それを見たクラスメイトからはどよめきの声が上がった。


「これを大きくしてさ、人が乗れるものを作りたいって思ってるんだけど、どうかな?」


 わたしがこれを提案したのは、お船に乗ってわーいってやりたかったからってわけではない。もちろん、そんな気持ちがまったくないと言ってしまうと嘘になるけど、もっとちゃんとした理由があるのだ。


 この国の自然科学はとにかく遅れている。その一番の原因は魔道具だ。

 魔石と魔法陣魔法の刻印で作られた魔道具は、生活のあらゆる場面で登場し、貴族から庶民まで欠かすことのできないものとなっている。

 冷蔵庫、ガスコンロ、洗濯機――そんな生活必需品は魔道具で再現できてしまう。軍事用でしか利用されていないが、都市間通信装置なんかもある。

 しかし、大抵のことは魔法と魔道具で解決してしまえるものだから、自然科学が軽視され過ぎているというきらいがある。まさに『必要は発明の母』という言葉のとおり、必要がないから発展しないのだ。


 わたしはそのことがもどかしくて仕方がない。もったいないと思っている。

 自然科学を発展させ、それがこの国の魔法科学と融合したとき、元の世界を超えるようなユートピアが爆誕することだろう。

 もし、わたしが転生したことに意味があるとしたら、それはきっと『自然科学の母』になることなんだと思う。


 そういうわけで、最初に目指すのは、かつて元の世界で産業革命をもたらした蒸気機関の発明だ。蒸気機関車や蒸気船。とにかく馬よりも速く走るものが欲し過ぎる。

 実家に帰るだけなのに、三週間近くかかるなんてひどいと思う。汽車で一日、それがわたしの我慢の限界だ。

 まあ、ほぼ私利私欲だけど、この世界にとってもいいことであることには変わりない。だからわたしは自重する気などさらさらないのだ。


 とは言え、いきなり蒸気機関車を作れるわけではないから、まずは手始めに、みんなに蒸気の力を実感してもらうために、ポンポン船の工作をやってみようというわけだ。

 学んで、考えて、やってみて、失敗して、改善して、またやってみて――みんなには、そんなふうに自然科学に触れてほしい。

 将来の発明家や技術者がこのクラスの中にいるかもしれないしね。


「すげえ!」

「どうなってんだ、これ!?」


 案の定、食い付いてくれたのは男の子たちだ。

 男の子は動くものが好き――これはステレオタイプなんかじゃなく、動物の雄としての本能だ。


「面白そうだし、僕はこれがいいな」


「そうだな。評価されるかどうかは博打なところもあるが、他と違うアプローチは新鮮でいいかもしれないな」


 フレッドが関心を示し、クラスのリーダーであるイヴァンがそれに頷いた。

 あとは、裏ボスであるナーシャ次第なんだけど――


「勝算はありますの?」


 どうやらナーシャは、今学期から勝ちに行くつもりのようだ。

 一学期はクラスメイトの成長を優先していたナーシャだったけど、思いの外早くクラスがまとまりを見せたことから、方針を変更したみたいだ。


 でも、安心してほしい。

 魔法がこの世界の科学なら、『自然科学』はこの世界にとっての『魔法』だ。

 そして、『魔法』を見た人々は驚くものだと相場は決まっている。

 だからわたしは、堂々と言い切った。


「大丈夫だよ、ナーシャ。これはもう勝ち確です」

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