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幼女と叔母(5)

 メイに目配せをすると、彼女は小さく頷いてから、すっと姿を消した。

 それから間もなくして、沈黙が垂れ込める室内にノックの音が響いた。


「失礼いたします」


 お父様が入室を認めて開け放たれた扉の先には、ヴァイオレット叔母様の姿があった。

 訳も分からず連れてこられた叔母様は、室内の面々を一瞥すると目を見開く。

 でも、叔母様が見せた反応はたったのそれだけ。内心の動揺を態度に表すほど、叔母様はつたなくはない。


 一方のアルベルト隊長はというと――こちらは見るからに動揺していた。

 わたしがお父様に苦笑いを向けると、お父様も苦笑いを返してきた。でも、その表情はどこか優しい。


「お兄様のお呼びとのことでしたけど、私にどのようなご用件――」


 あくまでしらを切ろうとする叔母様を手で制したお父様は、再びアルベルト隊長へ声をかける。


「さて、アルベルト殿。先ほどの話の続きだ。リーゼ以外であれば、どんなものでも望みのままに与えよう。貴殿は何を望む?」


 わたしだけは絶対に譲らない。それがお父様の最後の一線。

 とても嬉しいけれど、それは今は一旦置いておいて――


 さあ、アルベルト隊長。正真正銘、これが最後のチャンスよ。

 もし貴方が叔母様を本当に愛しているのなら、彼女の名を呼んでほしい。

 でも、叔母様を前にしても、それでもなお一歩前に踏み出せないというのなら、もし叔母様の前で叔母様の心を裏切るというのなら、それまで。もうわたしには貴方を推せないわ。


「私は――」


 意を決したアルベルト隊長が顔を上げ、お父様の目をしっかりと見据えた。


「あくまで職責を果たしたに過ぎません。お礼を頂くなど、恐れ多いことでございます」


「本当にそれでいいんだね?」


「はい」


 アルベルト隊長はきっぱりとそう言った。

 状況を察しているであろう叔母様の顔にわずかに痛みが滲む。わたしはその顔を見て奥歯を噛んだ。


 叔母様の後悔も、家とお兄様を守りたいという想いも、わたしにはどうすることもできない。

 叔母様の想いを変えたければ、それよりももっと強い想いで上書きをするしかなかった。そして、それができるのは叔母様の想い人しかいなかったのに……この男は最後のチャンスをふいにしてしまった。

 これはもうダメかもわからんね。攻略は失敗。バッドエンド確定だ。

 そんな諦念に近い思いを抱きながら、わたしは小さく溜め息をついた。


 しかし、アルベルト隊長は顔を俯けてはいなかった。その目は決意に満ち、力強くお父様を見据えたままだった。


「――ただ、閣下がもし、私の働きをご評価くださったということであれば、一度だけ、私の無礼な振る舞いに御目溢しをいただきたく思います」


 その言葉にお父様が大仰に頷いてみせると、アルベルト隊長は一礼をしてから立ち上がった。

 こ、これは、もしかすると、もしかするかも!


「ヴィオラ」


「アル……」


 アルベルト隊長が叔母様の前に跪くと、ここまで努めて冷静を保っていた叔母様が初めて動揺を見せた。


 がんばれ、アルベルト!

 いいねするから、フォローするから、ブクマするから、コメントするから、投げ銭するから! わたしが君を全力で推すから、がんばれ!


「ヴィオラ、愛している。俺の妻になってくれないか?」


 キ、キ、キターーーー!

 目の前で展開されたメロドラマに、思わず叫び出しそうになる。幼女に、いや、喪女に見せるには刺激が強すぎる。

 でも、興奮しているのはわたしだけ。

 お父様は目を瞑ったまま何事もないように紅茶を飲んでいるし、側仕えのはずのメイは気を使ったのか、亜空間から覗き見することにしたのか、ってたぶん後者だろうけど、いつの間にか姿を消している。

 そして、当の本人である叔母様は、顔を真っ赤にしたまま固まっていた。


 さあ、叔母様。今度は叔母様の番だよ。

 アルベルト隊長は勇気を出した。その勇気を無駄にしないであげてほしい。

 せっかく白馬の王子様が迎えに来てくれたのだから、叔母様には、その手を取って幸せになってほしい。


 そう思うのだけど、叔母様はアルベルト隊長を見詰めたまま動けない。

 これが、感動に打ち震えてのことだったらいいんだけど、たぶんきっとそうじゃない。

 叔母様は迷っているのだ。ここでアルベルト隊長の手を取ってしまったあとに起こるあれやこれやを想像して、最後の一歩を踏み出せないでいるのだ。


 まったく世話のかかる叔母様ね。

 ただ乙女であればそれでいい。それだけなのに。責任感と罪悪感が強すぎるんだよ。

 でも大丈夫。面倒臭いあれやこれやはきっとお父様が解決してくれる。

 そして、一歩を踏み出せないでいるのなら、わたしが背中を押してあげる。


 わたしはぴょんとソファから跳び下りて、てくてくと叔母様の方へと向かう。

 跪いたままのアルベルト隊長も、固まったままの叔母様も、不思議そうに視線だけをわたしに向けてくるが、そんなことにはお構いなしに、叔母様の背後へと回る。


「リ、リーゼ……?」


 きっとわたしが叔母様に何を言ったところで彼女の心には響かない。

 アルベルト隊長の渾身のプロポーズでも足りなかったのに、わたしなんかが何を言ったところで無駄だ。

 だから背中を押す。物理的に。


「えい!」


 トンと背中を押すと、よろけた叔母様がアルベルト隊長にしな垂れかかるように倒れ込み、アルベルト隊長が驚きつつもそれを優しく抱きとめた。


 わたしはアルベルト隊長に向かってウインクを一つ。

 さあ、約束どおり推した、いえ、押したわよ。お膳立てはこれでお終い。最後のトドメはお願いね。


「ヴィオラ、大好きだ。この世界で一番に」


「私も……私も大好き……」


 叔母様を抱きしめるアルベルト隊長の背中に、彼女の腕がそっと回された。


 ふう……ったく、手間かけさせやがって。わたしにこれだけ苦労かけたんだから、末永く幸せにならなきゃ絶対に許さないんだからね!

 柄にもなくツンデレぶってみたけど、そうでもしなくちゃこの二人を見てなんていられない。心の楔から解放された二人は甘ったるくて、子どもの前だというのに今にもちゅっちゅしそうな勢いだ。

 亜空間があったら放り込んでしまいたい。あ、亜空間ならあるか。でも、今放り込むと、早速いとこができちゃうかもしれないわね。


 まあ、なんにせよ、これにて一件落着――


 そう思っていたのだけれど、本当に大変なのはこのあとだった。

 目溢しをするのはプロポーズまで。だからと言って、結婚を認めるかどうかは別問題だ――いちゃつく二人を見て、シスコンを拗らせたお父様がそんな駄々っ子みたいなことを言い出したのだ。

 レオンがわたしに告白したときには全然こんな感じじゃなかったのに、まったくシスコンというものは業の深い病気である。

 まあ、あとのことは若い二人にお任せしよう。二人で力を合わせればなんとかなるなる。

 ちょっと雑だけど、もう知らん。わたしは疲れたのだ。


 ぎゃあぎゃあと言い争いをするお父様と叔母様。その間に挟まれて居た堪れない様子のアルベルト隊長。

 そんな三人の姿を眺めながら、わたしは笑みを浮かべた。


 喪女でいたときには感じることのなかった疲れや悩み。

 でも、もしかしたら、こういうのを含めて『幸せ』っていうのかもしれないね。

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