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幼女の初恋(2)

「さあ、リーゼもそろそろ支度をしましょうね」


 一頻りのイチャコラを終えたお母様がそう言うので、わたしはお父様の腕の中で、美幼女らしく小首を傾げた。


「したく?」


「ああ、そうだった。それでパパもリーゼを探していたんだったよ」


 お父様は抱いていたわたしを降ろすと、乱れていたスカートの裾を綺麗に整えてくれた。

 わたしがほぼ無意識にお父様の頬に触れると、お父様はその手を取ってふわりと笑う。


「たっぷりおめかししてくるんだよ。楽しみに待っているからね」


「ほんとはママがおめかししてあげたいんだけど、パパとママはお客様のお出迎えをしないといけないから、ごめんね」


 わたしの目線に合わせてしゃがんだお母様が、もう片方の手をとって、わたしの頬にキスをした。

 それから、お母様は誰もいないはずのわたしの背後に向かって声をかけた。


「メイ、あとはお願いね」


「かしこまりました、奥様」


「ぎゃあ!」


 思わず美幼女らしからぬ声を漏らしてしまった。でも、それもしょうがないと思う。

 だって、誰もいなかったはずの場所にいきなりぬるっと人が現れたんだもの。


「もう、メイったら。リーゼがびっくりするからその登場の仕方はやめてって言ってるでしょ」


「申し訳ございません、奥様」


 苦笑いを浮かべるお母様に、メイと呼ばれたメイド服の女の子が頭を下げた。


 こげ茶色の髪を三つ編みおさげにした十代後半ぐらいの女の子。

 この顔で生まれれば十分勝ち組を名乗っていいと思えるような整った顔立ちに、ほんの少しのそばかすがチャームポイント。

 お父様とお母様の前だからかもしれないけど、礼儀正しく、物静かな印象だ。

 この屋敷にはメイドが何人もいるけど、初めて見る子だった。


「リーゼ、この娘はメイ。今日から君の専属メイドになる。パパとママがいないときは、メイが必ずリーゼのそばにいるから、困ったことがあったらメイを呼ぶんだよ」


「リーゼロッテお嬢様の専属メイドを仰せつかりました、メイでございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 お父様の紹介に合わせて、メイが恭しく礼をした。

 お父様とお母様はそれを見て笑顔で頷くと、「リーゼ、また後でね」とわたしの頭を撫でてから部屋を出て行った。


 急にぽつんと取り残されてしまったわたし。

 支度をしろって言われたけど、一体何をしたらいいの?


 困ったわたしがメイドのメイに視線を向けると、彼女はわたしを安心させるかのように優しく微笑み返してくれた。

 けっこういい人っぽくてよかった。


「では、お嬢様、早速お召し替えを」


 メイがそう言ってわたしに頭を下げる。

 すると、彼女の背後に突然何十着もの衣装が現れた。


「ね、ねえ。今のって魔法なの?」


 驚いたわたしはそうメイに尋ねた。

 さっきの登場シーンもそうだったけど、突然人や物が現れるなんて、普通じゃ考えられない。

 だからこれはきっと魔法に違いない。


 ちなみに、この世界には魔法があるし、わたしもそのことは知っている。

 でも、魔法が使える人はすごく少ないっていうし、そういう貴重な人材は、軍に入ったり、国の要職についていたりするものらしい。

 だから、もしさっきのが魔法なんだとすれば、メイは、使用人にしておくにはもったいないほどのものすごく優秀な人材だということになる。


「はい、お嬢様。空間魔法でございます」


「空間魔法?」


 前世のわたしのラノベ知識に照らせば、空間魔法とは、亜空間から物を出し入れしたり、人や物をワープさせたりする魔法だ。

 でも、ここでのわたしは一応六歳児なので、何も知らないという体で小首を傾げてそう尋ねた。

 するとメイは頬を若干赤らめながら頷いた。


「空間魔法とは、亜空間を作り出し、そこに物をしまったり、身を潜めたりできる魔法でございます。いつでもどこでも出し入れができる便利なクローゼットのようなものでございます」


 メイの説明はわたしの想像どおりだった。

 しかし、それに続くメイの説明はわたしの想像の斜め上を行っていた。


「おそらく空間魔法の使い手はこの国では私を含め片手の指で足りるほどでございましょう。お屋敷でお嬢様付き専属メイドの募集があったとき、空間魔法が使えればワンチャンあるかと思いまして、一から勉強しました。これで、おはようからおやすみまで、そして、おやすみからおはようまで、いつでも陰ながらリーゼロッテお嬢様を見守ることができます」


 火照った頬を両手押さえ、体をくねらせるメイに、わたしはドン引きした。

 完全にストーカーの思考ですやん。

 こんな危ない奴が空間魔法の使い手という事実には恐怖しかない。


「ねえ、メイって中身がおじさんってことはない……よね?」


 喪女が転生したら美幼女だったんだから、幼女好きのおじさんが転生してメイドになることだってあるかもしれない。

 もしそうだったら貞操の危機だ。


「私がおじさん? いえ、私は生娘でございますが?」


「あーうん……そっか」


 別に処女かそうじゃないかって情報はいらなかったんだけど……まあ、とりあえず今のところは、ちょっと変わったメイドってことにしておこう。

 考えてもみれば、わたしが貞操の危機を心配するなんて烏滸がましい話だし。


「では、お嬢様。お召し替えを」


 目を輝かせたメイが持っているのは、空色のワンピースドレス。胸元が白い花で飾られ、腰のところには濃紺のリボンがあしらわれている。

 めちゃくちゃ可愛い。前世ではドレスを着るどころか、お洒落をすることすらなかったので、テンションが爆上がりだ。


「じゃあ、着替えるからちょっとあっち向いててね」


 そう言いながらドレスを受け取ろうとするが、メイは手にしたドレスを離そうとしない。


「なりません、お嬢様」


「どうしたの?」


 メイのわたしを見つめる目がちょっと恐い。


「高貴な方が! 自ら! お着替えなど! 断じて、なりません!」


「で、でも、わたし、自分で着替えられるよ?」


「できるできないの話ではないのです! 私が何のために血反吐を吐く思いで空間魔法を習得したか。私がどれだけ多くの同僚を蹴落としてきたか。全てはこの日のためだというのに。お嬢様のお着替えをお手伝いするためにメイドになったまであるというのに!」


「じゃ、じゃあ……お願いしようかな?」


 あまりの気迫に負けた。


「で、では、さっそく……」


 ごくりと生唾を飲み込んだメイが、血走った目で、鼻息を荒くしながら、わたしの服を脱がせていく。


 なんだかイタズラをされている感じがして、ものすごく気持ちが悪い。

 よし。やっぱりコイツは危険だ。これが終わったらお父様に言ってクビにしよう。

 わたしはそう決意をして心を無にした。


 そうして、愛でるような、撫でるような視線に耐えること数分。何とか無事に着替えが終わった。

 まあ、無事なのは体だけであって、心は汚されちゃったような気もするけど……


 わたしがぐったりとしてため息をつくと、その横では、崩れ落ちたメイが手で光を遮るようにして、わたしのことを仰ぎ見ていた。


「エク……セレント……!」


 滂沱の涙を流すメイに、わたしはもう一度ドン引きした。


「さて、お嬢様!」 


 唖然としているわたしをよそに、気を取り直したメイが、今度は薔薇のような深紅のドレスを手にして立ち上がった。


「お次はこれを!」


「え? わたしはもうこれでいいよ……」


 色とりどりのドレス。意匠も様々で、どれもこれも魅力的。お洒落とは縁遠かったわたしからすれば、できれば色々と試してみたいのはやまやまなんだけど、これ以上ド変態の目に晒されるのは気持ちが悪い。


「何をおっしゃいますか、お嬢様! せっかく旦那様と奥様がご準備くださったのですよ。ここにある五十着、全てご試着くださいませ!」


 もう本当に圧がすごい。超臨界水並みにすごい。

 でも今度は押されるわけにはいかない。


「でも、わたしはメイが一番最初に選んでくれたコレが一番気に入ってるんだけどな?」


 わたしが上目遣いでそう言うと、メイは「はうわ!」と叫んで鼻血を吹き出しながら、受け身も取ることなく真後ろに倒れ込んだ。


 チョロい――とは思いつつも、わたしは一応優しくて可愛いお嬢様なので、「だ、大丈夫?」と上辺だけの心配をしながら駆け寄った。

 すると、メイが鼻血と涙を流しながら縋りついてくる。


「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとございます!」


「う、うん。わかったから、ちょっと離れよ?」


 ドレスに鼻血付いちゃう。


「私はもう死んでもいい。いや、むしろ最高潮の今死にたい! 死んで、お嬢様のドレスに転生したい」


 この世界にも転生っていう概念があるんだね――ってか、やっぱりテメエ、転生者じゃないだろうな?


 わたしがメイの顔をぐいと押しのけて立ち上がると、メイは止めどなく流れる鼻血を手の甲で豪快に拭った。


「しかし、私が今ここで倒れて、一体誰がお嬢様のお世話をするというのでしょうか?」


 そして、血に染まった手で力強く握りこぶしを作って立ち上がった。


「わたしはメイ以外だったら誰でもいいなあ……」


 わたしはそう小声で呟くのだが、どうやらそれはメイの耳には届かなかったようだ。


「私しかいませんよね?」


 満面の笑みでわたしを見たメイの顔は鼻血まみれだった。


「そうだね……」


 そんな彼女に、わたしは引き攣った作り笑いを返した。

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