幼女と叔母(2)
王城を中心として同心円状に広がる王都。中心部が貴族街であり、外周部分が交易街。その間はベッドタウンとなっていて、王城に近いほど富裕層の割合が高くなっている。
ちなみに、王立学院は貴族街とベッドタウンのちょうど境目に設立されている。
この日のわたしは、久しぶりに交易街へと繰り出していた。
久しぶりとは言っても、初めて王都を訪れたときに通り過ぎただけだから、実質的にはこれが初めてだと言ってもいい。
交易街は、閑静な貴族街と違って活気に溢れている。
シーラン王国は単一人種国家だけど、それでも出身地によって髪や肌の色、言葉の訛りなんかも違うから、行き交う人たちを眺めているだけでもなかなか面白い。
今日のわたしの装いは、向日葵色のワンピースに同じ色のリボンをあしらったつばの大きな麦わら帽子。貴族令嬢のオフスタイルだ。
自分で言うのも何だけど、とても可愛いと思う。
「お嬢様に不躾な視線を送るとはけしからん輩ばかりですね。消しましょうか?」
「物騒なこと言わないでよ。ちょっと歩きたいって言ったのはわたしなんだから、これぐらい我慢しなきゃ」
実際、街を歩くわたしは注目の的だ。
ラフな格好をしているとは言え、付き人二人を従えたその姿はあからさまに高位貴族。そんな貴族が交易街を練り歩いていること自体が珍しいというのも確かにあるだろう。
でも、一番の原因はわたし自身にある。わたしはとんでもなく可愛いからね。
「お嬢様、見えてまいりましたよ。あちらでございます」
しばらく歩いたところで、もう一人の付き添いであるシーツ爺が、わたしのために差してくれていた日傘を少しだけ上に傾けた。
そこにあるのは、王都警備隊西十二番隊詰所。今日の目的地だ。
「ごめんくださいませ」
メイが扉を開けるのに続いて詰所に入ると、詰所の中がにわかにどよめいた。
普段見かけることのない高位貴族、それも絶世の美幼女が突然現れたのだから、それも仕方のないことだろう。
「た、隊長!」
隊員の一人が奥の部屋に飛んでいくのを、少しだけ申し訳ない気持ちで眺めていると、それからややあって目的の人物が姿を現した。
「お待たせをいたしました。王都警備隊西十二番隊で隊長を務めておりますアルベルト=レイドンと申します」
慌てて出てきて臣下の礼をとった男、アルベルト=レイドン准男爵。
彼こそが目的の人物――叔母様の想い人だ。
わたしは彼の姿をまじまじと見る。
背丈はお父様より高く、体格もがっしりとしている。顔つきは精悍で凛々しい。体育会系陽キャといった感じだ。
髪を整え、髭を剃り、身だしなみには清潔感が感じられるのは好印象だ。けれども、その所作はお世辞にも優雅だとは言い難い。
でも、それは仕方のないことだ。事前情報によれば、彼はもともと行商人の子。腕一つで今の地位を掴み取り、准男爵という一代貴族の爵位を賜っていのだ。
そもそも洗練された所作など彼には求められていないし、それで何か問題があるというわけでもない。
ふむふむ。見た目は合格ね。十ポイント。
見た目に悩みを抱えてきたはずのわたしが、人の見た目を評価する。おぞましいほどの上から目線である。
お前何様なんだよ、というツッコミには辺境伯令嬢様だと答えておくことにする。
そんなわたしの値踏みをするかのような視線に居た堪れなくなったのか、アルベルト隊長が、恐る恐る口を開いた。
「本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょう? 何かお困りごとがございますか?」
「お嬢様がハンカチーフを紛失されました。ここに届けられてはいませんでしょうか?」
わたしに向けられた問いをシーツ爺が引き継いでそう答えると、アルベルト隊長はすぐに部下に遺失物保管庫を確認させた。
しかし、当然そこにわたしのハンカチなどあるはずもなく――
「申し訳ございません。こちらには届けられていないようです」
「それは困りましたね。あのハンカチーフはお嬢様のお気に入りなのです。探してはいただけませんか?」
シーツ爺がいつにない高圧的な態度でそう言った。わたしはその隣で、まるで他人事のように澄ました顔で立っている。
本来、遺失物の捜索は王都警備隊の職務の範疇にはない。落し物が届けられたら保管するだけ。日本の警察と一緒だ。
しかし、残念ながら貴族の中には、こうして高圧的な態度で無理な要求をする者も少なからずいるのだ。
果たして彼はどういった対応を見せるのか。ここはきっぱりと断る、そうするのが正解の一つだと思うけれど――
「かしこまりました」
しかしアルベルト隊長は、間を置くことなくそう答えると、詰所の隊員たちをぐるりと見渡して、二人の隊員を呼び寄せた。
「ちょうど私とこちらの二名が警らに出るところでしたので、捜索に当たらせていただきます」
要求を跳ね除ければ余計に面倒なことになるし、職務を全面的に放棄するわけにもいかない。
警らのついででよければ探してやる。その代わりに隊長である自分が出るからそれで満足しろ――それがアルベルト隊長が示した妥協点だった。
まあ、この対応もまずまずね。七、いや、八ポイント。
相変わらずの上から目線。ごめんね。
馬車を降りてからここに至るまでのルートやハンカチの特徴などの聴取を終えると、早速街へ出て、捜索が開始された。
道の端を入念にチェックしたり、行き交う人に聞き込みをしたりと、警らのついでとはいうものの、しっかりと探してくれているようだった。
中には、住人の方からアルベルト隊長に声をかけてくる人たちもいて、街の人たちの警備隊への信頼が厚いことが伺えた。
これもひとえにアルベルト隊長の人柄のおかげなのだろう。このあたりはポイントが高い。十ポイント。
「アルベルト様はお付き合いをされている方はいらっしゃるのですか?」
八百屋の店主に聞き取りを終えたばかりのアルベルト隊長をつかまえて唐突に声をかけると、彼は一瞬だけ動揺を見せたあと、苦笑いをわたしへと向けた。
「正式にお付き合いをさせていただいている方はおりません。一方的に想いを寄せている方はいるのですが……」
いきなりぶっこんだプライベートな質問にもかかわらず、彼は赤裸々に答えてくれた。
わたしが貴族令嬢だということも多分にあるだろうけど、それでも子ども相手に真摯に答えるその姿には好感が持てる。十ポイントを進呈しよう。
「アルベルト様ほどの殿方から愛を告げられれば、お相手がどのような方でもイチコロじゃないかしら?」
そう言ってわたしは花の咲くような笑みを向けた。すると、アルベルト隊長は顔を真っ赤にして固まってしまった。
その視線はわたしを捉えて離さず、あからさまに見惚れている。
おやおや、これはいけませんね。いくらわたしが可愛いからといって、叔母様というものがありながら、幼女に赤面するなんて減点ですよ?
ロリコン。マイナス百ポイント。
ふふ、あっさり借金生活になってしまいましたね。
そうほくそ笑みながら心の中の採点表に点数を書き込んでいたそのときだった。
「きゃあ!」
背後で女の人の悲鳴が聞こえた。
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