幼女と恋人(3)
「よかったわね、リーゼ」
人生で初めての告白を受けたその日、久しぶりに叔母様のベッドに潜り込んだわたしの頭を、叔母様がゆっくりと撫でた。
「想い合う人とお付き合いをして、相思相愛のまま結婚をする。貴族にとっては、それが一番難しいことなの。だから、リーゼには幸せになってほしいの。あなたのお父様みたいにね?」
「お父様みたいに?」
叔母様の胸に埋めていた顔を上げると、そこには少しの痛みを含んだ笑顔があった。
今日の叔母様はどこか感傷的だ。
一緒に寝ようと叔母様から誘われたのも久しぶりだったし、わたしが叔母様にそうする以上に、叔母様がわたしに甘えたがっているようにも見える。
たぶん、そんな感傷的な気分が、叔母様の口を少しだけ軽くしたのかもしれない。
「あなたのお母様、マーガレット様は孤児だったの」
「え!?」
それは初耳だった。お母様はもともと貴族の出身ではないとは聞いていたけど、まさか孤児だったとは知らなかった……
「孤児院を出たお義姉様はね、領都の大衆食堂で働いていたの。当時からものすごく可愛らしくて領都でも有名な看板娘だったそうよ」
それはそうだろう。町娘姿のお母様、想像しただけで萌える。わたしだったら、毎日三食、休むことなくその店に通うと思う。
そしてそれは、当時の街の男たちもそうだった。中には、領都に店を構える大商や貴族の息子なんかにもお母様に言い寄っていた者が多数いたらしい。
そこへ、当時領軍に属していたお父様が、仕事帰りにたまたまその食堂に立ち寄ったときにお母様に一目惚れをしたことが二人の馴れ初めなのだそうだ。
「リーゼにもわかると思うけど、当時は、それはもうものすごい反対の嵐だったわ。お父様とお母様――リーゼにとってはお祖父様とお祖母様ね、その二人はもちろんのこと、領内の貴族、領軍、周辺諸侯、果ては王族まで、誰一人、二人の交際を認める者はいなかったわ」
「……叔母様も反対したの?」
わたしのその問いに叔母様は申し訳なさそうに笑ったあと、「ごめんね」と言った。
「貴族の、それも領主の妻になるということは簡単なことじゃないの。領主を支えるだけの力がいるし、場合によっては領主に代わって領地経営を指揮することだってある。とても町娘に務まるとは思わなかったわ。それに私は、お兄様にはノト侯爵家やサフォレス公爵家なんかの有力貴族と縁戚関係を結んでほしいと思っていたから……」
叔母様の言わんとすることはわかる。と言うか、それがこの世界の常識だ。
貴族にとって結婚はコネクション作りの手段であり、男も女もそのための道具に過ぎない。むしろ間違っているのはお父様だったとさえ言える。
「それにね……」
叔母様はそこで一度言い淀んだが、やがて意を決したように続きを口にした。
それはまるで罪を告白するかのような口ぶりだった。
「お義姉様は美し過ぎたわ。誰も彼もを簡単に虜にしてしまうような、そんな常人離れした魅力があったの。私は……それが恐かったわ」
叔母様は皆まで言わなかったが、彼女が抱いていた懸念はわたしにもわかる。
その美貌で次期辺境伯を骨抜きにした、色仕掛けで取り入った――などなど、その手の噂は後を絶たなかったことだろう。
叔母様もそんな噂を全部信じることはなかったかもしれないけど、いざお母様を前にするとそれを完全に否定し切ることはできなかった。それほどまでにお母様は美しかった。
そしてわずかでもそんな疑念が残れば、二人の交際を認めることは叔母様にはできなかった。こう見えて叔母様は、筋金入りのブラコンなのだから。
「でもお義姉様は負けなかった。努力に努力を重ねて、必要とされる礼儀も作法も知識も、すべてを身に付けたわ。そうするうちに、徐々に周りの雰囲気も変わってきたの。それでも最後まで頑なに反対する人たちもいたけど、最後は『認められないのであれば出奔する』というお兄様の言葉が決め手になったわ」
お兄様のその殺し文句に反論できる人はこの国にはいない。叔母様はそう言って苦笑いを浮かべた。
思いがけず耳にしたお父様とお母様の馴れ初め。身分差と困難を乗り越えて成就した愛の物語。
お父様もお母様も素敵だし、恋愛小説としても大ヒット間違いなしとは思うんだけど――
「どうしたの? 今日の叔母様ちょっといつもと違うよ?」
「リーゼのお話を聞いて嬉しくなっただけよ。想い合って結ばれることは本当に素晴らしいことだからね?」
誤魔化すように笑った叔母様の顔には、やっぱりどこか痛みを含んでいるように見えたけれど、叔母様はそれ以上何も話してはくれなかった。
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