幼女の実力(4)
初めて行われたクラスマッチ。
わたしたちは制限時間ギリギリではあったけど、なんとか全員無事にゴールをすることができた。
クラス順位は二位。上々の出来だったと思う。
ちなみに一位は月組。驚くべきことに彼らはわたしたちの半分の時間で全員がゴールにたどり着いたらしい。
後から聞いた話では、三名の索敵部隊を先行させ、安全なルートを確保した上で、残る全員でゴールを目指したそうだ。その結果、わたしたちのように魔物と遭遇することもなく、悠々と行軍することができたとのことだった。
ライバルながら天晴れとは思うものの、ちょっと悔しい気持ちもある。でも悔しがるのはまだ早い。ナーシャの言うとおり、まずはわたしたちの成長が先決だ。
後から聞いた話と言えばもう一つ。
演習林に出現したアースドラゴンは全部で三頭。一位を取った月組以外は全クラス、アースドラゴンに遭遇したらしい。
わたしたちのところまで逃げてきた子は雪組の子で、囮役だったそうだ。そうして難を逃れた雪組も、別のアースドラゴンに再び遭遇して、結局ゴールできなかったのだから、ご愁傷様としか言いようがない。クラスメイトを犠牲にするからバチが当たったんだ。
そのアースドラゴンだけど、実は全て学院側が用意したテイムされた魔物だったらしい。
生息地も全然違うし、子どもたちの安全確保上も、おかしいと思ったんだよね。
まあ、何にせよ、わたしたちはこうして無事にクラス成績を向上させることができたわけだけど、収穫はそれだけではなかった。
「少し話があるんだが」
クラスマッチの翌日の放課後、ナーシャとおしゃべりをしているところへ、イヴァンがやって来た。彼の側近の一人、風魔法使いのイレーネも一緒だ。
「なに?」
わたしが顔を向けると、イヴァンは少し気まずそうにして、教室の片隅に留まっている取り巻きたちに目をやった。
どうやら彼らがいる前では話し辛いことのようだ。
「場所を変えましょうか。わたくしも一緒でよろしいのでしょ?」
「できればそうしてもらえると助かるよ」
というわけで、わたしたちは中庭にあるカゼボへと向かった。
わたしとナーシャが並んでベンチに座り、テーブルを挟んで向かい側にイヴァンとイレーネが座る。
話があると言っていたイヴァンだったけれど、彼は黙って座ったまま、なかなか口を開こうとはしなかった。
そこへコロコロとティーカートを押して、一人の女の子が姿を現した。
「あれ、フローラ? どうしたの?」
「お姉さまがこちらに向かっているのが見えましたので、お茶を準備しました」
フローラはそう言いながら、わたしたちの前に紅茶を並べてくれた。
「ありがとう。でも、こんなことしてくれなくてもいいんだよ?」
「いえ、お姉さま。わたしは行く行くはお姉さまの下の世話までしたいと思っていますので」
「いやあ……それは遠慮しておこうかな……」
愛が深すぎて恐い。こいつは闇に落ちすぎている。
「それに、お姉さまのためばかりというわけでもないのです」
「ん?」
フローラが淹れてくれた紅茶を啜りながら首を傾げると、フローラは右の口角だけを上げて黒い笑みを浮かべた。
「その男のお茶には毒を入れてあります」
「なんで!?」
あんた、それ犯罪だよ! てか、なぜそんなに殺意が高いの?
「私はその男が嫌いですので」
まさかのただの好き嫌い! いや、嫌いという感情は突き詰めれば殺人の動機になり得るのか!?
なんかすみません。わたしの友達が失礼なことしちゃってほんとにすみません!
そんなふうにわたしがあたふたしていると、イヴァンは何が可笑しいのか大きな笑い声を上げて、毒入り紅茶のカップに手を伸ばした。
「僕も、クラスメイトにずいぶんと嫌われたものだな。まあ、自業自得か」
「ちょっ! それ毒入ってるんだよ!?」
わたしは慌てて止めようとするが、イヴァンはそれに構わず、いつもの午後のティータイムを楽しむような優雅な仕草で、カップへと口をつけた。
喉を掻きむしるように苦しみだしたイヴァンは、やがて真っ赤な鮮血を吐き出し、恨みのこもった目をフローラに、いや、わたしに向けたあと、言葉にならない言葉を残すように口をぱくぱくと動かして、ついにはその場に倒れ伏せる――とはならなかった。
「チッ!」
フローラが聞こえよがしに舌打ちをした。
この態度を見るに、本物の毒など入れていなかったのだろう。入れていたのは、嫌悪、憎悪、軽蔑、そんな心に効く毒。
まあ、それはそれでダメージはでかいよね。
「昨日のこと、そして今のことで、僕は自分の立ち位置がよくわかったよ」
イヴァンは少しだけ寂しそうに笑ったあと、立ち上がって、わたしに向かって頭を下げた。
「昨日のクラスマッチ、僕たち全員が無事にゴールに辿り着けたのは、すべてリーゼロッテ殿のおかげだ。貴殿の助力に心から感謝する。真のリーダーは僕ではなく……貴殿だった」
悔しそうに握った拳を震わせながらも、イヴァンは真心からの感謝を伝えてくれた。
その姿を見て、可愛いな、とわたしは思った。素敵だなとも思った。
負けを認めるのって悔しいよね。負けた相手に頭を下げるって本当に難しいことだよね。こんな小さな男の子なのにそんなことができるのって、素敵だなって思うよ。
でもさ、イヴァン。あなたは負けてない。全然負けてなんかないんだよ?
「やっぱりリーダーはイヴァンだよ。イヴァンは今『僕たち全員が』って言ったよね? その全員って自分たちだけじゃなくてクラスのみんなのことでしょ? イヴァンは、クラスを代表してわたしにお礼を言ってくれたってことでしょ? それってやっぱりリーダーだよ」
昨日だって、リーダーはやっぱりイヴァンだった。
クラスメイトに責任を持って、必死でみんなを導いていた。その証拠に、イヴァンを嫌うフローラでさえも彼の指示に従っていたのだから。
「しかし……結局僕は何もできなかった。僕はただ皆の前を歩いていただけに過ぎなかったんだ」
「可笑しなことをおっしゃるのね」
ナーシャがパタパタと扇いでいた扇子をパチンと閉じた。
「皆の前を歩く――それが一番難しいことですのよ?」
「そうだよ。イヴァンだからみんなをまとめられたんだよ」
「ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しいよ。しかし、僕は今回の件で自分の力の無さを痛感した。いや、力が無かったわけではないのかもしれない。ただ、僕よりも優れた力を持つ者がいただけだ。だから――」
そこで一度言葉を区切ったイヴァンがわたしたちに向かってもう一度頭を下げた。
「僕を君たちの麾下に入れてくれないだろうか?」
あれだけプライドの高かったイヴァンがそう言った。わたしたちの下につくと言ったのだ。
そのことに素直な驚きがあった。
でも、それはダメだ。ナーシャもきっと許さない。
「ダメですわ」
「なぜだ!? 僕が君たちの下につけばクラスは一つにまとまるし、君たちならクラスを良い方向へ導いてくれるはずだ」
不機嫌そうに扇子を自らの手の平に打ち付けたナーシャに、イヴァンが言い募る。
しかし、ナーシャがその言葉を受け入れることは決してない。
「力が足りないと言うのなら、力を身に付ければよいのですわ。努力をして、力をつけ、皆に認められればよいのです。その上で、失敗をしては立ち上がり、傷ついては前を向き、皆の前を歩く。それが王道ですわ。もし、貴方が王道を歩くと言うのなら――わたくしもリーゼも全力で貴方を支えて差し上げますわ」
正面に立ったナーシャに、イヴァンは息を飲んだ。女のわたしであってもきっとそうしていただろう。
それだけ、慈愛に満ちたナーシャの笑顔は綺麗だった。
「ねえ、イヴァン」
悪いとは思ったけど、ナーシャに見惚れていたイヴァンに声をかける。
わたしにもイヴァンに伝えておきたいことがあったのだ。
「誰が上とか、誰の下とか、そんなのは関係ないクラスを作っていけないかな?」
わたしの言葉に、イヴァンもナーシャも、それからフローラとイレーネも驚いた顔を向けた。わたしはそれに苦笑いを返す。
それが荒唐無稽な話だということはわかっている。この国には、覆すことのできない身分制度というものがあるからだ。
良いか悪いかは別として、ある意味でそれは割り切ることができる、というか、諦めがつく問題でもあるし、それで社会がうまく回っている面も否定はできない。
でも、それでもやっぱり、身分と能力は別だ。
世の中には埋もれている才能がたくさんある。日の目を見ぬまま枯れていく才能がたくさんあるはずだ。
この学院はそういった才能に光を当てたいと考えている。まだ見ぬ才能を発掘したいと考えている。
そしておそらく、身分の垣根を越えて、わたしたちに真の友情を育んでほしいと考えている。
わたしもそう思う。
前世では自分のせいだとは言え、ほとんど友達を作ってこなかったわたしは、今生こそは本当の友達を作りたいと思っている。身分にとらわれず、助け合い、笑い合える本当の仲間を。
そしてその機会は、大人になってしまえば、もう二度とは訪れない。
「リーダーってさ、上に立つ人じゃなくて、前に立つ人だとわたしは思うんだ。イヴァンだったら、きっとそういう人になれるんじゃないかな?」
わたしの言葉とナーシャの言葉。
その二つを受けたイヴァンはしばらく俯いたまま考え込んでいたが、やがて顔を上げた彼の双眸には強い意志の光が宿っていた。
「二人の期待に応えられるように精進することを誓うよ」
イヴァンの決意に、わたしとナーシャは顔を見合わせて微笑みあう。
イレーネも瞳に涙を浮かべて笑っている。
若干一名、舌打ちをしている人がいたが、それは彼女なりの愛情表現だ。たぶん。
この日、こうしてわたしたちのクラスは本当の意味で一つになった。
これからたくさんの困難は待ち受けているだろうけど、わたしたちならきっと大丈夫。
わたしたちのクラスはこれからだ!
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