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幼女の実力(1)

 週末はヴァイオレット叔母様がお誕生会を開いてくれた。

 上位貴族と言えども、よそのお客様を呼んで誕生パーティを開くのは嫡子が六歳の誕生日を迎えるときだけ。

 そういうわけで、身内、それも叔母様と使用人だけの小さな誕生会だったが、お父様とお母様からの誕生日プレゼントも届いたし、とても嬉しい一日だった。


 友達どうしでのプレゼント交換とかもしたいから、今度、ナーシャたちの誕生日も聞いておこう。

 前世ではそういうのをやったことがありませんからね。推しに一方的に誕生日プレゼントを贈ることばかりだったので。

 もちろんレオンの誕生日の確認はマストだ。あんなに素敵なプレゼントをくれたんだから、今度はわたしがサプライズプレゼントを準備してあげたい。


 そんな幸せな週末を過ごした翌週。

 わたしたち初等部一年生にとって、とても重要なイベントが待っていた。


「これからクラスマッチを実施する」


 学院所有の演習林。その前に集合したわたしたちに向かって、担任のセドリック先生が厳つい顔をさらに厳つくしながらそう言った。

 クラスマッチ――正式名称は組対抗特別課題。年に数回実施されるクラス対抗の課題のことで、一年生で実施されるのは今回が初めてだ。


 そもそもこの学院には個人成績とクラス成績があり、その合計点の上位者から中等部の進学先を自由に選択できる仕組みになっている。

 クラス成績は、日常の課題や期末試験のクラス総合点の順位などによりポイントが付加されるほか、今回のようなクラスマッチの成績に応じてポイントが与えられるようになっている。

 中等部で所属する学部は将来にも大きく影響することから、みんな、希望の学部に進学するために、個人成績だけではなくクラス成績にも敏感になっている。


「今回のクラスマッチは行軍演習。この演習林の南北約五キロメートルを四時間以内に走破してもらう。達成条件はクラスの八割がゴール地点に辿り着くこと。早く達成したクラスから順にポイントを与える」


 セドリック先生はこのほかに、他クラスへの妨害工作を行ってはいけないこと、自分たちだけで対処できない事態が起こった場合は教師を呼ぶことなどの説明を付け加えた。


「演習開始は一時間後。それまでの時間は自由に使っていい」


 セドリック先生は自由時間だと言ったけど、実質的にこれは作戦タイムだ。

 その証拠に、わたしたちと同じように集められていた他のクラスは、早くも何やら相談を始めていた。

 たぶんどのクラスにも強力なリーダーシップを持った子がいるのだろう。こういうときにクラス全体がすぐさままとまった行動をとれるかどうかは、リーダーの資質にかかっている。


 その点、わたしたちのクラスには明確なリーダーが存在しない。

 クラスの中で最も幅を利かせているのが、次期エイディーン公爵の三男坊を中心とする一派だけど、それを快く思わない子たちは、ナーシャとわたしのところへと集まっている。

 でも、わたしたちの集団は、わたしやナーシャがリーダーとしてまとめているというよりも、仲良しどうしの集まりみたいな感じだ。

 クラス全体のまとまりという時点で、わたしたちのクラスは大きく出遅れていた。


「イヴァンがここでリーダーシップを示せるか、それとも別の子が頭角を現すか、見ものですわね」


 ナーシャが扇子で口元を隠しながら笑みを浮かべた。


「ナーシャがみんなをまとめるのが一番早いんじゃない?」


「まあ、今回に限ってはそうかもしれませんわね。でも、それだと得るものは何もありませんでしょう?」


「ポイントはもらえるよ?」


 わたしがそう言うと、ナーシャはくすりと笑った。


「損して得とれ、と言うでしょう? 今回のポイントは他のクラスに差し上げても構いませんの。勝負は三年間あるのよ? 最後に勝っていればいいの。そのためには、クラスメイトの成長が不可欠ですわ。早い段階でね」


 なるほど。このクラスで一番偉そうなのはイヴァンだと思ってたけど、それは間違っていたのかもしれない。

 一番偉そうなのはナーシャだ。でも『偉そう』というのは若干語弊がある。

 彼女は肩書をひけらかしてまるで自分が偉いかのように振る舞っているわけではなく、この歳にしてすでに立ち位置が王者なのだ。王者の視点からクラスメイトのことを見ている。圧倒的に上の視点からクラス全体を俯瞰して先のことまで見通している。

 それは大局観とも言える支配者としての資質なのだろう。


「さて、イヴァンはどうするでしょうね?」


 愉快そうな笑顔でナーシャがイヴァンに視線を向け、わたしもつられてイヴァンを見る。

 何やら考え込んでいたイヴァンも、ほぼ同時にわたしたちに視線を向けた。

 そして、わたしたちが何も言い出さないのを見て、イヴァンが立ち上がった。


「僕が皆を勝利に導いてやろうじゃないか」


 イヴァンが大仰にそう言うと、取り巻きの子たちから歓声が上がった。

 しかし、ナーシャはそれに冷や水を浴びせるように言う。


「それはありがたいお話ですけど、何か策がありまして?」


 挑発するような、あるいは、試すようなナーシャの視線に、イヴァンは鼻を鳴らす。


「策と呼べるような大層なものはない。ただ今回の試験で起こり得ることと、それに対処する方策を整理しただけだ」


 ナーシャから目を切ったイヴァンは、クラスメイトへ説明を始めた。


 最も重要なのは編隊。

 順位を争うものである以上、機動力は重要だ。その一方で、クラスの八割がゴール地点に辿り着く必要があることから、途中の脱落者を最小限にするための対応力も必要となる。

 このどちらに重きを置くのかは、クラス全体の方針として最初に決めておかなければならないことだ。


「僕は、全個一隊の編成、全員が一団となってゴールを目指そうと思う」


 全個一隊編成。それは機動力では圧倒的に劣るものの、全員が一団となっているため、不測の事態への対応力は高い。最悪の場合、二割を切り離し問題への対処に当たらせ、残る八割がゴールを目指すというやり方をとることもできる。

 例えばこれが機動力を重視したフォーマンセル、つまり四人編成の五隊であれば、何か起こった際には各チーム四人で対応しなければならない。その上、一チームが完全に脱落してしまうと、残る三チームからは脱落者を出すことは許されない。

 それでもフォーマンセルは、対応力を犠牲にして得た圧倒的な機動力が魅力だし、個々の能力が高い場合は、そもそも対応力にすら問題が生じない可能性もある。


 イヴァンは対応力と機動力を天秤にかけ、クラスメイトの現時点の実力を考えた上で、安定を重視したということだ。

 そして、そう判断したのには、彼なりの理由もあった。


「クラス間での妨害工作が認められていないのであれば、競い合うのはただの脚力だ。しかし、そんな演習に何の意味があるだろうか? 僕は、学院側が何らかの罠を準備していると考えている」


 だからこそ対応力を最重要視した編成にしたのだ、とイヴァンは言った。

 順位点よりも試験クリアを確実に目指すための編成だ。


 わたしはイヴァンを過小評価していたのかもしれない。

 彼はこの国を代表するような名門の子で、英才教育を受けてきた身だ。

 状況の理解も、クラスの戦力分析に基づいた対応策も、よくできていると思う。

 そして何よりここまでのイヴァンの説明で最も素晴らしかったのは、その説得力だ。


 わたしも全員が一団になってゴールを目指すのが一番いいと思ったし、その理由もイヴァンが言ったとおりだ。でも、わたしがイヴァンと同じようにみんなを納得させられたかと言えば、正直自信はない。

 イヴァンは堂々と話すことに慣れているし、自分の考えを正しく伝える術を心得ている。それはわたしにはない能力だ。

 権威を傘に着て上から目線なのは玉に瑕だけど、決して無能ではなかった。


「どうだろう? 他に妙案があるなら聞くが?」


 イヴァンはわたしとナーシャに向かってそう言った。

 フレッドとの一件以降、イヴァンはこうしてわたしたちに気を遣うような態度をとることが多くなった。

 まあ、偉そうなのは相変わらずだけど、それでも丸くなった印象だ。


 わたしがナーシャに頷いてみせると、ナーシャも頷きを返してきた。


「いいえ、何もありませんわ。良い案ですわね」


「僕の案でいくとなると、指揮官は僕がやらせてもらう。それで構わないんだな?」


「もちろんです。お任せしますわ」


 ナーシャがそう答えると、イヴァンの取り巻きから歓声が上がり、わたしたちの周りの子たちも安堵の溜め息をこぼした。

 他のクラスよりも一歩出遅れたものの、これでようやくわたしたちのクラスの方針が決定した。


「裏の支配者ですね」


 闇とか裏とかそんなアングラな雰囲気が大好きなフローラが羨望の眼差しをナーシャに向けた。


「踏んでほしいッス。罵りながら踏んでくだされ」


 デイヴは地面に寝ころんで、ハアハア言っている。


 そんな二人に、わたしとフレッドは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


 フローラやデイヴのように、何人かのクラスメイトは今のやり取りで気付いただろう。

 イヴァンとナーシャのやり取りは、戦術の許可を求める参謀とそれに許可を与える女王のやり取りそのものだった。

 表のリーダーであるイヴァンと裏から牛耳るナーシャ。どうやらこのクラスの最終形態が見えてきたみたい。

 わたしもクラスの中での役割をちゃんと見つけなきゃね。

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