幼女と友達(5)
「まさかリーゼがあんな人だったなんて、怖いですわ……」
放課後、エントランスから校門へと続くけやき通りを歩きながら、ナーシャが自分の腕を抱いた。
「い、いやだなあ……ほんとはそんなことないんだよ?」
「ほんとかなあ? すごい迫力だったけど?」
今度はフレッドが茶化すように言う。
「うう……嫌いになっちゃう?」
「そんなわけないでしょう!」
わたしが目を潤ませると、フレッドはおろおろをしだすし、ナーシャはハグをしてくれる。
チョロい――というのとはちょっと違う。
ああいう場面を見ても軽口でいじってくれるような関係になれているのがちょっと嬉しい。
二人はわたしの内面のちょっと黒い部分を知っても、変わらずわたしのことを好きでいてくれているのだ。
逆に、わたしの内面を知ることで、新たに好意を示してくれた者も――
「お姉様、すき」
わたしの背中にぴたりと頬を寄せるのは、フローラだ。
「えっと……ありがとう。でも、どうしたのかな、急に?」
「惚れました。私なんかよりもずっと暗くて深い闇に」
「そ、そっか……」
残念ながらわたしはフローラを救えなかった。彼女をもっと深い闇に突き落としてしまったみたいだ。
でも、フローラが幸せそうだから、まあいいか。
そして、闇に堕ちた者がもう一人。
「さあ、姫! どうぞお座りください。椅子ですぞ」
道端で四つん這いになる少年、デイヴだ。
わたしは彼を無視して、通り過ぎた。
「ああ! そんなつれないところも素敵です!」
この世界、変態の割合が多すぎると思うのだけど……
「フレッドは変な人じゃないよね?」
「そのつもりだけど……無個性がボクの個性だから。ちょっとあの二人が羨ましいね」
「あなたはあんなふうになっちゃダメですわよ」
そんな他愛のない会話をしているうちに、校門がすぐそこまできた。
ナーシャはここからボディガードと一緒に王都の公爵邸へと帰る。フローラとデイヴは王都に本店を構える商会の子らしいから、王都に自宅があるのだろう。この四人の中では、フレッドだけが寮生だ。
いつもはここからナーシャと一緒に帰っているんだけど――
「じゃあ、わたしは今日はここで。このあと用事があるの」
「いつもの魔法の練習ですの?」
「うん!」
今日は週に一度の魔法の練習日。レオンと一緒だ。
「チッ! レオン、死ねや」
誰かが不敬なことを言っているような気がしたが、それは聞かなかったことにして、わたしはみんなに別れを告げた。
⚫︎
校門のところから校庭をぐるっと回って魔法修練場に着くと、そこにはすでにレオンが待っていた。
「お待たせ」
ぷぷ。『お待たせ』だって。まるで彼氏と彼女みたい。
まさかわたしがこんな台詞を吐く日が来るなんてね。
「いや、俺も今来たところだ」
きゃー! その返しもお約束。萌えるわ――と呑気に萌えている場合でもないのである。
この一か月、レオンは忙しい合間を縫って週に一回から二回ぐらいの頻度でわたしに魔法を教えてくれている。
最初こそ逢い引き気分でいたのだけど、レオンとの魔法の練習は意外とガチだ。
まあ、わたしのためを思って一生懸命取り組んでくれているってことだから、嬉しいんだけどね。
だから当然わたしも本気で練習している。
でも、それにもかかわらず、一向に魔法が使えるようになる気配がないのだ。
「まあ、まだ始めてひと月だしな。それに、俺のときもそうだったけど、魔法って少しずつできるようになるものじゃないんだよ。ある日突然できるようになる。だからそんなに焦らなくて大丈夫さ」
「うん、ありがと。がんばるね」
とは言うものの、成果が見えないとやっぱり焦りは生まれるものだ。
しかし、そんなときこそ前世で培ったメンタリティとノウハウが重要だ。
これが試験勉強だったらわたしはどうしていたか。問題を解いても解いても成績が上がらないとき、わたしはいつも基本に立ち返っていたはずだ。
「ねえ、レオン。もう一度基本から聞いてもいい?」
「もちろんだ」
魔法の歴史は古い。
人類が言語を扱うようになる前には、魔法はすでにあっただろうというのが現在の学説で、音楽、踊りなんかで魔法を使っていたと考えられているみたい。始原魔法というやつだ。
そこから生まれたのが絵や模様で魔法を表現した魔法陣魔法。
さらに魔法陣魔法を言葉で表現したのが詠唱魔法だ。
「魔法はさ、結局は意思の表現なんだよ。火を起こしたいという意思で火を起こす。その表現の仕方は実は人それぞれなんだよな」
「でも、授業とかだと、みんな同じ魔法陣とか詠唱文を学んでるよね?」
「まあ、それがわかりやすいって言うか、誰の目から見ても整って見えるからな。でも、どういうものを美しいって感じるかは人それぞれだからさ」
魔法には美的センスや感性が必要とされるのだろう。
わたしは魔法を一種のプログラムだと思っていたし、理論の部分はちゃんと理解しているつもりだけど、おそらくわたしには、このセンスの部分が欠けているのかもしれない。
左右の足を交互に前に出せば走れるということを知っていても速く走れるわけではない、ということと似たようなものだ。
「レオンはどうやってできるようになったの?」
「自分なりの表現方法を考えたんだ」
「え? それって一から自分用に作り変えたってこと?」
レオンは頷いた。
高位の魔術師なんかは普通にやっていることだとレオンは事も無げに言うけど、逆に言えば、それは高位の魔術師しかやらないことだ。
王族であるレオンには当然優秀な家庭教師がついているんだろうけど、それにしても、子どもが簡単にできるようなことではない。
「レオンってやっぱりすごいんだね。わたし、なんだか自信なくなってきちゃったな……」
「すごいのはリーゼの方だよ。リーゼの魔法理論の知識は初等部どころか中等部のレベルもはるかに超えてるんだからさ」
女が落ち込んでみせるときは、励ましてほしいときだ。それは、これまでの人生で励ましてくれる人が皆無だったわたしとて同じだ。
そういうサインを逃さずにきちんと励ましてくれるレオンは偉い。
でも、ただ励ましてほしくてわざと落ち込んでみせたわけでもない。自信がないのは本当だ。
「俺の場合は、しばらく魔法から離れて感性を磨くところから始めたんだ。本を読んだり、音楽を聞いたり、美術館に通ったり。色々な人の話をたくさん聞いたりさ。魔法を使える人って、子どもよりも大人の方が圧倒的に多いだろ? たぶんそれは知識だけの問題じゃなくて、感性というかそれを培う経験の差じゃないかと思ったんだ」
その理屈によれば、見た目以上に約三十年分余計に人生経験があるわたしは、それなりの感性を持っているはずなのだが、一口に経験とは言っても、その質が大事ということなのだろう。
正直、前世の人生の質は決して高かったとは言えませんでしたからね。
「と、言うわけだからさ……その……俺と出かけてみないか? 美術館とか歌劇場とか、他にも色々なところに……」
「それって……」
もしかしなくてもデートに誘われてるってことだよね? 喪女だったこのわたしが。
かつて夢見た、そして諦めて久しい『デートのお誘い』
間に一つ死を挟んだけど、ようやくその夢が叶ったのだ。
「嬉しい。ありがと」
わたしはレオンの手を握ってそう言った。
ナーシャからは男の子の手を軽々しく握るのはダメだと言われているけど、軽い気持ちじゃなければいいはずだ。
「いや……うん。こっちこそ」
真っ赤になったレオンが、照れ臭そうに頬を掻く。
たくさんの人に見せてあげたくなるぐらい可愛いその笑顔を、誰にも見せずに独り占めしたくなる。
たぶんこれが恋というものなのだろう。知らんけど。
手を握って見つめ合っていると、校舎の方から下校時刻を告げるチャイムが鳴った。
今日の魔法のレッスンはこれでおしまいだ。
「なあ、今日の最後に見せたい魔法があるんだ。俺のオリジナル魔法」
そう言ったレオンが短杖で魔法陣を描き始めた。
それは十歳にも満たない子どもが作り出したとは思えないほど洗練された、とても美しい召喚陣。
「本当は明後日渡したかったんだけど、その日は日曜だし、たぶん会えないから」
レオンが短杖で弾いた魔法陣から飛び出してきた物――
それは真っ白な百合の花束だった。
「誕生日おめでとう」
「覚えててくれたんだ……」
明後日はわたしの誕生日。レオンと出会ってからちょうど一年。
レオンがそのことを覚えていてくれたことが嬉しかった。
それにこの花――百合はわたしの名前。わたしが一番好きな花だ。
そのことを知るはずもないレオンが選んでくれたその花に、わたしは勝手に運命を感じてしまった。
ありがとうの言葉の代わりに、わたしの頬に涙の雫が伝った。
知らんけど、なんて言ってごめんなさい。
アラサーのわたしが認めてしまうのはちょっと恐いけど、もう誤魔化すことなんてできない。
わたしはもう完全に、レオンに恋をしてしまっていた。
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