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幼女と友達(4)

 ある日――


「クソが。死ねや」


 どこからかそんな怨嗟の言葉が聞こえた。

 わたしはきょろきょろとあたりを見回し、おそらくはわたしに向けられたのであろうその言葉の主を探した。


「どうしましたの?」


「ううん。なんでもない」


 首を傾げるナーシャにわたしは笑みを返す。


「たぶんあの子だよ」


 そんなわたしにそっとフレッドが耳打ちをしてきたので、わたしはそれに頷いて、わかっていると伝えた。


 謂れのない恨みつらみ。しかしそれは、わたしにとってはわかりみが深いものだった。

 それは、かつてのわたしがまだ自分の容姿を諦めきれていなかったころ、毎日のように胸に抱いていた暗い感情だからだ。


「ボクが話をしてこようか?」


 フレッドはそう言ってくれたけど、わたしは首を横に振った。


「ううん。わたしが話しかけてみる」


 そう言って向かう先は、窓際の席の一番奥。

 そこには、真っ黒な髪を肩のラインでバッサリとカットしたおかっぱの幼女が背中を丸めて座っていた。

 名前は確かフローラ。でもそれ以上のことをわたしは何も知らない。


 入学してからこのひと月、彼女がクラスの誰かと話をしているところを見たことは一度もない。もちろんわたしも彼女と話したことはない。

 それなのにどうしてこんなにも暗い憎悪をぶつけられなければならないのか。


 それは、彼女の容姿を見ればわかる。

 少なくともわたしには、その気持ちがよくわかる。

 彼女はお世辞にも綺麗な顔立ちをしているとは言えないのだ。


「何してるの?」


 フローラの隣に立ったわたしが声をかけると、彼女は伏せていた顔を一度だけ上げて、それからすぐにまた顔を伏せた。


「高貴なお姫様が私のような醜女を見ると、その大きなおめめが潰れてしまいますよ……」


 おお……卑屈だ。

 自分を下げながらイヤミを言うその感じ、わかりみが深い。


「よかったら一緒にお昼ご飯食べに行かない?」


「いえ、食欲がありませんので」


 たぶんうそ。わたしでも断るならこう言う。

 そして、わたしなら、これ以上無理に誘われるのもストレスだ。


「そっか。じゃあ、また今度ね」


 今回はここまでだね。

 そう思って、その場はあっさりと引き下がることにした。


 去り際に後ろから「死ねや」と呪詛が聞こえた気がしたけど、わたしは気づかないフリをした。


⚫︎


「ねえ、フローラってどんな子なのかなあ?」


 食堂でミートパイをつつきながら尋ねると、ナーシャが首を捻った。


「フローラって?」


「さっき、わたしが話してた子」


「ああ、あの子ね。でも、わたくしはよく知らないわ。お話したことないもの」


 ナーシャはミートパイを口に運ぶと、それ以降口を噤んだ。

 もぐもぐしている間は決して口を開かない。彼女はとてもお上品なのだ。


「ボクもよくは知らないけど、どうやら王都に本店を構えるルーベニマ商会の一人娘みたいだね。でも、あの商会は結構実力主義みたいだから、あの子がそのまま後継ぎになるのかはわからないけど」


「へえ、商家の子なんだ。フレッドって情報通なんだね」


「末端零細貴族にやれることなんて限られてるからね。どんな些細なことでも情報収集ぐらいはやっておかないと」


 フレッドは自虐っぽく言うけど、情報収集の大切さがわかっているだけ立派だ。時として情報は、剣より強い武器になりますからね。


「リーゼはどうしてその子が気になってますの?」


 ミートパイを飲み込んだナーシャが、グラスの水で喉を潤したあと、ナプキンで口元を拭いてから言った。


「うーん、わたしと似てるから?」


「どこが?」


 ナーシャとフレッドが二人揃って首を傾げた。

 その様子がとても可笑しくて、わたしはふふと笑った。


「わたしと彼女、たぶん内面がよく似てると思うんだよね」


「それはさすがに……ないんじゃないかしら?」


 呆れたようにそう言ったナーシャの横で、フレッドもうんうん頷いている。

 まあ、二人がそう思うのも当然だ。今のわたしとフローラではどう見たって似ていない。

 でも、フローラはかつてのわたしそのものなのだ。


 自分の容姿に自信を持てず、自分よりも少しでも優れているもの全てに嫌悪と憎悪を抱いていた。

 このまま自分の暗黒面に触れ続ければ、彼女は光の下に帰って来れなくなってしまう。

 喪女になるのはいい。わたしの場合、なんなら喪女でよかったまである。

 しかし、人を恨み、自分に絶望し続ける生き方は違う。喪女の道は、清く正しく美しいものなのだ。


 だからわたしは、彼女に伝えたい。わたしがどういう気持ちで、どうやって生きてきたかを共有したい。

 たぶん、超絶美幼女となってしまった今のわたしが何を言っても説得力に欠けるし、単なる嫌味になってしまうかもしれない。それでも、身勝手かもしれないけど、自己満足かもしれないけど、わたしは彼女の心に光を当てたないのだ。

 明るい子になってほしいというわけではない。喪女にならないでほしいと言っているわけでもない。喪女になるならなってもいい。

 どんな生き方をするにしたって、自分で自分を否定するような生き方をしてほしくないだけだ。

 それこそが長い喪女生活の中で、わたしが悟ったことだから。


 わたしはゆっこちゃんになる。小学生のころ、いつもわたしを気にかけ、声をかけてくれた、あの可愛くて優しいゆっこちゃんになるのだ。


 わたしはそう心に決めて、ミートパイを口いっぱいに頬張った。


⚫︎


 とは言え、声をかけるも追い返されるだけで、何の成果もあげられないまま数日が過ぎた。そんなある日。


「じゃあ、ここで先生からクイズを出しましょう」


 魔法学の授業中、ホルン先生がそんなことを言い出して、黒板に魔法陣を浮かべた。


「この魔法陣のある場所に一本だけ線を付け足すと、ある物が飛び出します。それが何かわかる人いるかな?」


 突然出された問題に、教室内が静まり返る。

 それもそのはず、この魔法陣は、わたしたちが今習っている簡易魔法陣のレベルをはるかに超えている。


 ちなみに魔法には、詠唱魔法と魔法陣魔法の大きく二種類あって、単に魔法というときは詠唱魔法のことを指す。

 王国内で魔法を使える人が三割にも満たないというのはこの詠唱魔法のことだ。魔力を事象に変換する工程を魔法陣に委ねた魔法陣魔法は、理屈上は詠唱魔法よりもずっと簡単で、使おうと思えばきっと多くの人が使えるだろう。それにもかかわらず、実は魔法陣魔法の使い手は詠唱魔法よりもずっと少ない。

 たぶんそれは美的センスが大きく関わっているからだと思う。

 絵を描くことは誰にでもできるけど、芸術とも呼べるような美しい絵を描ける人はほんの一握りであることに似ているかもしれない。

 魔法陣魔法には『美しさ』が求められるのだ。


 そういうわけで、残念ながらわたしは詠唱魔法だけではなく、魔法陣魔法も使えない。

 ただ、理論と実践は違う。実践はできなくても、理論だけは完璧なので、わたしにはこの問題の答えはすぐにわかった。

 でも、答えは言わない。これがテストだったら絶対に答えてるけど、授業の中でそんな大人げないことはしないのだ。


「うーん、誰もわかる人いないのかな? 雪組と月組には正解者がいたんだけどなあ」


 ホルン先生のその言葉に教室中が騒めき立った。

 この学院には、個人成績の他に、クラス成績というものがあるからだ。

 わたしたち花組は、互いに個人成績を競い合うライバルであると同時に、他クラスと戦う仲間でもあるのだ。


「たぶん召喚陣ね。あそこに斜線を引いたら、ハトが出てくるんじゃないかしら?」


 ナーシャが答え合わせを求めるように、わたしに向けて囁いた。


「うーん、おしい!」


 線を引く場所は当ってるけど、出てくるものがちょっと違う。

 でも、いくらほぼ出来上がっている魔法陣とは言え、それを読み解いてほとんど正解までたどりつくのはすごいと思う。


「ねえ、もうリーゼが答えてしまったらいいんじゃなくて?」


「そうだね。誰にも答えられなかったらそうするよ」


 他のクラスに負けるのも癪だからね。


「誰も手を挙げないんだったら、適当に当てちゃうぞ。じゃあ、君!」


 ホルン先生に名指しをされたのはデイヴ。このクラスで最大派閥を形成するイヴァンの取り巻きの一人だ。

 フレッドの情報では、王都に本店を構える武器商、アックトック商会の会頭の息子なのだそうだ。


「えーっと、わかりません……」


 答えがわからず項垂れるデイヴ。

 ホルン先生はそんなデイヴの肩をぽんと叩いてから励ましの声をかける。


「落ち込まないの。今はわからなくても当然なんだからね。ただ、一年生の終わりにはこれぐらいの魔法陣は覚えてもらうつもりだから、しっかりと見ておいてね」


 それからホルン先生はもう一度教室を見渡した。

 当てられては敵わないと、みんなが目を伏せる。


「じゃあ、もう一人。フローラ、君にはわかるかな?」


 教室中の視線がフローラに集まった。

 その衆目の中でフローラは顔を伏せたままボソリと呟く。


「わかりません」


「あれあれ? ほんとかな? 君にこの問題が解けないとは思えないんだけどな」


 その言葉に再び教室がざわついた。


 なるほどね。ホルン先生の狙いが読めた。

 先生は、フローラの魔法陣魔法の成績を知っていて、あえてこの問題を出したのだろう。

 おそらくは、フローラの実力をみんなに知らしめ、そして、フローラに自信を持たせるために。

 でも、それをフローラが歓迎しているかというと、そんなことはあり得ない。


 その証拠に、彼女は俯いたまま何やらぶつぶつ言っている。

 おそらく呪詛を吐いているのだろう。


「あなたがわからないんだったら、このクラスに得点はあげられないけど、それでいいかな?」


 しかし、ホルン先生のやり口もなかなかにずるい。

 答えられるのに答えない。その結果、点数がもらえない。そうなればクラスメイトからの批判は免れない。

 いくら陰で悪態をついていようとも、わたしたちのような人種に耐えられるようなストレスではないのだ。


「……白いカラス」


 諦めたフローラが溜め息と一緒に答えを吐き出すと、ホルン先生は相好を崩した。


「お、正解! じゃあ、どこに線を引けばいいのかな?」


「クソが」


 誰にも聞こえないように、フローラは小さく悪態をつく。

 まあ、わたしは聞き逃さないんですけどね。そういう負のオーラには敏感ですので。


 しかし、悪態をつきながらもどうやら答える気はあるらしい。

 教室の前まで出て行くのが億劫だったのか、フローラは短杖を取り出すと、虚空に魔法陣を描き始めた。


 魔力の光で浮かび上がる魔法陣。

 洗練された美しいそれをフローラが杖で弾くと、白いカラスが飛び出してきて、教室をぐるりと一周旋回して、再び魔法陣の中へと帰っていった。


「はい、よくできました。みんな、拍手!」


 ホルン先生がそう言うと、呆気にとられていたクラスメイトから拍手と歓声が沸いた。

 それをフローラ本人が嬉しく思っているかは別として。


 でも、このことをフローラ以上に面白く思っていない人物がいた。

 恥をかかされた格好となったデイヴだ。


 デイヴは拍手が響く教室で、それでも悪意がしっかりと届くように、大きな声で言った。


「ブスのくせに! 名前負けしてんだよ!」


 教室全体が一瞬にして静まり返る。

 その言葉に、フローラが悪態を返すことはなかった。いや、できなかった。


 その言葉は心を抉る。

 フローラはただ苦悶の表情を浮かべて、その痛みに耐えることしかできずにいた。


 わたしはデイヴの言葉に頭が真っ白になる。


 白鳥百合――

 名前だけは綺麗なのにね――


 デイヴは触れてはいけないわたしのトラウマに触れてしまったのだ。


 次の瞬間には、わたしは無意識のままにデイヴの襟首を捻り上げていた。


「次にその言葉を言ったら、殺すぞ」


 青褪めたデイヴがカクカクと首を縦に振る。

 沈黙の深さを増す教室。

 そこでようやくわたしは我に返った。


 こ、これはまずい……

 わたしは咳払いをひとつ。


「デイヴくんが落ち込んでたから、励ましてあげようかなと思って」


 そしてわたしは、デイヴの襟首を整えながら、今のわたしにできる最高の笑顔で笑った。

 しかし、時はすでに遅かったようである。


 後の世にいう『暗黒色の覇気事件』

 この事件の後、フローラとデイヴがわたしの舎弟になった。

 なんで?

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