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幼女と友達(3)

 入学してから一週間もすると、だんだん見えてくるものもある。

 中でも一番わかりやすいのは、クラス内のグループ形成、もっとあからさまに言うなら派閥だ。


 この学校の理念として、貴族、平民分け隔てなく教育の機会を与え、優秀な人材を育成するというものがあり、それ故に生徒には家名を名乗ったり、身分をひけらかすことを禁止している。


 でもまあ、そんなものは建前だ。


 入学前からの顔見知りもいるし、仲良くなれば自らの出自を明かすことだって普通にある。

 かく言うわたしもナーシャには、辺境伯令嬢であることは伝えたし、ナーシャにも彼女のことを教えてもらった。


 ナーシャの本名は、アナスタシア=ノト。ツフク大森林を含む王都の西部一帯を所領とするノト侯爵の嫡子だ。


 望むか望まざるかは別として、わたしたちはこのまま大人になれば、それぞれ侯爵と辺境伯になる。

 リシュテンガルド辺境伯家とノト侯爵家は、互いに領地を接する最も近しく、そして最も親しい間柄。

 そんな二人がこうして出会ったの運命だったのかもしれない。


「そんなわけないでしょ。わたくしたちが同じクラスになったのも、こうして隣あって座ってるのも、きっとお父様たちの差金よ」


「えー! 運命だってことにしておこうよー」


「リーゼって、意外と乙女なのね」


 そう。わたしは運命というものを信じている。

 容姿に恵まれなかったアラサー喪女から超絶美形の幼女まで振れ幅の大きな運命に弄ばれた女ですからね。

 現実はナーシャの言うとおりだということはわかっているけど、運命だってことにしておいた方が気分も上がるというものだ。


「そんなことよりご覧なさいな、あの子。まるで王様気取りですわね」


 ナーシャの視線の先を追うと、そこにはたくさんの取り巻きに囲まれた男の子、イヴァン=エイディーンの姿があった。

 彼はは左右に女の子を侍らせて偉そうに椅子に座り、取り巻きの子たちに肩を揉ませたり、扇子で仰がせたりと、まさに王のように振る舞っていた。

 これで単なる小物ならネタか何かなのだろうと笑って済ませられるのだが、王国の三公爵の中で唯一領地を持たず、その代わりに代々宰相を務めるなど、王政に最も大きな影響を与えると言われているエイディーン公爵の孫だというのだからタチが悪い。

 その上、見た目もそこそこ美形っていうところがまた癪に障る。

 まあ、ぶっちゃけて言えば、いけ好かないヤツってことだ。


 そんなことを考えながら目を向けていると、運悪くイヴァンと目が合ってしまった。


「何だ、お前たち? 僕のハレムに入りたいのか? まあ、お前たちも顔はそこそこいいから、仲間に入れてやらなくもないぞ」


 かっちーん!

 そこそこじゃなくてわたしたちは超絶美幼女でしょうが!

 ケツの穴から手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろかい!


「遠慮しておきますわ」


 拳を握って言い返そうとしたわたしを手で制して、ナーシャが優雅に言った。

 その様子はすごく落ち着いていて、ちょークール。大人のわたしよりも大人の対応ってなんなの?


「わたくし、女をお前呼ばわりする殿方は好きじゃありませんの」


「あーわかる! わたしも!」


 思わぬ共通点を見つけたわたしたちは、互いに手を取り合ってきゃっきゃとはしゃぐ。

 美幼女とのきゃっきゃうふふ。失われた青春を取り戻している気分だ。

 でも、それは当然、イヴァンからすれば面白くなかっただろう。何と言っても、わたしたち二人の頭には、もう完全に彼のことはありませんでしたからね。


「お前たち……僕を侮辱するのか!」


 イヴァンが憤怒の形相で立ち上がった。

 それに同調してわたしたちを睨みつける子、どうしていいかわからずおろおろする子、取り巻きたちの反応は様々だ。

 しかし、ナーシャは怯まない。


「侮辱? 可笑しなことをおっしゃるのね。わたくし、貴方のことなど初めから眼中にありませんことよ?」


 うっわ、ひっど……

 これはさすがにイヴァンが気の毒だ。


 かつてマザー・テレサは言いました。

 愛の反対は憎悪ではない。無関心だ――と。


 それを地で行くナーシャの言葉にわなわなと震えるイヴァン。今にも飛びかかって来そうだ。


「まあまあイヴァン様。お鎮まりください。ここは学院の中ですので」


 そこへ、教室の隅っこでわたしたちの諍いを見ていた赤毛の男の子が割り込んできた。


「何だ、フレッド? 男爵家の次男坊ごときが僕の邪魔をすると言うのか?」


「申し訳ございません。ですが、これはイヴァン様のためでもあるのです」


 そう言ったフレッドがイヴァンに何やら耳打ちをした。


「そ、そんなことはわかっている!」


 その言葉を聞いて顔を真っ赤にしたイヴァンがフレッドを力一杯押し倒し、フレッドが音を立てて机にぶつかり倒れ込む。


「ふん!」


 イヴァンはそんなフレッドを一瞥もせず、取り巻きたちを連れて教室を出て行った。


「大丈夫!?︎」


「はは……大丈夫です」


 わたしたちが駆け寄ると、フレッドは倒れたまま、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。


「ごめんね。わたしたちのこと、助けてくれたんでしょ?」


 そう言って差し伸べた手に、フレッドはお礼だけ言って、自分で立ち上がった。


「貴方、本当に大丈夫なの?」


「本当に大丈夫です。このとおりピンピンしています」


 ナーシャの問いにフレッドが握り拳を作って見せる。

 しかし、ナーシャが尋ねていたのは、どうやら体のことではないようだった。


「相手はこの国で最も権力を持っているとも言われる公爵の孫ですのよ? 貴方のお家は大丈夫なのか、と聞いてますの」


「お気遣いありがとうございます。でも、そちらも大丈夫です。公爵閣下が地方の零細貴族のことを気にかけることなんかありませんよ。それに潰れたからと言って困るような家ではありません。うちはほとんど農家みたいなものですし」


 うーん、賢い子。フレッドも、ナーシャも。とても初等部一年生の会話とは思えない。

 前世でわたしが小学一年生のときなんか、周りはゲームかう⚪︎この話しかしてなかったというのに。

 この世界では早く大人になることが求められているってことなのかもしれないわね。


「ねえ、さっき、あの子に何を言ってたの?」


 フレッドが耳打ちをしたとき、イヴァンの顔色が急に変わった。

 わたしはそのことが気になっていた。


「リーゼロッテ様とアナスタシア様のご身分をお伝えしただけですよ」


「わたしたちの身分?」


「わたくしたちは次期公爵と次期辺境伯。片や向こうは、公爵家とは言え、継承権を持たない三男坊。今は公爵家の権勢を傘に着ていても、将来的に力関係は大きく逆転する――というわけですわ」


「な、なるほどお……」


 フレッドに代わって、ナーシャが説明をしてくれた。フレッドもそれに笑顔で頷いている。


「わたくしたちを庇ったのには、そういう打算もあったというわけですわね?」


「はは……バレてしまいましたか」


 貴族にとって、この学院は人脈作りの場。将来、自分が大人になったとき、誰を頼りにすべきか、どの派閥に入るべきか、そういったことを見極める場なんだ。

 ここでふつうの友達作りをするのは難しそうだな。

 でも、元の世界でも、大人になればそういう打算や計算は当たり前。身も蓋もない言い方をすれば、損得勘定が人間関係の基本なのだ。


 わたし自身、そういった計算をできる人は嫌いではない。前世でも、わたしの見た目ではなく能力を認めてくれた人とは、少なくとも仕事の上ではいい関係を築くことができていた。

 今のわたしの身分もわたしが持っている力の一つ。そう割り切れば、べつにおかしなことなんて何もない。少し寂しい気もするけど、わたしは大人ですからね。


 それに、フレッドも打算だけでわたしたちを庇ってくれたわけではないはずだ。

 イヴァンの前に立ったとき、彼の足は震えていた。恐かったはずなのに、それでもわたしたちを守ってくれた。

 わたしはそのことが嬉しかった。


「ねえ、フレッド。あ、フレッドって呼んでもいい?」


 わたしがそう聞くと、フレッドは「もちろんです」と頷いた。


「わたしたちとお友達になってくれない?」


「いいのですか? ボクには何の力もありませんけど……」


「いいのいいの。力なんて関係ないの。一緒にいるだけで嬉しい。それが友達なんだから」


 そう言ったわたしがフレッドの手を握ると、フレッドは彼の髪色と同じように顔を真っ赤にしてしまった。


「こら」


 わたしの頭をナーシャが扇子でぺちんと叩いた。


「殿方の手を軽々しく握るものではありませんわよ」


「そっかあ、ごめーん」


 最近ショタに走っていたものだからつい……


「ま、そういうわけですから、これからもよろしくお願いしますわ、フレッド」


 扇子を開いたナーシャが火照ったフレッドの顔をぱたぱたと扇ぐと、フレッドは我に返って頭を下げた。


「はい、よろしくお願いします。アナスタシア様、リーゼロッテ様」


「あー! ダメだよ、ダメダメ。友達なんだから様付けとかダメ。敬語もいらないんだからね。ね、ナーシャ?」


「そうですわよ。わたくしのことはナーシャとお呼びになって」


「わたしはリーゼ。よろしくね」


 フレッドは少しだけ驚いていたけど、すぐにへにゃりと笑った。


「リーゼ、ナーシャ。よろしくね」


 その笑顔は、年相応に子供らしくて、とても可愛かった。

 せめてこの学院にいる間ぐらい、身分や立場にとらわれない、ふつうの友達でいてほしい。

 そう思ったっていいよね?

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