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幼女と友達(2)

 明けて翌週月曜日。

 登校するとクラス分けが発表されていた。きっと土日の間に教師陣が頑張ったのだろう。


 今回の試験は個人成績は開示されなかった。あくまでもクラス分けのためだけの試験。

 そしてそのクラス分けの結果、わたしは花組に配属されることが決まった。


 ちなみに同期は全部で八十人いて、二十人ずつの四クラス。花組の他には、月組、雪組、星組がある。

 どこかの歌劇団みたいな組名だな。


 教室には当然知らない子たちばかりで、前世の人見知りを久しぶりに発揮したわたしは所在なく指定された席に座っていた。

 周りでは、入学前からの顔見知り同士でおしゃべりをしている子たちもいて、初っ端からアウェー感がすごい。


「新入生諸君、入学おめでとう。俺がこのクラスの担任のセドリックだ」


 そう言いながら教室に入ってきたのは、およそ教師には似つかわしくない風貌をしたスカーフェイスの男。

 これはハズレね。

 そして、そう思ったのは、どうやらわたしだけではなかったようだ。


「ハズレね。花組という名に相応しくありませんわ」


 ピンクブロンドの巻き髪を揺らす、いかにもお姫様な美幼女が、隣の席に座るわたしに顔を向けて、やれやれと頭を振った。


「ふふ。ほんとだね」


 彼女の芝居がかかった仕草が可笑しくて、わたしが笑みを返すと、ちょうどそこを運悪くセドリック先生に見つかってしまった。


「おい、そこ。今、俺の悪口を言ってただろ?」


 強面から放たれる鋭い眼光に、わたしは縮み上がってしまう。

 隣の席の女の子は、そんなわたしにウインクをするとすっくと立ち上がった。


「悪口を言ったのはわたくしです。この子は何も言っていませんわ」


 な、何なのこの子……めっちゃいい子!

 最初に見たとき、ちょっと高飛車そうで苦手かも、なんて思ってごめんなさい。

 でも、こんな小さな子に庇われるわけにはいかない。喪女は自分のケツは自分で拭く。それでこその喪女なのだ。


「わたしも言いました!」


 わたしは彼女に続いて立ち上がった。

 ピンクブロンドの女の子は、ちょっとだけ驚いたみたいだけど、すぐに微笑みをこちらに向けてくれた。

 そんなわたしたちをセドリック先生が睨みつける。


「いい度胸だな。その度胸に免じて許してやろう、と言いたいところだが、その前にお前たちには言わなきゃならねえことがある。わかるな?」


「はい。ごめんなさい」


 わたしたち二人は揃ってセドリック先生に頭を下げた。

 そこでようやくセドリック先生は笑顔を見せてくれた。


「いいだろう。ちょうどいいから、お前たちから自己紹介だ。前へ出ろ」


 来た……自己紹介。わたしがもっとも苦手なやつだ。

 白鳥百合――そう名乗ると、必ず周囲はわたしの容姿を見て騒つく。毎度毎度、心を抉られるイベントだ。

 美幼女に転生したからと言って、そのトラウマは簡単に拭えるものではない。簡単に忘れられないからこそのトラウマなのだ。


「では、わたくしから――」


 わたしの逡巡を察したピンク幼女が、先に教壇の前に立ってくれた。

 そして、いざ自己紹介を始めようとしたところで、セドリック先生がそれを制した。


「自己紹介の前に注意事項だ。この学校は実力主義。身分による一切の区別を行っていない。お前たちもそのことを承知の上で入学しているはずだ」


 先生の言葉にクラスの全員が頷いた。

 それを確認したセドリック先生が話を続ける。


「この学校では、家名を名乗ることは禁じている。いたずらに身分をひけらかすこともだ。わかったら、続けてくれ」


 セドリック先生に促されたピンク幼女は、胸に右手を当て、左手でスカートの端を掴んでお辞儀をしたあと、キラキラと輝くような笑顔をクラスメイトに向けた。


「みなさま、ごきげんよう。わたくしは、王都のすぐお隣、ノト侯爵領から参りました、アナスタシアと申します。得意科目は魔法学。特に水魔法を得意としておりますの」


 ピンク幼女改めアナスタシアが指を振ると、小さなシャボン玉みたいな水塊が彼女の周りにぷかぷかと浮かび、教室からは歓声が上がった。


「楽しい学院生活を過ごしたいと思っておりますの。みなさま、どうぞよろしくお願い申し上げますわ」


 にこり。そうやって笑顔で挨拶を締めると、教室には拍手が響き渡った。

 しゅ、しゅごい……七歳を迎える歳の子とは思えない見事な挨拶。

 こんなことなら先に自己紹介をしておくんだった。アナスタシアの自己紹介のせいで、無駄にハードルが上がってしまった。

 いや、逆に考えるんだ。ここでわたしが失敗をすれば、後に続く子たちの気持ちを軽くしてあげることができる。わたしの失敗がみんなを救うんだ。そう、みんながわたしに失敗を求めている……ああ、なんか胃が痛くなってきた。


「がんばってね」


 わたしと入れ替わりで後ろに下がるアナスタシアがウインクをしてくれた。

 くっ! 女神か! でも、女神の加護を受けたからにはがんばらねば。


 教壇の前に立ったわたしは、大きく深呼吸をして、笑顔を作った。

 一に笑顔、二に笑顔、三、四がなくて、五に笑顔。笑顔さえあれば勝つる!


「リーゼロッテです。西方辺境領から来ました。得意科目は魔法以外全部。好きな本はモンスタスキー著魔物図鑑です。よろしくお願いします」


 ぺこり。

 そうしてわたしは頭を下げたわけだが、教室は静まり返っている。しんとした沈黙が痛い。


 うわあ……やっちまったか……

 得意科目が魔法以外全部って何だよ! 嫌味か!

 好きな本が魔物図鑑って、小学生じゃあるまいし! いや、小学生だけれども!

 今回の自己紹介もめでたく黒歴史の仲間入りか……


 そう思っていたところで――ぽつぽつと小さな拍手が聞こえ始め、すぐにそれは大きな拍手の渦になった。一部からは「きゃあ!」とか「うわあ!」とか、そんな感嘆の声も漏れている。


 な、なんかしらんけど、助かった……

 もしかしたら、わたしが絶世の美幼女なのがよかったのかしら。可愛ければ何をしても許される的なアレなのかしら。内容がよかったなんてことはあり得ないから、きっとそうだ。

 くそう、やっぱり美人って得だよなあ……


 その後も、自己紹介は続く。

 緊張して声が小さい子、おちゃらけてみんなを笑わせる子、いろいろな子がいたけど、みんないい子で、楽しいクラスになりそうだなと思った。

 でも、中には、わざとなのか、無意識なのかはわからないけど、わたしたちに対してマウントを取ってくるような子もいた。きっと高位貴族の子女なのだろう。わたしは常にマウントを取られてきた側の人間なので、そういう態度には敏感なのだ。

 でもまあ、気の合わない人なんてどこにでもいるものだし、気にしない。積極的に関わり合いにならなければ実害もないしね。実年齢以上に長く生きている分、そのあたりは達観していますからね、わたしは。


 最後の子の自己紹介が終わるのと同時に、一時限目の終了を告げるチャイムが鳴った。

 それに合わせて、クラスメイトがわたしのところにどっと押し寄せてきた。


 え……なに?

 クラスメイトはみんな笑顔だけど、みんながそれぞれいろいろなことを言うものだから、誰にどう答えていいのかもわからない。

 何度も言うようだけど、わたしは筋金入りの人見知りなの。こんなに多くの人に取り囲まれたらテンパってしまう。


「一緒にお花摘みに行きましょう?」


 目を回していたわたしにそう声をかけてくれたのは、アナスタシアだった。

 彼女はわたしの手を引いてクラスメイトの輪から抜け出すと、そのままわたしを教室の外に連れ出してくれた。


「あ、あの、ありがとう」


「可愛いというのも苦労しますわね。わたくしもそうだから、気持ちはよくわかりますわ」


 隣を歩くアナスタシアに礼を言うと、彼女は花のような笑顔を見せた。

 自分で自分のことを可愛いというのも頷ける、とても可愛らしい笑顔だった。


「それに、さっきも」


「さっき?」


「うん。先生に叱られたとき」


「ああ、あれはわたくしが悪いんですもの。むしろ、わたくしの方こそあなたを巻き込んでしまってお詫びをしなければいけませんわ」


 アナスタシアは屈託のない笑顔でそう言った。

 一見お高くとまったお嬢様のようにも見えるけど、実際は、やさしい思いやりがあるし、正直で素直だ。

 わたし、やっぱりこの子のこと好きだな。


「ねえ、アナスタシアちゃん?」


「ナーシャと呼んでくださいな。わたくしとお友達になっていただけませんか、リーゼ?」


 わたしが言いたかったことをアナスタシアが、ううん、ナーシャが言ってくれた。


「嬉しい! わたしもそう言いたかったの。よろしくね、ナーシャ!」


 この世界に来て初めての同い年の友達は、ピンクブロンドの巻き髪お嬢様。顔面つよつよのロリっ子魔法使い。

 彼女もまた勝ち確だった。

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