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幼女と友達(1)

「お父様、叔母様、行ってきます!」


 真新しい制服に身を包んだわたしは、元気にそう言ってから、王都のリシュテンガルド邸を飛び出した。


 入学準備の期間も、そして入学式もあっという間に過ぎ、今日はわたしの初登校の日。そして、お父様の出発の日。

 お父様は、わたしの登校を見送ったあと、そのまま西方辺境領へ帰っていく。

 お別れは昨日の夜に済ませた。そのときにはいっぱいいっぱい泣いた。

 だから今日は最後にちゃんと笑顔を見せたいと思っていた。それでも、一緒にいるとやっぱり寂しくなって涙が出てきそうになるから、笑っていられるうちに飛び出してきたというわけだ。


 ちょっと親元を離れるだけで泣けちゃうなんてね……

 ずいぶん子どもメンタルになってしまったものだ。そう思うと少し笑える。


 鼻を啜ったわたしが周囲を見渡すと、わたしと同じ制服に身を包んだ子どもたちが、家令の者に付き添われて登校をしていた。

 ここは貴族街だから、きっとこの子たちもどこかしらの貴族なのだろう――って、あれ?

 わたしには付き添いがいないんだけど?

 そう思っていたところで――


「ぎゃあ!」


 思わず貴族令嬢らしからぬ声を出してしまった。

 目の前の空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、そこから突然メイが姿を現したのだ。


「安心してください、お嬢様。私がいつもおそばで見守っておりますので」


「う、うん……ありがと」


 お礼を伝えると、メイはサムズアップして、再びここではないどこかへ姿を消した。

 こいつ、何もわかっちゃいねえ……

 幼女が一人で歩いている状況が危険なんだって! 役に立つか立たないかは別として、一緒にいることに意味があるんだって! 姿が見えなかったら意味ないんだって!

 おまえ、帰ったら説教だからな、まじで。


 そんなイライラを抱えながら、ひとり校門をくぐり、昨日の入学式の際に指定されていた教室へと向かう。

 しかし、ここがわたしが所属するクラスになるというわけではない。


 この学校は、子爵位以上の爵位を持つ貴族の子息であれば、希望をすれば誰でも入れる。

 その一方で、下位貴族や平民の子どもたちは選抜試験で優秀な成績を収めた者だけが入学できる仕組みになっている。

 そういうわけで、わたしも入学希望届を出しただけで入学した。


 しかし、身分の差が物を言うのはここまで。

 入学してしまえば、そこから先は完全な実力主義となる。

 学院内では、身分の差はないものとして扱われ、平民だろうが貴族だろうが、そしてたとえそれが王族であっても、等しく同列となる。

 ガチガチの身分制度がある国にしては面白いシステムだなと思う。


 そういうわけで、試験を受けた者と受けていない者が混在しているため、入学直後にクラス編成のための試験が行われることになっていた。

 試験科目は、母国語であるシーラン語、敵国語とは言え知らないわけにはいかない帝国語、科学の基礎とも言える数学、そしてこの世界ならではの魔法学だ。


 ふふふ。見てなさい。

 わたし、学問で自重するのはやめにしているの。

 学問こそ喪女の生きる道。そう心に決めて培ってきた知識で無双してやるわ。


 そして迎えた放課後。


「く、悔しい……」


 もちろん筆記は魔法学を含めて全てできた。満点の自信もある。

 しかし、魔法学に実技があるとは誤算だった。


 何を隠そう、わたしは魔法が使えないのだ。

 でも、それはべつに恥ずべきことではない。魔法が存在するこの世界でも、魔法が使える人は三割にも満たないという。

 魔法は使えないのが当たり前。それが普通なのだ。


 けれども、それが試験となると話が違う。

 魔法が使えないというだけで点数がもらえないというのは納得できない。魔法ができなければ満点を取れないなんてあんまりだ。


 わたしは満点が好きだ。

 わたしは満点が大好きだ。

 国語で、外国語で、数学で、魔法学で。

 この学校で行われるありとあらゆる試験で満点を取るのが大好きだ。

 わたしは点数至上主義者なので。


 そんなことを悶々と考えているうちに、下校時刻を告げる鐘が鳴った。

 時計を見ると、午後四時を回っていた。

 おっと、いつまでものんびりしてはいられない。

 わたしはペンケースを鞄に放り込むと、足早に教室を出た。


 向かう先は校庭。

 そこには、わたしの入学を待ってくれていた桜並木がある。

 そして、その桜の木の下には――


「レオン!」


 前世から数えること三十数年の人生で初めてできたボーイフレンドが、わたしのことを待っていた。


「リーゼ、久しぶりだな」


「う、うん……」


 元気よく声をかけたものの、そのあとが続かない。

 ずっと会いたかったし、たくさんおしゃべりしたいと思ってたのにな。


 男子三日会わざるば刮目して見よって言葉があるけど、レオンに会うのは十一か月振り。一年近く会っていない間に、背も伸びたし、顔立ちも少し男っぽくなっていた。

 照れ臭くて顔を直視できない。


「緊張、してるのか?」


「うん……」


「はは、俺も」


 そう言って笑ったレオンの頬は、桜色に染まっていた。


 な、なにこれ!? 可愛いんですけど!?

 完全なるショタへの目覚め。犯罪である。


 抱きつきたくなる衝動をなんとか気力で抑えていると、それをより緊張したと思ったのか、レオンがわたしの手を握った。

 びくっと肩を震わせたわたしにレオンは微笑みをかけて、そのまま手を引いて、わたしを桜の木の下のベンチに座らせた。

 わたしが座るところにハンカチを敷いてくれるのも、なんだかレオンが急に大人になったみたいに感じてキュンとしちゃう。


 レオンはわたしに好意を寄せてくれている。

 喪女だったわたしにもそれぐらいのことはわかる。

 でも、喪女だったからこそ、こんなときにどんな顔をすればいいかわからない。

 笑えばいいと思うよ、と人は言うけど、そう簡単に笑えれば三十年近くも喪女はやっていない。

 え? お前が笑ってもキモいだけって? うっせーわ! そんなこと自分が一番わかってるわい。


「今日、試験だったんだろ?」


 レオンが切り出したのは、『会いたかったよ』とか『待ってたよ』なんていう甘い言葉ではなく、まるで昨日の会話の続きをするかのような話題だった。


「どうだった?」


「うん。ちゃんとできたと思うよ。魔法以外は……」


「はは! リーゼは魔法使えないのか?」


「ひどーい! 笑うことないじゃない」


 あれ? わたし、普通に話せてる。

 これもレオンのおかげかな。

 なんて思っていたのに――


「やっと笑った」


「わ、笑ってないよ。怒ってたの!」


 レオンがわたしの顔を覗き込んでそんなことを言うものだから、わたしはまた赤面してしまった。

 十歳にも満たない男の子に赤面させられるわたしって……


「まあ、魔法なんて使えないのが普通なんだからさ。俺も最初は魔法使えなかったし」


「え? そうなの?」


「ああ。俺が魔法を使えるようになったのは初等部一年生の冬だったんだ」


「へえ、意外だなあ。レオンって何でも器用にこなしそうなのに」


「俺なんかまだまだだよ。兄上に比べたらな」


 レオンの兄。それは王太子である彼の父の第一子。今日現在で王位継承順位第二位の王子。この国の将来の王様だ。

 わたしは会ったことはないけど、レオンが言うんだから、きっと優秀な人なのだろう。

 でも――


「自分を人と比べちゃダメだよ。たとえ他の人がそうしても、自分で自分を人と比べちゃダメ」


 そうやって苦しんできたわたしが言うんだから間違いない。

 わたしの言葉にレオンが驚いたような、照れたような顔を見せた。


「リーゼは母上のようなことを言うんだな……」


「見た目以上に長生きしてるからね」


 まあ、実際、前世の分だけでもあなたのお母様と同い年ぐらいだからね。

 なんならレオンが息子だったとしてもおかしくはない。


「やっぱり面白いな、リーゼは」


 笑ったレオンのその顔はやっぱり可愛くて、わたしはキュンとしてしまう。

 息子でもおかしくないなんて言っておきながら、ときめいてるわたしってどうなのよ……


「魔法……俺が教えてやろうか?」


「え?」


「俺も最初は魔法使えなくて、練習を繰り返してできるようになったわけだし、きっとリーゼの役に立てると思う」


「いいの!?」


 わたしがレオンの手を握ると、彼は顔をそらして頷いた。


「嬉しい!」


 わたしのためにそう言ってくれたレオンの気持ちが嬉しい。

 これからもこうして会おう――そういう約束を作ってくれたことが嬉しかった。


 この日、わたしは、生まれて初めてお父様以外の男の人にハグをした。

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