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幼女の巣立ち(5)

「ヴィオラ。初等部の間、リーゼのことをよろしく頼むよ」


 食事を終えて、食後のティータイムが始まると、お父様が叔母様に頭を下げた。


「もちろんですわ。リーゼのことは私が責任を持って守るから、安心してくださって結構よ」


 叔母様はお父様に答えつつも、わたしの方を向いてにっこりと笑った。


 そう。わたしは、初等部在学中は叔母様が管理する王都のお屋敷でお世話になることになっていた。

 学院には地方出身の生徒のための学生寮もあって、王都に屋敷を持たない貴族や地方から入学してくる子なんかは寮に入るのが一般的らしい。

 わたしとしても寮生活にもちょっとしたあこがれはあったのだが、お父様とお母様の猛反対にあって断念した。

 それに加えて、叔母様の魅力に負けた、という面もある。

 毎日、美女ときゃっきゃうふふできる。結局、これに勝るものは存在しないのだ。


「それと、これも事前に伝えていたが、身の回りの世話にシーツとメイを付けたいと思っている」


「もちろんオーケーですわ。ちゃんと二人の部屋も準備していますから」


「え!? 二人も一緒なの!?」


 それは初耳だった。

 驚いたわたしがお父様と叔母様を交互に見ると、二人は笑顔で頷いた。

 シーツ爺とメイの方に顔を向けると、二人も笑顔だった。


「やった! ありがとう、叔母様!」


 わたしは嬉しさの余り叔母様に飛び付いた。

 てっきり一人でここにお世話になるものだと思っていたから、二人が一緒にいてくれるのは本当に心強い。

 転生してから徐々に改善してきているとは言え、わたしは根が人見知りだし、一人だったらきっとホームシックになっていただろう。

 その点、気心の知れた二人がいてくれたら安心だ。


「あ、でも、シーツ爺までこっちに残るとお父様のお仕事が大変になるんじゃ……? それに帰り道も心配だし……」


「パパの心配をしてくれるなんて、リーゼは優しいなあ。でも大丈夫。仕事の方は何とでもなるよ。これはシーツの後任を育てるいい機会でもあるしね」


「ええ。それに旦那様には本来護衛など必要ありませんしね」


 どういうこと?

 シーツ爺の言葉にわたしが首を傾げると、叔母様がわたしの髪を撫でながら、ふふと笑った。


「お兄様はとても強いのよ。知らなかったでしょ?」


 そう言って笑った叔母様が昔の話を聞かせてくれた。


 この世界では十から二十年のサイクルで定期的に魔物の氾濫が起こる。過剰に繁殖した魔物たちが生息地を求めて人の街まで溢れてくるのだ。

 四十年以上前の氾濫をほぼ一人で鎮圧し、剣聖の称号を得たのがシーツ。

 そして十二年前に起こった最も新しい魔物の氾濫。ここ百年では最大規模と言われるその氾濫は西方辺境領で起こった。

 剣聖であったシーツをはじめ、氾濫鎮圧のために投入された王国軍の主要戦力は、その現場を見て息を飲んだという。

 そこにあったのは、領都と領民を背に、迫る魔物の波を薙ぎ払う戦神のごとき次期辺境伯の姿。

 王国軍もすぐさま参戦したが、そのときにはもはや大勢は決していたらしい。


「あのお姿を見て、私は一生旦那様にお仕えしたいと思ったのです」


「大袈裟だよ」


 昔を懐かしむように言ったシーツ爺の言葉に、お父様は照れ臭そうに頬を掻いた。

 そんなお父様を見ても、とても戦神のように戦う姿は想像できない。

 お父様はいつも笑顔で、優しくて、イケメンで、美形で、かっこよくて、イケメン。怒った姿すら見たこともない。

 でも――きりりと眉を吊り上げて剣を構えるお父様……萌えるわ。


「それにしても、王国の最高戦力に数えられる二人が同時に領地を離れるのを国王陛下がよくお許しになったわね?」


「愛娘の入学式だからね。少しだけ無理を聞いてもらったよ。それに、私たち二人がいなくなったからといって、戦力が大きく低下するほどうちの領軍はやわじゃない。領地にはメグも残しているんだから、そこのところに抜かりはないさ」


「ふふ。それは頼もしいわね。でも、あまり無理はいけませんよ、お兄様。リシュテンガルドをやっかむ者も多いんですから」


「肝に銘じておくよ。でも今回はそんなに無茶をしたわけではないんだ。陛下にも簡単にお許しをいただけたしね」


 それって――


「もしかしてシーツ爺がここに残るっていうのを交換条件にしたの?」


 つい口を挟んでしまったわたしに、お父様と叔母様が目を見張った。


「どうしてそう思ったんだい?」


「だって、その……」


 さて、どうしたものか。

 思わず口を挟んでしまったけど、政治の話に口を出すべきじゃなかったと、今さらながらにちょっと反省。

 べつにアホの子を装うつもりはないけれど、年齢以上に賢いところを見せるのも不都合がるような気もするし……


「思ったことを言っていいのよ?」


 目を泳がせていたわたしを膝に乗せて、叔母様が微笑みかけてくれた。


 まあ、いいか。家族なんだし。

 少なくとも学問的には超優秀だってことはお父様も知ってるわけだし、今さらだよね。


「魔物の氾濫って十年から二十年おきに起こっているんでしょ? 前回の氾濫が十二年前ってことは、もういつ起こってもおかしくない。魔物の氾濫は予兆もなく起こるし、どこで起きるかもわからないとは言われてるみたいだけど、多くは魔物の本来の生息地が起点になってるって話だし、そう考えると、王都のすぐ近くにあるツクフ大森林は大丈夫なのかなって心配になるよね?」


 三人がわたしの顔を見つめながら話を聞いている。ちなみに三人とはメイ以外の三人。

 メイはわたしの顔を見つめてはいるけど話は聞いていない。基本はアホの子だから。


「国王陛下としては、まずは王都の守りを固めたい。それに王都は地理的に王国の中心にあるから、王都に戦力を集めておけば王国のどこで魔物の氾濫が起こっても対応しやすくなる。だからシーツ爺を王都に留めることを条件にしたんじゃないかなって。あ、でも、そう考えると、最初からお父様とシーツ爺の領外出張許可を同時に求めたのはちょっともったいなかったかも。お父様一人だけだったら、逆に国側からシーツ爺の帯同依頼が来てたかもしれないし、それに応じる形をとれば国側に恩を売れたよね――って言っても結果論だけど」


 そこまで話して、わたしは再び失敗を犯したことに気が付いた。

 お父様も叔母様も唖然としている。呆けた顔も美形だよね――ってそんなこと言っている場合ではない。

 調子に乗って話し過ぎてしまったのだ。


「あ、あの……ごめんなさい」


 とりあえず謝っておいた。可愛い幼女が謝ればなんとかなるはずだ。


「謝ることなんてないよ、リーゼ」


 椅子に深く腰掛けたお父様が、深い息を吐いたあとにそう言った。


「賢い子だとは思っていたけど、まさかここまでとはね」


「ほんとね。きっとマーガレットお義姉様に似たのね」


 叔母様がうしろからぎゅっとわたしのことを抱きしめてくれた。

 でも、嬉しいことのはずなのに、気分が急速に落ち込んでいくのを自覚する。

 この手の話になったときはいつもそうだ。


 ごめんなさい。中身はどちら似でもないの。

 お父様とお母様に似ていれば、もっと素直で優しい性格だったのかもしれないのにね……


 お父様似かお母様似か――そういう話になったとき、わたしはいつも考えてしまう。

 容姿は確かにお父様とお母様のどちらにも似ている。

 しかし内面は、転生前の記憶をそのまま引き継いでしまっているのだから、当然どちらにも似ていない。

 そのことを考えるとき、どうしても疎外感というか、自分自身への異物感を感じて、ちょっとだけ鬱る。


「どうしたの? そんな暗い顔して」


 わたしの顔を覗き込んだ叔母様が、わたしのほっぺをぷにぷにと押した。


「叔母さん嬉しいのよ、リーゼがこんなに立派に育ってくれて」


「うん。ありがと……」


 わたしが叔母様の首にしがみ付くと、叔母様はそのままわたしを抱き上げて立ち上がった。


「さ、お話はこのあたりでおしまい。ちょっと早いけど今日はもうベッドに行きましょ。リーゼは、今日は叔母さんと一緒に寝るのよ?」


 そうしてわたしは、叔母様に抱かれたまま、広間を後にした。


 その晩、叔母様はベッドの中で、たくさんの話を聞かせてくれた。

 わたしがもっと小さかったころの話、これから入学する王立学院の話、叔母様やお父様が子どもだったころの話。

 柔らかくて優しい声に包まれて、ゆっくりと微睡に身を委ねながらわたしは思う。


 転生なんかしちゃってごめんなさい。普通の子どもじゃなくてごめんなさい、と。


 でも、同時にこうも思うのだ。


 それでもわたしは、わたしとして生きていこう、と。

 白鳥百合として、そして、リーゼロッテ=リシュテンガルドとして生きていこう、と。

 

 みんなが愛してくれているから。

 そんなみんなを愛しているから。


 愛を忘れていた喪女はだけど、愛に満ちた幼女として生きていこう、と。

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