6
ロアと共に混沌領域を後にし、東回りで公都を目指す。セントレアからなるべく離れて向かおうということになった。
「ロア、マナについて教えてもらえませんか?」
俺たちは毎日マナの修行を続けている。それもこれもアデーレにAランクの探究者はみなマナを見ることができると言われたためだ。
古い混沌領域はマナが濃い場所と同じ空気が流れているらしく、いまの俺たちでは立ち入ることさえできないらしい。
ちなみに俺たちは駆け出しのEランクだ。
「マナをみれるようになりたい?」
「ええ、私たちが目指している始まりの楽園は混沌領域との関わりがあると言われてますからね。入れない領域があっては困ります」
「…マナはめでみえない。みみできくんじゃない。かんじて、こころのめとみみをひらく」
心の目と耳か。分かるようで分からない。気配を探るときと似たようなものか?気配も実際に目で見ているわけではない、感じている。
「アデーレが教えるのに向いてないということが、たったいま分かりましたねアル」
アデーレにはいくら聞いても「感じて見るだけだ」としか言わなかったのだ。
「ああ、もっと早くにロアに聞いていればよかったな」
アデーレが聞いていたらどんな顔をすることか。
「しかし、溶岩湖のような不快さがここにはないですからね。修行をしてはいますが、実際にはまだ何も感じることができません」
「………」
「「…?」」
急に溶岩湖で感じた不快感に似た感覚を感じる。
「ロア、マナを濃くしたか?」
「しゅぎょうのとき、こうすればいい」
「こんなことも出来るのですか。ロアが手伝ってくれるのなら心強い。アデーレに教わるよりも何倍も早く上達しそうです」
「おいおい、さすがに言い過ぎじゃないかクロス。あとでアデーレに怒られるぞ」
「もしそうなれば、2人のうちどちらかが告げ口をしたということになりますね。ロアは言いつけるなんてことしないでしょう?」
「ロア、しない」
クロスと二人で顔を見合わせて笑う。
最近のロアはよく話すようになった。アデーレに会ってから変わった気がする。俺たちに心を開いてくれているのか、それともアデーレに何か言われたのかそれは分からないが、俺としては話してくれるだけで嬉しい。
それから数日後ようやく公都近くまでやってきた。
「さてどうやって入りますか?」
当然ながら、公都の周りにはサキラスの騎士たちが巡回をしている。
「正面からいったらダメだよな?」
「サキラスが私たちを受け入れるかどうかわかりませんからね。最悪、ララという人物に会う前に殺される可能性だってあります。私たちは一般人には見えませんから」
「だいじょうぶ。ららねえさまがきがつく」
「ロアはこう言ってるが?」
「…仕方ありません。正面から入ってみましょう。しかし、あの列に並ぶとなると中に入れるのは明日になりそうですね」
公都から逃げた住民が戻ってきているという噂は本当らしい。公都の城門の外には長い列ができていた。一人一人検査を行なっているのか、列の進みは非常に遅い。
俺たちは列の1番後ろにならぶ。念の為、ローブのフードを被り顔を隠しておく。
「この列に並ぶあいだ修行でもしましょうか」
「そうだな。でもここでロアに手伝ってもらうわけにはいかないぞ?」
俺たちの前後には同じように公都に入るために列に並ぶ一般人がいる。鍛えてもいない普通の人間があの状態にさらされれば最悪生命の危険すらある。
「だいじょうぶ」
ロアがそう言ってすぐ、俺はあのいつもの不快感に包まれた。
「周りの人たちは大丈夫なのか?」
「ふたりのまわりだけ、そうしてる」
そんな器用なこともできるのか。
修行をしながら列が進むのを待つ。長蛇の列も騎士が定期的に巡回をしており、その時だけは騎士の動きに注意しながら、一般人のフリをしておく。
「ん?この気配は…」
「なんだ?」
「アルもよく知っている人物ですよ」
近づいて来る騎士に注意を向ける。
「この気配は…もしかして、マルスか!?」
マルスは翠騎士団の副団長だった。山を降りた後、騎士を抜けるとは言っていたがまさかサキラスの騎士になったのか?
だんだんとマルスが近づいているが、むこうはまだ気が付いていない。
「どうするクロス?さすがに気づかれるぞ」
マルスが近づけば俺たちの気配に気がつくはずだ。
「一か八か、向こうの出方を伺いましょう」
マルスが俺たちのそばで歩みを止める。
「そこの三人、私と一緒に来てもらおうか」
周りの人たちの目が一斉にこちらを向く。
「私たちでしょうか?」
クロスがとぼけたように答える。
「そうだ。じっくり身の上話でも聞かせてもらおう」
マルスが俺たちにウインクをする。どうやらクロスの賭けは上手くいったようだ。マルスの後についていき城門近くまでやってきた。
「あ…」
「ん?どうしたロア」
ロアは立ち止まり城門の方を見ている。
「何か来ますよアル」
クロスが言ったのと同時に俺も気配を感じた。
「ロアぁぁぁぁ!もうっ!どうして私のところに来ないのよ!?逃げてきた子達はみんなちゃんと東に来たっていうのに!昔から私の言うこと聞かないんだから」
ものすごいスピードでやってきた女性がロアの肩を掴みぶんぶんと振り回している。
「……」
ロアのことを知ってるということはこいつがララか?マルスに視線を向けると少し呆れたような顔を返してきた。
「ララ様、宮殿内へ参りましょう。そのほうがゆっくりお話しできるかと」
やはりこいつがララか。
「何よマルス!私がどれだけロアのことを心配していたか知らないでしょ?この子はね私の一番弟子なのよ。しばらく私は東にいっていたけれど、ちょくちょくロアにだけは会いにいってたんだから!」
ララの大音量の声に列に並んでいた人たちは皆、こちらに釘付けになっている。ララもやっと周りの目に気が付いたらしい。
「……まあいいわ。確かにここで話しこむのはやめたほうがよさそうね。ロア来なさい」
俺たちはララについていき公都の中に入る。公都には戦いの爪痕が残っており、崩れている建物が点在してる
「けっこう酷いな」
「えぇ、思っていたよりも」
「ああ……私がやっちゃったの。ちょっと頭に血がのぼっちゃっててね。首謀者だけさっさと殺して終わる予定だったのだけど…悪かったわね」
いきなり飛んできて騒ぎ始めた時はどうなるかと思ったが、普通の会話もできる奴なのか。
「いえ、この国はむしろ救われたと思っています。腐敗した貴族に統治されるよりも貴方がたが治めるほうが民は幸せでしょう」
「そう。ならよかったわ」
俺たちは宮殿の一室に通される。
「さあロア。なぜ貴方が私のところへ来なかったのか説明してもらおうかしら?村に何かあれば東に逃げる。そういうことになっていなかったかしら?」
席に座るや否やララがロアを問いただす。
「……」
ロアはだんまりモードだ。ロアは誰にでもこの手を使うらしい。
「あ、あの…宜しいでしょうか?」
クロスが恐る恐る聞く。ララからは溶岩湖で感じるような不快さと圧を感じる。
「何かしら?」
「私たちの命は…魔女を全て殺すことでした。ロアに命を救われた私たちは、彼女を殺すことができず、捕まらないよう公都から遠ざけました。ですのでロアの意思ではないかと」
「はぁ……。人を守り、国を守れ、そのために力を使え…この言葉がいつも私たちの足枷になる」
「それは?」
「あの村の魔女はみんなこう教えられるの。本当は自分が守りたいものの為に力を使ったっていいのに。魔女が本気をだせば何千人に囲まれたって負けることなんてないのよ?ただ、国を守ることにもつながらない人殺しに躊躇したのでしょうね」
「ララねえさま、ロアはシーカーになった。まじょをやめた」
「あらロア。だから姉様ところに来なかったのかしら?」
「……」
ララという女性はロアに容赦がない。さすが師弟関係といったところか。
「まあ、でも安心したわ。貴方が自分で考えてそうしたのなら私から何も言うことはないわ。私たちは魔女として育てられるけど、必ずしも魔女として生きる必要はないのよ。ロアの好きなように生きなさい」
「ララねえさま、せんそうになる。ロア、ねえさまとたたかう」
「貴方、まさかその為にここに来たの?あなた人を殺せる?戦争というのは人が人を殺めることなのよ?」
「それが、くにのためなら」
「…貴方はまだまだシノマリアの魔女ね。それは貴方自身が決めたことなのね?」
「ロアがきめた。じぶんでかんがえた」
「一緒に戦うというなら、死ぬことは許さないわ。手加減することも許さない。中途半端に手を抜けば、それは戦いを長引かせることになるの。ロア、あなた本気でやれるかしら?」
「…これをつかって、ほんきでたたかう」
ロアが武器を見せる。
「ふーん…。一応、力を通すようね。いいわ。戦うことを許しましょう。ロアには南側を頼むわ。南からはシノマリアが攻めてくるとは思うけど、サイチ国の神官はマナを扱うから注意するのよ?」
「わかった」
そう言うとロアは席をたつ。
「あらロア、もう行くの?」
「みなみをみはる」
「そう。行く前にあなたが印をつけた騎士たちに会っていくといいわ。マルス、案内してあげて」
部屋の隅に控えていたマルスが短く返事をする。俺たちは東の魔女ララに挨拶をして部屋を退出する。
「おいマルス、印をつけた騎士ってなんだ?」
「俺たちこの子に印をつけてもらってたらしくてな。守られたらしいんだ。俺たちが公都に戻ったときにはすでにサキラスが宮殿を占領してたんだが、ララ様が俺たちの前にやって来てな。殺されるかと思ったら、サキラス側に入るかどこかへ逃げろと言われた。この子が救った命を勝手に奪うわけにはいかないと言ってな」
要するに山を降りる騎士たちにロアが魔女にだけわかる印をつけといたということか。
「ん?ということはお前の他にもここにいる騎士がいるってことか?」
「あぁ、何人かは領地のほうに帰った奴もいるが、あの場に生き残ったほとんどの騎士が公都の民を守るためにここにいるぜ」
「元翠の騎士だけでなく、碧の騎士もいるのですか?」
「ええ、クロヴィス様。碧の隊員もおりますよ」
「様なんてやめてください。私はもうただの探索者です。それにクロヴィスという名は捨て、クロスと名乗っています」
「そうでしたか。お前も名を捨てたのかアラン」
「ああ。俺はアルと名乗っている」
「アルか…よしっ!じゃ、2人とは上下関係もないってことで、ため口で話させてもらうぜ」
「お前は前から俺にため口だろう?」
「細かいことは気にすんなよアル」
マルスとそんな冗談を交わしながら騎士の宿舎へと向かう。俺もよく知っている場所だ。
「よう、元気だったかお前ら」
宿舎の中へと入り、声をかける。
「あれ?団長じゃないっすか?」
「団長!」
「団長、無事だったんですね」
まだ1年も経っていないというのに、部下の顔が懐かしく感じる。
「あ!この子!!無事だったんですね。この子のおかげで私たちは助かったんですよ。その節はありがとうございました」
部下の一人がロアのほうへ歩みより、かがみながらお礼を言う。それに続いて他の者も集まり始め、ロアの周りはあっという間に人だかりになってしまった。
「こうしてここを守れるのもこの子のおかげだからなあ」
「ホントだよな。敵対している国で雇ってもらえるなんて思ってもいなかったぜ」
こいつらは騎士を抜けると言って山を降りていった。理由なく騎士を抜けたとなれば、公都付近では仕事を見つけるのは難しかったはずだ。
「ああ、家族もここにいたからな。ここを守れるのは願ってもないことだ」
シノマリア公国に対する忠誠心は魔女の一件ですっかり失ったようだ。
「いくよ」
ロアはさっさと見張りに行きたいようだ。
「どこに行くんだ?」
「ララ言われて、俺たちは公都の南を守ることになった。ロアは早く行って見張っておきたいらしい」
「そうか。俺もお前たちについていきたいが、ララ様の命を待つしかないな」
「北からくるサイチ国の神官は魔女と同じ力を使うらしいぞ。気をつけろよ」
「ああ、お前もな」
宿舎を後にし、公都の南の城門向かう。城門の外には、東側と同じように長蛇の列ができていた。
「セントレアの方角から攻めてきたとして、この住民たちはどうなる?戦いが始まるからって中にはいれてもらえないだろ?」
「そうですね。散り散りに逃げるしかないでしょうね」
「なるべく被害は出したくないな」
「えぇ、ロアここではなくもう少し離れた場所で守ったほうが良さそうです」
「どこならいい?」
「そうですね…この平地が終わるあたりなら、ちょうど良いかと思いますよ」
「じゃあ、そこにする」
城門から数キロほど平地が続き、その先は森になっている。セントレアから攻めてくるにはこの森を抜けて来るはずだ。少人数なら森を利用して敵を撃つほうが良いと思ったが、クロスは違うようだ。
「こんな開けた場所じゃ、囲まれたら終わりじゃないか?」
「ロアがどのように守るかですね。アルが考えているとおり、私たちのような少人数で軍を相手にするなら森の方が有利に戦えます。ここは最終防衛ラインとして、あとはロアが戦いやすい場所で守ればよろしいかと」
クロスの助言を聞くとロアは武器を構え、大きく横に腕を振る。
ロアの鎖が見たこともない速さで飛んでいき地面に亀裂が生じる。
「ここをこえたらころす」
どうやら亀裂が最終防衛ラインのようだ。
「承知しました。私たちもそうするとしましょう」
「いいのかクロス」
どう考えてもここで防衛するには無理がある。
「東魔女ララがロアに任せたのです。私たちはロアに従うべきでしょう」




