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「国を出るとはどこに向かうのです?まさかウォルド森林ですか?」
ウォルド森林とはシノマリア公国の南にある国だ。森林に住んでいた原住民たちが作った国で、森に他国の住民が入ることを禁じている。入ろうとすれば即、殺される。
「シュルクト共和国じゃないのか?」
「あの国が我々シノマリア公国の人間を受け入れると?」
シュルクト共和国とはシノマリア公国とウォルド森林の狭間にある巨大な亀裂の底にある地底国家だ。宝石が取れる鉱山があり栄えたのだが、エアハルト公になってから鉱山はシノマリア公国の一部だと主張し、争っている。
「行くのはシュルクト共和国だ。正規のルートから行くわけではない。お前たちも入れる」
ヴィムの後をしばらくついていく。イグナークもロアも気を失ったままだ。
「まさか此処を降りていくとは言わないですよね」
大きく口を開く亀裂に風が吸い込まれていく。足場はなくほぼ垂直の崖だ。シュルクト共和国はこの断崖絶壁に守られ繁栄してきた。
「降りれないのか?」
「降りれないことはないですが…」
確かに俺たちであれば降りれないことはない。一般の人はもちろん、宮殿騎士の団長クラスでないと降りるのは無理だろうが。
「下につくまでにどのくらいかかる?」
亀裂の底は暗闇に包まれ見えない。正規のルートだと1週間ほどかかったはずだ。
「一瞬だ」
そう言うとヴィムは亀裂に飛び込んだ。そのまままっすぐ落ちすぐに見えなくなる。
「正気か?」
「私たちが真似をすれば確実に死にますね。イグナークを任せて大丈夫ですか?」
「ああ」
俺たちは崖の小さな凹凸に飛びおりながら下を目指す。
「まったく…生きた心地がしませんでした」
俺たちは今、無事に地に足をつけている。
「俺もだ。何度足を踏み外したことか」
「彼を担ぎながら降りてこられたのですから、さすがですよ」
「遅かったな」
「貴方がどうやって降りたのかが気になるところですが、まずは2人を治療できるところを探さないとですね」
いま俺たちが降り立った場所は、街はずれのようだ。
「それなら大丈夫だ」
「そいつもこっちに運びな」
一つに束ねた赤髪を揺らしながら女性がこちらにやってくる。
「ヴィム、この方は?」
「アデーレ。探索者だ」
「探索者…ですか」
クロスが含みのある言い方をする。おそらく俺と思っていることは同じだ。
アデーレというこの女性は俺たちが山で戦ってきた魔女たちと雰囲気が似ている。もちろん、髪色や服装はまったく違うのだが気配が山で感じた魔女たちとそっくりなのだ。
「お察しのとおり、あたしは魔女だよ。訳あって国を追われてね。今ではここの女神をやってる」
「女神、ですか?」
「勝手にここの住民がそう呼び始めたのさ。説明は後にしよう。そいつをこっちに」
アデーレに案内された場所には巨大な石像がたたずみ、その前に石で作られたベッドが並べられている。
「ここは治療室。そこに寝かせて」
すでにロアも寝かされていた。イグナークを寝かせるとアデーレはロアのベッドに立てかけてあった杖を手に取り、目をつぶると石像に祈りを捧げるかのように杖を掲げる。
しばらく待っていたが何かが起きた様子はない。
「アデーレの祈りは回復薬と同じ力がある」
俺たちが困惑している様子にヴィムが説明をしてくれる。
「ヴィム、ちょっと違うよ。あたしの力はあくまでも本人の自己治癒力を高めるだけ。しかも相性があってね。根性の悪い奴には効かないっていう条件付きさ」
アデーレが祈りを捧げながら説明してくれる。この2人は大丈夫みたいだけど。と教えてくれる。
「女神だと言われているのはその為ですか?」
「そうだよ。この国に逃げてきた時、お金がなくてね。あたしには魔女の力しかなかった訳だけど、稼ぐ方法がこれくらいしかなった。そしたらいつの間にか女神扱いさ。おかげでこの場所から動けない」
そう言いながらもアデーレはどこか嬉しそうに見える。
「アデーレ…」
「ん?まだ寝ていな。傷が深いんだろう?」
ロアの意識がもどったようだ。
「みんなしんじゃった…」
ロアのもとへ駆け寄ろうとした足が止まる。
「知ってるよ」
「ララねえさま、おこってる」
「それはそうさ。あたしだって怒ってるよ。今すぐそこにいる奴らを殺してやりたいさ」
ロアとアデーレがこちらを向く。
「……」
「大丈夫さ。殺しやしない。お前をここまで連れてきてくれたんだ。感謝してるさ」
クロスが息をつく。
「…そのひと、だいじょうぶ?」
ロアは隣に寝ているイグナークを心配そうにみる。いつもより顔に感情が表れているようにみえる。
「ああ、移動中お前の力にも当てられたおかげか、いまはもう傷は塞がってる」
ロアの力?
「ロアはずっと何かをしていたのか?」
「ああ。あたしと同じ事をずっとしていたはずだ。この子は無意識の状態でもそれが出来る」
自己治癒力を上げていたということか。
「アデーレ、俺は調査に戻る。2人を頼む」
ヴィムはあそこの混沌領域に戻るようだ。
「あいよ。そっちの2人はどうするんだい?」
「私たちはここにいさせてもらいます。国に戻っても良いことがないですから。それで良いですかヴィム」
「かまわない」
「ヴィム、行く前にそいつらを修錬場へ連れていきな。この子を連れて歩くならもっと強くなってもらわないと困る」
「修錬場だと?」
「行けば分かる。頼んだよヴィム」
ヴィムは地下へと続く階段を降りていき入り組んだ洞窟を進む。
「気温が高くなっていませんか?空気も薄くなっているような」
「この先に溶岩湖がある。そこが修錬場だ」
「そこで何をするんだ?」
「お前たちは溶岩湖で修行をしたことがあるか?」
「ないな」
どの師につくかによるが、大抵は山での修行が多い。
「着いたぞ」
地表から蒸気が噴き出し、ところどころにマグマ溜まりができている。
「ここで何をすればいい」
「普段やっている鍛錬をここでやれ。地上と同じ状態で動けるようになるまでだ」
そう言うとヴィムはさっさと来た道を戻っていってしまう。
「やるしかなさそうですね」
「だな」
剣を抜き2人で構える。少し息苦しくはあるがこのくらいなら問題がない。
と、思っていたが。違った。
剣を少し交えただけで身体が重くなるのを感じた。まだ数分しか経っていないというのに、汗が噴き出し肩で息をしている状態だ。
「何なんですかここは。何かがおかしいです」
「何だろうな。空気が薄いくらいじゃこんなふうにはならないはずだ」
俺たちは身体を極限まで鍛えている。大抵の環境変化になら耐えられるはずだ。
「まずはこの環境に身体を慣らすほうが良さそうですね」
剣を使った鍛錬をやめ、目を瞑り呼吸を整えることに集中する。
呼吸をしているだけだというのに、まるで何かに攻撃されているかのように苦しくなっていく。
「アル、毒が撒かれてるわけでは、ないですよね?」
クロスはかなり苦しそうだ。
「まさかそれはないだろう。一度戻って、息を整えた方が良さそうだ」
溶岩湖から離れるとだんだん息がしやすくなっていく。
「毒ではないようだな…」
毒であれば身体に入ってしまえば自然と抜けることはそうない。その場を離れれば苦しく無くなるということは、違うということだろう。
「毒ではないにしても、何かがおかしいです。息をしているだけで身体中を刺されている気分でした」
それから俺たちは溶岩湖に近づいては離れて呼吸を整えるということを繰り返す。
「どうだい修行は順調かい?」
アデーレがロアと共に溶岩湖にやってきた。
「ロアはもう動いて大丈夫なのか?」
「ああ、これだけ回復すればあとはここにいた方がいいからな」
ロアは蒸気が吹き出している地表のほうに近づいていき、胸の前で手を組み瞑想を始める。
「ロア、そちらは危ないですよ」
クロスがロアを止める。
「好きにさせてやれ。その様子じゃお前たちの修行は進んでいないようだな」
「ここは何か変だ。普通ではない」
「普通ではないと言えばそうだね。お前たちにとっては普通ではないだろうね。ここは特にマナが濃いんだ。でもそれだけさ」
「マナとは魔女が使う自然の力のことですか?」
「そうさ。魚にとって水の中が快適なように、普通の人間にとってはマナが薄い状態を快適だと感じる。私やあの子にとってはこちらのほうが快適だけどね」
ロアが今いる場所は俺たちが近づくことさえできない場所だ。だが苦しがっている様子はない。
「この場所に慣れることが強さとどう関係があるのですか?」
「シノマリアから出たことない奴はこれだから困る。ロア、お前もこいつらにその辺りのことを教えてやらなかったのか?」
ロアがこちらを振り向き戻ってくる。
「アデーレ、ロアは力をかくしてる。だから、はなしもしてない」
「掟を守ってたのか…だから怪我を。お前はシノマリアの魔女になるのか?」
「シーカーになった。シノマリアにまじょはもういない」
「だったら探索者としてその力を使いな。お前が力を使えば誰も怪我なんてしなくて済んだんじゃないのか?」
「……」
「私はお前に教えたはずだ。シノマリアの外にはこの力を使える奴なんていくらでもいる。珍しい力でも何でもないと。だからお前も探索者になったんじゃないのか?」
アデーレの言葉にロアは視線を落とす。
「そのくらいにしてやったらどうだ?」
「そうです。ロアが私たちと話しをしなかったのは、信用されてなかったのでしょう。当たり前のことです」
「そうやってこの子を甘やかしてるのか。この子を本気で守りたいと思うなら、この子が1人でも生きていけるようにするべきだと思うけどね」
「ロアはまだ子供だろう?これから少しずつ学べばいい」
「命を狙われている子供にゆっくり学んでる時間なんてあると思うのか?そんなことをしてたら死んでしまう。ロア、マナはいくつ操れるようになった?陰にはなったのか?」
「…ぜんぶ。さいごのしれんからかえったら、みんなしんでた。かげになってない。まだダメだっておししょうさまいってた」
「全部か…さすがだが、陰にはなってないのか。まあそうだと思っていた。久しぶりに会ったというのにお前は何も変わっていない」
「陰とはなんですか?」
「魔女が国の裏の仕事をやってることくらい聞いたことがあるだろう?村では一人前と認めたものに陰を名乗らせ国からの任務を任せていた。まあ、大概が殺しだ」
「本当の話だったのですね」
「勘違いしてくれるな。お前たちとは違う。あたしたちが任務を遂行するのはそれが国のためになると判断した時だけだ。最近の依頼は馬鹿げた内容ばかりだったと聞いている。それを断っているせいで国との関係が悪化しているとは聞いていたが、まさか騎士様が殺しにはしるとは思いもしなかったさ」
「…返す言葉もありません」
「いいかいロア。前から言ってるがお前は自分の命を雑に扱いすぎる。それじゃダメだと教えただろう?危険だと思ったらまず逃げるんだ」
「それは同感ですね。私たちも常々そのことは教えてきましたよ」
「そうかい。この子は昔から危機意識が低いんだ。痛みを感じているはずなのに、まるで何でもないような表情で立ってやがる。身体が限界に達して倒れるころにはいつも重症さ」
たしかにこないだもロアが重症だということは倒れるまで気が付かなかった。
「で、俺たちがこの環境に慣れるのと強くなるのとではどう関係があるんだ?マナとやらの力を操れるようになれということか?」
「操れるようになれば言うことはないがそれは無理だろう。動きが見れるだけでも数倍は強くなれる」
「ですがあなたやロアはそのマナを操れるんですよね?同じ修行ならば私たちにだって…」
「同じ修行のようで同じではない。もともと魔女の村に連れて来られる子たちはマナに好かれる子だ。素質のありそうな孤児を拾ってくることになっている。素質がない者は相応の時間がかかるのさ」
孤児を拾ってくる?だとするとロアも孤児だということか。
「マナを操るというのは、魔女が火や風を操っていたあれのことだな?」
山で魔女と戦った時に散々見てきている。
「そうだ。ロア、一通り見せてやったらどうだ?」
「……」
「なんだ嫌なのか?」
ロアは誰に対してもだんまりモードになるらしい。
「ロアが見せたくないというなら、別に構いません。私たちが目指すのはマナが見えるようになることなのでしょう?」
「まあそうだな。お前たちはすでにマナの脅威は十分体感してるか。とりあえずここに普通にいられるようになることだな。ロア、お前も修行だ。私がいろいろ叩き込んでやる」
2日後、ヴィムが戻ってきた。俺たちは相変わらず溶岩湖での修行を続けている。
「おかえりヴィム、遅かったじゃないか。収穫があったのかい?」
「ああ…回復薬が取れた」
ん?回復薬?
「それは大変なことになったね」
「ヴィム、それはシノマリア公国で回復薬が取れるようになったということですか?」
クロスも疑問に思ったようだ。回復薬が取れる混沌領域は現在世界で7箇所だけ。シノマリアで取れるとなれば8箇所目になる。
「そうだ」
「それはなんというか…シノマリア公国はもう長くないかもしれませんね」
回復薬の産地になった国は侵略されるなどして支配者がたびたび変わっている。
「産出量はどのくらいを見込めそうなのさ?あとは回復薬の質もだ。それを調べていたんだろう?」
アデーレがヴィムに質問する。
混沌領域は性質がすべてだ。泉から湧き出している回復薬もあれば、領域に水蒸気として満ちている場合もある。さらに、治癒の程度によって低級、中級、上級に分けられる。
「質は上級に近い。産出場所は村の井戸だ。井戸水が変化しているとみて間違いない」
「だとすれば、村人が使用していた水量を回復薬として取れるということですか?上級でその量は相当では?」
「上級に近いが、水から変化するまでにどのくらい時間がかかるか分からない」
「さらに調査が必要ということですね」
「落ち着くまでは、7人の悪魔の誰かが派遣されるんじゃないかい」
アデーレのいう7人の悪魔とは探索者の中で最強の強さを誇る人たちの呼び名だ。悪魔のように恐ろしい力を持っていることからそう呼ばれている。
「7人の悪魔か…」
7人の悪魔についてはあまりいい噂を聞かない。街が必要以上に壊されたり、敵対したものは1人残らず殺されたなんていう物騒な話しばかりだ。
「お前たちはどこか遠くに逃げたほうがいい。面倒なことに巻き込まれるよ」
「アデーレの言うとおりですね。この辺りは全て戦場になる可能性すらあります」
「だな。だがどこへ行く?ウォルド森林を抜けるつもりか?」
「そうですね…西回りで北に逃げるか、南に逃げるか…」
「どうも皆さん、ギールと申します。ちまたでは強欲のギールなんて呼ばれてますが、れっきとした研究者です。以後お見知りおきを」
「「!!!?」」
メガネをかけた短髪の男がいつの間にか後ろに立っていた。肩には大きめの鞄をぶら下げている。声をかけられるまでコイツの気配にまったく気が付かなかった。
「ギール、気配を消して近づかないでくれるかい?びっくりするじゃないか」
「これはすみませんアデーレ。つい癖で。ちょっとお話を聞きたいんですが、よろしいですか?」
強欲のギール。こいつこそ話していた7人の悪魔の1人だ。たしか、混沌領域の研究をしているやつだったはず。
「お前に断りをいれたところで無駄だろう?拷問してでも吐かせるくせに。まったくお前の情報網はどうなってるのさ。ヴィムだってまだ報告をあげてないんじゃないのかい?」
「いや…帰ってる途中に捕まった」
「ヴィム、捕まったとは失礼ですね。たまたま会っただけじゃないですか。それで質問をよろしいですか?」
このギールという研究者は混沌領域に関わる些細な情報も逃さないと言われている。おそらくヴィムのことも待ち伏せしていたに違いない。
「ロア、お前もこっちに来な」
溶岩湖のそばで修行を続けていたロアをアデーレが呼ぶ。
「ふーん、あなたがロア。よろしくどうぞ」
ギールがロアに手を差し出す。ロアはギールをじっと観察してから握手にこたえた。
「俺たちは特別な情報なんて何ももっていないぞ?」
「はい、ただ私の質問に答えてくれればいいです」
そこからギールによる尋問が始まった。
俺とクロスに対する質問はすぐに終わり、ロアの番となる。
「ではロア。次はあなたの番です。まずは混沌領域について感じたことを教えてもらえます?」
「……」
ロアはだんまりモードのようだ。気まずい空気が流れる。
「ギール、その子はあんまり話すのが得意じゃなくてね。もっと簡単な質問にしてやってくれるかい?」
アデーレがフォローをいれる。
「大丈夫ですよアデーラ、承知しております。ではロア、あの混沌領域に入った後、あなたであれば核の位置は分かっていましたよね?性質はどうです?分かっていましたか?」
核の位置が分かっていただと?
「…わからない」
「そうですか。では次です。あそこでマナを使うのは難しかったと思いますがどうです?」
「…あそこは、ゆがんでる。でもおなじ」
「ほう?同じですか。混沌領域では全てが性質によって変質していきます。マナもその例外ではないと思いますが?」
「……マナはもともとちがう。はじめてみたけど、おなじ」
「どういう意味かな?」
「ああたぶん、マナは6属性に分けられているけど、そもそも全部違うものだということさ。その子は昔からそう言ってるよ。初めて見たということは、属性的に初めて見るものだったということかい?ロア」
「そう、はじめて。そのまえのばしょともちがう。せいしつだから?」
「なるほど、そもそも全てが違うですか。新たな考えですね。今後検討してみましょう。ではもう一つ、あなたはイグナークを助けるために回復薬を使いましたよね?でも足らなかった。どうするつもりでした?」
「…もらおうとした」
「もらおうとして仲間の気配を探りましたか?」
「…そう」
「あとは祈りを捧げていた?」
「ギール、見ての通りこの子はもともと祈りを捧げているような状態さ」
ギールにもマナが見えるのだろうか。見えない俺たちにはどうなっているのか見当もつかない。
「いえいえ、違います。イグナークを助けるために祈りを捧げたかということです」
「お前はそれが回復薬が出てきたことと関わりがあると思ってるんだね?」
「祈りを捧げて治癒力を高めるマナの力と回復薬の効能とはほぼ同じ力です。関わりはあるのは確実です。でも、再現性がないんですよアデーレ」
「なるほどね。どうなんだいロア?祈りを捧げたのか?」
「…うん、すこしだけ」
「ん?少しとはどういう意味です?」
「…」
「ロア、本気では祈ってないということかい?」
アデーレがロアをうまくフォローしている。
「そう」
「ギール、こんなもんで許してやってくれないか」
「そうですね。質問はもういいでしょう。では次は現地にいって検証を…」
「待ってくれ。混沌領域には戻れない。俺たちにも事情がある」
さすがにあそこに戻ることは許容できない。
「あなたたちの身は私が責任を持って守るので大丈夫です。さて行きましょうか」
「いやだから行けないと、」
!!!!
何が起こった?目の前で突然何かが衝突した?
衝撃波と土埃だけが目の間に広がっている。俺が追えない速さで何かが起きたということだ。
「ギール、やめてくれるかい?アルもだ。死にたくなかったらこいつの気が済むまで従いな。悪魔を怒らせるのは賢い選択だとは言えないね」
アデーレの言い方からするに、俺はいまこいつに攻撃されたのか?
「アデーレが守ってくれたのか?」
「いやロアだ。このスピードにはあたしはついていけない」
「あらそわないで。ここはしゅうれんじょう」
ロアが怒っている。怒っているところを見たのは初めてだ。
「あぁ、すみません。確かにここは神聖な場所でしたね。それにしても、干渉スピードは私を上回ると…なるほど。これは楽しみです。では行きましょうかロア」
ギールは何事もなかったように溶岩湖から出ていく。
「幸運を祈るよ」
仕方なくギールに従う。アデーレに見送られてシュルクト共和国を後にし、ヴィムとはここで別れることになった。ギールが連れていきたいのはロアだけらしい。
「しばらくはシノマリア公国に戻ってくることはないと思っていたのですがね」
シュルクトの崖を登り切り、シノマリア公国に入る。
「そうだな。まだ公都から離れていることが救いか」
「どうでしょうか。未だエアハルト公は行方不明。いまはヒルデベルト卿がセントレアで立て直しをはかっていると聞いています。回復薬の情報を仕入れればすぐにでも南部の防衛を固めるでしょうね」
「さすがにまだそこまで伝わってないんじゃないか?」
「伝わってますよ」
ギールが会話に入ってくる。
「さすがに早すぎませんか?」
「混沌領域には管理人としてすでに7人の悪魔が2人派遣されています。それを見ればそこで回復薬がとれることは容易に分かります」
「だが南には騎士はいないんじゃないか?ロアのことを追っていた騎士も撤退したはずだ」
「いえ、南地域で混沌化した場所、しそうな場所すべてに調査員が派遣されています。そもそもここを壊滅させ、混沌化をうながしたのですから、そこを観察しておくのは当たり前のことです」
混沌化をうながした?それは意図的にそうしたということか?
「その情報は噂ではないのですね」
「クロス、どういうことだ?」
「すべてはサイチ国の陰謀だという噂があります。シノマリア公国の上層部にサイチ国と繋がっているものがおり謀をしたと。ただ侵略するのではなく、混沌化しやすいように村人を追い込み、希少素材が取れる領域を作ろうとしている」
その噂が本当であれば、ここが開発されず壊滅状態のままになっていることも頷ける。
「本当なのか?ギール」
「本当ですよ。ただ、そんな馬鹿げた策略に気がつかず、操られる国はここくらいでしょう」
「あの暗君は頭が悪いからな」
「えぇですが、それを止める臣下さえいないとは情けない。魔女を過信しすぎた結果です」
魔女か…。
「しかしそれが本当ならますます状況は悪いですね。サイチ国は侵略戦争をしかけてくるでしょう。公都はいまサキラス王国が支配をしています。セントラルとサイチ国から挟まれるように攻撃をしかけられれば、公都はサイチ国の手に落ちる。そうなればもはやシノマリア公国はサイチ国のものだといっても過言ではありません」
「それじゃ終わらないですよ」
「どういう意味です?」
「サイチ国は混沌領域の管理権を奪いにきます。公都を落とした後は、混沌領域で戦端が開かれる」
本来、混沌領域の管理権は探求者協会にあるというのが国と協会との契約になっている。探索者が混沌生物からの脅威を取り除く代わりに、稀に取れる希少な素材を協会が手に入れられるわけだ。
「ギール、サキラスはララねえさまいる」
ララ?そういえばこないだもララねえさまがどうとか言ってたな。
「東の魔女ララのことですか?そういえば彼女はシノマリアの出身でしたね。ですがいくら彼女と言えども、公都の北と南を同時に守ることはできないですよ」
「…」
「サキラスは公都を捨てて国に逃げるか、それとも最後まで民を守るか。さてどうするつもりでしょう」
公都に住んでいた住民はセントレアに逃げたものもいるが、そのまま残った住民だっている。
「サキラス王国は混乱している公都をうまく治めていると聞きます。その手腕にセントレアに逃げた住民も戻ってきているそうです」
「そうなのか。それなのにまた戦か」
「ギールのようじおわったら、ララねえさまのとこいく」
「それはどうぞご勝手に」
ん?それは公都に行くということか…?
「…クロスそれは何かまずくないか?」
「そうですね…戦の最中にロアをどうこうという事にはならないと思いますが、単純に危険です」
「ロア、それは公都に行くということか?そこは戦になるから危険だぞ?」
「ふたりはアデーレのとこでしゅぎょうしてて」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて」
いやでもまあ、ロアが本気を出せば俺たちより強いのかもしれないし俺たちが足手まといということもあり得る。ただいつロアの本気スイッチが入るかが分からないんだよな。
「アル、諦めてロアに従いましょう」
「だな…」
俺たちはなんだかんだロアに振り回されてる気がする。
「あ、ギール!ん〜?可愛い子連れてるじゃん」
「やあフェレライ。変わりないですか?」
俺たちはまた混沌領域に戻ってきた。
「ないけどさ、ヴットなんか遊び行っちゃうし。あたいもお腹すいたし、ここはギールに任せるね〜。バイバイかわい子ちゃん」
長方形の刃がついた巨大な斧を背中に担ぎ、橙色の髪の少女はどこかへ行ってしまう。
「若いものたちはこれだから困ります」
ギールは俺たちより少し上の30代のおっさんという感じだ。いまのフェレライという少女は10代に見えた。ここにいるということは、あの子も7人の悪魔の1人なのだろう。
「アル、見かけに騙されてはいけませんよ。マナを扱うもの達は寿命が長くなります。あの少女、暴食のフェレライは少なくとも100年は生きています。文献に彼女の記述がはっきりと残っていますから」
表情に出ていたのかクロスが耳打ちしてくる。暴食のフェレライ…全てを地面に飲み込むあの大斧の攻撃からその名がついたと言われている。
「100歳か。ん?あれ?ロア、お前は何歳なんだ?」
「…」
言いたくないのか?もしかしてロアも俺たちより年上だったり?
「…アル、女性に年齢を聞くのは失礼ですよ」
「あ、すまない」
「…」
「よろしいですか?」
気まずい空気をギールが変えてくれる。
「ああ、ロアに何を見せたいんだ?」
「今回の調査の目的は回復薬が産出する混沌領域の条件を探すことです。気がついたことを教えてください。一応、あなたたち2人もです」
俺とクロスはおまけだ。マナが見えない者たちが気がつけることは少ないらしい。
ロアは迷いのない足取りで混沌領域の中を歩いていく。
「核を見に行くのですか?」
「…」
ギールがロアに聞くが、無視しているのか、考え事をしているのか返事を返すつもりはないようだ。
「クロス、核ってのは近づいても危険はないのか?」
「それも性質次第です。ここの性質を考えれば危険は少ないとは思いますが、油断は禁物です」
核はある家の地下倉庫の中で渦巻いていた。
「…」
「何を考えているのか教えてもらっても?」
じっと核を見つめているロアにギールが話しかける。
「ここはへん。まざってて、でもひとつにならない。いろんなものがまざってて、ゆがんでる」
俺の目には黒い渦が巨大な球体となっているように見える。これが不気味な何かだということは分かるが、いろんなものが混ざっているようにはみえない。
「それには同意します。回復薬になる要素はなんだと思いますか?」
たしかに性質はどうやって決まるのか。似ている性質はいくらでも存在するが、全く同じものはないといわれている。
「この子がそうしたいとおもう…?ちからをかりるときとおなじ?」
「ふむ…私と同意見ですね。要はマナを使う時と同じということですね?相性や干渉レベルで使える力が変わる。ただ違うのは混沌領域は特定の属性がないうえに変化しつづける」
「…それはたくさん見ないとわからない」
「懸命な判断です。研究者向きだ。たしか探索者になってからここが初めての混沌領域でしたね。それで今の状態であなたとここの干渉レベルはどの程度ですか?回復薬の量や性質を変えることは出来ますか?」
「………かいふくやく、なくせない。もとにはもどらない。……ふやせる。ちからもつよくできる、って」
なんだ?核と会話してるのか?
「ロア、それはいまどういう状態なのですか?干渉レベルとはマナへの干渉ということですよね?」
クロスも気になったようだ。
「黙っていてください!いまは私が彼女と話しているのです」
そうなると思った。こいつは研究対象に対する異常な執着心があるのだ。
「クロス、今のはお前が悪いぞ」
ギールはロアが喋るたびに好奇に満ちた目を向け、一言も聞き逃さまいとしていた。クロスもそれは分かっていただろうが、クロスもクロスで気になって仕方がなかったのだろう。
「すみません」
クロスが謝るとギールは殺意を収めてロアのほうに向き直る。
「他はどうですか?回復薬以外の…例えば中にいる混沌生物が侵入者を排除するように動くとか」
「……できない。それはわたしじゃないから…?まざってるちがうもの?」
「ふむ、それもこれまでの調査と一致するか…」
ギールは考え込み始める。もう質問されないと分かってか、ロアは修練場でそうしていたように胸の前で手を組み瞑想を始めてしまった。
しばらく待ってみたが2人とも動く気配もなく、それぞれの事に没頭している。
「どうしますかアル。このような場所にあまり長居したくないですよ」
この核がそのマナと同じようなものだとするならば、これが濃い場所は俺たちにとっては毒になるはずだ。
「ギール、わたしはもういく」
ロアが気を利かせてくれたようだ。
「どうぞ。あとは私の方で調査しておきます」
「まさか本当に回復薬が取れるとはな。予想外のこともあったが、これで私も…ふははははっ!こんな弱小国家とはおさらばだ!」
ヒルデベルトは声をあげて笑う。
「上手くやったようだな」
「む?お前は……ああ、シノマリアはこれで終わりだ」
ヒルデベルトは後ろを振り向き応える。
「最後の仕上げだ。10日後、公都に攻め込め。あそこを占拠しているサキラス王国を挟み撃ちにする」
「10日後だな。任せておけ。………帰ったか。あいつは気味が悪い。いつの間にか後ろにいる」
白い装束を纏った男はいつの間にか部屋から消えていた。
「ヒルデベルト様、お呼びですか」
2人の騎士がヒルデベルトの部屋にやってきた。翠と碧の騎士団団長、エルヴィンとバルドゥルだ。
「エルヴィン、10日後に公都を奪還することになった。兵の準備をしておけ。お前もだバルドゥル。腕を直してやった恩を返してもらうぞ」
「お前さんが直したわけじゃねぇだろ。まあいい、協力してやる。俺も暴れたくて仕方ねぇ」
ロアに切り落とされた両腕は綺麗に元に戻っている。
「もっと感謝したらどうだ?私がいなければ、その腕は切り落とされたままだろう」
ヒルデベルトは世界で最上級の回復薬とされているサイチ国の回復薬を手に入れ、バルドゥルに譲っていた。
「まあ見ておけ。俺様の力を見せてやる。魔女なんかに負けるわけねぇ」
2人が部屋を去っていく。
「あの2人には困ったものだ。前の団長よりも弱いくせに、何を勘違いしているのか。しかし、回復薬が取れるならば私がここを……ふふふ。それも悪くはない」
ヒルデベルトは思案し始め、口元を緩ませた。




