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目的地までは数日かかる見込みだ。南地方の状態によってはもっとかかる可能性もある。


馬車がでているところまではそれを乗り継ぎ、あとは徒歩で目的地に向かう。


「ふう、ようやく馬車から解放されます」


「さすがにちょっと辛かったな。馬に乗っている方がマシだ」


「お前たちは鍛え方が足りない」


ヴィムはロアをずっと膝の上に乗せていたというのに、何ともなかったらしい。


「ヴィムは少しロアに甘すぎます。今後もずっと誰かの膝のうえで過ごせるなどと思ってもらっては困ります」


「子供は甘やかすものだ。ロアの探求者(シーカー)としての力は信じているがこいつはまだ子供だ」


「クロス、いざという時に疲れて動けないなんてことになると困る。大目に見てやろう」


俺たちのそんな憂いなど余所に、ロアはすでにヴィムの肩の上に乗っている。


「行くぞ。ここからは混沌生物(クリーチャー)が出る。気をつけろ」


通常の魔物なら俺たちは問題ないが、ヴィムが言っているのは普通の魔物ではない。


「魔核を砕けばいいのでしたね」


混沌化(カオスフォール)した生物は、魔核をくだくことでしか確実に殺す手段はない。首を落としても、どれだけ血をながしても死なない奴がいるらしい。


「それを見抜けるかどうかだな」


そもそも混沌化(カオスフォール)した魔物や人間というのは、姿も力もまったく異なる別の生き物だ。さらにいえば、大抵の生物はおぞましい異形の姿になり、頭も身体も複雑になっているケースが多い。


「こればかりは経験を積むしかありません」


「だな」


しばらくは荒れた街道を進む。この道沿いにいけば1つ目の廃村が見えてくるはずだ。目的地とは違うのだが、南はいつどの場所が混沌化(カオスフォール)してもおかしくない状況のため、周辺地域の調査も依頼されている。


混沌生物(クリーチャー)だ。お前たちでやってみるか」


先頭を歩いていたヴィムが立ち止まり俺たちに指示する。


「元は魔物か?」


「そのように見えますね。四足歩行で歩く大型の魔物といったところでしょうか」


相手は一匹。大きさは俺たちの3倍くらいはある。


俺たちは剣を抜き、混沌生物(クリーチャー)と対峙する。


ギャオウウウウ


異形の頭が、牙を剥き出しにして吼えてくる。


「行きますよアル」


クロスは剣を一振りしてから、混沌生物(クリーチャー)に飛び込んでいき、頭に思い切り剣を突き刺す。


ギャアアア


クロスの剣が効いているようだ。


「魔核がどこにあるかだな」


剣を構え、混沌生物(クリーチャー)に飛び込み剣を何振かする。


「まったく貴方の剣はこういう物を切るのに最適ですよね」


切り刻まれた混沌生物(クリーチャー)を見ながらクロスが呟く。


「それは褒めているのか?」


「ええ。おかげで魔核が見つかりました、が、すでに二つに割れていますね」


クロスは念の為、魔核に剣を突き立て粉々に砕く。


「お前たちはさすがに強いな」


「魔核の位置が分からないのが困りますね」


「そのうち分かるようになる」


ヴィムによれば混沌生物(クリーチャー)の形や攻撃パターンからだんだん分かるようになるらしい。今の混沌生物(クリーチャー)は頭が大きく異様な形をしていたことから、魔核が頭にあるとヴィムは予想していたらしい。


その後も数体の混沌生物(クリーチャー)を相手にして、街道を進む。


「見えてきたな」


一つ目の廃村が見えてくる。崩れかけた家などもあるが、村の様相は保たれているようだ。


「何かいる」


先頭を歩いきながら村を調べていたヴィムが立ち止まる。ロアを俺たちの間に降ろし、守るように周りを警戒する。


魔物かそれとも野盗か何かか。


「人だな」


家の中で息を潜めているようだが、気配が丸見えだ。


「一般人でしょう。野盗であればもう少し上手く隠れます」


おそらくは運良く生き延びたものたちが、隠れて暮らしているのだろう。


「俺たちは探求者(シーカー)だ!お前たちには何もしない!安心しろ!」


ヴィムが大声で叫ぶ。


だが村人たちが家から出てくる気配はない。


「調査を済ませて、早めに村を出た方が良さそうです」


「ああ、そうだな」


俺たちは村を見回り、異変がないか調べていく。


「ん?どうしたロア」


ロアが急に立ち止まる。


「どうかしたか?」


ヴィムが心配そうにロアの顔を覗き込む。


「少し震えていますね。どうしましたロア、気分でも悪いですか?」


「ロア、こっちを見ろ」


ヴィムはロアの顔を大きな手で包み、目を合わせようとしている。


「おいヴィム、ロアはなんかヤバいのか?」


「分からない。ただ目が恐怖に染まっている。こういう場所ではよくない。混沌化(カオスフォール)はそういう感情を好む」


「なるほど。混沌化(カオスフォール)のきっかけになるかもしれないということですか」


「それはまずいな。ロアおい、どうしたんだ?」


「俺は周りの様子を見てくる。お前たちはロアを連れて1度村から出ろ」


「分かった」


震えるロアを抱え、急いで村を出る。剣を向けられても表情ひとつかえなかった子供が何に怯えてるっていうんだ。まったく嫌な予感しかしない。


「……いや」


ん?しゃべった?


「ロア、どうしたんだ?」


「……」


「ロア?私たちを見て下さい。大丈夫です、あなたは強い子でしょう?」


「……つよい…こ」


クロスの声が届いたようだ。


「そうだ、それに守ってやるから安心しろ」


「……いや…にげて…かあ…さま」


かあさま?ロアのお母さんか?


「大丈夫だロア、俺を見ろ。心配するな。落ち着け、大丈夫だ」


空を彷徨っていた瞳と視線が合う。


「……」


俺を見て、それからクロスを見る。そして、いつもの表情に戻っていく。震えもおさまったようだ。


「大丈夫か?」


「……」


俺の腕の中から抜け出し周りを確認している。


「ヴィムならもう少し村の様子を見てくるそうです。私たちはここで待つことにしました」


クロスの言葉を聞いてまた瞳を揺らし、村のほうへ歩き出した。


「待って下さいロア。ここにいたほうが良いです」


クロスがロアの行く手を塞ぐ。


「…」


「ロア、ヴィムはベテランの探求者(シーカー)だ。心配しなくても大丈夫だ」


しかしまたロアの表情がまた曇りはじめる。


「しんじゃう」


ロアがそういった瞬間、村からおぞましい気配が立ちのぼる。


「「ッ!!!!」」


その気配は、渦を巻くように大きくなっていく。


「なんだよこれ!」


「……混沌化(カオスフォール)。いまこの瞬間、この村は混沌化(カオスフォール)しています。この渦に飲まれればどうなるか分かりません。渦に飲まれたものたちの性質で、ここの混沌領域(カオスフィールド)の性質が決まるのですから」


「ロアには分かっていたのか?!」


「…」


「ロアは自然の力を扱えますから、いち早く異変に気がついたのかもしれません」


「なるほどな。で、どうする?ヴィムを助けにいくか?アイツならしれっと戻ってこれそうだが」


「どうでしょう。一つ言えるのは、混沌化(カオスフォール)に飲まれた生物は混沌生物(クリーチャー)になるということでしょう。私たちが入るにも、混沌化(カオスフォール)が落ち着いてからの方がよいでしょうね」


ロアはじっと混沌化(カオスフォール)を見ている。


「ロア、心配するな。ヴィムなら大丈夫だ」


「…」


「ロアは混沌(カオス)が怖いのですか?」


「おいクロス、今聞かなくても」


「いえ、いま聞いておかなければなりません。これから私たちは混沌領域(カオスフィールド)の調査のためにあの中に入るのですよ」


「それはそうだが、」


「……わからない」


ん?ロアが答えた。こちらの問いかけに答えたのは初めてかもしれない。


「しかし、貴方はさきほど身体が震えるほど何かに怯えていましたよ」


「…」


「クロス、その辺にしといてやれ。ロア、怖くなったら俺たちに言ってくれ。怖くなれば外で待っていればいい。それだけのことだ」






少女はこの村に入ってからずっと違和感を感じていた。


(ここはマナがへん)


自然の力を感じ取れるロアは、この廃村のマナが普通の流れではないことに気がついていた。


(あのおくにすいこまれてる?)


ちょうどヴィムが進んでいた方向にマナが吸い込まれるように流れている。


(いやなかんじ。このかんじなんだっけ…)


ロアはこの気配を知っている気がした。ずっと昔に同じ気配を感じたことがある。


ヴィムの肩から降り、地面に足をつけた瞬間はっきりとマナの流れと混沌(カオス)の気配が見えた。


(これ…)


ロアの脳裏にフラッシュバックするように、記憶が蘇る。


「…」


逃げ惑う村人を容赦なく黒い渦が襲う。


「…いや…こないで」


「ロア!逃げるわよ!」


ロアは母親に抱かれ、黒い渦から逃げていた。


「メラニー!こっちだ!早くこっちへ!」


洞窟へ逃げ込みすぐに入口を塞ぐ。


(そうだ。かあさまとにげて…とうさまがたすけてくれた…?)


「あれは何だ?何が起きた?2人とも怪我はないか?」


「ハンス………ダメだわ。来るわ」


「何ッ!?」


塞いだはずの入口から黒い渦が溢れてくる。


「メラニー!行くぞ!もっと奥へ逃げろ!」


ハンスはロアを抱え、メラニーの手を引く。


「ダメだわハンス…逃げ切れない」


「くそッ……何とかロアだけでも」


「………ロア。あなたは私たちの自慢の子。強い子だもの…きっと大丈夫」


(……つよい…こ)


「メラニー?」


「父様と母様がきっと守るから。いいえ、必ずあなたを守ってみせるわ。私の可愛い子。貴方だけでも生きて」


「いや、かあさまととうさまも…」


ハンスが黒い渦に飲まれる。


「いや!…にげて…かあ…さま…」


メラニーが渦に飲まれたところで、ロアの記憶は途絶えた。


(ロアだけいきてる?…わすれてた…どうして)






「今度は何だッ!?」


混沌化(カオスフォール)が落ち着くまで村の外で待機をしていると、突然竜巻のような土煙が巻き上がる。


混沌化(カオスフォール)が引いていきますね」


村に広がり始めていた渦がだんだんと引いていく。


「ヴィムか?」


「そうかもしれません」


しばらく待っていると、土煙が上がったあたりからヴィムが現れた。


「無事だったか」


「ああ、なんとか間に合った」


「何をしたのですか?」


「核を破壊した。混沌領域(カオスフィールド)になる前に核を破壊すれば混沌生物(クリーチャー)にならずに済む」


「そういうことですか、ロアよかったですね」


「ロアは大丈夫か?」


「とりあえずいつも通りです」


いつもの表情のまま元に戻った廃村を見つめている。


「それでどうするんだ?」


「ここはもう大丈夫だ。あとで報告をしておく。目的地に向かおう」




ヴィムの肩に乗せてもらい、南の地域を徒歩で進む。


「しかし南はひどい状況だな」


「ええ、開発どころか荒廃していく一方です」


「お前たちがしたことだ」


住民を追い出す役目を担ったのは、宮殿の騎士たちだ。王からの命令で動いていた。


「俺たちが宮殿騎士だと知ってるんだな。俺たちがやったといえばその通りだ」


「私たちも国の為と聞いていましたからね。点在する村を解体し、大規模な都市にする計画だと」


「それがこれか」


踏み潰された跡が残る畑が左右に広がっている。人気(ひとけ)のない荒らされた畑は寂しく、薄気味悪い。


「かなしい」


めずらしくロアが会話に入ってきた。


「そうですねロア。悲しいです。民もこの土地も悲しみで満ちています。私たちは一体何を守っていたのか…考えずにはいられません」


「命令だったとはいえ、やるせないな」


「お前たちはなぜロアだけを助けた?」


ヴィムはさすがに詳しい状況までは知らないらしい。


「ヴィム、私たちがロアに助けられたんです。私は毒で死ぬはずでした。剣を向けた私たちに、ロアは手を差し伸べてくれたのです」


「そうだったのか」


「なあロア、なんで俺たちを助けた?」


ずっと気になっていた。村を潰した俺たちをなぜロアは助けたのか。


「…きしさまだから」


いつものだんまりかと思ったが、答えてくれた。


「それはどういう意味ですロア。騎士ですが私たちはあなたの村を…」


「そうだロア。コイツらはお前の家族を殺している」


ヴィムの肩の上に乗っているロアが俺たちを見る。


「…」


返事を待ったがロアが答えることはなかった。俺たちが村を潰し家族を殺したことは思うところがあるようだ。



俺たちは次の廃村で夜を越すことになった。


「アル、やはりロアは私たちを恨んでいるでしょうか」


ロアはすでにヴィムと寝ている。


「そりゃそうだろう。俺たちはアイツに殺されたって文句は言えない。むしろ俺は命を差し出すさ」


「それは私も同じです。ヴィムに懐いているのもきっとその為なのでしょうね」


ロアはヴィムの腕の中で気持ちよさそうに寝ている。


「今はこいつの為に出来ることをするだけだ。必要ないと言われれば違う償いかたを考えるさ」


「そうですね」



次の日、森を抜けながら目的地を目指す。


「多いですね」


混沌生物(クリーチャー)がだいぶ多くなってきた。先程から数体の混沌生物(クリーチャー)に囲まれては、倒してを繰り返している。


「さすがに厳しくなってきたな」


ロアは俺たちから付かず離れず場所で、武器を構えながら待機している。


「この数は異常だ。そういう混沌領域(カオスフィールド)だな」


まったくどんな混沌領域(カオスフィールド)だっていうんだ。


「クロス!後ろだ!」


クロスの背に触手のように伸びた腕が迫っている。


グシャ


「…助かりましたヴィム」


「油断するな」


クロスが無事だったことに安堵する。


「ロア…?」


いたはずの場所に見当たらない。一瞬目を離した隙にどこへいった。


「ロア!!!!」


翼のある混沌生物(クリーチャー)に鷲掴みされ頭上に飛んでいる。


いつも通りの表情で声を上げることもなく、されるがままだ。


「!?」


ロアは手に持っていた武器を混沌生物(クリーチャー)のほうに向けると、器用に投げつけた。


鎖が翼に絡みつき、ロアと共に落ちてくる。


「クロス!ロアを!」


「分かりました!」


俺は跳びあがり翼を切り刻んだあと、すぐに混沌生物(クリーチャー)にとどめを刺す。


そして落ちていったロアをクロスが受け止めた。


「まったく貴方は…もう少し騒ぐとか、助けを求めるとか出来ないのですか?」


「クロスの言う通りだ…無事だったからよかったが。それよりいつの間にその武器使えるようになったんだ?」


たまにヴィムに修行をしてもらっているのは知っているがこんなに上手く扱えていなかったはずだ。


「…」


「そんなことはいい。早く行くぞ」


ヴィムに急かされ、森を抜けることに集中する。


ようやく目的の場所にたどり着く。


混沌領域(カオスフィールド)の周りに集まっていますね」


混沌生物(クリーチャー)混沌領域(カオスフィールド)周りを守るように囲んでいる。


「中に入るぞ」


ヴィムが気にせず混沌生物(クリーチャー)に向かって歩いていく。もちろん、こちらに気がついた混沌生物(クリーチャー)の群れは一斉に襲いかかってきた。


「大丈夫なのかこれ」


「ロアを連れているというのに…ヴィムは作戦という言葉を知らないようです」


クリスが呆れたように言う。


ヴィムはロアを肩に乗せたまま戦っている。先ほどのようにいつの間にか襲われていた、なんてことがなくて助かるが流石にあの群れの中を行くなら考えて欲しいものだ。


まあ、ロアもロアでヴィムをサポートするように上手く鎖を操っていたりするのだが。


「だな。俺たちも行くか」


ヴィムに続き、俺とクロスも混沌生物(クリーチャー)の群れにつっこみ、切り抜けながら混沌領域(カオスフィールド)の中に入る。


「ん?中には来ないのか」


俺たちが中に入った途端、混沌生物(クリーチャー)の群れは襲ってこなくなった。しかも外にあれだけの数がいたというのに、中は静かで混沌生物(クリーチャー)が見当たらない。


「性質だな」


「中に入ったものは襲わないという性質だということですか?」


「逆だ。村に入ろうとする者を排除する性質」


「だからやたら外に集まっていたのか?」


通常は混沌生物(クリーチャー)混沌領域(カオスフィールド)の中に留まることが多い。


「たぶんそうだ」


「「…!?」」


人の気配がし、俺とクロスは剣を抜く。


「ヴィム!オレ様と勝負しろ!」


マントを来た赤髪の男が建物の影から姿を現す。


「……。お前たちは向こうから調査してくれ。俺はこっちから調査する」


ヴィムは赤髪の男を気にする様子もなく話をすすめている。


「ヴィム、あの者はいいのですか?」


「ああ、気にするな」


確かに殺気は感じない。力試しをしたい感じだ。力を持った者たちではよくある事だ。


「おい!ヴィム!いや、そこの新人探索者(シーカー)でもいいぞ。先輩として手解(てほど)きしてやろう」


矛先が俺たちに向いてしまった。


「先輩…ということはあいつも探索者(シーカー)なのか?」


「ああ、混沌領域(カオスフィールド)を回っては手当たり次第に探索者(シーカー)に勝負を挑んでいる」


探索者(シーカー)好きという意味ではツェザールと同類ですね」


聞いてはいたが、探索者(シーカー)は本当に変人が多いようだ。


「ん?」


ヴィムがロアを肩から下ろす。


「ロアがやる気のようですね」


「イグナーク、ロアを頼む。俺たちは調査に行ってくる」


「任せておけ!オレ様がこの子供に探索者(シーカー)の戦いを教えてやろう」


ヴィムはあの男の元にロアを置いて行く気のようだ。


「ヴィム、大丈夫なのか?」


「あの男は変わっているが、信頼できる。ロアの訓練にはちょうどいい。この中は混沌生物(クリーチャー)も少ない。問題ない」


ロアもすでに武器を構えている。だが、よく知らない奴のところに置いて行くのはやはり心配だ。


「あれだけロアを甘やかしていたヴィムが言うのです。きっと大丈夫でしょう。行きますよアル」


渋っているとクロスに背中を叩かれる。


「そうだな」




「さあ!かかってこい!」


ロアは武器を構え、相手の様子をうかがっている。


小手調べに刃を投げつける。


鎖につながれた短剣は簡単にイグナークの剣ではじかれ、ロアの手に戻る。


「そんな攻撃でオレ様を倒すなんて一億年かかっても無理だぞ。本気でかかってこい」


(けがしない?)


ロアは少し考えてから武器を構え直し、再度攻撃を仕掛けた。


「む?」


ロアが投げた鎖はイグナークの頬をかすめ、すり抜ける。


「後ろか!」


刃が向きを変え、男の背後から迫る。だがイグナークは危なげなく迫り来る刃を剣で弾いた。


「精霊武器とは珍しい!だが技量はまだまだ。歴戦の探索者(シーカー)であるオレ様に、武器に頼るだけの力など通用しない」


精霊武器とは、精霊が宿っているとされる不思議な力を発揮する武器のことだ。ロアの放った剣が方向を変え元に戻ってきたことからそう思ったらしい。


(せいれいぶき…ツェザールがはなしてた。けど力をつかってるだけ)


ロアは風のマナを使い武器を扱っていた。


「今度はオレ様が行くぞ!」


イグナークは足を大きく開き剣を構え、剣を大きく横に振ってくる。


(しゃがめばよけられる…)


しゃがみこんだロアの頭上を剣が通過する。


「甘い!」


そのまま反撃しようとロアは剣を繰り出したが、簡単に弾かれてしまう。


「その態勢から反撃したまではよかったが、まだまだだな」


(たたかうのってむずかしい)




「…見つけた」


「魔女め手こずらせやがって」


誰かが混沌領域(カオスフィールド)に入ってくる。


「あれは騎士隊の制服か。それも団長クラスが2人も」


イグナークは冷静に相手を見極めている。


「ここは混沌領域(カオスフィールド)!調査は探索者(シーカー)にお任せください」


丁寧な言葉でイグナークはここから出るよう促す。


「任務を終えればすぐ出て行く」


探索者(シーカー)さんよ、その子供もらってくぜ」


その言葉を聞きイグナークはロアを庇うように自分の背に隠す。


「なぜですか?」


「ああ?そいつは魔女だ。殺すか、戦うかしてもらわねぇとな」


「バルドゥル、言葉など不要。任務を遂行するまで」


碧騎士団の制服を着た団長が槍の武器を手に持ち、2人のほうへゆっくり歩いてくる。


探索者(シーカー)の中では魔女の存在は珍しくない。魔女であることは説明にはならな…おいっ!」


槍を持った騎士がイグナークに襲いかかる。


「ロア!ヴィムのところに逃げるんだ!」


「んなことさせるかよ」


翠騎士団の団長がロアの背後に回る。手には巨大なメイスを握っている。


大人気(おとなげ)ない奴らだな」


イグナークの表情は険しい。ロアを守りながら宮殿騎士の団長クラスを2人も相手にするほどの力はない。


「おーい、エルヴィン。この魔女が俺より弱けりゃ連れ帰る必要はねぇよなあ?」


「そうですね。必要ないので殺してください」


「宮殿騎士はいつから人殺しになったんだ?ロア、オレ様がこいつをぶっ倒すまで何とか耐えるんだ」


イグナークは蒼騎士団長エルヴィンの槍を捌くので精一杯だ。


「さあお嬢ちゃん遊ぼうか」


翠騎士団長バルドゥルがメイスを掲げロアを襲う。


(きしさま…?)


ロアはメイスを避ける。


「いいぞいいぞ、まだまだいくぞ!」


バルドゥルの繰り出す攻撃が速くなっていく。ロアはイグナークを気にしていたが、だんだん余裕がなくなっていく。


「お!」


避けるのが難しくなったロアは、バルドゥルのメイスに鎖を絡める。


「こっからどうするんだ魔女さんよ?このままだとこうやって…」


バルドゥルはメイスを振り回す。メイスに絡まった鎖ごとロアは宙に浮いてしまう。


「ぐぁっ」


そのまま地面に叩きつけられ、ロアの身体が地面にめり込む。


「エルヴィン、こいつ弱いなんてもんじゃねぇ。まともに戦うことすらできねぇ。殺すからな?」


ニヤリと笑みを浮かべ、バルドゥルは叩きつけられたまま動かないロアの上にメイスを振りかざす。


(体がうごかない…)


ロアは意識はあったが体に力が入らなかった。


「承知しました。こちらも今終わります」


その言葉に少女は少し動揺し、顔だけ動かし横をみると、血まみれになったイグナークの姿が目に入った。身体中を槍で突かれ蜂の巣状態になっている。


(あの人、ロアのせいで…)


それは駄目だとロアは強く思う。


「………」


地面から2メートル程の高さに、突然、鋭い風が吹き荒れる。小さな風の刃がバルドゥルと、エルヴィンを切りつけていく。


「なんだ?!くそッ!地味に痛ぇな!」


その隙にロアは、風を操り体を浮かせイグナークのもとへ行く。


「だいじょう、ぶ?」


ロアも決して無事とは言えない。全身を強く叩きつけたせいで身体中の骨が砕けている。力を使い身体を風で支え、何とかイグナークの側までやってきた。


「大丈夫…ではない、な」


イグナークの息は荒い。出血量も多く、このままでは1時間ももたない状態だ。


「これが魔女の力…ですか」


風がおさまるとすぐに、エルヴィンはロアに槍を突き立てた。


「こんな風じゃ誰も殺せやしないぞ?」


2人の制服は破れ血が流れているが、どれもかすり傷である。


(かいふくやく。のませれば…)


ロアはそんな2人を気にも止めず、イグナークを助けることに必死だ。


「動かないで下さい。勝手なことをされては困ります」


エルヴィンは自分を無視して、ロアがイグナークの介抱していることに苛立ちを見せる。


「…」


ロアは一瞬エルヴィンを見て動きを止めるが、構わずバッグに手を伸ばす。


「ッ…」


エルヴィンの槍がロアの二の腕に刺さる。


「おいおいおい!立場が分かってねぇようだな?」


ロアの態度にバルドゥルも怒り始めた。


(このきしさま…くにのため?)


ロアは騎士の行動が理解できなかった。


「なんでこの人をころす?まじょじゃない」


「それはこの国には魔女も探求者(シーカー)も必要ないからです。我々、宮殿騎士こそが国を守るにふさわしい」


「しーかーだから、ころす?」


「そうです。もちろんあなたも殺して差し上げます」


ロアの首筋に槍が突き立てられる。


「……まって」


「待てだあ!?さっきから聞いてりゃお前は何様のつもりだ!!!」


バルドゥルはとうとうキレてメイスを振り上げる。


「待ちなさい!バルドゥル!」


エルヴィンの静止も聞かず、メイスが振り下ろされる。


「……」


「なっ………ぎゃああああ!助けてくれ!腕が!腕があああ」


バルドゥルの両腕は音もなく切断され、振り上げていたメイスとともに地面に落ちた。


「だから待ちなさいと言ったのに」


「ふざけるなエルヴィン!!!貴様何しやがった?!」


「私は何もしてません。この魔女です。先ほどの風の力であなたの腕を落としたのでしょう」


「お前かぁあああ!!!!許さねぇ!許さねぇぞぉおお!!!エルヴィン殺せ!さっさと殺しちまえ!!」


バルドゥルは激昂し両手から血を流しながら、ロアに吠えるように叫ぶ。


「バルドゥル、落ち着いてください。そんなことをすれば今度は私の腕が落ちてしまいます。私もあれを完璧に避ける自信はありません」


ロアはバッグから取り出した回復薬をイグナークに飲ませる。イグナークの傷が少しずつ回復していく。


(たりない…)


回復薬で治すにはイグナークの傷は多すぎた。このままでは傷が治るよりも先に死んでしまう。


そもそも回復薬はかなり貴重で、特定の混沌領域(カオスフィールド)でしかとれない。宮殿騎士や一部の探索者(シーカー)の間では出回ってはいるものの、何本も所持できるほどの供給量はないのだ。ロアはアルから万が一の為にと渡されていた。


(アル…)






「奴らあんなに襲ってきてたのに、不思議だ」


俺たちはいまヴィムとは反対方向の西側を調査しているのだが、たまに混沌生物(クリーチャー)に出くわすがまったく襲ってこない。


「ヴィムの言うようにそれがここの性質なのでしょうね。しかし、これだけそばにいるというのに襲ってこないのは逆に気味が悪いです」


確かにその通りだ。近くまで寄ってもも襲ってこないことはすでに確認している。


「とりあえず核を探せばいいのか?」


調査と言われてもすでに性質はわかっているし、他にすることもない。


「そうですね。本来なら混沌生物(クリーチャー)の数を減らすことも調査に入るようですが、今回はその必要はないでしょう。あとは、他に特殊な性質がないか見ておくことくらいです」


「性質を2つ持つことはあるのか?」


「ありますね。2つだけではなく複数持つこともあります。混沌領域(カオスフィールド)が成長すればするほど性質は増えるのです」


「成長か…生きてるみたいだな」


「ええ。実際、生物だと言う学者もいます。混沌生物(クリーチャー)が魔核を壊すことで死ぬように、混沌領域(カオスフィールド)も核を壊せば消えますからね」


しばらく村の中を見て回っているが、核らしきものは見つからない。


「核ってどんなのだ?見ればわかるんだよな?」


「そのはずです。こないだ廃村が混沌化(カオスフォール)した時、黒く濁った渦が広がっていきましたが、核はあれを凝縮させた物。見た目は似ているはずです」


静まり返った村に生ぬるい風が吹く。


「…嫌な風だな」


「ここが成長しているのかもしれません。混沌領域(カオスフィールド)は生命力や感情、生物の持つあらゆる性質を吸収して成長すると言われてますから」


「俺たちも吸収されてるのか?」


「おそらくは。しかし吸収されるといっても大抵は疲れやすくなる程度のことです。それに何が吸収されるかは性質によるので対策のしようもありません」


なんだか嫌な感じがする。こういう時の(かん)はだいたい当たる。


「クロス、1度戻ろう。要するにここは性質が全てだってことだろ?こないだの廃村みたいなことが起きないとも限らない。ロアが心配だ。アイツの行動こそ読めないからな」


「確かに、彼女の行動は私たちの予想を超えますからね」


来た道を少し足早に戻る。



「気配が4つ…誰かいるな」


「ええ、そのようです。この気配は……まさか」


「覚えがあるのか?」


クロスは気配を探る能力に長けている。一度覚えた気配は遠くからでも誰だか分かるのだ。


「急ぎますよアル。私の部下だったエルヴィンがいます」


「騎士団か」


気配を消しながらもスピードをあげて駆け抜ける。エルヴィンということはロアを追ってきたか、それとも俺たちを追ってきたか…いや前者だろうな。


そしてすぐに見えてきたのは、血まみれになって倒れているイグナークと、その側に座るロア。エルヴィンの槍はロアの首元に狙いを定め、俺の部下だったバルドゥルは両腕を切り落とされている。


ギリギリまで気配を消して近づき剣を抜く。


「今すぐその子から離れろ」


エルヴィンの首元に剣を突き立てる。


「貴方もです」


クロスは両腕を切り落とされたバルドゥルに剣を向ける。


「これはこれは元団長さん方がお揃いで」


バルドゥルがニヤニヤしながら言う。


「バルドゥル、この者たちは反逆者です。言葉を交わす必要などありません」


「相変わらず頭が硬いですね貴方は。早くその武器を下げないと貴方の首が飛びますよ。そうですね?アラン。私たちは反逆者。貴方たちを殺すのにためらいなどありません」


クロスはもとの名前で俺を呼ぶ。すでにそっちの名前で呼ばれることに違和感がある。


「クロヴィスの言う通りだ」


さっさとコイツらを斬りつけ、早くロアとイグナークをとは思うものの、無闇に殺す趣味はない。


2人から十分に距離を取らせ、監視をクロスに任せる。


「イグナーク、回復薬だ飲め」


ロアがすでに1本は飲ませたようで、空き瓶が転がっていた。これでひとまずイグナークは大丈夫だろう。ロアも口から血を流している、顔色も悪い。


「ロア、怪我をしたのか?傷を見せろ…」


確認しようとした途端、ロアの身体がぐらりと揺れ、倒れる。


「ロア!!?」


吐血した。血の量が多い。ロアの顔がみるみる青白くなっていく。


「おい!お前ら!!!!ロアに何をした!!!?」


「あ?団長の尻拭いをしに来たんですよ?殺しに来たに決まってるじゃないですか」


「答えになってない!ロアに何をしたのかを聞いている!」


へらへらと答えて、相変わらずな奴だ。


「私が答えましょう。その魔女の武器がバルドゥルのメイスに絡まり、彼女ごと地面に叩きつけられてました。あれで死なないとはさすが魔女ですね」


エルヴィンが答える。


「アル、これを」


クロスが回復薬を投げてよこす。これで少しずつ回復するはずだが傷の具合によってはロアが危ない。


「何があった?」


ヴィムが戻ってきた。


「あそこの2人にやられた。回復薬を飲ませたが2人とも傷が酷い」


「わかった。あいつらは俺が殺しておいてやる。2人を連れてここを出るんだ」


ヴィムが2人の騎士の方へ向かっていく。


「バルドゥル帰りますよ。引き際です」


エルヴィンがバルドゥルを連れて去っていく。ヴィムも追ってまで殺すつもりはないようだ。


「国を出る。そうすれば騎士も追ってはこれない。行くぞ」


ヴィムはロアを抱き上げるとすぐに駆け出していく。俺はイグナークを担ぎヴィムに続いた。

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