2
その後すぐに俺たちも山を下りる。少女は俺の腕に抱かれている。まだ腹の傷も塞がっていないし、俺たちのスピードで下りるのはさすがに無理だからだ。
「このまま公都へは入らず、違う町に行く方がいいですね」
すぐ先に公都の城壁が見えている。
「そうだろうな。でもどこへ行く」
「ひとまず旅に必要なものを揃えなければいけません。セントレアに行きましょう」
セントレアは大きさだけでいえば公都よりも大きい都市で、シノマリア公国の交易の中心地だ。確かにあそこであれば人の出入りも多く、隠れるのには最適だろう。
「よし。その辺りはクロヴィスに任せる」
もともとクロヴィスは作戦の立案が得意で、合同任務のときはいつも丸投げしている。
「まったく貴方はいつもそうやって仕事を放棄しますね。セントレアのあとはどうしますか?別の国に行くと言ってましたが当てはあるのですか?」
「そうだな…。反逆者の俺たちと魔女の子供が安全に暮らせるおすすめの場所ってある?」
「そんな場所あるわけないじゃないですか。そんな場所が仮にあるとすれば、始まりの楽園くらいですよ」
「始まりの楽園?おとぎ話に出てくるあれか?」
「そうです。おとぎ話の幻の地。探求者にとっては伝説の地でもあります」
悪くはないかもしれない。宛のない旅よりもそのほうが断然良い。安全に暮らせる場所が途中で見つかればそれはそれでいい。
「よし。じゃあそこを目指そう。あとはお前に任せる」
「貴方がここまで馬鹿だとは思いませんでしたよ。一生をかけて見つからなくても、文句は言わないでくださいね」
「文句は言わないが、探求者も目指してるって事は、まったくのおとぎ話ってわけじゃないんだろ?」
「相変わらず鋭いですね。おとぎ話どころか、いくつか史実があります。ただそのどれもが発見した場所もその地の様子も行き方も何もかもが違うというだけです。共通しているのはそこはその者にとっての楽園であったということだけです」
「それなら問題ない。俺たちにとって楽園になるならそれで十分だ」
そこからさらにセントレアを目指し、足早に公都を離れる。
「何だ?」
公都からすでに十数キロ離れているが、煙が上がっているのが見える。
「まさかもうサキラス王国が攻めてきたのですか?」
山を下りている騎士たちもまだ帰還出来ていないはずだ。
「それはさすがに早すぎる。仮にサキラス王国だとすれば、少人数で乗り込んできたんだろうな」
少人数のほうが行動も早いし、見つかりにくい。隊や軍で動くとなると機動力にはどうしても欠ける。
「ということはこちらの情報はやはり筒抜けですか。魔女との戦闘で大きく兵力がそがれている今なら、少人数で攻めて奇襲をかけるのはかなり効果的です」
そうだろうな。この国は誰かにはめられたに違いない。
「行こうクロヴィス。俺たちにはもう関係ない」
「ええ、そうですね」
そうしていくつか小さな村や町を抜けながら、数日かけてようやくセントレアにやってきた。
相変わらず少女は一言も話さない。もしかすると、喋れないのだろうかとも思ったがこちらの話は理解しているようだし、耳は聞こえているようだ。
「それで、どうやって中に入るんだ?」
俺たちは一応反逆者のため、正面から堂々と入ることは出来ない。
「セントレアの城壁は高いとは思ってましたが、実際飛び越えるとなると……やはりアランでも難しいですか?」
セントレアは交易の中心となっているため、防御面でも力を入れており周辺の街よりも一際高くなっている。
「ギリギリだな。でもこいつを抱いたままだと厳しい」
「私はアランに引き上げてもらえるのであれば、何とかなりそうでしたが…仕方ありません。順番に町に入り必要なものを調達しましょう」
「じゃ俺が先に行ってくる。服を着がえて探求者ライセンスをとってくりゃいいんだな?」
俺たちはローブで隠してはいるが、騎士の制服を着ている。団長のものはデザインも違うのですぐに身元がばれてしまう。
「ええ、そうです。探求者ライセンスはここか公都でないと取れないですからね。各国を渡り歩くなら、探求者になっておいたほうが面倒ごとを避けられます」
ライセンスを発行している探究者協会は、世界規模の組織で信頼がありこのライセンスは身分証代わりになる。協会は混沌領域を管理していて探究者とは基本的にはこの混沌領域を探索する者のことを指している。
「分かった。んじゃ行ってくる。お前、大人しく待ってるんだぞ」
少女をクロヴィスに預け、助走をつけ高く飛び上がる。城壁のてっぺんを片手で何とか掴み、体を持ち上げる。
「よっ、と。ホントにギリギリだったな」
もう1m高ければ上がれなかったかもしれない。って、ん?下を見るとクロヴィスが少女をおぶって助走をつける姿勢になってる?まさか、アイツ上がってくるつもりか?
「うわ、ホントにくるのか!?」
ここまで飛べるわけないだろうと思いつつも、一応手を伸ばしておく。
!!!!?
「マジかよ…」
クロヴィスが助走をつけて踏み切ったかと思えば、どんどん高度をあげ、その高さは軽く城壁を超えていた。
「アラン…私、翔んでましたよね?」
「ああ、翔んでたな」
「お前が何かしたのか?」
少女に聞いてみる。
「…」
やはりだんまりか。しかしながら、彼女が何かしたとしか考えられない。
「彼女のおかげに決まっています。しかし助かりました。これで3人で街に入れます。人出が多くなるまでどこかで身を隠しましょう」
日が昇り、通りに人が増えてきてからようやく街へとくりだす。
「まずは服か。地味なやつにしないとな」
「そうですね。申し訳ないですが、貴方も着替えてもらいますね」
クロヴィスが少女にいう。
「黒のその服はちょっと目立つからな」
適当な服屋に入り、目立ちにくいラフな洋服を選ぶ。
「こんなんでいいだろ」
「私たちはそれでいいですが、彼女の服が問題です。すみません、この子が着るような服はありますか?」
「この小さなお嬢さんかね。そうだね。このあたりはどうだい?」
店主のおばさんが白いサラリとした生地の短めのワンピースを持ってきた。スカート裾は花びらのように丸くなっており、女の子らしい可愛いいデザインだ。
「動きやすそうだが、旅をする格好ではないな」
「旅の服かい。それだったら、このカバンとそれからローブに、あとは…」
店主は少女の旅の支度を一通り用意するつもりのようだ。次々にテーブルに衣服や小物が置かれていく。
「どれ、こんなもんだね。着てみるかい?」
少女は店主に勧められるまま着替えさせられたようだ。
服は変わらず白い短めのワンピースで、腰にベルト型のカバンを巻き付け、ピッタリとしたパンツに膝下あたりのブーツを履いている。
確かにこれなら旅でも問題のない格好だ。黒いワンピースから白いワンピースに変わったことで印象もガラリと変わっている。
「こんなに可愛いのに旅だからって男の子みたいな服きせちゃ可哀想だ。どうだいお嬢さん?気に入らないなら別のを持ってくるよ」
少女はワンピースをしばらく眺めてから、テーブルに置かれていたローブに近づき手を取るとそれを羽織り、じっと店主の顔をみる。
「ん?気に入ったのかい?お前さん、こんなに小さいのに旅なんて大変だね。気をつけるんだよ。そのローブはおまけだ。服は何枚か買っていくかい?」
「ああ、頼む」
支払いを済ませ、探索者協会を目指す。
「しかし、金も稼がないとだな」
洋服の支払いでほとんど財布の中身は空になった。もちろん公都の家に帰ればいくらでもあるのだが、遠征途中に逃げ出したのだ、帰れるはずもない。
「そうですね。食材や回復薬なども買っておきたいです。仕事斡旋所で仕事を紹介してもらいましょう」
仕事斡旋所は探索者協会が運営している場所で、中規模の町であればたいてい存在している。仕事を求めて日雇いの労働者が集まる場所だ。
「先に仕事いくか?ライセンスはその後のほうが良いんじゃないか?」
宿代もギリギリあるかないかといったところだ。
「先に探究者協会に行き、試験の内容を聞いておこうかと思いまして。ライセンスは誰でも取れるわけではないですからね」
探究者になるには試験を受けなければならない。宮殿の騎士レベルであれば誰でもなれると聞いているのでそこまで心配はしていないが、一般人にとっては超難関で試験に行ったきり戻ってこないという話も聞く。
「ここか」
探究者協会はセントレアの南端にあり、町の中心街から離れた場所にあった。ずいぶんと古そうな建物で、セントレアの街並みからすると少し浮いている。協会シンボルの旗が立っていなければ気が付かなかったかも知れない。
「入るぞ」
鉄で出来た重い扉を開け中に入る。
「ようこそ探究者教会へ!2人、いや3人。おやまあ、可愛らしい方を連れていますね!どれどれ…みなさま初めてみるお顔。試験ですね?はいはい、ではこちらの紙に記入をしてください」
随分と陽気な奴が出てきたかと思えば、さっさと手続きを始めてしまった。
「いえ、まずは試験の内容を聞かせてもらいますか。受けるかどうかはそれから決めます」
クロヴィスは相手の態度い少し怒っているようで睨むように見ている。
「おや?これは失礼を。試験はこのさきにある遺跡に潜り、えっとこれこれ。この玉を持って帰ってくるだけ。もちろん協力はできませんよ。簡単でしょう?もちろん中は魔物がいますが、ん〜どれどれ…うん、あなたたちなら大丈夫っ」
ものすごい近い距離に寄ってきたと思えば、つま先から頭まで身体を舐めるように見てくる。
「もっと詳しい条件を教えてくれますか。中で死んだ場合どのように判断を?制限時間などはあるのですか?」
完全にクロヴィスは怒っているようだ。身体をじろじろ見られたことが気に入らなかったのかもしれない。
「期限は3日!それ以内に戻ってこなければ失格です。死んだら魔物の糧となるだけ。さあさあ、やるのですかやらないのですか?」
にやにやと笑いながら問いかけてくる。
「魔物のレベルは教えてもらえますか?」
「それはお答えできませんね」
「では考えさせてもらいます」
クロヴィスは踵を返し、扉に手をかける。
「おやおや、そうですか。ではこの可愛いお連れ様だけご案内しましょう」
「「何っ!?」」
「どれどれ、お名前は…ロア様。おや、これは珍しい!シェル山脈のご出身ですか?ん〜…身体は小さいですね。ですがあなたは……うん、大丈夫。遺跡には誰もあなたを見ている人はいません。好きに進めばよろしい」
ロア?こいつの名前?本名か?出身がシェル山脈だと?いやそれよりも。
「待ってくれ!そいつに受けさせるつもりはない」
「おやおや、何を言ってるのでしょう? 彼女自身が決めたこと。あなたたちに決める権利はありません」
こいつ頭がイカれてるのか?こんな小さな子が一人で遺跡になんて入れるわけがない。
「おいよく聞くんだ。遺跡には魔物がいる。探究者というのは危険な場所にいくための資格なんだ。だからその試験だって危ないんだぞ。やめておけ。探究者になるのは俺たちだけでいい」
少女はじっと俺の言葉を聞いていたが、イカれた男の前に立つ。
「おやおや。ではロア様、私はツェザール。宜しくお願いします。試験は今からでも出来ますがどうしましょう?」
やはり、やる気のようだ。
「待て、俺たちも申し込む」
クロヴィスも諦めたように、申込書に記入をした。
「おやおや、では3名のご案内で。アル様にクロス様ですね。着いてきてくださーい!」
イカれた男はぺこりとお辞儀をすると、奥へと進んでいく。ちなみに俺たちは今後偽名を名乗ることにした。一応死んだことにはしているが、反逆者として国から追われる可能性もあるからだ。
「お前、ロアっていうんだな。なんでこんなことをしたんだ?」
「…」
問いかけてみたが返事はない。何か彼女なりの考えもあったのだろう。
「もう仕方がないですよ。彼女もおそらくは力を持っているでしょうし。万が一のときは、私たちが助けましょう」
力とは魔女の力という意味だろう。そう、ただのおとなしい少女に見えるがコイツは魔女なのだ。もしかすると、あのイカれた男もそれに気がついたのかもしれない。
「さあさあ、着きましたよ!こちらが我々セントラル支部の試験場、ガルゴン遺跡です」
地下へと続く階段を永遠に歩き、ようやく辿り着いた。数十メートルはある2対の巨大な像が扉を守るようにそびえたっている。
巨大な扉を抜けるといくつもの柱が立ち並ぶ空間に出る。
「おっす!ツェザールさん!受験者っすか? その人たち受かったらここの番人代わってもらえねえっすかね?」
「おやおや、いつも言ってますが。あなたが強くなるためにここに配置してるのです。相応の力をつけたらすぐにでも混沌領域への指令を出しましょう」
どうやらここを守っている探求者のようだ。ここは混沌化はしてないようだが、こういった遺跡はそうなる可能性が高い。だから監視をしているのだろう。
「さてさて、皆様。道は複数ございます。ここの遺跡は面白い構造で、この部屋の通路は各々別の行き先につながっています。通路は分岐していますが、隣の通路と交わることは決してありません。さあさあ、どれにしますか?お選び下さい!それから、倒した魔物の素材は買い取りますのでぜひお持ち帰り下さい」
通路は全部で6つ。期限が3日ということは、相当な広さがあるのは間違いない。おまけに複数の魔物が生息している場合、強い魔物がいる通路を引き当ててしまえば難易度は跳ね上がるはずだ。慎重に選んだほうが良いだろう。
「ロア、待ちなさい。その道にするのですか?」
クロヴィス…ではなくクロスがすでに歩き出していたロアに声をかける。
くるりと振り返りクロスをじっと見てから、またすぐに通路に向かって歩き出してしまった。ロアはしゃべらないので大人しいのかと思っていたが、はっきりしている性格なのかもしれない。
「クロス、俺たちはさっさと攻略して万が一に備えておこう。俺はこの通路に入る」
「そうですね。では私はこちらにします」
俺は早く攻略するために駆け抜けて進むことにした。いくつか部屋を巡りながら観察していたが、通路をしばらく進むと広い部屋に出て、そこからまた通路が分岐しているといった具合だ。しかも途中、罠のような仕掛けも設置してあり、武器が飛んできたり、壁が倒れてきたりする。
「この罠は遺跡のものではない。探索者協会が試験のために設置したものか」
魔物も正直そこまで強くはない。確かにこの程度の魔物や罠であれば俺たちにとっては障害にすらならない。魔女に対抗するための力なのか、シノマリア公国は昔から騎士のレベルが異常に高いのだ。
宮殿の騎士、それも団長クラスともなれば極限まで身体を鍛えてあるのはもちろんだが、それぞれが独自の戦闘スタイルを持ち上級の魔物であっても単体であれば狩れる程度の強さは備えている。
「時間の問題だな」
おそらく合格に必要なあの玉は1番奥の部屋に設置してあるだろう。遺跡の作りを見ると、最初からこういった設計をしていたというより、必要になった分だけ広くしていったような作りに見える。だとすれば、どのみちが奥へ続いているか予測するのは簡単だ。
その後もいくつもの部屋の駆け抜けながら、魔物を狩り、罠を避け、ようやく試練の玉を見つけた。
「やっぱり広かったな。さて戻るか」
来た道を迷いなく戻り、スタート地点の部屋に帰る。
「えぇ!?もう戻ってきたんすか?まだ1時間くらいしか経ってませんよ?」
ここの守りをしている探索者が驚いている。
「簡単でしたね」
俺に続いて、クロスも戻ってきたようだ。
「えぇぇぇぇ!!!2人ともおかしくないっすか?罠が作動してなかったとか?!俺なんか3日かかってボロボロになって帰ってきたってのに…」
どうやらこの探索者はあまり強くはないらしい。いや一般人からすればこの遺跡を突破できる強さをもっているとなると相当強いクラスになるが。
「罠は作動していました。それよりやはり彼女が心配です。魔物はまだしも、罠といったものに耐性があるとは思えません」
「そうだな」
「あっ、ダメっす。3日間は絶対に通路には入っちゃいけないっすよ。俺はその見張りもかねてここにいますんで。とりあえずお2人は上にあがって、ツェザールさんにその玉見せに行ってください」
言われた通り、受付した部屋にもどりツェザールに玉を渡す。
「おやおやおや、やはりもう戻ってきましたか!私の見立ては間違っていなかった。さてさて、よろしければここでゆっくりしていてください。彼女はすぐに戻ってくるタイプか、じっくり楽しむタイプか…さてさてどちらでしょうね?」
こいつの口ぶりはロアが魔女だと気がついていたように見える。俺たちのこともおそらくは、騎士だと気がついているだろう。探索者協会が各国のあらゆる情報を握っているというのは有名な話だ。
「アル、どうしますか?」
こいつはロアが試験を突破することを疑ってはいない。そのことに今は賭けるしかないだろうな。
「ここで待とう。こいつは試験を受ける奴を観察するのが趣味のようだし、ロアも大丈夫だろう」
「いえいえ、それは違いますね。私は受験者を観察するのが趣味なのではなく、探索者を研究するのが趣味なのです!受からない奴など最初から興味はありません。あなたたちには感謝しています!彼女は珍しい存在!本当であれば私も遺跡に一緒に入りたいほどに!ああ、何年ぶりでしょう!この支部で新たに魔女が探索者になるのは!」
顔を紅潮させながら興奮したようにまくしたてる。やはりロアが魔女だと気がついていたようだ。
「どうして彼女が魔女だと?」
クロスがすかさず聞く。
「それは見れば分かるでしょう!この国の魔女は独特です。俗世に生きる普通の人間とは違う雰囲気を纏っている」
「探索者になる魔女は他にもいたのか?」
「この国では、そうですね…何十年かに一度でしょうか?言っておきますが、国の意思など私たちには関係ありませんからね。私は研究ができれば良いですし、協会としても混沌領域に踏み込める人材ならば誰でも歓迎します。それが魔女であろうと、犯罪者であろうとね」
ではごゆっくり。と言うとどこかへ行ってしまう。俺たちのことはだいたい分かっているようだ。公都の様子を知っていれば予想するのは難しくはない。
「どうするクロス」
「そうですね。彼が言っているように探索者協会は国の意思とはまったく関係ない、独自の組織です。そして、魔女はこの国だけに存在するものではないことを考えると、強さを求められる探索者の中では魔女の存在は私たちより一般的なのかもしれません。ですから協会が私たちに不利益なことをするとは考えにくいですね」
「そうか。じゃあアイツが帰ってくるのを待つしかないな」
それから丸2日、結局ロアは戻ってこなかった。3日目になり、俺たちは遺跡のスタート地点で待つことにした。タイムリミットになれば、すぐに遺跡に入ろうと思っていたのだ。
「ん?何か来るな」
ロアが入った通路のほうから気配を感じる。
「魔物っすか?」
ここの番人が武器を構える。
暗がりからゆっくりと姿を現したのはロアであった。俺たちの心配など気にする様子もなく、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
着ていたはずのローブが見当たらないが、とりあえず怪我はしていないようだ。両手にいっぱいに何かを抱えている。
「大丈夫だったか?怪我はないな?」
広間に戻ってきたロアの身体を確認する。
「これは…魔物の素材ですか」
両手に抱えていたのは様々な魔物の残骸であった。素材として使えるように解体し持ってきたようだ。扱えるかは分からなかったが、一応ロアには短剣を渡していた。
肝心の試験の玉はバッグに入れていたようで、素材を床に置いた後、玉を番人の探索者に差し出している。
「ダメっす。これはツェザールさんに渡すものっす」
「ロア、この素材は俺たちが持つから上に戻るぞ」
しかし今度は俺に玉を渡し、また通路に戻っていく。
「おい!待てロア」
俺の声など無視し、また暗がりに消えていった。
「おいそこのお前。玉をロアが持ってきたところは見たな?俺たちはもう入ってもいいだろうな?」
「え、えっと、え、俺に聞かれても」
「アル、この者は見ているのですから後で証明させればいいだけです。私たちも行きましょう」
「おやおや!そろそろかと思ってましたがやはり!ほう?これは魔物の素材ですか!やはり彼女は楽しむタイプ…私の見立ては間違っていなかった!」
いつの間にかツェザールが下りてきたようだ。
「ロアはすでに玉を一度持ってきた。俺たちが中に入っても構わないだろうな?」
「ふむ…どれどれ。よろしい!私も行きましょう!」
ロアの入った通路を進むと1つ目の分岐の部屋の隅に彼女はいた。
「これは…」
「おやおやおや!すごい量ですね!もしかして、ここの通路の魔物をすべて狩って回ったのですか? 」
魔物の牙や毛皮、鱗など、必要部分が切り分けて置いてある。無くしたのかと思っていたローブも、素材を運ぶために風呂敷代わりに使っていたようだ。
中には、魔物がそのまま置いてあるものもあり、それらは食用の肉として売れる魔物であった。
「こんなデカい魔物どうやって運んだんだ?」
それらは一カ所にまとめてあり、内臓が抜かれ処理までされている。
「城壁を飛んだのと同じ原理でしょうか?」
俺たちのそんな疑問をよそに、ロアはまた抱えられるだけの素材を持ちさっさと出口へ行ってしまった。
「おやおや!ではこちらの魔物はあなた方にお願いしましょう。私は人を呼んでくるとします」
それから何回かに分けて素材を上まで運ぶ。大きすぎて階段を通れない魔物は小さくして、何とか運びきることができた。
「ご苦労さん。いやあ、こんな奴は久しぶりだなあ」
ここの支部長であるデニクだ。ツェザールが呼んできて、一緒に素材を運んでいた。
「おまえら、しばらくこの町にいるか?買い取りの金額を出すのに3日は欲しい。ここの空き部屋を使ってもかまわねえ。こんな嬢ちゃんその辺の宿に泊めるのも危なねえからな」
ロアの頭をぽんぽんと叩きながらデニクがいう。やはり彼もロアが魔女だということには気がついているらしい。それを知ってて、守ってくれようというのか?
「それは助かります。正直、手持ちの資金がなく。斡旋所で仕事をもらって稼ごうと思っていました」
「ならここを拠点にすればいい。今はこの変態と2人だけだしな。それからお前、ロアと言ったか?さすがに子供は仕事を受けられねえ。ここで待ってるか、暇なら下のヘルマンに戦い方でも教えてやってくれ」
とりえあえず、今日はロアをゆっくり休ませてから明日仕事を探しに行くことになった。
次の日、ロアを置いていくのは少し心配だったが金がなければ旅も出来ない。ロアの持ち帰った素材はいい金額になるとは思うが、いま俺たちは今日食うための金が無い。
「やはり彼女たちは強いですよね。まさかあんなに魔物を持ち帰るとは」
2人とも適当な仕事を受け、仕事終わりに街へ夕食を買いにきた。彼女たちとは魔女のことを指しているのだろう。
「ああ、強すぎる。異常なくらいだ。俺たちはあの場で殺されててもおかしくはなかったってことだ。なぜ襲ってこなかったのか今でも分からない」
「確かに異常な強さです。私たちも小さな頃から修行をしていましたが、あの歳ではまだ遺跡を攻略するほどの戦闘力も知性も持ち合わせてなかったですよ」
「どんな修行をしたらあんな力を持てるんだ?」
魔女たちとの攻防が思い出される。あれらの攻撃は同じ人間とは思えないものであった。
「書物に寄れば、魔女の試練は命をかけたものだそうです。生き残る人は、半数にも満たないとか。その為、国によってはそれを禁じ、力を持つ者が絶滅したという情報もあります。私たちが受けてきた修行や試練でももちろん命を落とすことはありましたが、少なくとも命を失うことが前提ではありません」
死んでも構わないってか。俺たちは国を守るという正義のために仲間とそれを乗り越えてきたが、彼女たちは何のために力を求めるのか。
「それなら、死に対する恐怖心がないのも納得だ。あいつは剣を向けられた時も、 遺跡にもぐったときも、表情を変えなかったもんな」
「表情を変えたのは刺されたときだけでしたね。その時だってすぐにあの顔に戻ってましたよ」
支部に戻るとロアとツェザールが机の上置いてある変わった形の武器を眺めているところだった。
「おやおや、お帰りなさいませ」
「なんだその武器は?変わった形だな」
三日月型の刃がついた短剣から鎖が伸びている。
「これはですねロア様の武器です!変わっているでしょう?どうやって使うのか楽しみで仕方ありません!」
ツェザールは目を輝かせて自慢げに話す。
「ロアの武器、ですか?」
「そうです。本日武器屋で購入してきました。明日はこれを使ってヘルマンにぜひ戦いを教えてやってください!」
「そんな使いにくそうな武器、危ないだけだ」
鎖がついている分、普通の短剣よりも扱いは難しい。相手に鎖を掴まれてしまえば、ロアの小さい身体では対抗出来ない。
「私ももちろんアドバイスはしましたが、ロア様はこれに釘付けでして。ああ!早く使うところを見てみたい!」
こいつは逆にこの武器を勧めていそうな気がする。
「ロア、こんな武器本当に扱えるのか?そもそもお前、武器を使ったことがあるのか?」
山で戦った魔女たちは杖を持っていたが、剣や弓などの武器は誰ひとり持っていなかった。
「…」
いつものだんまりである。
「まあ、ロアがこれが良いというのならそれでいいじゃないですかアル。彼女は意外と頑固者のようですし、使えなければ使える武器に変える気にもなるでしょう」
「すまねえな2人とも。この変態がなんか吹き込んだに違いねえ」
ゴツンとツェザールの頭にげんこつが落ちる。
「支部長、私は彼女に探索者の素晴らしさを語っていただけ。吹き込むなどと…」
「俺が聞いていなかったとでも思うのか?一日中、ロアに異次元の力を持つ探索者どもの話を聞かせていたじゃないか」
「ええそれはもう!ロア様はきっとこの方々に肩を並べる探索者になりますから!」
ゴツン。と再びげんこつが落ちる。
「こんな小さな子は探索者がいかに危険な仕事かをまずは教えなきゃダメだろ。まったく、夢を見させるのは悪いことじゃねえが、死んじまったら何にもならねえ」
デニクの言うとおりだ。特にロアはその危険に対する意識が低いというか、無関心なのだから。そこを何とか教えなければならない。
「聞きましたか?ロア。あなたが力をつけることは大いに結構です。それは貴方自身を守ることになりますからね。ですがまずは自分の命を大切にしなさい。死ぬことだけは絶対にないように。いいですか?これは約束して下さい」
クロスも同じ事を思っていたようだ。
「俺とも約束してくれ。自分の命を最優先にするんだ。俺たちの命よりもだ」
ロアは分かっているのか分かっていないのか、いつも通りの表情で俺たちの目をじっと見る。
「よし、この話は終わりだ。飯にするぞ」
支部長の声で皆が席を立ち、食事の支度を始める。ロアだけはじっと机のうえの武器を見つめていた。




