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彼にだけ私の魔力は甘いらしい  作者: もんどうぃま


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8 婚約者



「私に婚約者がいるの?」

ミレーユは驚いた顔で、ぬいぐるみミニドラゴンと化したリュカに聞いた。

「知らなかったのか?会ったことがあるんじゃないのか?」


 拗ねたように口を尖らせながらリュカがチラッとミレーユを見た。その様子を見たリルムは吹き出してしまった。皆一斉にリルムを見た。

「ごめん、ごめん。気にしないで、続けて」

精霊王はただ優しく微笑んでいた。


「知らなかったわ。さっき水鏡の中であの偽お父様が婚約者がどうとか言ってたけど、今の伯爵は私。父は代理よ?私の許可なく勝手に縁談は結べないはずなの。母が亡くなる直前に父が予期していたかのように私に伯爵位を継がせたの。まだまだお元気なのに、急に直系だからって」


「うーん」

リュカは考え込んでしまった。

「お父様が提出した書類は王宮で認証されているし、今私が持っているわ。それにこの指輪は伯爵の印も兼ねているの。父から私が受け取った後、普段は魔法で見えなくしているから、私が持っていることを知っているのは父と私だけ。母も知らないの」


「そういえばあいつら、ミレーユの部屋で探し物をしてた。開けるところは全部開けてたし、出せるものは出して壊せる物は壊してた。そうか……あいつら、この指輪を探してたのか。こんなに小さな物を探していたならあの惨状は理解できる。それにしても資格もないというのに図々しいことだな」


「ミレーユ、その指輪もナディーヌが作ったものですか?」

精霊王が興味深そうに指輪を見た。


「母は改良をした、と言っていたので一から作ったわけではありません。元々はアマンディーヌお祖母様がゼーマンから嫁ぐ時に持ってきた主人あるじの指輪なんです。当時から収納ができたのと魔法契約を結ぶのにちょうど良いそうで、途中から当主の指輪として使い始めたと聞きました。ナディーヌお母様が改良したので最初の物とはだいぶ変わってしまったようですけど」

ミレーユは申し訳なさそうに精霊王を見た。


「そうなんですね。家具も素晴らしい加護が加えられていましたし、その指輪も素晴らしいです。叶うならナディーヌさんにお会いしてみたいです」

「お褒めいただきありがとうございます。母が聞いたら喜びます」


「ミレーユ」

リュカが心配そうな顔でミレーユを覗き込んで手を握った。ミレーユはリュカの真摯な眼差しにまた魅入られた。

「ミレーユ、何か欲しい物があったなら全部俺が用意するから、もうあの部屋には戻らないでほしい。俺が見ても悲しかったから、見せたくない。ミレーユが許してくれるなら全て消して無かったことにしたい」


 潤むリュカの瞳が綺麗でいつまででも見ていたいとミレーユは考えていた。

「ミレーユ?」

リュカが困り顔になった事に気づいたミレーユは慌てて目を逸らした。

「大切なものや必要な物は全部この指輪に入っているから大丈夫。部屋が荒れているなら、そのままにしておくのは申し訳ないから、荒らされた物は消してもらえると助かるわ」


「分かった。今行ってくる」

リュカは言い終わる頃にはもう居なくなっていた。精霊王は顔を曇らせていた。

「思い出の品もあったでしょうに、酷い事です。恐らくミレーユのお父様の偽物は心が自由ではないのでしょう。妬み嫉み僻みに囚われて、偽物の自分を満たす事だけを考えているのです。偽物の自分を満たそうとしても決して心が満たされることはありません。本当の自分の心が欲するものは違うのですから」


 その場に居た者は皆黙ってしまった。

「そうでした!」

精霊王はポンと手を叩いた。

「ナディーヌの家具のことです」

「はい」

ミレーユは不思議そうに精霊王を見た。


「これらの家具は特定の者だけが開けられるようになっています。私はこの世界にある物全てに干渉できるので開けられるのですが、キリヤ、お願いします」

キリヤはスッと飛んできて、クロゼットを開けようとしたが開かなかった。憮然とするキリヤ。


「え!面白い!私も私も!」

リルムも挑戦したが開かない。

「ミレーユもやってみせて!」

リルムがミレーユの手を引く。


「え?普通に開いたけどな……?」

ミレーユは難なく扉を開けた。引き出しも前扉も開けられるところは全部開けた。それから、クローゼットの布がつくねてある場所を指差した。

「そこにたまごが入っていたんです」


 精霊王は大きく頷いた。

「やはり巣でしたね。ということは、ナディーヌがリュカのたまごを持っていた、と考えられます。たまごはツガイのところに転移するんです。そこで魔力を介して契約がなされる。ドラゴンにとってツガイは一人ですが、ツガイにとって相手は一人ではないのです。状況からミレーユがリュカのツガイなのは間違いありませんが、だからと言ってミレーユは無理してツガイであろうとする必要はありません。ドラゴンはそれを見抜きますし、喜びません。とにかくご自身の気持ちを大切にしてくださいね」


「お心遣いありがとうございます。今は他の問題が大き過ぎて考えられません。亡くなったと思っていた母が生きていて、変わってしまったと嘆いていた父が別人。私には誰かも分からない婚約者がいるのです。数ヶ月前までの平和で穏やかな日々が幻のようです」

ミレーユの目から涙が零れ落ちた。その瞬間リュカが現れて涙を小瓶にスッと入れてあっという間に居なくなった。


 あまりの早技にミレーユぼ思考が止まった。何だか面白くなってしまって笑いが込み上げてきた。リルムが肩を震わせているのを見て思わず声が出た。精霊王は口元に手を当てて少し笑っているようだ。


「何だか全部何とかなるような気がしてきました」

ミレーユの笑顔を見て精霊王も微笑んだ。


「なぜナディーヌがリュカのたまごを持っていたのか、ハッキリとした事は分かりませんが、近いうちに全て最善に向かうでしょう」


 リルムはミレーユに囁いた。

「精霊王の予報は当たるから期待しておいて」

「リルム、ありがと」

ミレーユは嬉しそうに笑った。


 精霊王はポンと手を叩いた。

「さて、ナディーヌの家具がミレーユに反応して開くようになっていたのは間違いありません」

ミレーユは何度も頷いた。

「だからあの人たちは中を見ることができず、使うこともできず、邪魔になって小屋に移したんだと思います」


「この家具の価値が分からないとは、お気の毒な事です。たとえ開けられなくとも美しい魔力に満ちたこの家具を愛でるだけで時間が溶けていきます」

「光栄です」


「私はもう少しこの家具を堪能させてもらいます。ミレーユはこの家でも良いですし、妖精の世界でも良いですし、自由に過ごしてくださいね。リュカが戻ったら人の世界の妖精の森に移動しましょう」


「ゼーマンの領地に妖精の森があったんですね」

「ええ。我々とゼーマンとは長い付き合いなんですよ。何代も真摯な子孫を残す素晴らしい家系です。領地に入れるか入れないかで善性が分かると言われている不思議な領地なんですよ。実際は違いますけど」


「知りませんでした…まさか、ジュマイヤ叔父様はそれで葬儀に来れなかったらのかしら…強欲な者が葬儀に来ないのはなぜだろうと考えていたのです。遺品の事もありましたし」


「葬儀はゼーマンの領地で行ったのですか?」

「はい。ゼーマンの血筋の者は皆ゼーマンに帰るのです。メレンドラの領地はゼーマンの隣にありますが、母の葬儀が行われたのはゼーマンの領地内だったんです。結局母の遺品は私が全て受け継いで指輪に収納しています。」


「入れなかった可能性は十分ありますね。王都も昔は清浄な場所だったんですけどね。残念なことです。では、今日はこの辺にしましょう。ゆっくり休んでくださいね」

「分かりました。お気遣いありがとうございます」


 ミレーユはリルムの案内で新しい自分の部屋に入った。一人になって一息ついたミレーユはお風呂に入ってふかふかのタオルで体を拭いた。濡れた髪は母から教わった風魔法と炎の魔法を混ぜて乾かす。小さな頃からミレーユはこの混合魔法が得意だったので、母の髪も乾かしていた事を思い出した。


「懐かしいな。お母様が生きているなら、また乾かしてさしあげたいわ」

ミレーユは指輪の収納庫から寝間着を出して着替えた。そしていつの間にか部屋に用意されていたサンドイッチを食べた。


 ミレーユは洗面で歯を磨いてからベッドに入った。母から教わった魔法やその時の母の様子を懐かしんでいるうちにいつの間にか眠ってしまった。


「おい!覗いてんじゃねーぞ!」

部屋に突然現れたリュカは精霊王の水鏡の水面を手で叩いて揺らした。

「人聞きが悪いことを言わないでください。精霊には性別はありませんし、邪な気持ちを持ちません。あの幼かった女の子が立派になったものだと感心していたんです」

「ふんっ。」

「リュカ、独占欲丸出しですね。もっと大きく構えていないと」


 リュカは顔を両手で覆った。

「そう言うな。正直まだ感情の揺れ動きに慣れていない。考えたくはないがもしミレーユのツガイになれなかったとしても、俺はずっとこのままだミレーユの言動に一喜一憂する」


「……ツガイになれると良いですね」

「……うん」



 人は人の世で生を終えた後、妖精の樹を通ってこの精霊王の世界に入る。この世界で過ごす間、魂の洗浄、修復、知識や知恵の共有が行われる。そして新たな課題を設定して人の世へ『生まれる』


 この妖精の樹で過ごしている間にこれまでの記憶を魂の奥底にしまう。稀にしまい損ねる者もいるが、ミレーユは前者のようだ。


「さて、だんだん役者が揃ってきましたね」

精霊王は妖精の樹に今日の分の魔力を注いだ。妖精の樹は美味しそうに味わっているように見えた。



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