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彼にだけ私の魔力は甘いらしい  作者: もんどうぃま


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2/16

2 常識


 体が光に溶けて混ざっていく。どこまでが自分なのか曖昧だ。このまま溶けあって一つになってしまったら気持ちよさそう。『自分』とは何なのかだんだん分からなくなっていく。でも心地良い。


 誰かが手を掴んだ。そこを起点に『ミレーユ』が戻ってくる。手から腕、腕から体、脚。そして存在そのものが戻ってくる。

「お前の名は?」

「『私』はミレーユ・メレンドラ」

「存在証明完了」

ミレーユは目を開けた。


 遠くの方まで草原が広がっている。風が吹いて草が揺れた。遠くの方には川が流れているのが見える。周りにはたくさん花が咲いている。なんだか懐かしい。初めて見たのになぜか知っているような気がする。


「おい!行くぞ!」

手が引っ張られた。知らない人と手を繋いでいる自分に気づいた。手の先には美少年がいる。ミレーユと同い年くらいに見える。見た目は優しげなのに動きは乱暴だ。

「痛い!誰?離して!」

「離してもいいけど、はぐれたらもう二度と誰にも会えないけどいいのか?」


「それは困るわ。でも、強く引っ張るのはやめて」

「仕方ないなぁ。まだ、加減が難しいんだよな」

美少年は優しく手を繋いだまま、引っ張らないようにゆっくりと歩き始めた。


 こんなに素敵な人に出会った事はなかった。見た目だけは。優しい人だったら良かったのに、ミレーユは自分の思考に驚いた。一目惚れしたのかもしれなかったけれど、こんな乱暴な人は無理だ。ん?優しい人だったら良かったの?

 

 美少年が急に立ち止まった。ミレーユも慌てて歩みを止めた。

「着いたぞ。手を離すけど動くなよ!目を閉じていて」

「はい」


 着いたと言われたが、景色に変わりはない。信じていいのか迷うが、他に頼りになる者もない。世界にはまるで自分たち二人しかいないかのようだった。急に心細くなったが、動いたらどうなるのか分からず、言われた通り目を閉じてそのまま待っていた。フワッと誰かの指がミレーユの目蓋に触れた。


 目を開けるとあまりの鮮やかさに瞬きを繰り返したこと。さっきまで見えていた景色には色が付いていなかったのかと思うほど色鮮やかな世界。色彩の洪水。


 咲いている花の色がさっきまでよりも活き活きとして、多種多様な宝石のように煌めく。噴水からは美しく弧を描くように水が流れ出ていて水飛沫すらも美しい。周りを飛び交う妖精たちは水と踊っているかのよう。


 妖精?妖精がいる。ミレーユはなぜ妖精だと思ったのか分からないが、飛び交っているのは妖精だと理解した。その中に特別な人が佇んでいた。


 中世的。新緑色の真っ直ぐな髪は腰まで伸びていて、少し風で揺れている。瞳は深海の青。その深い色に吸い込まれてしまいそう。


 穏やかな完成された美。ミレーユは懐かしさで胸がいっぱいになり、気づいたら涙が頬を伝っていた。


 顔に冷たい何かがあたった。

「冷たっ。え?なに?」

ミレーユの傍に居た美少年は小瓶の蓋を閉めた。

「よし。涙が手に入ったぞ」

満足そうな顔をしている。

「どういうこと?」

「俺はリュカ。お前は俺のアレだ。えっとこの涙は俺には大切な物だ」


「アレとは?」

「俺のアレだ。俺としては大変不本意だがもう決まった事だ」

「私の意志は?」

「お前はもう俺を選んでいる。俺は不可抗力だった」

「選んだつもりはありませんけど」


 その時誰かの指が耳に触れた。横を見ると、先ほどの美しい人が立っていた。

「リュカ、説明が下手すぎます。お前って呼ぶのも良くない印象ですよ」

涼しげな美しい声。この人(人と呼んでいいのか?)は声まで美しい。


「だったら精霊王が説明すればいいじゃん」

「リュカにとって大切なことですよ?」

「えー。俺はこいつを選んでないし」

「リュカ、あなたの魂が選んだのです。その上勝手に魔力を貰っておいてその言い草はないと思いますよ?」


「私の魔力?直近で魔力を吸われたのは手にくっ付いたあのたまごしか心当たりがありません」

「理解の早い方で助かります。私はこの世界の存在理由、精霊王と呼ばれている者です。ミレーユ」

「初めまして、精霊王様。なぜ私の名を?」


「ふふふ。いずれ分かりますよ。私に様はいりません」

「分かりました。精霊王にご挨拶を申し上げます」

ミレーユはカーテシーをした。母に習った時の光景が頭をよぎって切なくなった。


「二人とも座って話しましょう。リルム、二人を案内してくれますか?」


 精霊王は、羽根をパタパタさせて飛んでいるたくさんの妖精がいる方向に声をかけた。女の子、男の子、妖精には性別があるのかないのか、服装の好みが違うだけ?


 その中から一人の『女の子』がパタパタと飛びながら近づいてきた。可愛らしい顔立ちで髪がくるくるしている。 

「はーい。あ!もしかしてリュカじゃない?久しぶり!」


「おぉ!リルム!つか、そんなに久しぶりじゃないだろ?」

「何言ってんの。あれから新しく精霊がいくつ生まれたと思ってんの?」

「えー。そうかぁ?んー、そういえば随分知らない顔が増えてるな」

「なんかリュカ美少年じゃない?魂が激しいから分かったけどさ。ふーん。へー。ほー」


「うるっさいな!さっさと案内しろよ!」

「はいはい。案内するよ」

リュカに向かって手で追い払うような仕草をしたリルムはミレーユを見ると、可愛らしい顔で言った。「こんにちは、ミレーユ。リルムだよ。よろしくね!」


「初めまして、リルム。こちらこそよろしく」

リルムはミレーユに向かって人懐こい笑顔で笑いかけた。

「さ、リュカ、ミレーユと手を繋いで。行くよ?」

「はー。仕方ないな。ほら!手!はぐれるぞ!」

ミレーユはなんだか苛ついたが、仕方なく手を出した。この場では従っておいた方が安全そうである。


 一瞬すぎて何が起こったか分からなかった。気づいたらもうさっきとは違う部屋にいた。手を繋いでおいて良かった。

「できたら説明された後に全てが起こってほしいんだけど」

思わず愚痴ったミレーユに、すぐさまリュカは言い返す。


「は?知らないのか?常識だろ?」

「どこの常識かは存じませんが、私のものとは異なりますわ」

「なんで知らないんだよ。この世界と繋がってるくせに」

「繋がっている?この世界と?この世界には初めて来たんだけど」


「リュカ、ミレーユは何も覚えてはいませんよ?人は魂の奥底に記憶をしまってから生まれ変わるのです」

精霊王はミレーユの近くにあった椅子を引いた。


「さあ、ミレーユ、座ってください。飲み物を用意しましょうね。リルム、お願いできますか?」

「もっちろん!ミレーユは人のままこの世界に来たから飲む物は決まってるよ。待っててね。で?リュカはどうする?何飲む?」


「うーん。何にしようかな。俺も久しぶりだから最初に飲むやつでも飲もっかな」

「はーい。ちょっと待っててねー」

リルムはパタパタと飛んで行った。


「珍しいですね。リュカがあの飲み物を飲みたいと言うなんて」

「そうかー?なんかそういう気分だっただけだよ」

「ふふふ。そうですか」

「なんだよ?」

「いえいえ。なんでもありません」


「お待たせー!」

リルムが飲み物を運んで来た。重そうな籠を持って飛んでいる。リルムが何人も入ってしまいそうな大きさの籠だ。重そうな籠なのにリルムは涼しげに運んでテーブルに置いた。

「ふぅ〜。働いたー。みんな自分のを取ってね」

「え?どれ取れば良いの?」

ミレーユはリルムを見た。


「手を伸ばして触れた物が自分のだよ?この世界では触れられるものには全て意味があるよ。本人の存在と紐付くものしか触れないし見えないし聞こえない。精霊王が介在すれば見えるようになるし聞こえるようにはなるけどね」


「それはこの世界の常識?」

「うん。皆知ってるからそうだと思う。ま、気にしなくて良いと思うよ?あ!そうだ!人の世界ではこうやって言うんでしょ?『お飲み物をどうぞ』」

「ふふっ。ありがとう」


 ミレーユは籠に手を伸ばした。「あ、これだ」手に吸い付くように触れた飲み物を手に取った。


「これが私の飲み物」

カップには蓋が付いていた。蓋を開けて中を見る。琥珀色で何かがキラキラとしている。美味しそうに見えるような見えないような?ミレーユは勇気を出して一口飲んで、驚きで目を見開いた。


「美味しい!正直見た目が少し不安でしたけど、甘くて美味しいです」

キラキラした目で精霊王を見た後、あっという間に飲み干した。


「甘い?昔飲んだ時は苦かったような?」

続いてリュカも飲んだ。

「ホントだ!甘くて美味しい!これ、前飲んだのとは違うやつだろ?リルムー、俺を揶揄ってるだろー」

リュカはリルムをニヤニヤしながら見た。


「それが、同じなんだなー。さすがのリュカも知らなかったんだ。この飲み物の秘密」

「なんだよ。そんなのあるのかよ」

「教えてほしい?」

「え。そう言われるとなんか聞きたくなくなるな」

「ふふーん。言っちゃおっかな」

「何だよ!めんどくさいな」

「すぐめんどくさいて言う」

「うるさいな!」


 リルムはミレーユの方へ飛んで行った。

「リュカがツガイから魔力を貰って仮契約状態になったからだよ。ツガイがいる人がそれを飲むと、世界に歓迎されて甘くなるんだって!二人がツガイだとこれでハッキリしたね。二人の気持ちが熟したらもっともっと甘い香りがするんだって!」

「ツガイ?」

ミレーユはリルムに聞いた。


「それはあたしからは説明できないんだー。でも、妖精の樹のことは説明できるよ?」

「ねーねー、ミレーユ、この世界に来た時懐かしくなったりした?」

「そうなの!懐かしいと思ったから不思議だったの!」


「それにはワケがあるんだよ。『人』は生を終えると妖精の樹に帰ってきて、ここでしばらく過ごしてからまた人として生まれるんだよ。ミレーユの魂は何度もここに来たんだよ。ちなみにあたしは妖精として生まれたからずっと妖精のままだよ」


 リルムはミレーユの頭に乗った。

「ミレーユ、私もミレーユの魔力が欲しいな。貰っていい?ミレーユの魔力は練られててすごく魅力的。過去生で身を捧げたことでもあるのかな。人のままここに居るから何も覚えてないだろうけど。高位の魔力は素敵すぎるよー」


「リルム、待ちなさい。まだ説明が終わっていませんよ。戻りなさい」

「はーい」

不貞腐れた顔をしたリルムはパタパタと飛んで精霊王の席の前に座った。


「リュカの今回の件は特殊な状況だという事を忘れてはいけません」

「はーい」


 精霊王はミレーユを労るように見た。

「ミレーユ、人の体のままこの世界に入り、ここで過ごすのは大変稀有な事です。まずはしっかりと休んでくださいね。あと、魔力の使い過ぎにはくれぐれも注意してくださいね」





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