14 儀式
「ミレーユ!」
リュカは慌てて、力なく倒れたミレーユを支えた。リルムも慌てて走ってきた。
「良かった。ただ眠っているだけだよ。色々あったから限界だったのかも。リュカが居るから安心したのかもよ。このこのー!」
ワザと明るく振る舞うリルムに肘で小突かれたリュカはミレーユを抱き上げた。サラがリュカを先導してミレーユの部屋へ運んだ。しばらくミレーユの頭を撫でていたリュカはよく眠れるように魔法をかけた。魔法陣が閉じた途端穏やかな顔つきで眠り始めたミレーユを見て、リュカは優しく微笑んだ。
「さあ、情報交換をしようか」
談話室に戻ったリュカを見て、エルシーはカイルの宝玉をテーブルに置いた。
「これはまさか?」
ミレーユの両親を妖精の樹に送り届けた精霊王が、ちょうど戻って来た。
「そうだ。俺の腹心、カイルの宝玉だ」
「カイルが?アイツにやられたんですか?」
リュカは首を縦に振った。
「そうですか」
リュカとエルシーは悲しそうな顔をした。精霊王は伏せ目がちに何か考えているようだったが、ふと顔を上げて聞いた。
「ミレーユのご両親は妖精の樹に入られました。最期にリュカに会えて安心されたようです。ところで、ミレーユの姿が見えませんが」
「ミレーユは今眠っている。俺が魔法を施したから朝まで目覚めない」
「そうですか。ミレーユには酷な時間になってしまいましたね」
「すまない。僕のミスだ。手順が違っていた」
精霊王はエルシーに向かって首を横に振った。
「手順の問題ではありません。ゼーマンの呪いの残滓を感じました。ジュマイヤは澱むように育てられたのだと思います。全てを恨み、妬み、僻み、その想いが凝縮されたものを清廉なゼーマンが浴びた。最期にミレーユに会える時まで保たせてくださったのはエルシーのお力です。ありがとうございました」
精霊王はエルシーに深々とお辞儀をした。
「ゼーマンは綺麗な分、澱むとエゲツないね」
キリヤがボソッと言った。
「ルネは何者なの?」
「随分昔の話だけど、リールが誑かされた事があっただろう?」
「リュカ、キリヤはその後に生まれたんです」
「そうか。知らないのか。ある魔女がいたんだ。そいつはフェニックスの宝玉を奪った」
「宝玉を?どうやって?しかもフェニックスの?」
「分からない。ある日フェニックスの存在が感じ取れなくなった俺とエルは精霊王に捜索を依頼した。俺たちはまだ未熟で色々使いこなせなかったんだ」
「私の水鏡に映ったフェニックスはすでに宝玉でした。実際に見てみないとハッキリしませんが、フェニックスの中にもう一人気配があるのです。内側に何かもう一つ玉のような物があるように感じました」
精霊王はハーブティーを一口飲んだ。
「私は過去を映しました。フェニックスのツガイが見つかり、二人の婚礼がありました。その婚礼の夜、フェニックスの結界が張られた中で何が起きたのかは分かりませんでした。次に見えたのはフェニックスの物と思われる宝玉と、その宝玉に護られるように居る誰かの気配でした。それから、その宝玉を持って笑った魔女が見えました。その後、水鏡でフェニックスを追うことはできず、『時の間』から追うこともできず、当時は気落ちしたものです。未熟な自分を受け入れるのに随分と時間がかかりました。今ならもっとできる事があったと分かるのですが……」
リュカは重々しい雰囲気で話し始めた。
「先代のドラゴニア公爵のツガイを屠ったのもアイツだと思う。メレンドラにいたおばさんから同じ気配がした」
「一人の魔女がここまで我々を弄ぶとは…清廉なだけでは守れないのですね……」
キリヤは場の空気を変えようと、明るい声で話しかけた。
「そういえば、フェニックスもリュカとエルシーみたいに公爵家だったりするの?」
キリヤはエルシーを見た。
「そうだ。正確にはそうだった、だな。ボーランディア公爵家だ。今はフォレスター公爵家で名を預かっている。領地やタウンハウスもフォレスターで管理している」
「そうなんだ。エルシーのおかげで皆何とかなってる状態?」
「そうなっちゃうね。リュカはツガイの気配を感じてすぐ卵化していなくなっちゃったし、頑張ったと思うよ?僕」
「俺はツガイを守ればなんとかできると思ってすぐ飛んだんだが、それが仇となった。ドラゴニアに入り込まれて俺の腹心のカイルが宝玉になった」
「リュカ、その宝玉を見せてもらえますか?」
リュカはテーブルに置いてあった宝玉を精霊王に渡した。
「カイルの思念が読み取れないかと思ったのですが、カイルの魂は既に妖精の樹に帰ったようです。何があったのか分かるようなメッセージはありませんでしたか?」
「あった」
「見せてもらえますか?」
「燃やした」
「……そうですか。数字が書いてありませんでしたか?カイルほどの者がただ宝玉になったとは思えなくて」
「三」
「三、と書いてあったのですね?カイルのことだから、他にもきっと謝罪と自分の責任だ、と書かれていたのでしょうね」
リュカは何も言わなかった。
「これを見てほしい」
エルシーが招待状をテーブルに置いた。
「アンジェリカ・メレンドラとユリアス・ドラゴニアの婚約披露パーティって書いてあるね」
キリヤがリュカを見た。
「潰す。あいつカイルの息子だとか言ってたくせに、俺に成り代わろうとしているのか」
リュカの体から殺気が溢れ出た。
「お!いいねぇ。ワクワクするねぇ」
リュカはキッと揶揄ってきたエルシーを睨んだ。
「おやおや睨んでも可愛いねぇ。その見た目、ミレーユちゃんの好み通りに変化したんだろう?健気なことだ」
「フンッ」
「リュカ、本来なら僕の流儀には反するが、万が一に備えてミレーユと儀式をした方が良い。ミレーユちゃんの気持ちを待ちたいのは分かるが、リールが何をされたのか分からない以上、備えは必要だ。僕とリルムはもう儀式を済ませた」
「やだ、恥ずかしい」
「リルムは何で恥ずかしがっているんだ?危険を伴う儀式をやり遂げたんだから誇らしく思うものだろ?」
不思議そうな顔でリュカがリルムを見ると、リルムは何かに気づいたようにエルシーを見た。
「エルシー!騙した?アレは必要なかったってこと?」
「確かに魂を混ぜ合うことが儀式の本質だけど、あの時ちゃんと混ぜ合わせたよ?」
「もう!黙って!危険を伴うって何?聞いてないよ?」
「エルシー、ちゃんと説明しなかったのですか?リルムを大切にしてくれるのですよね?」
精霊王が訝しげにエルシーを見た。
「僕たちは聖獣と妖精だから間違えようがないでしょ?だから」
「まあ、そうか。良いけど!良いけどね!今度何かして貰うからね!!」
「リルムごめんって。何でもするから。ね?機嫌直して?」
「そうなんだよな。心が通い合っていないまま儀式を行ったらミレーユが傷つくんだよな……」
「珍しくリュカが弱気ですね。あなた方がツガイなのは間違いありませんが、ミレーユの心が追いついているのかは私には分かりません。ただ、エルシーが言った通り、儀式に挑戦しておくのはミレーユの安全に繋がると私も思います。完遂できなくても少しでも混ざればミレーユにドラゴンの印が付与されますから」
「そうか」
「もし万が一が起きたとしても、私が全力で応援しますし、ドラゴンの印は魔女に対抗する手立ての一つに成り得ます」
「分かった。ミレーユが目覚めたら相談してみる。どちらにしろ、婚約披露パーティに乗り込まなくちゃいけないから、ドレスの準備とかあるしな。エルとリルムも行くだろ?」
「「もちろん!」」
二人はお互いの腰に手を回しながら答えた。
「良かった。ミレーユは絶対行くって言うだろうから、護りは多い方が良いもんな」
一人談話室を出たリュカは、ミレーユの寝室にいた。ミレーユの頭を撫でる。朝になって、カーテンの隙間から部屋に光がさしてきた。リュカがカーテンを開けると、ミレーユは目覚めた。ミレーユは上半身を起こした。
「おはよ、リュカ。久しぶりによく眠れたわ。もしかして、リュカの魔法のおかげ?そうだわ。昨日は色々なことがあって……」
ミレーユは顔を覆って泣き始めた。
「おじ様とおば様にも会わせてさしあげたかった」
リュカはミレーユの隣に座ってミレーユを抱きしめた。
「不思議ね。こうしているとすごく落ち着くの。自分に欠けていた部分が補われたような不思議な感じ。リュカに会う前、私はどう過ごしていたのかしら」
ミレーユはリュカにもたれ掛かってリラックスしているようだった。甘い、甘い香りが周囲を包む。
「ミレーユ、俺の全てで愛してる。」
「私もリュカあなたのこと、好きよ。かっこいいし、頼りにしてる。私をあなたのツガイにしてほしい」
リュカは潤んだ瞳で愛おしそうにミレーユを見た。ミレーユの瞳も潤んでいた。
「……嬉しい……甘い。いつもよりも甘いね。ミレーユ、俺を見て」
二人はゆっくりと見つめ合って、どちらからともなく口づけを交わした。リュカの魂がミレーユの中に入り、ミレーユの魂はリュカの中に入った。二人の魂はお互いの体を行ったり来たりするうちにだんだん混ざり合い、一つになった後、半分ずつお互いの体に戻った。
「もしかして私、あなたのツガイになれた?」
「うん。俺、幸せだ」
二人は抱きしめ合ってお互いの体温を感じた。ミレーユを抱きしめたままリュカが言った。
「話さなくちゃいけないことがあるんだ。ホントは儀式の前に伝えるべきだったんだけど、ミレーユが俺のツガイだってハッキリ分かったから儀式しちゃった」
「え?」
ミレーユが寝ている間に行われた情報交換の話や、実は儀式には危険もあった事、リルムとエルシーの話に助けられながらリュカは話し終えた。
「全て良い方に行くって精霊王予報があるから、もう前しか見ないわ。ねぇ、リュカ、私お腹が空いたわ」
リュカはクシャッと幸せそうに笑って、ミレーユの髪の毛をぐしゃぐしゃにした。




