12 戸惑い
ゼーマンの屋敷から森の家までの小道を歩きながら、リュカはメレンドラの執事アレクと打ち合わせをしていた。ドラゴニアで異変が起きているそうで、二人の表情は硬い。
ミレーユはサラと侍女頭のクレアに挟まれて歩いていた。数人の侍女と執事補佐、騎士が続いた。サラとクレアはミレーユのこれまでの経緯とミレーユが失踪した後のメレンドラのタウンハウスの現状などの情報を交換していた。ふとクレアが懐かしそうに森を見た。
「この森にミレーユ様と遊びに来た時のことが思い出されます。懐かしいですね」
クレアがそう言ってミレーユに微笑みかけた。
「ほう。おまえも一緒に居たのか」
険しい顔で話していたはずのリュカが転移してきた。
「ひぃっ」
ベテラン侍女で肝の据わった対応で評判だったクレアは悲鳴をあげた。
「リュカ?」
「ごめんって。つい」
ミレーユに縋るような眼差しを向けるリュカを見て、使用人たちは諸々を察した。
「申し訳ございません。リュカルド様」
クレアは頭を下げた。
「あぁ、俺は傷ついた。クレアには俺の頼み事を叶えてもらわねばなるまい」
「なんなりと」
「森に遊びに来た時のミレーユの絵姿が欲しい。おまえの頭の中を覗かせてもらう」
使用人たちに動揺が走った。この人ヤバい人だ。と思ったとか思わなかったとか。
「連帯責任で、全員の頭の中を覗かせてもらう」
「リュカ!それはダメよ!一人一人を尊重して。変な難癖はつけないで」
「リュカルド様、頭の中はご遠慮願いたいのですが、絵姿ならございます」
ミレーユに叱られて落ち込んだリュカはすぐ満面の笑みになった。満足気に頷くと、
「では、のちほど」
クレアも頭を下げた。
「クレア、絵姿って何?」
「ナディーヌ様のご希望でお生まれになる前からの絵姿がたくさんあるんですよ。ほら、こちらに」
クレアはネックレスを服の中から引っ張り出してミレーユに見せた。
「ナディーヌ様のお細工で中に大量の絵が収納されています」
「なるほど……」
ミレーユは苦笑いしながら深く頷いた。
ミレーユが森の家の扉を開けると、空間の広がりに皆声をあげた。思ったより広い屋内を見て、執事のアレクはクレアと対策を練り始めた。
「おかえりー!」
驚きの声にや相談をする声に混じってリルムの元気な声が響いた。
「え!リルム?フォレスターに行ったんじゃないの?」
「えへへー。もう儀式が済んでお互いのツガイになったよ。早速遊びに来ちゃった」
「えー!儀式ってそんなにすぐできるものなの?」
「あたしたちはしがらみがないから。それよりも!こっちに来て!見て見て!これ!フォレスターへの直通部屋!」
「何勝手に作ってるんだよ!」
リュカはエルシーの方を小突いた。
「あ!ミレーユちゃーん!リルと遊びに来たよー!」
エルシーはミレーユに手を振った。
「おい!話が途中だろうが!」
「部屋余ってるんだから良いじゃなーい。そ・れ・に!ちゃんと理由があるんだよなー、これが」
「何だよ。早く言えよ!勿体ぶってんじゃないぞ!」
「ご機嫌悪いなぁ。ま、いっか。会って貰えば分かるよね」
エルシーが直通部屋に向かって手招きをした。すると戸惑った様子の男女が二人部屋から出て来た。
「お父様!お母様!」
ミレーユが駆け寄った。
「「ミレーユ!」」
三人は涙を流しながら抱き合った。
エルシーはドヤ顔でリュカを見た。
「こういうこと」
「は?どういうことだよ」
「あの二人、もうゼーマンの結界を通れる身体じゃないんだ」
「何だって?何があったんだ?」
「アイツが出た」
「え?」
「あと、おまえのとこ、今大変な事になってるぞ」
「俺のとこ?あー、アレクからさっき聞いた。問題が起きているようだって」
「アイツが入り込んでた」
「まじかー!メレンドラで見たから油断してた」
リュカは天を仰いだ。
「おまえの卵化の間に、おまえのすごい執事のあいつ、あいつが誑かされた」
「嘘だろ?カイルが?まじか。なんでだ?」
「僕の調べでは、カイルには昔愛していたけど結ばれなかった女がいたらしいから、その辺を突かれたんじゃないかなぁ」
リュカはエルシーを見て言った。
「とにかく一回ドラゴニアに行ってくる」
「何も知らないふりをして行けよ?」
「元々今回の引越しの件で行かないといけなかったからその体で行ってくる。まあこの家にいる限り何もないとは思うが、諸々頼む」
「今メレンドラにいるならアイツもすぐには動かないだろう。娘の婚約を整えるのに躍起になっているって噂だからな。さーて、僕はおまえが味わうはずだった生活を楽しませてもらうよ」
「ムカつく。まー、おまえが居るなら俺も安心だからなんかもっとムカつく。じゃあ行ってくる。扉の細工、頼んでも良いか?」
「はいよー。やっとくよー」
リュカはドラゴニアの屋敷に転移した。
リュカが自室に入ると、そこは物置部屋になっていた。
「マジかよ」
ドラゴニアの主人が自室に戻った合図が屋敷中に鳴り響いた。リュカは必要ではない物を全て空間に収納し、部屋の中をサッと浄化した。
「澱んでるなぁ…領地の浄化はまだ我慢だなぁ。アイツを炙り出さないといけないなぁ。はぁ……何してくれてんだよ。この大事な時にさぁ……」
リュカはお気に入りの椅子に座って扉が開くのを待った。
一人の男が部屋に入ってきた。
「おかえりなさいませ」
「長らく留守にして済まなかった。万事滞りないか?」
「何の問題もございません」
「そうか?」
「はい」
「お前は誰だ?」
「カイルの息子のユリアスでございます。カイルは数年前に亡くなりました。私があとを継いで取り仕切らせていただいております」
「誰の許可を得た?」
「父の遺言でございます。失礼ながらリュカルド様とは連絡が取れませんでしたので、王家に申請をして許可をいただきました」
「なるほど。まあ、いい。これからよろしく頼む」
「承知いたしました」
「何人かの使用人に俺の新しい家で働いてほしい。選定を頼む」
「承知いたしました」
「俺の部屋にあった物は何だ?」
「全てリュカルド様がお留守の間に届いた贈り物です」
「なるほど。ではまた後日使用人を迎えに来る」
「リュカルド様、家を結ぶ扉は作られますか?」
「いや、まだ作れない。力が戻りきっていないんだ」
「承知いたしました」
リュカはゼーマンの結界の辺りに転移した。贈り物と言われた荷物を空間から出して、地面に置いた。ゼーマンの結界に触れた途端形が無くなっていく。
「舐められたもんだなぁ」
ほとんどの品が消えてなくなった。リュカが浄化を施すと、宝玉と封筒を残して他は全て消えた。
「これでも残るか。エル!ちょっと来い!」
リュカがそう呼びかけると、エルシーがリルムを伴って現れた。一瞬遅れてキリヤも来た。
「どうした?何かあったか?」
エルシーが心配そうな顔でリュカを見た。
「それを浄化してくれ。キリヤも頼む」
「いいよ」
ドラゴンとフェニックスと妖精、三種の浄化の炎が宝玉と封筒を包んだ。
「大丈夫そうだな」
「ボクが持とうか?」
キリヤが名乗り出た。
「そうだな。頼む」
「はいはいっと」
キリヤは宝玉と封筒を持ち上げた。
「この宝玉よく練られていてすごい」
リュカとエルシーも近づいてきた。
「綺麗」
リルムが見惚れている。キリヤは封筒を確かめた。
「見たことない印だなぁ。リュカなら分かるかな?」
リュカは手紙を受け取った。リュカの卵化の間、ドラゴニア大公邸を取り仕切っていたはずのカイルの印だった。リュカは表情を変えないまま中の手紙を読み終えて、何も言わずにその手紙をドラゴンの炎で焼いた。
リュカはキリヤが持っている宝玉を指差して言った。
「その石はカイルの魔力でできている」
エルシーがリルムを抱き寄せた。
「カイルはアイツに騙されてドラゴニアに入り込まれてしまったようだ。俺が会った執事の男もアイツの手の者らしい」
リュカが思い詰めたように言った。
「まあ、フェニックスであるリールを手玉に取るようなやつだ。ただの『人』であるカイルには荷が重かったのだろう」
エルシーはリュカの肩に手を置いた。
リュカは何も言わず、カイルの宝玉をキリやから受け取るとドラゴンの姿になって空へ飛び去った。残された三人は遠い空に消えていくリュカを見送った後、森の家に帰ってきた。




