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勇者様の保護者  作者: 小語
第2章 クレナの盆地の聖女
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第1話 不思議な少女、メノウとの出会い

 天空が近い遥かな山稜の一角、冷涼な空気が吹き渡り緑の雑草がたなびく高原。草原のなかに灰色の岩肌が覗き、高く突き出た岩も散見される。


 余すところなく陽光に照らされたその景色のなか、わだかまるような闇の空間が存在した。


 闇と光の境界は絶えず揺らめいており、周辺の光が闇のなかへと引っ張りこまれている。雄大な高原の一部を占めるその暗黒の球体からは、常に闇の粒子が振りまかれていた。


 その闇の前で片膝立ちになっている影がある。


 ネコジタ。薄紫色の体表の猫を模した人形、魔王の第一の部下を標榜する魔族だった。


「は。魔王様、確かにその人間の娘は勇者と名乗っていました」


 ネコジタは面を伏せたまま硬い声を放つ。


「ランガナタンを手もなく倒した……いや、我輩は魔王様に勇者の存在をお知らせするために撤退したため見てはおりませんが、恐らくあの実力差では……」


 言い淀むネコジタの言葉を引き取るように、闇のなかから声が返される。


「ランガナタンは生きてはいまい。勇者、またも現れたというのか」

「ははッ! 御意にございます」

「勇者は今どこに向かっているか?」

「フルフル平野を北に抜けてクレナの盆地に向かっております」

「つまり?」

「その地域はプトレマイナが統括しております。人間のなかでも強力な霊力を持つ聖女と名乗る存在がおり、支配に手間取っています。これを機に勇者と聖女、両者を一度に葬る好機かと存じますです、はい」


 ネコジタは冷や汗をかく。


 魔王様は神界との戦いや自身の復活に意識を向けており、平界のことには疎いのだ。ということは、世間知らずな魔王様を補佐するのはこのネコジタしかいないと覚悟を決める。


「分かった。手勢を差し向け、邪魔な人間を始末するのだ」

「ははあッ! 我輩にお任せください!」


 そう言ってネコジタは顔を上げた。


 そもそも天地ほど力に差のある魔族が人間に苦戦していることには理由がある。


 魔族、神族、人間の一部は特殊能力を発現することができる。魔族であれば破壊の力を得意とし、神族は他者の怪我や病気を癒す力を有する者が多い。


 それぞれが基盤とする世界に満ちた力量を集めることで、能力を発現することができる。魔界では魔力、平界では自然から集めた霊力がその力の元だ。


 三界(さんがい)と呼ばれる三つの世界。魔界、神界、平界。それぞれに源が存在する。


 自身が属する世界から得た力でしか能力を発現できないため、魔族が平界に進出した場合、魔力の補充ができないのだ。


 平界で魔族は自身の肉体に溜めた魔力でしか戦えないのに対し、人間は好きなだけ霊力を収集して能力を発現できる。


 この三百年間、平界の支配に魔族が手間取っている理由は人間の勇者だけでなく、この力の源不足により全力を尽くせないという要因が大きい。


 魔王様は魔界と切り離されているため、魔力を補充して復活することができない。少しずつ肉体が癒えるのを待つしかないのだ。


 だが、それももう間近で終わる。魔王様の肉体はほぼ修復され、復活を果たされるのはもうすぐのことだ。


 魔王様、厳密に言えば魔王を取り込んだ高位魔族の一体である、このドラメシュア様が復活さえすれば、平界の征服など容易いことだ。


「これよりクレナの盆地に向かい、プトレマイナと共同で勇者と聖女を始末して参ります!」

「うむ。期待しても良いのだな?」


 ネコジタは深く頷くと背を翻し、暗黒の球体を背にして歩き出していった。





 フルフル平野を北に抜けたジダイたちは、そのまま北へと延びる街道を辿っていた。


 延々と蛇行しながら前方に続く道の両側は雑木林になっている。太陽は中天まで上がり陽光を余すところなく地に注ぐが、高い木々に阻まれて街道に白と黒の模様を描いていた。


「ジダイはさ、どうして旅をしているんだ?」


 そう口にしたのはスバルだった。無造作に伸ばしたハチミツ色の頭髪の後ろで手を組み、気の抜けた碧眼をジダイに向けている。


「そりゃあ俺だって戦士の端くれだからな。魔王を倒すための修行と言ったところか」

「へー、ジダイさんも目的はネイロたちと同じだったんですね」


 空から注ぐ日差しのように明るい笑顔を向けるのはネイロ。赤茶色の長髪を後ろで括っており、髪と同色の瞳も感情豊かに輝いていた。


 外見は普通の少女に見えても、ネイロは世界で唯一魔族や神族と対等に渡り合える能力を有する勇者だった。


 だが、ネイロはまだ勇者として力不足であることは否めず、できることならもっと味方が欲しいのも確かだった。


「ああ。君たちと出会えてよかった。正直、俺がどれだけ修行したころで魔王には手も足も出ないだろうな」

「あんなに強いジダイさんでも魔王に勝てないんですか⁉」

「当然だろ。所詮、俺はただの人間だ。魔王と戦えるのは勇者だけなんだからな。だから、ネイロには期待しているんだぞ」


 ネイロは自信無さげに視線を外す。代わりに言葉を発したのはスバルだ。


「ま、深刻に考えたってしようがないさ。それに、この俺だっているんだからな!」

「そうだよね。スバル君がいるもん!」


 親指を自身に向けて顔を決めているスバルと拍手で盛り上げるネイロ横目にし、ジダイは溜息を吐く。


 スバルはネイロの精神に強い影響を与えているようだ。臆病なネイロが戦えるのも、スバルが精神的支柱になっているからだろう。安易にスバルを無下にすることもできない。


「いやあ、俺たちにジダイも加えて盤石の態勢になったところで、魔王の居場所が分かればな」

「すぐにでも、魔王のところに行くんだけどねー」


 剣を抜いて無駄に振り回しているスバルと、その横で微笑んでいるネイロは如何にも呑気だ。その無知を憐れむようにジダイが二人へと声をかける。


「お前たち、本当に魔王の居場所を知らないのか?」

「え?」

「魔王、正確に言えば数百年前に魔王の肉体を取り込んだ高位魔族、そいつらが七体いるのは知っているだろう?」

「うん。それは知っているけどさ」

「で、その七体のうち復活するのがもっとも近いと言われるのが、ヒアイ高原に封じられたというドラメシュアだ」


 モノを知らない年少者に不安を抱きつつ、ジダイは言葉を続ける。


「魔王はヒアイ高原から動けないが、すでに力の大半を取り戻している。今まで何人かの勇者が戦いを挑んでその力を削いできたが、それももう限界らしい」

「魔王が復活する日は近いんですか?」

「ああ。俺は魔王に少しでも損傷を与えようと、いつか魔王の元に向かおうと思っていた」

「そこで偶然会えたんですね。よかった」


 ネイロが相好を崩す。ジダイはその顔を見て言葉を続けようとしたが、その口から声が放たれるよりも先に別の音が一同の耳朶を打った。


 騒々しい足音とともに左側の林から三体のクロマルが現れる。


「聖女が向こうにいるぞ!」

「あいつを殺せば大出世だ、殺せ!」


 クロマルはジダイたちに気付くことなく、街道を横断して右側の木立へと消えていった。


「今のは⁉」

「クロマル、誰かを狙っているみたいだったが……?」


 スバルが早くも駆け出し、ネイロとジダイもその背に続いた。雑木林に踏み入ったジダイたちは木や枝を避けながらクロマルを追う。


 クロマルとの距離はかなり開いており、木々に遮られてその姿を視認することはできない。踏み荒らされた雑草や折れた枝でその痕跡を追うことができた。


 ジダイたちが走っていると、突如として前方に視界を埋め尽くす白い光が溢れる。少し遅れて、地響きと爆音が前方から弾けた。


「うわッ⁉」


 前方から襲ってきた衝撃と突風にジダイは足を止め、腕で顔を覆う。吹き抜けた砂塵や葉っぱが全身を打ち据えて痛みを伴う数秒間が過ぎ、ジダイは背後を振り向いた。


「大丈夫か?」

「あ、はい……」

「こっちは大丈夫さ」


 身を屈めるネイロを庇うようにスバルが覆い被さっていた。


「よかった。とにかく爆発の方へ向かおう」

「ああ! それとネイロ、大丈夫か?」

「う、うん。スバル君のおかげ」


 先へ進むジダイの後ろから二つの足音が続く。


 しばし走ったジダイは視界の開けた場所に出た。


 樹木が途切れているが元から広場だったのではなく、たった今木々が薙ぎ倒されたようだった。倒木と根元から折れた幹が残っており、地面は焼けたように黒く煙が立ち上っている。


 焦げ臭さに鼻を突かれながら見渡してもクロマルの姿は無い。その代わりにジダイが見出したのは、小柄な少女の人影だった。


 後ろ姿の少女は薄緑色の巻頭衣(ローブ)を着用し、流麗な象牙色の長髪が背中を覆っていた。その細い体格を見ると、ネイロと同じ十二、三歳ほどの年頃だろう。


「君、こっちにクロマル、魔族が来なかったか?」

「魔族? それなら、わたしが滅したわ」


 そう言って振り向いた少女の口元笑っているような気がして、ジダイは眉根を寄せる。向き直った少女は無表情で、ジダイは先ほど見た笑みは気のせいかと思った。


 少女の水色の瞳が感情も薄くジダイを見返した。整った楕円形の双眸と小振りな鼻を有し、白磁にも似たきめ細かい肌の少女は将来の美姫の条件を満たしている。分厚い書物を両手で開いており、そよ風で紙片がパラパラとめくれていた。


「あなたは?」

「俺はジダイ。旅の者だ。魔族がこちらに向かったのを見たもんで、追いかけてきたんだ」


 少女が頷いたとき、スバルとネイロも追いついてきた。ジダイの横で足を止めた二人は、周囲の惨状と目前の少女に視線を巡らせている。


「魔族は君が倒したのか。君は誰なんだ。どうしてこんなところに?」

「そう。メノウ。魔族を倒すため」


 脈絡のない少女の言葉だと思われたが、それが端的なジダイへの回答だと気付いた。変わっている少女だという印象を抱きつつ、ジダイは語りかける。


「えっと、君の名前はメノウか。この辺の子なのか?」

「そう。クレナの盆地にあるカクレア街に住んでいるの。もう帰るけれど、旅をしているんだったら一緒に来る?」


 メノウに問われてジダイは横の二人を見やる。


 スバルとネイロの服は旅の間に薄汚れていた。恐らく自身も同じだろうと、鏡を見るような思いのジダイはメノウへと目を戻す。


「できれば街まで案内してほしい」

「いいよ」


 そう言うとメノウは本を閉じて脇に抱えると足早に歩き出す。ジダイは二人とともにメノウの後を追った。

ここの冒頭は色んなファンタジーで問題になる「強い魔族が人間を滅ぼせないのなぜ問題」の設定ですね。

この物語では魔族は魔界、神族は神界、人間は平界の霊力と、自分たちの住む世界でしかエネルギーを溜められません。

魔族が人間界に出張して暴れると自分のなかにある魔力しか使えず、人間は霊力を溜めながら戦えるので、圧倒的に有利となる人間が何とか戦えている状態です。

それでも地力が違い過ぎて人間が少しずつ不利になっているようです。魔王も復活しそうですし。


ここでメノウちゃんという女の子の登場です。

いったい、この子はどんな波乱を起こすのか。

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