第6話 そして保護者となる
夕方になって村に戻った三人は、村人から熱烈な歓迎を受けた。
三人が出て行ってから、数時間で矢が降り止んだのだから当然だろう。夕食は村長宅で饗応を受け、満室だった宿屋の部屋を空けてもらい、柔らかな寝台で一夜を過ごすことができた。
翌朝、旅支度を整えた三人が村の出口に立つと、村人と避難していた近隣住民が総出で見送ってくれていた。絶え間なく歓声が上がるなか、三人は村長と向き直る。
「勇者さま、この村だけでなく、フルフル平野を救ってくださりありがとうございました」
「いえ、勇者の役目ですからー」
「スバルさん、ジダイさんもありがとうございました」
「なに、これくらいは」
「いやあ、もちろんお礼なんていりませんよ」
「こらッ」
がめついスバルを叱りつけるジダイだが、村長は気を悪くした様子もない。
「ええ、ええ。みなさまにお礼など安いものです。あれを持ってきてくれ」
宿屋の女将があるものを運んできて、受け取った村長が恭しくそれを差し出した。
「ぜひ、この度の戦いの記念としてこの鍋を」
「鍋?」
ジダイたちは異口同音に呟きつつ鍋を手にする。
数秒間、三人は鍋を見下ろした。そして同時に鍋を宙に放り投げる。
「ああッ、何を⁉」
「鍋はいりませんので」
「旅の荷物になるしさ」
「ボコボコですし」
鍋が地に落ちた、カランカランッ、という音を背景にして村長が困ったように眉根を寄せた。
「それでは何をお礼にすればいいのか……?」
「結構あると思うんですがね」
スバルが口元を歪めながら親指と人差し指で円を作って見せているが、村長は気付かない。そこへ、宿屋でネイロと仲良くなった二人の子どもたちが駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん!」
「あ、リンちゃんとセンちゃん!」
「この街を守ってくれてありがとー!」
そう言って二人の少女がネイロに抱き着いた。
リンと呼ばれた少女がネイロを見上げ、その手に持つものを掲げる。
「お姉ちゃん、これを持って行ってほしいの」
「これは?」
少女の手に乗せられたものは、小さな球体や星を象った石で作られた腕輪だった。
「わたしのお婆ちゃんからもらったの。お姉ちゃんにならあげてもいいよ」
「そんな大事なものもらえないよー」
ネイロが断ってもリンは腕輪を差し出してくる。村長がそのさまを覗き込み、溜息を吐いた。
「その腕輪は〈星屑の祈り〉です。大昔の賢者が霊力を具現化させて作った道具だと、言い伝えがあります。ウチの家宝です」
「そんなに凄いものなんですか」
「本当かどうか分かりませんが、持ち主の危機を察知して霊力を解放するとか。勇者様へのお礼ならば、惜しくはありません」
「いいのかな?」
「ありがたくもらっておけ」
ジダイに促され、ネイロは少女の手から腕輪を受けとった。
「ありがとう! 大事にするね!」
「うん! それを持っていれば、わたしたちのことを覚えていてくれるから!」
満面の笑みを交わす少女たちの横から、スバルが親指と人差し指の円を崩さずに村長へと詰め寄っていく。
「ほほう。それでこっちの方は?」
「みっともないから、止めとけ」
ネイロが代表して謝辞を述べる。
「ありがとうございました! この〈星屑の祈り〉も大切にします」
「勇者様。スバル様、ジダイ様。私たちは、あなた方が魔王を倒すことを願っております」
村長の言葉を背にし、ジダイたちはヤワタリ村を旅立った。
村民たちの声が聞こえなくなった頃、ジダイは横に並ぶ二人へ声をかける。
「二人とも、本当に魔王を倒しに行くつもりなのか?」
相変わらず頭の後ろで腕を組むスバルが気軽に応じる。
「今さらなんだよ。俺たちは魔王を倒すために旅をしているんだぞ。な、ネイロ」
「う、うん」
スバルに対して戸惑うネイロは、魔王を倒す壮大な旅路には気後れしているようだ。
「ネイロが本物の勇者であることも、スバルが優秀な護衛であることも認めるよ。だけど、君たちは若すぎる」
もはや矢の降ることは無くなったフルフル平野の平穏を取り戻したのが、同行する少年少女であるのも確かだった。
「だけど、今の実力で魔王を倒すのは急ぎすぎだろう。もう少し訓練を積んでからでも遅くはないんじゃないか。君たちにはそれだけの才能がある」
ネイロとスバルの実力はジダイも認めるが、不安があるのも確かだ。スバルは霊力を使えないようだし、ネイロは霊力を最大限まで高めないと真価を発揮できない〈決戦型〉能力だ。
ネイロが力を使えるようになるまでの時間を稼ぐ必要があるが、魔王を相手にそれは不可能。何より、ネイロの優しさは美点ではあっても、魔王と戦う際には弱みにしかならない。
「五年も修行すれば魔王とも戦えるだろう。悪いことは言わない。もう少し待った方が……」
「その間、苦しんでいる人たちはどうなるんですか」
「え?」
見返すネイロの瞳に込められた意思に臆し、ジダイは息を呑んだ。
「その五年間、ヤワタリ村の人々みたいに苦しむ存在がいるのなら、私は待てません。今も魔族に生活を脅かされている人たちがいるんです。怖いけれど、魔王を倒して早く苦しみから解放してあげたいんです」
そう言い放つネイロの姿に自身が失った若さを見出し、ジダイの胸が熱くなった。
「分かった!」
ジダイは大声と同時に両拳を打ち合わせ、その勢いにネイロとスバルは思わず首を竦める。
「俺も君たちと一緒に行こう。攻撃と防御を兼ね備えた〈遊撃型〉霊力、〈拳士のたしなみ〉も使えるし、役には立てるつもりだ」
「え、一緒に来てくれるんですか?」
「ああ、嫌でなければだが」
ネイロとスバルが顔を寄せ合い小声でやりとりする。
「どうする、スバル君? 見た目ほど悪い人じゃないけど」
「うーん、いてくれると役に立つのは確かだよな。こういうお人好しは上手く利用しないと」
「だから、聞こえているぞ」
ネイロとスバルは揃って一歩下がると、同じ仕草で頭に手を当てる。
「あはは、これからよろしくお願いします」
「ま、仲良くしようぜ、おっさ……ジダイ」
年少の二人から笑顔を向けられると同時、草原を渡ってきたそよ風がジダイの前髪を揺らす。
自身を包んだ風のように優しく相手の耳に届くよう、ジダイは言った。
「ああ、よろしく。スバル、ネイロ」
こうしてジダイは、自身の半分ほどの年齢である少年少女と魔王打倒の旅に同行することになったのだった。
こうしてジダイと年下の仲間が一緒に旅をすることになりました。
こういう感じの雰囲気のお話だと伝わればうれしいです。
ここで第1章終了になります。
全6章まであります。最後までお付き合いいただければ幸いです。