第5話 勇者ネイロと魔族ランガナタンの戦い
「参ったな。フルフル平野を制圧しているだけに、その辺の魔族よりも手強いぞ」
「いや、そろそろネイロの準備ができる頃さ。ネイロ?」
その問いかけに応じ、背後からネイロの声が応じた。
「うん。スバル君、大丈夫だよ!」
「お前ら、さっきから何を……」
そのとき、後方から吹いた烈風がジダイの背を押し包んだ。
熱気さえ感じるその圧力に振り向いたジダイの目に、予想もしなかった光景が映った。
ネイロは手を無造作に下ろして佇んでいる。その全身を揺らめく白銀の燐光が包み、周囲の雑草が同心円状に波打つ。茶色だった瞳は薄氷色に染まり、普段と異なって臆する様子もない。
「ジダイさん、スバル君、ありがとう。ここからはわたしに任せて」
その語尾が虚空に溶けるよりも早く、ネイロの姿が霞んで色彩が溶け込んだ帯と化す。それが残像だとジダイが気付いたとき、すぐ横を突風とともに実体が駆け抜けていた。遅れて雑草が倒れ、ネイロの移動した軌跡を追うように砂埃が立ち上がる。
ジダイが視線を向けると、ほぼ一瞬でネイロはランガナタンの目前に詰め寄っていた。あまりの速さに反応できないでいるランガナタンの前で、ネイロが腕を一振り。
その一撃で地表が抉れるほどの衝撃が走り、盛り上がった地面とともにランガナタンとタコたちが吹き飛ばされる。宙を舞ってから地面に激突し、数回転して止まったランガナタンが驚愕してネイロを見返していた。
「人間如きが、今の力は、まさか……」
圧倒的なネイロの力量を目にしたジダイも隣のスバルに問いかける。
「何だ、あれは? いったい、ネイロは何者だ⁉」
「何度も言わせるなよ。ネイロは世界唯一の勇者さ」
「ネイロの方が勇者だったのか……?」
あの気弱そうな少女が世界で唯一、魔族や神族に対抗できる自己防衛存在、勇者。
「ネイロは霊力を溜めるのに時間がかかるみたいなんだよ。でも、霊力が集まればすんごく強いんだぜ。そのために、俺がネイロを守る必要があったんだ」
「霊力を小出しに使えず、最大限まで貯めないと実力を発揮できない〈決戦型〉発動か。霊力を一気に放出する能力と勇者の力、それが組み合わさったのがアレだと?」
ジダイとスバルが二色の瞳を向ける先、ネイロの後ろ姿が威容を持って立ち塞がっている。
「これが人間の勇者⁉ ネコジタ殿ー!」
ランガナタンが怯えた目を向けると後方に控えていた魔族、ネコジタが重々しく頷いた。
「分かっている。我が魔装筐体を見せてくれる!」
ネコジタが叫ぶと同時、その目前に鈍い輝きを放つ物体が現れた。それは鉄であり、どんどん体積を増しながら形状をなしていく。
数秒後には、空中を浮遊する円盤状の乗り物にネコジタが搭乗していた。ネコジタが棒状の操縦器を動かすと、鈍色の円盤は空高く浮上する。
円盤が急旋回。後ろを向くと超加速して遠ざかっていく。
「ランガナタン、お前の雄姿は魔王様に報告しておくぞー!」
「ちょっ! ネコジタ殿ー⁉」
円盤が空へと消え去り、残されたランガナタンが憎悪を滾らせた瞳でネイロを射抜く。
「クソ! 勇者、我一人でお前を討ち取って魔王様への供物としてやる!」
「それは難しいよ」
「ほざけえぇ!」
ランガナタンの怒号とともにタコの群れが空へと飛びあがり、ネイロを包囲するように展開。頭上からもネイロを射程に収め、ランガナタンが勝利を確信した笑みを浮かべる。
「ここで終わりだ、勇者ぁ!」
空中に展開したタコたちが一斉に矢を解き放つ。全方位から放たれた破壊の矢が直線状にネイロの生命を狙った。
ネイロは臆することなく自身に迫る矢を見つめ返す。鋭利な先端の群れがその柔肌を蹂躙するかに見えたが、矢はネイロが纏う白銀の光に触れると粒子となって消滅していった。
「そんな……」
矢の奔流を消し去っていくネイロを前にして、ランガナタンの瞳に畏怖が浮かんだ。
「こっからはネイロの番!」
ネイロが両手を頭上に掲げた途端、ネイロから放射状に光が広がった。まるでネイロの帯びる光が乗り移ったように、宙に浮遊するタコが淡く発光している。
「えーい!」
ネイロが両手を握りしめると、その全身を包む白銀の燐光から無数の飛礫が分離した。小粒の光は瞬時に細長い形状へと変化、尾びれと背びれを有するその姿はまるで魚のよう。
「いっけー! おさかな爆弾!」
ネイロが指さすと同時、魚を模した光の群団が飛び立った。白銀の尾を引いて高速で飛来する光がタコに直撃、眩い爆光を発してその身を粉砕する。
タコも逃げ惑っているが、おさかな爆弾は空中で軌道を変えて追撃。ネイロの光を浴びて標的化されたタコへと、白銀の奔流が殺到して爆砕していく。
「我が眷属が……⁉」
ジダイもその光景に凝然と視線を注ぐしかない。
「おい、あのふざけた攻撃は何だ?」
「ふざけてないさ。ネイロは戦いが好きじゃないから、ああいう可愛い攻撃になるだけで」
あっけらかんとしたスバルの言葉を受け、ジダイは息を呑んだ。
「おのれ! 我が最大の攻撃で討ち取ってくれる!」
ランガナタンは両手を使い三本の矢を番える。極限まで引き絞られた矢は、暗黒の色を帯びてネイロを照準していた。
「死ねえ、勇者ぁ!」
ランガナタンが矢を解き放つ。黒き光を螺旋状に纏った矢が、闇の粒子を振りまいてネイロを急襲。ネイロは右手を掲げてそれを迎え撃った。
薄氷色の瞳に決然とした意志を秘め、ネイロは魔族を見据える。
ネイロの掌から巨大な光の柱が放射され、三条の黒き矢を飲み込んだ。瞬時に必殺の一撃を消滅させられたランガナタンが、畏怖の表情ごと極大の光に包まれる。
白銀の光のなかにランガナタンの影が残っていたが、徐々にその形が崩れていき消え去っていく。細くなっていった光がやがて消え去ると、その場にランガナタンの姿は無かった。
魔族を全滅させたネイロが振り向くと、スバルが駆け寄っていく。
「ネイロー! やったなー」
「うん、スバル君」
ジダイもスバルの後に続いて歩み寄る。ネイロの全身を包んでいた光は消えていた。
ジダイは、ネイロが目を伏せて表情を曇らせていることに気付く。
「どこか怪我をしたのか?」
「え? いえ、大丈夫です」
スバルが肘で小突いてきた。
ジダイは頭のなかで反芻し、ネイロは戦いが好きじゃないという言葉を思い出す。まさか、ネイロは魔族を倒すことにも悲しみを覚える心を持っているというのか。
「あの、どうかしましたか」
首を振ったジダイは籠手を革帯に戻す。少し前まで戦場だった周辺を見渡し、今まで降っていた矢も止んでいるのを確認すると、口を開いた。
「村に戻ろう」
実は勇者はネイロの方でした。あらすじには書いちゃいましたが。
気弱で問題点の多い勇者ですが、それでも圧倒的な力を持っています。
ネイロは強いですが、霊力を溜めるまでにスバルたちが時間稼ぎをしないといけないというのが、本作の見どころの一つだと思います。
強い魔族相手に凡人たちが時間稼ぎし、ネイロさえ覚醒させたらこっちのもんだ、という男性陣の戦いにも注目してやってください。