第11話 勇者一行
「人間どもが!」
対してドラメシュアもただ見ていただけではない。黒雲の両手が挙げられ、そこに巨大な魔力が収束した光弾が形成されていた。
「消え去れ!」
セイギの怒声とともに、表面が渦巻くように流動する暗褐色の光弾が落とされる。
「ぎゃー、なんで我輩までー⁉」
「行くぞ!」
ジダイの声に応じて三人が動く。
スバルが縦横に剣を振り、十字の剣閃を発射。巨大な光弾を四分割した。
ネイロが掌から白銀の光を放ち、四つに分かれた光弾を破壊する。
ジダイの拳から連打される光弾、メノウが呼び出した〈強欲を撲滅する絶火〉が飛び散った粒子までを粉砕し、ドラメシュアの一撃を無力化していた。
「こんなことが⁉」
セイギが犬歯を剥き出し、驚愕の表情を浮かべる。
「やった! 行けるぞ!」
「うん、スバル君!」
飛び跳ねて喜ぶ二人へとジダイが忠告を放つ。
「問題が一つある。ドラメシュアは魔界に繋がっていて、どれだけ攻撃しても回復してしまうようだ」
「そんな、どうすりゃいいんだ?」
「分かった。魔王を魔界から切り離すんですね」
「そうだ」
ジダイの一言で年少の仲間は安心したように顔を見合わせる。
「ネイロ、スバル。ドラメシュアの相手をしてくれ。その間にメノウとこの空間を破る」
「分かった。ネイロ、やるぞ!」
「うん!」
スバルが剣を翻して剣閃を射出した。金色の爆発が黒雲を四散させた隙にネイロが跳躍し、セイギと同じ高さまで跳び上がった。
「勇者ぁあ!」
「魔王から見たら人間なんて矮小な存在かもしれません。でも、人間だってこの世界で毎日を一所懸命に生きているんです。あなたの好き勝手に、死なせていいわけありません!」
ネイロが高らかに言い放ち、白銀の光を照射。眩い閃光が破裂して黒雲を吹き散らす。
「あれなら心配ないな」
二人の戦いを見たジダイが言う。その横からメノウが問いかけた。
「わたしは何をすればいいの」
「この空間に穴を開けるには、メノウの召喚術が必要だ。神界の兵器を呼び寄せて、この空間に入り口を作る」
「なるほどね。〈邪心と悪意を覆滅せし砲台〉!」
メノウの宣言に応じて、家ほどの大きさもある大砲が大地から召喚される。その砲台が現れた空間に亀裂が生じ、向こう側にはヒアイ高原の光景が垣間見えた。
「よし! ネコジタ、あの空間が閉じないように押さえてくれ!」
「えー、我輩がー?」
「それくらいしてくれてもいいだろがい!」
「ちッ。出でよ、〈超究極完全無欠型番ラセツ〉!」
不本意そうに魔装筐体を形成したネコジタは、ラセツを操って空間の割れ目を押さえつける。激しい火花が閃いてネコジタが悲鳴を上げた。
「ひいぃ! 早くしてくれよ!」
「おうよ、準備はできた」
ジダイはネイロとスバルに向けて大声を上げる。
「おーい。戻ってくれ!」
スバルとネイロがその声に気付き、ドラメシュアに一撃を加えて怯ませた。その隙にジダイの元まで駆け戻っている。
ジダイは親指で平界との境目を差して口を開く。
「二人で力を合わせて、何とかこの空間を平界に戻してくれ」
「何とかって、ジダイよ」
「その先は勇者たちに任せた」
ジダイは進み出て両手の籠手を打ち合わせる。
「時間稼ぎは俺がやる。頼んだぞ」
覚悟を決めたジダイの後ろ姿を目にし、スバルとネイロは急いでネコジタの元に向かう。
集中力を高めたジダイが踏み出そうとすると、その腰に違和感があって振り向いた。メノウが服の裾を掴んでいるのだった。
「どうした」
「ジダイ一人じゃ心許ないから、手伝ってあげる」
「ありがとよ」
ジダイは礼を言い、疾走を始める。走りながら光弾を射出してドラメシュアを牽制すると、霊力を溜めた足で跳躍した。
空中に浮かぶ無防備なジダイへと黒雲の腕が伸びる。その巨大な手がジダイに迫ると、その手首の辺りに光の粒子が収束、次の瞬間には大爆発を上げていた。
ジダイの遥か後方、砲台の天頂に据えられた座席でメノウが親指を上げている。
難を逃れたジダイはそのまま宙を飛び、セイギへと肉薄した。セイギは身を守るように両手を突き出し、ジダイは飛びかかってその手に指を組み合わせた。
「何のつもりだ、人間!」
「セイギ、ここまでだ。あの二人の勇者が、きっと世界を平和にしてくれる!」
間近に迫ったジダイの笑みを見て、セイギが怪訝な表情を浮かべる。
一方、スバルとネイロは平界との境で右往左往していた。
「ネイロ、この空間を閉じないようにするにはどうすればいいんだ⁉」
「そんなこと分からないよー!」
「いいから、早く何とかしてくれー!」
ラセツが剣を頭上に掲げて空間が閉じるのを防いでいる。だが、少しずつラセツが押し負けて空間は狭まっていった。
「とにかく、力を合わせるんだ!」
「力を合わせるってー?」
スバルとネイロは顔を見合わせて、頷き合った。
スバルの持つ剣にネイロが手を添える。金色の光に白銀の光が混じり合い、螺旋状になって切っ先が延長された。
「えーい!!」
スバルとネイロが声を揃えて剣を突き出す。
金色と白銀の剣閃が空間に刺さり、そこを起点として亀裂が走っていった。ドラメシュアの作り出した空間が破片となって崩れ、平界の景色が広がる。
「これだ! ネイロ!」
「スバル君!」
ネイロとスバルが剣を支え、そこから次第に空間が崩壊していき平界の景色を取り戻していった。面積を広げていく平界を見てネコジタが笑う。
「バカガキども、凄いじゃないかー! あ、霊力が切れた」
ポンッ、と音がして魔装筐体が消失。ネコジタも再び人形に戻って地に落ちる。
ジダイは、どんどん平界が広がっていくのを背中で感じ、笑みを結んだ。
「どうだ。人間の凄さが分かったか」
「人間如きが!」
すでに世界の大半はヒアイ高原に戻っていた。降り注ぐ日差しと頬を撫でる冷涼なそよ風も、平界の穏やかさを感じさせる。
ついにネイロとスバルの力が打ち勝ち、すべての空間を平界に押し戻した。ドラメシュアの本体である黒雲はその背後を断ち切られ、一部分だけを平界に残すことになる。
「おのれ!」
セイギが雄叫びを上げ、黒雲の掌から暗褐色の光条が無秩序に飛んだ。幾筋も放たれた光条は草原や岩肌に当たって爆光を上げるも、セイギの手はジダイに押さえられて自由に攻撃できないでいる。
「ここまでだな、ドラメシュア! 孤立したお前は、ここで滅びるだけだ」
「魔王である予が、人間如きに滅ぼされるはずがない!」
少女のセイギが面に憎悪を滾らせて叫ぶ。ジダイが額を押しつけ、視野いっぱいにセイギの顔を映した。
「お前は何者だ! 二人の勇者、そして聖女。お前は……!」
セイギが問いかけ、ジダイは答える。
「俺は、あいつらの保護者だ!」
そのとき、後方からスバルが呼びかけてきた。
「ジダイ! やったぞ! あとは、魔王にトドメを刺すだけだ!」
「よくやった! 俺ごと、セイギを倒せ!」
「えッ⁉」
「ジダイさん!」
スバルとネイロが困惑の声を上げる。
「魔王を逃がすわけにはいかないし、このまま動かさずに倒すには俺ごと攻撃するしかないんだ! いいから、やれ!」
「そんなことできません!」
「無茶言うなって!」
二人が拒絶すると、ジダイは肩越しに振り向いた。
「頼む、セイギとの約束なんだ! 大切な仲間と出会って、魔王を倒すってな!」
ジダイの言葉を聞いて、スバルは覚悟を決めたようだった。剣を握る手に力が込められ、それに気付いたネイロが戸惑うようにスバルを見つめる。
ネイロも、スバルの瞳に浮かぶ決意を目にして心を決めた。
ネイロとスバルは、白銀と金色が交じり合う光を帯びた剣を支えて走り出す。
「えーい!」
二人の勇者の声を聞いてジダイが笑みを漏らす。
「聞こえるか、セイギ。俺たちが十三年間待った、希望の足音だ」
「人間がッ! 自分ごと死ぬ気か?」
「俺もセイギと一緒に行く。あのとき、セイギを守れなかったけじめだ」
「この魔王であるドラメシュアがぁぁあ……!」
セイギの口から放たれた絶叫が止まる。ジダイも、自身の身体を貫く衝撃を感じていた。
ネイロとスバルが握る剣から光が伸び、その切っ先がセイギとジダイを縫い留めるように二人の肉体を貫通していた。その光はセイギの後方、黒雲の奥深くまでを貫いている。
「うおぉぉお⁉」
黒雲が内部から爆発し、金色と白銀の光に吹き飛ばされる。セイギの肉体が末端から塵へと帰っていき、支えを失ったジダイは背中から落下していった。
「俺も終わりだ。セイギ、一緒に行けるなら怖くない……」
みんなの力を使って、ついに魔王を倒すことができました。
魔王が魔界と繋がっているなら、切り離せばいいじゃない。ジダイは長年の間、魔王を攻略することを目指していたのでこういう時の判断力がありますね。
少し無茶ぶりでしたが、当代勇者のネイロと、三百年前の勇者の力を合わせて魔王の空間を破った二人もお見事でした。
メノウはけっこうジダイが気に入っているかもしれません。巧くアシストしてくれました。
ネコジタも頑張った。
セイギと二人で夢見た打倒魔王を果たし、ジダイも満足していけることでしょう。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。これを持って本作は完結となりm……
え、まだ続く? ジダイが?




