第10話 反撃のとき
スバルが素早く剣を振り、三条の剣閃を射出。迎撃してセイギが放った巨大な光弾を三分割し、ドラメシュアの本体である黒雲に深い傷跡を残す。再び金色の爆発に体内を蹂躙され、セイギは形相を歪めた。
「おのれぇえ、勇者ぁあ!」
セイギが腕を一振りし、黒い波動が大波となってスバルの視界を覆う。スバルが縦に一閃すると、暗黒の波は斬り割かれて霧散した。
優勢なスバルの戦いを目にし、ネイロが歓喜の声を上げる。
「凄い! これなら魔王を倒せる!」
「いや、スバル一人だけじゃ難しい」
水を差すようなジダイの言葉にネイロが柳眉をひそめる。
「どうしてですか?」
「スバルは初めてあの力を使っているんだ。力の配分ができなくて、もう息切れしている。あれじゃ、長続きしない」
「そんなッ! そうだ、ネイロも霊力を溜めて……」
祈りの姿勢になったネイロは、すぐに呆然とする。
「分かったか? ここはドラメシュアの作り出した空間だ。平界の霊力は存在しない……!」
「そ、それじゃあ、スバル君しか戦えないってことですか?」
「すまない。俺たちの霊力を封じるためにドラメシュアはこの空間を用意したんだ。ここに連れ込まれたときに、気付くべきだった。俺の失策だ」
ジダイは唇を噛みしめる。
スバルが勇者の力を得ても、ジダイたちが戦えないと勝算は低い。
「あれから何も変わっていない。俺は守られているばかりで、誰も守ることはできないのか⁉」
ネイロとメノウが気遣うように見上げても、ジダイは応じることができずに内心の激情を吐露することを止められなかった。
「セイギを失ってから十三年、俺は何をやっていたんだッ! このときのために生きてきたんじゃないのかよ⁉」
ジダイが天を仰いで叫んだ。
その声が空間に消えていったとき、ジダイの全身が青い燐光に包まれる。その身体の奥底から湧き上がるような力に戸惑い、ジダイは自分の手を見下ろした。
「な、この力は?」
胸の奥が温かい。ジダイは胸に手を当て、その原因に気が付く。
「〈竜胆の夢〉か?」
花の国の王であるヒラリから渡された〈竜胆の夢〉。それを飲み込んだ者に守護の力を与えるという、あのクソまずい種子のせいかもしれない。
「凄い! 霊力が溢れてくる!」
青い燐光を帯びるジダイの横で、ネイロの腕輪が触発されるように光った。
「あ、〈星屑の祈り〉が……」
フルフル平野のヤワタリ村で知り合ったリンとセンから渡された腕輪。〈星屑の祈り〉は、持ち主が窮地に陥ったときに助けてくれるという伝承のある道具だ。
〈星屑の祈り〉から迸った光がネイロを包み込む。それは一瞬にして勇者の力である白銀の光に変色した。
「あ、霊力が⁉ これなら……」
ネイロが白銀の光を身に纏うと、その余波でメノウの本がめくれる。そこから栞が落ち、メノウが何気なく拾った。
「〈悪弑の栞〉……。感じる。途轍もない霊力」
世界水車の麓にあるシミズ村に住むアシナガという老人からもらった栞。持ち主の悪を倒したいという願いに力を貸しくれる道具。
「わたしにも、悪を倒したいなんて心があったのね」
メノウの小柄な全身から赤い霊力が溢れ出て、長髪をたなびかせた。
三色の清浄な光が奔出して、一帯を明るく染め上げる。背後の異変に気付いたスバルが振り返り、ドラメシュアも動揺のためか様子を見守っていた。
「うお? なんだ、みんな、どうしたんだ!」
「うん。もらった道具のおかげで力が出てきたみたい。これで……」
言いかけたネイロの腰に提げられたネコジタ人形が光を放ち、ポンッ、と音を立てて大きくなった。
そこにいたのは、猫人形型の魔族であるネコジタだった。
「えッ?」
一行が目を点にしてネコジタを見つめる。ネコジタは無表情に見返し、自身の身体を見下ろして驚愕した。
「ナンジャコリャー⁉」
「おい、ネコジタ。お前、動けないし喋られもしない、おまけに可愛くもない小汚い人形に戻ったんじゃないのか?」
「我輩だって知るかー! 魔王様に魔力を吸い取られて人形に……って、魔王様ー⁉」
ドラメシュアを目にしたネコジタが眼球も飛び出さんばかりに驚く。
「わたしが解説するわ」
「お、メノウ。またか」
人差し指を立てたメノウを見てジダイが言う。
「ネコジタは魔王が魔力を封じ込めて動かしていた。それと同じように、ネイちゃんの霊力を浴びてまた動けるようになったのよ」
「原理は分からんが、よく分かった」
ジダイが頷くと、ネコジタも納得したようだ。
「確かに魔王様の有能な腹心だった頃と違って、今は人間を守りたいという正義と愛の気持ちが心に満ち溢れている!」
「よし。ネコジタ、俺たちと一緒にドラメシュアと戦ってくれ!」
「それは嫌だ!」
断られたジダイがネコジタに詰め寄り、その胸倉を締め上げる。
「テメー! 三秒前まで心に満ち溢れていた正義と愛の気持ちはどこ行ったんだ!」
「うるせー! 魔王様の恐ろしさは我輩が一番知っているのだ!」
舌打ちしたジダイはネコジタから手を離した。
ネコジタが胸を撫で下ろす。それを尻目に、ジダイはスバルとネイロ、メノウの横に並んでドラメシュアに向き合った。
「これなら勝てるかもしれない」
「ああ」
「はいッ」
「そうだね」
四色の光に包まれるジダイたちはドラメシュアを見上げた。
やっぱり、今まで旅をして出会った人々からもらったアイテムで窮地にパワーアップするって胸熱じゃないですか。
星屑の祈りとか、前過ぎて忘れている方も多いかと思います。ジダイが食べた竜胆の夢、竜胆の花言葉は『正義』。正義は我にありです。
そういえば、ボスを倒す時はみんなからエネルギーをもらって倒す元気玉パターンが王道ですが、ネイロは自分の力を分け与えて仲間を強化するタイプで珍しい気もします。なぜ今言う。
あと、ネコジタも復活しました。あのまま人形にしておくには惜しい人形ですからね。
ネコジタが仲間になるのも最初から決まっていました。ですので、作中ではあるていど愛嬌のある描写を増やして、人を傷つけるシーン(スバルたちは除く)は入れませんでした。そのおかげでポンコツになりましたけれど。
やっぱりネコジタとジダイたちのやりとりはいいですね。




