第9話 勇者の末裔と、三百年前の勇者の力
「人間の分際で見事なものだ。次はこれを耐えられるかな」
セイギが言うと、その両掌がジダイたちに向けられ、黒雲が両手に光を収束させていく。
やっとネイロが檻を破壊し、ジダイたちの前に立ち塞がった。
「スバル君!」
「お、ネイロ。心配ないよ」
スバルは両腕にひどい火傷を負っていた。剣を握るだけでも苦痛を感じているだろう。ネイロがジダイとメノウにも目線を移し、その傷ついた姿を見て痛ましげに表情を歪めた。
ネイロはドラメシュアに向き直る。
「もうこれ以上は傷つけさせない!」
ネイロの張り裂けんばかりの声を正面から受けても、セイギの笑みは変わらない。
「これでもかな、勇者」
黒雲の両手から再び特大の光弾が放たれ、二発の暗褐色をした破壊の力がネイロに迫った。
ネイロは臆する様子もなく迫りくる光弾を見つめ、両手から白銀の光条を応射。暗褐色の光弾に白銀の光が激突し、凄まじい閃光が弾けた。
両者が拮抗していたのは数秒間だけで、すぐに白銀の光が押され始める。歯を食いしばってネイロが力を込めるが、ついに光条が打ち消された。ネイロが暗褐色の光弾を掌で受け止める。
「もうダメッ!」
思わず漏らしたネイロの一言が、ジダイに昔の光景を想起させる。
ジダイを守るために魔王の攻撃を受け止めていたセイギの後ろ姿。
「セイギ……!」
ジダイが呟いたとき、ネイロの前で光弾が炸裂。圧倒的な光が一行を包んだ。
ジダイが目を開けると、なぜか横たわっていた。意識を失っていたのだと気付き、ジダイは起き上がる。
爆発の寸前、ネイロの身体から発した白銀の光に包まれたことを思い出す。咄嗟に、ネイロは勇者の力で背後のジダイたちを庇ったのだ。
すぐそばでメノウがうつ伏せになり、水色の瞳をジダイに向けている。意識はあるが動けないらしい。
「ネイロ!」
スバルが仰向けに倒れるネイロを抱き起していた。
ネイロから勇者の力は失われており、力なく両目を閉じている。ネイロの小さな肉体に刻まれた幾つもの裂傷を目にし、ジダイが息を呑んだ。
「ほとんどの力を使って、俺たちを守ってくれたのか」
ジダイの目頭が熱くなる。ネイロの沈痛な姿は、この戦いに敗北することが決まったようなものだった。
「人間たち。よくやったと称賛を贈ろう」
もはや戦うことも不可能になったジダイたちを眼下にし、セイギは勝者の愉悦に浸っているようだった。
これまで空間を彩っていた景色が一変。それまで流星が飛ぶようだった背景は、暗褐色の文様が揺れ動く不気味な光景に染まった。
「ネイロ! ネイロッ!」
必死なスバルの呼びかけにネイロが薄く目を開く。
「よかった! ネイロ!」
「ご、ごめんね。スバル君……。ネイロが弱い勇者で……」
「そんなことない!」
「ネイロがみんなを守りたかった」
「ネイロは立派だったよ! 俺が、俺が役に立てなかったからッ!」
スバルが言葉を区切り、ネイロに小声で囁く。
「よし。とにかく、こういう感動的な言葉を交わしているうちは敵が攻撃できないのは常識だからな」
「うん。何とか時間を稼ごう、スバル君」
「お前ら、案外余裕があるのな……」
スバルとネイロの姑息な言葉を聞き、ジダイの涙は身体の奥に引っ込んだ。
そのときスバルの両目に涙が浮かび、頬を伝ってネイロの顔に垂れていく。
「スバル君?」
「え、演技だよ。心配すんな。……だけど、どうして俺は勇者じゃなかったんだろう。俺が勇者で、力があればみんなを守れたのに」
ネイロが震える手を伸ばし、スバルの目から溢れる涙を拭う。
「そんな顔しないで、スバル君。まだ悲しいことなんて、一つも起こっていないんだから」
「俺に力があれば、大切な人を守れたのに。ジダイもメノウも、ネイロも。俺の故郷も、ネイロの故郷だって。今まで出会った人たちも、みんな守れたのに。どうして俺には力が……!」
不意に金色の光がスバルの横顔に差し、一同は怪訝にその方向に視線を移す。
金色の光を発しているのは、打ち捨てられていたスバルの剣だった。スバルがその剣を手に取ると、スバルの身体にも金色の光が宿る。
「こ、これは……?」
スバルが呟くが、それに答えられる者はいない。
「バカな! その力は⁉」
驚愕の声を放ったのはセイギだった。ジダイが目を向けると、セイギは茶色の双眸をスバルに釘付けにしている。
「三百年前に予を封印した……勇者!」
セイギが右掌を突き出し、黒雲が光弾を射出する。
「うわー⁉」
慌ててスバルが剣を振ると、その刃から半円状の金色の光が飛び出す。金色の刃は光弾を両断して爆散させ、さらにセイギの頭上を斬り割いた。金色の爆発が黒雲を内部から散らし、ドラメシュアの本体を鳴動させる。
「ぐおぉぉお!」
セイギが苦痛の叫びを上げ、確かな損傷を与えたことを告げる。
「何だ、あのスバルの力は?」
「それはわたしが解説するわ」
「うわ、メノウ。動けるようになったのか」
ジダイが目を向けると、頬に煤をつけたメノウが人差し指を立てている。
「魔王との戦いで覚醒するのはテッパンだからよ」
「俺にそんなことを説明されてもだな……」
ジダイが釈然としない面持ちでいると、メノウは言葉を続ける。
「冗談よ。スバル君からネイちゃんに似た力を感じる。ドラメシュアも言っていたけれど、あれは三百年前の勇者の力。きっとドラメシュアには、三百年前に魔王を封印した勇者の力が少し残留していたの。その力に勇者の形見の剣が共鳴して、勇者の力を引き出しているのよ」
メノウの解説を聞き、スバルが高々と剣を掲げる。
「つーことは、やっぱり俺は勇者だったんだなー!」
「きゃー! さすがスバル君! スゴーイ!」
「剣だけなんだけどね」
スバルの周りでネイロが紙吹雪を投げ散らす。懐かしい光景だが、ジダイは割り切れない。
「こんな奴ら相手に泣きそうになった自分が情けないぜ」
溜息を吐くが、気を取り直してスバルに声をかける。
「スバル。その力でドラメシュアを倒せるか?」
「もちろんだ。任せとけ」
力強く頷くスバルの表情には、先ほどまでおどけていた緩さは消えている。
「行くぞ、魔王!」
スバルが持つ三百年前の勇者の剣と、封印のせいで魔王に残留していた勇者の力が共鳴し、スバルに勇者の力が宿りました! 理屈は聞かないでください!
このストーリーでどうやってスバルを活躍させるか、という苦心から生まれたアイディアです。
1章でやったネイロの紙吹雪も再び登場し、一同の緩い雰囲気が戻ってきました。
お前らにシリアスは似合わない。もっと気を抜いていくんだ、スバルたち。
「こういう感動的な言葉を交わしているうちは敵が攻撃できないのは常識だからな」というセリフが好きです。いかにもスバルらしい発想。魔王もちゃんと待ってくれてるし。




