第5話 ネコジタよ、永遠に
「これで終わりだぞー! 魔王様のために死……、この音は?」
ネコジタが眉根を寄せて上空を見上げ、その双眸が驚愕に見開かれる。天空から厚い雲を割り、稲妻を閃かせつつ巨大な方舟が出現していたのだ。
「ヤベー! あいつを忘れていたー⁉」
今まで隠れていた岩陰から進み出たメノウは、高まった霊力に長髪をたなびかせて本をめくる。その指先が照準するようにラセツに向けられた。
「くたばり損ないが好き勝手してくれたわねぇ! 正義と平和と虐殺の名のもとに、この〈断罪の方舟〉で裁かれなさい!」
「うわうわうわー⁉」
ネコジタが叫びながら、ラセツの両腕を交差させて防御の姿勢を取る。その身を包む赤い光の防壁が輝き、出力を高めているようだ。
方舟の砲門から一条の閃光が照射され、ラセツの全身を押し包む。巨大な光のなかでラセツの輪郭が黒い影となって浮いていたが、どんどん小さい破片が剥がれていった。
数秒後、光が収まるとジダイたちは目を開く。
ラセツは見るも無残な損傷を受けていた。防壁を展開していた両肩の盾は消失し、背中の翼も折れてしまっている。大地に寝そべったその全身には亀裂が入り、白煙に混じって火花が弾けていた。
「やったー! 倒したよ!」
「ネコジタのくせに危ないところだったなー」
「あいつも今回は本気だったんだ」
さすがに大技を連発して疲弊したようにメノウが歩み寄ってくる。
「メノウちゃん、ありがとー」
「みんながネコジタを引き付けてくれたおかげ。少し休も」
四人が緊張を弛緩させていたとき、地面を揺動させてラセツが上体を起こした。
「クォラー! 何を勝った気でいるんだ! 我輩は、まだ負けていないぞぉおおー!」
操縦席のネコジタが目を血走らせて咆哮を発した。その両手が激しく動き、ラセツが一挙動で立ち上がる。
「もう魔王様の期待を裏切るわけにはいかんのだー!」
ラセツの左手が駆動、その銃口が光弾を連射する。回避する間もなくジダイたちはその攻撃に全身を蹂躙され、地に投げ出された。
素早く片膝立ちになったジダイが右手から渾身の光弾を放つ。周囲を青色に彩りながら猛進した光弾がラセツの胸に直撃、爆発を上げたがその鋼鉄の肉体に損傷は与えられなかった。
「くッ……!」
ラセツが長剣を地表に叩きつける。その衝撃波に打ち据えられた四人はなすすべなく地を転がった。砂埃に塗れたネイロが身を起こす。
「どうすればいいの?」
「俺の攻撃じゃあ効かない。メノウは余力があるか?」
「もう霊力が少ない。絶火くらいしか……」
〈強欲を撲滅する絶火〉はメノウのなかでは弱い方の技だ。〈断罪の方舟〉を耐えたラセツに効果があるか分からないものの、それしか手は残されていない。
「頼んだ」
メノウもラセツを倒せる自信が少ないのか、黙って頷くだけだった。
そこへラセツが地を揺らして近寄ってくる。
「人間ども、我輩の前にひざまずけー!」
「〈強欲を撲滅する絶火〉!」
メノウの宣言とともに、何もない空間が揺らめいて大きな竈が現れる。竈が開くと、手の形をした白熱する炎が伸びてラセツの胴体を掴んだ。そこを起点にして炎が燃え上がり、ラセツの全身を押し包む。
灼熱の余波を浴びて顔を腕で隠していたジダイが、炎が収まると絶望の呻きを漏らした。
ラセツの鋼鉄の身体は、依然として佇立している。あの炎を以てしてもラセツを倒すことはできなかったのだ。
「ハハハ……、人間よ。あの程度の炎でこのラセツを燃やし尽くせると思ったか? か、片腹痛いわー……」
操縦席で真っ黒になったネコジタが、目だけを白く輝かせて言い放つ。
「いや、操縦席が剥き出しだからお前は黒焦げなのかよ!」
「ケホッ」
スバルのツッコミがトドメになったのか、ネコジタが口から黒煙を吐き出した。
ラセツが細かな鉄片に分解されて崩れ落ちる。ただの鉄くずの山と化したラセツは、黒い塵となって虚空へと溶けていった。
残されたのは大の字になって横たわるネコジタだけ。
「ネコジタ、生きているか?」
「ネコジタさんー?」
スバルとネイロから呼びかけられ、ネコジタが息を吹き返す。
「あ……」
「よかった! 生きてて」
「まー、お前みたいなお笑い担当が死んだら後味が悪いしな」
「我輩は負けたのか」
悄然としてネコジタが上体を起こす。
「また魔王様のご期待に応えられなかった。我輩は魔王様の腹心失格だー……」
落ち込むネコジタを見やり、さすがにメノウとジダイも憐憫を感じる。
「失格は失格だけど、魔王の腹心なんて失格でもいいじゃない」
「お前はよくやったよ。強かったしな」
ジダイが差し出した手をネコジタが呆然と眺める。逡巡を示したがネコジタはその手を取って立ち上がった。
「まさか我輩が人間に慰められるとはな」
ネコジタが苦笑する。
ふと、空に暗黒が満ちた。黒雲が立ち込めて、冷たく湿った空気が一同にまとわりつく。
「大儀であった。ネコジタ」
「魔王様!」
空から禍々しく響いた重低音の声を聞き、ネコジタが双眸を見開いた。
「申し訳ありません。我輩は失敗しました!」
「気にすることは無い。お前に期待してはいない」
「は……」
ネコジタが声を掠れさせる。
「ほとんどの力を取り戻し、予の復活のときは来た。残るは、お前に宿した魔力だけだ」
「わ、我輩に宿した? 魔王様、何を?」
「お前は予の腹心どころか、魔族ですらない。十三年前の勇者が持っていた人形に予の魔力を込め、動くようにしただけの傀儡だ」
「人形……?」
ネコジタが呆然と空を見上げる。
「お前の魔力も返してもらおう。これで予は完全に復活できる」
その身体から赤紫色の光が抜けていくにつれ、ネコジタが小さく萎んでいく。
「そ、そんな。我輩は魔王様のために……」
ネコジタの顔から表情が消え、棒のように倒れ込む。そのまま縮小していったネコジタは、最後には掌に乗るほどの大きさになっていた。
「ネコジタさん!」
ネイロがネコジタを拾い上げる。見た目はネコジタだが、掌の上で虚ろな笑顔を浮かべるその姿は、ただの人形に過ぎない。
「そうか。この人形、セイギが立ち寄った村で買ったものだ。思い出した……」
ジダイが痛ましげに人形を見て呟いた。
「これで予の魔力は完全に戻った! 勇者よ、予と戦う勇気があるのならば、楽しみに待っていることにしよう」
その言葉を最後に空は明るくなり、空気も清涼さを取り戻す。
「魔王め……! ネコジタは魔王のために必死に戦っていたってのに」
「魔王が完全に復活したって言ってた」
「少し休んでいこう。体力を消耗し過ぎた」
ジダイたちが会話していると、ネイロは黙ってネコジタ人形を見下ろしていた。
「どうしたんだ、ネイロ」
「うん。ネコジタさん、可哀そう」
両目を潤ませているネイロの肩にジダイが手をかける。
ついにネコジタとの決着がつきました。ギャグキャラのわりに頑張ったネコジタ。
ネイロを警戒するあまり、メノウを忘れてしまったのが敗因。一回KOされても起き上がった執念を感じさせるシーンは好きです。目が血走ってるときは完全に痛みを凌駕していそう。
ネコジタは、セイギが持っていた人形に魔王が魔力を込めて動かしていただけの存在でした。封印されて動けない魔王が、自分の代わりに伝令役として使うために作っただけの傀儡。
それとは知らず、自分は魔王様第一の腹心の魔族だと張り切っていたネコジタは、まさにギャグキャラでした。
ありがとうネコジタ。さようならネコジタ。




