第3話 包囲網突破
翌朝、シミズ村で分けてもらった澄んだ水で顔を洗い、朝食を済ませたジダイたちはヒアイ高原を見上げていた。
太陽はまだ昇り始めたばかりで、空の半分はまだ紺色に染まっている。眼前の高い台地は朱色の背景にそびえ立つ巨大な影のようだった。
吹き下ろす風に含まれる寒気に肌を刺されつつ、ジダイは口を開く。
「行くぞ。ここから歩けば昼過ぎには魔王のいる場所に辿り着ける。この高原には魔王を守る魔族どもがウヨウヨしているから、気は抜けないぞ」
そう言って足を踏み出したジダイへと、スバルが問いかける。
「ところで、ジダイ。一つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「昨日まで包帯塗れだったのに、都合よく一日で治ったのか?」
「……そうだ」
スバルは納得したわけでもないだろうが、それから口を開くことはなくなった。
で、それから歩き続けて数時間、魔族に会うこともなく一同は高原を登っていた。
冷涼なそよ風に雑草が吹かれると、光の反射で緑色の波が揺れているようにも見える。尖った岩が地表から突き出しているところもあり、歩くにつれて近くなっていく空はその色合いを濃くしていくようでもある。
ヒアイ高原の景観は四人の目を飽きさせなかった。
「それで、どこに魔族どもがウヨウヨしているんだ?」
スバルが疑問の声を投げかけると、ジダイは気まずそうに背を曲げる。
「いや、前に来たときはたくさんいたんだがな。おっかしいな」
「ネイロは魔族がいない方がいいと思うんだけどなー」
魔王の元に辿り着くまで魔族と戦わずに体力を温存できるなら、それに越したことはない。しかし、その姿を一つも見ないというのも不審なことだった。
「ここは魔王が封じられた場所だ。そこを警護する魔族が『一体』もいないなんて、『いったい』どうなって……」
ジダイが言い差すと、メノウから汚らわしそうな目を向けられる。
「おっさん、こんなときに………」
「わざとじゃないっての!」
そうこうしているうちに四人は坂を上り終え、開けた平原に出るところだった。
「それに俺はおっさんなんて年齢、じゃ……」
先頭を歩いていたため、最初にその光景を目にしたジダイの声が掠れる。
「どうしたんだ?」
「ジダイさん?」
追いかけてきた三人もようやくジダイが絶句した理由に気付いたようだ。
平原を埋め尽くす黒い影は、すべて魔族だった。足元の雑草も見えないほど密集した魔族の大群を前にし、さすがのジダイも平静ではいられない。
「これまで魔族の姿を見なかったのは、ここに戦力を集めていたせいか!」
「これは、百やそこらって数じゃなさそうだぜ?」
「戦うしかないんでしょうか……」
スバルとネイロの声にも動揺を隠せていなかった。
魔族の大群はジダイたちの存在を認めて進行を開始する。その黒い大波を形成するのは、カブトや直立するカエル型の魔族であるゲコ剣士など、中級以上の魔族ばかりだ。
ふと、ジダイはメノウが俯いて身体を震わせていることに気が付いた。あの数の魔族を見ては恐怖を感じるのは当然だ。
ジダイはメノウを勇気づけるため、その肩に手を置いた。
「安心するんだ。俺がきっとみんなを……」
「ゾックゾクするー!」
「だぁッ⁉」
急に叫んで顔を上げたメノウの勢いに驚き、ジダイが仰け反る。メノウの整った面が歓喜に染まり、狂的な笑みを浮かべていた。
「あんな数の魔族見たことない! ミナゴロシだぁー!」
メノウが聖本をめくって天を指差す。
「出でよ、〈断罪の方舟〉!」
天空から一つの町ほどの大きさもある木製の船が降臨。数多の櫂で浮力を得ながら旋回して砲門を高台に向けた。側面の砲門が一斉射撃を行い、深紅の光条が幾筋も魔族を襲う。
太い光の柱が地に突き立つと同時、その場を席巻する大爆発が起こり、爆炎に巻き上げられた魔族が黒い影になって浮かんだ。光条が直撃した者は一瞬で蒸発しており、魔族の隊列のなかに大穴が空く。
「メノウちゃん、スゴーイ……」
「感心している場合じゃない。今のうちにネイロは霊力を溜めるんだ。クライクライのときにやった、勇者の力を俺たちに付与する光が必要だ」
「分かりました! あの〈白銀お色直し〉ですね!」
「その命名の是非は置いとくとして、俺はここでネイロを守る! さあ、行くんだジダイ!」
「勇ましいのは結構なことだ。ちゃんとネイロを守ってくれよ」
ジダイは素早く籠手を装着し、四肢に霊力の光を帯びさせる。一撃を加えて少し気分が落ち着いたらしいメノウが振り返った。
「ごめん。最大火力で攻撃したから、わたしも霊力が足りないわ」
「分かっている。俺が時間を稼ぐから、その間に溜めておくんだ」
そう言い残し、ジダイが疾駆する。魔族が目前に迫ったとき、右足で強く地を蹴って跳躍。霊力を帯びた脚力によってジダイの身体が高く舞い上がった。
ジダイは空中で地表に向けて拳を連打。放たれた光弾が流星群となって魔族を襲来し、眼下で爆発が乱舞する。
第一陣を屠ったジダイは魔族の真っただ中に着地した。目の前のカブトに右拳を突き込んで後退させ、左側のカブトに左裏拳、右のゲコ剣士に右肘、続けて背後のゲコ剣士に左足裏を叩き込む。
攻撃を受けた魔族たちはよろめいたが、それだけだった。中級の魔族は単体ならばジダイにとって敵にはならない。ただ一撃では倒せず、これだけの数を相手にしては分が悪い。
「ネイロが勇者の力を発現するまで、俺の相手になってもらうぜ」
一斉に魔族たちが襲い掛かってきた。正面から振り下ろされたカブトの大剣を躱しざま、装甲に守られていない腹部に右拳を捻じ込む。
正面の敵の動きが止まったところで標的を耐久力の低いゲコ剣士へと変更。ジダイが向き直ったとき、ゲコ剣士が刺突を繰り出してきた。上体を逸らして剣先を後ろに流しつつ、右半身になって踏み込んでの右突き蹴りを見舞う。
顔面にジダイの蹴りを受けたゲコ剣士の上半身が爆砕。その肉体が塵となって虚空に溶けていく。ジダイは余裕を持って振り向いた。
カブトの武器は大剣と頭部の角で、どちらも巨大なだけに密集した場所では動きづらいはずだ。カブトを牽制しながら他の敵を倒していけば、十分足止めになるはずだった。
「面倒だな。少し飛ばさせてもらおうか」
ジダイが両手を握りしめると、その手に宿った光が増幅される。
「食らえ!」
ジダイは拳を振るって全方位に光弾を射出。光の粒子は次々と魔族を薙ぎ倒していった。
そこへ六方向から敏捷にゲコ剣士が突進してきた。迎え撃つジダイは両手の手刀でゲコ剣士が繰り出す剣を打ち払う。六体のゲコ剣士が体勢を崩すと、ジダイは左に身体を捻ってからその反動を利用して右回りに一回転。
その場で一周したジダイが元の位置に戻ったとき、その右手刀がゲコ剣士たちの腹部を一直線に斬り割っていた。ゲコ剣士たちの肉体が同時に粉砕し、黒い塵が風に乗って流れる。
「全然減らないな。だけど、役目は果たしたか」
乱れた呼吸を整えながらジダイが言った。それを隙と見たのか、魔族たちが押し包むようにジダイへ殺到する。
そこへ白銀の光が奔流となって飛び込み、数十体の魔族を一発で葬った。
「ジダイさん、大丈夫ですか?」
「助けに来てくれたおかげでな」
勇者の力を発現したネイロがジダイの前に立っていた。
「おらおらおらー!」
ネイロの後からスバルが魔族を蹴散らして驀進してくる。白銀の光をまとって剣を振るごとに、魔族が斬り払われて肉体が爆散した。
「はっはっは! 見たか、この俺の力を!」
「ネイロの力だろ。まったく調子のいい奴だな」
ジダイが呆れて視線を移す。
突如、ジダイたちを遠巻きに囲んでいる魔族へと、上空から深紅の光が降り注いだ。爆発が多くの魔族を巻き込み、魔族の末路である大量の塵が無音の葬送曲となってその死を彩る。
「メノウも復活したみたいだな」
「はい。ジダイさんも」
ネイロが触れると、白銀の光がジダイにも移る。途端にジダイの全身に力が満ち溢れた。
「ありがとう。これで負ける気がしない」
ジダイたちは魔族と向き合った。
「時間切れになる前に片付けるぞ!」
「はいッ!」
「よっしゃ!」
そこから白銀の光が戦場を蹂躙し、魔族の大群を全滅させるまでに時間はかからなかった。
魔王軍の残存戦力をつぎ込んだ攻勢です。
メノウが仲間になってからイマイチ戦果が上がりませんでしたが、ここで本領発揮ですね。やっぱり能力的には大規模な攻撃が向いているようです。どこが聖女やねん。
『ゾックゾクするー!』からの『ミナゴロシだぁー!』は好きです。メノウらしい。
勇者の力を仲間に付与する技も〈白銀お色直し〉とか、ネイロにはネーミングセンスがありません。
技名に『おさかな爆弾』とかつけちゃう子なので仕方ないです。
書いていて思ったのですが、この世界に爆弾ってあるのでしょうか。お前が聞くな、って話なんですけど。




