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勇者様の保護者  作者: 小語
第6章 ヒアイ高原の決戦
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第2話 決戦への覚悟

 ジダイたちの前には、雲にまで届きそうな遥かな山稜がそびえ立っている。


 ヒアイ高原。その輪郭が空を鋭角的に切り取り、横にも縦にも行く手に立ち塞がるその高原のある場所に魔王が封印されているのだ。ジダイにとっては十三年ぶりに訪れる場所だった。


 まだ瞳に希望と未来しか映していなかった少年の頃、人生の長い時間を共有すると思っていた少女と最後の時間を過ごしたのが、あの高原だった。


 歩くジダイの心に憂愁が差したが、その暗い気持ちは肉体の痛覚によって途切れる。


「くうー、(いて)えー」

「大丈夫か?」


 横に並ぶスバルが相変わらず後頭部で手を組みつつ問いかける。


「大丈夫だと思うか?」


 ジダイに問い返されたスバルは肩を竦める。


 ジダイの全身は包帯に包まれており、ようやく杖を支えにして歩いている状態だった。不可抗力でネイロとメノウの入浴を目にした咎を受け、ジダイはこのありさまだ。


 魔王との対決の直前にこれほどの怪我を負って不安しかないが、ジダイは前を行く勇者と聖女を追って歩を進める。


「今日はヒアイ高原の麓で泊まろう。先は長いからな」

「そ、ソーデスネー……」

「うん。分かった」


 ジダイに傷を負わせた当の二人はそれぞれの反応を見せる。ネイロはさすがに罪悪感があるのか、あの一件の後からは気まずそうにしている。メノウは常と変わりないクソガキぶりを発揮していた。


 すでに太陽は西に傾いて赤く染まりつつある。ヒアイ高原の麓は山から吹き降りる冷涼な外気に晒され、どの時期でも肌寒い。暗くなると冷えた夜気に体力を奪われてしまう。


 しばらく歩くうち、建物が密集した町が遠くに見え始めた。


「あ、あそこに町があるよ! 今夜はあの町に泊まろう!」


 ネイロが町を指差して喜色を浮かべる。走り出したネイロの後ろ姿へとジダイが声をかけた。


「あの町は止めとけ」

「えー? 何でですか?」

「魔王の封印が弱まってから最初に滅ぼされたのが、あの町さ。白骨が溢れていて、わんさかネズミや虫がいる。十三年前に俺とセイギは我慢してあの町に立ち寄ったが、ネイロもそうしたいんならご自由に」

「うぅ、止めときます」


 ネイロは顔をしかめて駆け戻ってくる。その無垢な挙動にジダイは笑みを誘われた。


「それじゃあ、今夜はこの辺で休もう。俺も、もう疲れたしな。……メノウ、頼む」

「分かった」


 メノウが応じ、本をめくって〈使いの天幕〉を召喚する。見た目はただの天幕(テント)でも、その内部は一軒家ほどの広さを有する宿泊と収納に役立つ能力だ。


 出現した天幕にジダイたちが入った。そのなかは広大で、天幕の中央に支柱がある。奥の方には、スバルたちがもらった土産物の熊の置物やら提灯が押し込まれていた。


 メノウがクレナの盆地を旅立つときに手にしていた滑車付きの鞄や、スバルたちの荷物を入れた麻袋もこの〈使いの天幕〉にしまわれている。


 ジダイが燭台に火を点けている間に、スバルとネイロが食事の準備を行う。花の国でもらった乾燥させた果実の残りや、シミズ村で得た干し魚や干し肉などが残っていた。


 支柱の近くに陣取った四人は食事にかかる。


 いつもは食事中も騒がしい年少者たちは、どこか重苦しい空気をまとっていた。明日に魔王との戦いを控え、常の調子が出ないようだ。


 ここは年長者兼保護者である自分が心をほぐしてやろうと、ジダイが口を開く。


「いやー、シミズ村でもらった食料も美味いな。みんなは俺が寝ている間もあの町の人たちと一緒にいたから、名残惜しかったんじゃないか」

「そうですねー。村長さんや町の人も優しかったな」


 ネイロが笑いながら相槌を打つ。その横からスバルも口を挟んだ。


「そー言やー、あのアシナガっておっちゃんは俺たちの話を聞くのを楽しんでいたな」

「アシナガ? どこかで聞いた名前だな」


 ジダイが首を捻って考え込むと、水筒から口を離したメノウが水色の瞳をジダイに向ける。


「あのおっさん、わたしたちの旅の話を聞くのを、とても楽しんでた」

「メノウはアシナガから何か渡されたんじゃなかったっけ」

「うん。わたしが〈迷いの山〉の話をしたら感動したって」

「あんときゃ、苦労したな。〈人喰いの洞窟〉に迷い込んで。あの助言が書かれた紙が無かったら、俺とジダイは迷宮から出られないところだったんだ」


 スバルの言葉にメノウが頷きつつ本を開いた。


「スバル君から聞いたその話も教えたら、これをくれたの。この〈(しい)(あく)の栞〉を。持ち主が悪を倒すために力を貸してくれるんだって」

「ほう。それは聖女のメノウにぴったりじゃないか」

「でも、なんの霊力も感じないわ。きっと紛い物よ」

「それは持ち主自身が悪だからだろう」

「は?」


 メノウに睨まれてジダイが顔を引きつらせる。その様子を見やり、ネイロとスバルが笑い声を上げた。


 いつもの賑やかな空気を取り戻してきたところで、ジダイは居住まいを正す。


「話は変わるが、明日はいよいよ魔王との戦いだ。みんな、心の準備はいいか」


 ジダイの一言を聞いてネイロたちは押し黙った。


「今のネイロたちなら、魔王を倒せる可能性はあるだろう。だけど、このなかの誰かが生きて帰れないこともあるんだ。……覚悟はできているか?」


 ネイロは顔を俯け、スバルは眉間にしわを寄せる。さすがにメノウも視線を泳がせていた。


「今なら、まだ戻ることもできる。みんなまだ若いんだから、もっと修練を積んだ方がいいかもしれないが……」

「ジダイさん」


 ネイロの声がジダイの言葉を遮る。


「ネイロは、魔族に傷つけられる人を増やしたくないんです。ネイロの家族は魔族に殺されました。義弟(おとうと)も魔族に襲われて、ネイロが勇者じゃなかったら死んでいたかもしれません」


 ネイロの静かな声音だけが天幕のなかに流れる。


「旅をしてきて、魔族に苦しめられている人にも出会いました。ヤワタリ村のリンちゃんとセンちゃんや、〈迷いの山〉では多くの人が犠牲になっていました。それに、ジダイさんだって魔族に苦しめられた一人です。ジダイさんみたいに悲しむ人を増やしたくありません」


 ネイロが顔を上げてジダイをまっすぐに見つめる。その瞳が帯びる決意の光彩を目にし、ジダイが眩しそうに目を細めた。


「俺みたいな人間を増やさない、か」

「うん。ネイロの言う通りさ。それに俺は勇者の末裔として、ネイロを守りたいんだ。ネイロを守ることが、人々を守ることにも繋がるしな」


 スバルも晴れやかな笑顔を浮かべる。


「正直言って、わたしは世界とか人々のことなんて考えていないかな」


 続いてメノウが声を発する。


「でも、クレナの盆地を旅立ってから、みんなと色んな景色を見るのが楽しかった。花の国にも行ったし、大きな世界水車も見た。もっと、ネイちゃんやスバル君と旅していたいな。それと、ジダイともね」


 照れたように目線を外して喋るメノウにジダイは笑いを誘われる。


「三人ともそこまで考えているなら、俺から言うことは何も無いよ。今夜はゆっくり休もう」


 三人の覚悟を知ったジダイは、打って変わって陽気に語り出す。


「ヤワタリ村では参ったな。メノウは知らないだろ? 空から平野に矢が降ってくるなんて光景は見たことがない。あれも魔族の仕業だったんだ。あのときにネイロたちと出会ったのが、始まりだったんだよな。何だか大昔のことみたいだ」

「はい、あのときはお鍋を……」


「クレナの盆地も面白いところだった。あんな場所に住んでいるのも驚いたが、メノウにも驚かされたぜ。まさか聖女がメノウみたいな娘だなんてな。あそこのガブタロウってのも、一度は食べてみてもよかったかもな」

「あ、ガブタロウは慣れると……」


「苦労したのは〈迷いの山〉だったな。だが、あれはあれで楽しかった。スバルと二人だけで話したのは、あのときだけだったかもなー」

「まあ、俺としては別に………」


「久しぶりに花の国に行けたのもよかった。花の王たちの言葉遣いだけは慣れないが、それ以外は気のいい人たちだもんなあ。ヒラリさんは十三年経っても見た目が変わらないのは、驚いたが当然か。花の化身だからな。それに世界水車の里もいいところだった」


 普段からは想像できないジダイの饒舌に三人は困惑しているようだった。


 それは分かっていても、ジダイは三人との思い出話を止めることはできない。魔王との決着を明日に控えて一番恐れているのは、ジダイ自身だったのかもしれない。


 十三年前にセイギを失い、今まで孤独と失意のなかで生きてきたジダイにとって、新たに生まれた年少の仲間たちとの繋がりはかけがえのないものだ。


 この仲間たちを失うかもしれない恐怖を紛らわせるように、ジダイは必死に話し続けた。

魔王との対決を控える勇者一行の覚悟を語るシーンであり、最後の平穏な食事です。

ジダイはセイギという仲間を失った経験があるため、やはり今の仲間も失うのではないかという恐怖を持っていますね。

ネイロたちは若いのもあって前しか見えていない、自分たちが死ぬなんてあまり深く考えられていないのかもしれません。

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