第8話 闇は払われた
突如、ネイロが掻き消えて白銀の光がクライクライへと直進。衝突音が鳴り渡り、ネイロの右拳をクライクライが受け止めている。
「威力が落ちたな。もはや勇者の力も尽き欠けているのではないか」
「そうだよ。でも、大丈夫。ネイロには仲間がいるもん」
ネイロが笑った直後、その背後から飛び出したスバルがクライクライの胴体を撫で斬って駆け抜ける。斬られた部分には白銀の光が残留し、クライクライの再生能力を阻害していた。
続いてジダイが疾駆し、すれ違いざまに叩き込んだ手刀でクライクライの左腕を両断。再生能力を阻まれて片腕になったクライクライは、時間稼ぎのためか浮上して空へと逃げる。
頭上に逃れるクライクライを見上げ、ジダイは声を放った。
「逃がすかよ!」
ジダイは跳躍し、瞬く間にクライクライに追いついた。水平になるほど上体を寝かせた反動で足を蹴り上げ、爪先をクライクライの腹部にめり込ませる。
空中で器用に体勢を戻したジダイは、身体を後ろに倒して下半身を跳ね上げた。回転しながら相手を蹴り上げる宙返り蹴りを炸裂させ、同時にジダイは足から光弾を射出。蹴りの衝撃で上空へ飛ばされたクライクライが爆光に飲み込まれた。
効力が切れたのか、着地したジダイの四肢から白銀の光が消失する。見上げる一同の視線の先で、クライクライが眼下を睥睨した。
「勇者の力が強大であっても、その持続時間が過ぎればただの人間だ。人間ども、終わりだな」
「お前こそ油断するなよ。俺たちの仲間にはもう一人いるんだぜ」
思わずクライクライが目線を横に向ける。そこには異様な物体が存在した。
「行くわよ。〈邪心と悪意を覆滅せし砲台〉」
異形の物体に腰かけるメノウが叫ぶ。
大地から家ほどの大きさもある上半球が生え、そこから長大な砲門が伸びる。砲門の先端には深淵にも似た穴が空き、その全体は陽光を反射して煌めく深紅で塗装されていた。
メノウは半球体の天頂に位置する座席に鎮座している。
大きな座席の背もたれの上部は、弧を描くようにメノウの顔まで湾曲して伸びていた。メノウの目の前に当たる部位は玻璃のように透明で、十字の線が刻まれている。玻璃になった部位の両側からは横に操縦桿が伸び、メノウは両手でその棒を掴む。
「神の座を訪ねる者は、この砲台の前を通らなければならない。悪しき心を持つ者を打ち砕くための砲台。この砲台から放たれる砲弾は、絶対に命中する」
メノウが覗く玻璃は遠くの対象を拡大して映す。遠方のクライクライの姿を明瞭に眺めつつ、メノウは棒を上に動かした。それに連動して砲門が上を向いてクライクライを照準。
「クタバレ」
メノウが操縦桿の引き金を爪弾いた。
幾多の光の粒子が出現。それが集まってクライクライに収縮していき、その全身を光が包んでいった。
「何だ、これは……」
突如、クライクライの語尾を打ち消してその身体が爆炎を上げた。〈闇降らしの紗幕〉によってもたらされた闇を払拭し、閃光が世界を一瞬だけ鮮烈に白く染める。火花がその軌道上に朱線を残しつつ幾筋も落下していった。
煙が晴れたとき、全身に裂傷を走らせたクライクライが現れる。傷口からは塵が漏れ出ており、体力の損耗を窺わせた。
「人間如きがこのクライクライをッ!」
憎々しげに呟くクライクライの声にも力強さが欠けている。空中で震えるクライクライの前に跳び上がったネイロが現れ、驚愕するように仰け反った。
「クライクライさん。あなたが人々を傷つけるなら、倒さないといけないの」
「同情するな! 私は、魔王様を除けばこの世界で最強のクライクライであるッ!」
叫んだクライクライが全身から闇の波動を放出する。咄嗟にネイロが掌から白銀の光を放ち、クライクライが光の奔流に飲み込まれた。
「このクライクライが……!」
ネイロの手から光が消えたとき、クライクライの姿は跡形もなく消え去っていた。天空を覆う〈闇降らしの紗幕〉が消え、柔らかな日差しが再び世界に降り注ぐ。
安堵したように息を吐いたネイロから白銀の光が失われ、力なく落ちていった。落下地点を予測したジダイが急いで駆け寄り、ネイロの身体を受け止める。
「よくやったぞ、ネイロ!」
「は、はい。みんなのおかげです」
ジダイの腕から降ろされたネイロへスバルとメノウが近寄った。
「やったな、ネイロ!」
「さすがだね、ネイちゃん」
「ううん。勝てたのは、みんなのおかげ。お礼を言うのは、ネイロの方だよ」
ネイロの言葉を聞いたメノウとスバルが微笑する。ネイロはジダイを見上げた。
「ジダイさん、あのときはネイロを守ってくれてありがとう。あれがあったから、ネイロはみんなから守ってもらえていると気付けたし、みんなのことを守りたいと思えたんです」
ネイロのまっすぐな視線を受け、ジダイは照れて頬を掻いた。そして、身を屈めてネイロに目線を合わせる。
「クライクライは、かつて俺とセイギが戦っても勝てなかった相手だ。だけど、ネイロは見事にあいつを倒したんだ。今のネイロは、あのときの俺たちを超えている」
ジダイは、胸の疼痛を吹っ切るように首を振ると、目の前の少女に告げる。
「もう、ネイロは立派な勇者だ。きっと、セイギも喜んでいるよ」
ジダイの素直な賛辞を受け、ネイロは少し涙ぐみながら頷く。
「本当に感謝している。俺を助けるために、自分の甘さを捨てて強くなろうと決心した言葉を聞いたときは嬉しかった」
ネイロは笑顔を浮かべた後、少し考えるように面を伏せる。次に顔を上げたとき、その表情は怪訝そうに眉根を寄せていた。
「あのー、それ、メノウちゃんとお風呂で話していたことだと思うんですけど。どこで聞いていたんですか?」
「ああ、いや⁉ 違うんだ、覗いていたとかじゃなくてな。クライクライが使い魔で俺に映像を見せていただけで……!」
「見ていたんですか⁉」
ネイロが頬を赤く染めて声を張り上げる。メノウも無表情で詰め寄ってきた。
「ジダイ! なんつー、羨まし……」
ネイロとメノウの拳を腹に打ち込まれ、白目を剥いてスバルが昏倒した。
スバルの惨状を目にして血の気の引いたジダイは後じさり、掌を胸の高さに上げて弁明する。
「ま、待て! 無理矢理だったんだ。クライクライの映像を見せられるしか、俺にはできなかっただけでだな!」
「でも、見たんですよね?」
「二人の裸を見たくて見たんじゃなくて……」
「裸⁉」
ネイロとメノウが顔を真っ赤に染める。
これ以上の説得は不可能だと判断したジダイは、身を翻して駆け出した。
「待てー!」
「クソ、感動の終わりじゃなかったのかよ!」
吐き捨てたジダイを、ネイロとメノウが追いかける。
この後、ジダイが目覚めるまで二日、さらにジダイが動けるようになるまで二十日間、世界水車の麓にあるシミズ村で休養したのは、また別のお話。
サマーソルトキック、個人的に好きです。
アニメの悟空がジャネンバとか魔人ブゥにやってるのがカッコいい。私が書く体術使いはよくやってしまいます。
そして、お気づきになられたでしょう!
そうです、少し前のサービスシーン回はこのオチの前振りだったのです!
最期にジダイの顔の周りが丸く囲まれてそれ以外は黒くなって「ちゃんちゃん!」みたいな平成初期のアニメみたいなオチですみません。
第5章はここで終わりになります。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
次章は、いよいよ魔王との対決、そしてネコジタとの決着、何とあの人も出てきます。
本編最終章となる次回、ジダイたちは無事に魔王を倒すことができるでしょうか。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。




