第7話 白銀の光明
「ジダイさん!」
悲痛なネイロの声を聞き、ジダイは安心させるように笑みを見せる。
「大丈夫だ、ネイロ。俺のことは気にするな。魔族の元に行くことなんてない」
掠れたジダイの声を聞いてネイロが涙ぐむ。その横から別の声がかけられた。
「そうだぜ。ジダイは俺が助けて、クライクライも俺たちが倒すよ。ネイロさ、そんな悲しそうな顔をするなよ。まだ何も悲しいことなんて起こってないんだから」
剣を杖にして立つスバルが、ネイロを勇気づけるように穏やかな笑みを結んでいる。
「ネイちゃん、わたしがいるから心配しないで」
メノウが駆け寄ってネイロに覆い被さった。
自身を庇う仲間たちの心情を察したのか、ネイロは涙を流す。
「ネイロはみんなを守るために勇者になったのに、これじゃ守られてばかり……!」
ネイロの涙が零れた地面が光輝を帯びる。
「勇者のネイロが誰も傷つけさせはしない!」
ネイロの大声が響き渡るとともに、その全身から白銀の光が全方位に放たれた。一面を押し包んだ光が収まると、それまで腕で顔を覆っていたクライクライが哄笑する。
「どうした! 勇者の身でありながら悪あがきとは?」
その侮蔑の言葉が続くことはなかった。クライクライが無言で動揺を示す。
ジダイとスバル、メノウの身体が発光していた。まるでネイロの白銀の光が乗り移ったように、三人とも同じ光を身に纏っているのだ。
「何だ? 勇者よ、いったい何をした?」
ジダイたちも何が起こったのか分からず、ネイロへと当惑した視線を向ける。
「ネイロ、これは?」
ジダイの声を聞き、ネイロは静かな瞳でジダイを見返す。その唇がゆっくりと開かれた。
「分かりません」
ジダイが脱力し、スバルの膝がカクッと折れる。さすがにメノウも肩を落としていた。
「でも、この光、温かい気がする。それに力が出てくるような」
スバルが燐光を帯びた自身の手を見下ろす。ジダイもスバルの言ったことには気付いていた。光の作用か、クライクライに踏まれている胸の苦痛も軽減している。
この光は、もしかしたらネイロの勇者の力を付与するのかもしれない。
ジダイが胸に乗る足を両手で押し返してみると、簡単にクライクライはよろめいて後退した。
「今の力は?」
「やっぱりな。この白銀の光は、ネイロの勇者の霊力を分け与えてくれているんだ。今の俺たちは、勇者に近い力を発揮できる」
「なるほど! ネイロのおかげってわけか」
「ああ、俺たちを守りたいってネイロの気持ちが、この力を与えてくれたんだ!」
「話は分かったわ。そういうことなら、ネイちゃんは休んでいて。わたしたちでもクライクライと戦える」
「そうさ、勇者の力はとっておきだ。トドメは任せたぜ!」
メノウとスバルが気炎を上げ、ジダイも同調して両拳を打ち合わせた。
「よし、やるぞ!」
「威勢が良くなったようだが、少々のことではこのクライクライを傷つけることは叶わん」
身構えるクライクライへとジダイが右拳を突き出して光弾を放つ。クライクライは片手で受け止めたが、爆発の威力を相殺しきれずに上半身が光に飲み込まれた。
白煙を煩わしげにクライクライが振り払っていると、前傾姿勢になったジダイが鋭く踏み込む。相手を間合いに捉えたジダイが腰の入った右直拳をクライクライの顔面に捻じ込んだ。
さらにジダイは左足を軸にして時計回りに回転。上体を沈ませつつ遠心力を乗せた右回し突き蹴りを繰り出し、体勢を崩していたクライクライを後方に弾き飛ばす。
地面と平行に宙を飛ぶクライクライは空中で身を翻し、手を地に突き立てて慣性を殺すと両足で着地。間を詰めるジダイへと掌から広範囲の波動を放った。
ジダイは右足に霊力を集中させ、強く地を蹴って跳躍。常人を遥かに凌ぐ高さに跳び上がったジダイは、破壊の波動を眼下にしてやり過ごす。
危機を回避したジダイだが、空中で身動きの取れないところをクライクライが照準する。
「愚かだな。その場しのぎに過ぎない」
クライクライが上方に向けて手を伸ばしたとき、その横から銀光が走って腕を斬りつけた。
「俺もいるってことを忘れるなよ!」
不意を突かれたクライクライへと、スバルは続けざまに斬撃を叩き込む。横薙ぎが腹部を斬り割き、すぐさま切っ先に縦の軌道を描かせてクライクライの胴体に十字架を刻んだ。
スバルのおかげで、ジダイは無傷で着地できていた。
「人間ども、調子に乗るな! 私は魔界の闇を統べるクライクライであるぞ!」
スバルが剣を掴まれて動きを封じられ、援護しようとしたジダイも無造作に払われた裏拳を食らう。たたらを踏んだジダイへと放り投げられたスバルが当たり、揃って尻もちをついた
その二人へとクライクライが暗黒の光弾を発射。標的となったジダイたちは慌てて立ち上がると防御のために身構える。
ふと、白銀の光がジダイとスバルの前に広がり、それは瞬時にネイロの姿を形作る。ネイロとジダイが両手を差し出して半球状の盾を形成し、その光と黒き光弾が接触すると同時に爆発が三人を押し包んだ。
振動が大地を揺るがし、黒煙が禍々しい翼のように空を覆う。同心円状に弾けた衝撃が砂塵を巻き込んでその軌跡を可視化し、合わせて雑草が打ち震えていた。
「身の程を思い知ったか。人間ども!」
そよ風が噴煙を吹き散らし、そこに佇む人影を見出したクライクライが絶句する。ジダイたちが展開した光の盾は全面に亀裂が生じていたものの、ネイロたちは無事な姿を現していた。
「危ないところだった。助かった、ネイロ」
「よかったです。ネイロも少し休めましたし、三人で戦いましょう」
ネイロを中心にして、ジダイとスバルがその左右からクライクライを見据えた。
勇者の力を付与することで仲間をパワーアップさせる、ネイロなりの勇者の力の使い方でした。
『ただの凡人』ジダイがクライクライともある程度戦えるくらい強くなっているので、結構なバフですね。
さすがのクライクライも劣勢ですが、まだ追い込まれてはいないようです。
油断せずにがんばれ、勇者一行。




