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勇者様の保護者  作者: 小語
第5章 世界水車の里の雪辱戦
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第5話 ジダイの救済

 シミズ村の宿屋に一泊した三人は、翌日の朝から移動を開始した。


 シミズ村の西側を流れる大河は、『世界水車』からもたらされる水によって作られている。その大河を横断するための橋が向こう岸まで設けられ、橋上の壮大な眺めは圧巻だった。


 その全体は雲に届くとも思われる高さで、近くから見上げると視界を埋め尽くすほどの大きさだ。木で形成されているように見えるが、神が作ったとあって五百年の時が経っても問題なく動き続けている。


 汲んだ水を溜めて流す水受けは、真正面から見ると一つの町ほどの大きさである。その水受けから落とされる水量は人間の想像を超えており、白い壁のような瀑布が河に落ちるごとに凄まじい水飛沫が上がる。


 晴れた日は常に虹が見える橋を三人は渡っていく。数時間かけて対岸に辿り着くと、花の国でもらった保存食の残りを食べて休息した。


「やっと、ここまで来たな。問題はあの岩山か」

「あのどこかにジダイさんがいるんだよね」

「ジダイもいるけど、クライクライもいる。油断できないよ」


 メノウの一言に、ネイロとスバルは身を引き締めて頷いた。


 休息を終えた三人は岩山へと進んでいく。


 橋を渡り終えると、すぐに切り立った崖が壁のように行く手を塞ぐ岩山となっている。植物も生えない岩肌が三人を出迎えていた。


「ここ、おかしい。この神の力が満ちている地域で草一本生えないなんて。きっと、魔族の魔力が漏れている」

「じゃあ、ここにジダイがいるのは間違いなさそうだな」

「どこにいるか探そう!」


 三人は手分けして岩山を見て回る。やがてスバルが岩肌に切れ目を発見した。


「おーい! こっちが怪しいんじゃないか」


 呼び声を聞いて集まったネイロとメノウも、岩の切れ目に興味を示す。


「うん。ここから魔力を感じる。ここだね」

「どうやってこのなかに入るのかな」

「そりゃあ、ネイロが勇者の力でさ……」


 そのとき、岩を砕く音が三人の耳朶を打った。それは正面の岩肌の内部から響いてくる。


「何だ。この音?」

「近づいてくるね」

「ネイロ、嫌な予感がする」


 三人が息を合わせたように踵を返して逃げ出すと、内側から岩壁が破壊されて十体の魔族が現れた。大きな角を持つ直立する甲虫のような形状をしており、四本の手で剣を持っている。


「きゃー! あれ、花の国で襲ってきたカブトって魔族だよ!」

「とにかくこの現状を打破するのが先決だろ!」

「わたし、走りながらだと霊力を使えない」


 カブトの一群に追われながら一行は言葉を交わす。


「よし、俺が時間を稼ぐ! ネイロは霊力を溜めるんだ!」

「走りながらー⁉」

「いいから、早く!」


 ネイロは仕方なく全力疾走しながら手を組んで祈りの姿勢を取った。スバルが振り向いて剣を抜き放ち、ネイロたちを守る。


「ここから先は通さな……!」


 スバルがカブトの群れに巻き込まれ、もみくちゃにされる。


「ああー、スバル君!」

「ネイちゃん、ここは早く霊力を溜めるの」

「でも、スバル君がボコボコだよー」

「ジダイを助けるために専念して」


 ネイロが仕方なく祈りの姿勢を取った。


「そうだ、ネイロ……。お、俺のことは気にする、な」


 カブトの群れに弾き飛ばされながらスバルが呼びかける。


「大丈夫、ネイちゃん。勇者の力を発動することに集中して」


 スバルとメノウの声に励まされ、ネイロは霊力を溜める。





「どうかね。私の言う通り、勇者は君を助けに来ただろう」


 勇者、ネイロを利用せんと企むクライクライは、自身の予想通りに事態が進んでいる喜びを声音に隠そうともしていない。壁に投影されている映像には、大河を渡ったネイロたちがジダイを探す姿が映し出されている。


「勇者を我が手中にすれば、あれが……」


 クライクライが言い終わる前に、ジダイの様子に気付いてその先の言葉を飲み込む。


 ジダイは泣いていた。


「泣いているのか、人間。無理もない。あれの恐ろしさを知れば、恐怖して当然だ」

「……魔族は、人間が泣く理由を恐怖や苦痛しか知らないようだな」

「何を言っている?」


 クライクライの声音に怪訝が含まれた。


「俺は、あいつらに助けてもらえなくても仕方がないと思っていた。所詮は、成り行きで同行しているだけの仲だからな。だけど、あいつらはこんな俺のことを救おうとしてくれている」


 ジダイは頬が濡れるに任せて言葉を紡ぐ。


「本当は、俺は魔王と戦って死のうとしていたのかもしれない。あのとき、セイギを死なせた過去から逃れるために」


 ジダイは両目を閉じると、手で涙を拭う。


「でも、今の俺は生きたいと思っている。生きて、あいつらが魔王を倒すところを見たい。これからのあいつらの姿を見てみたい。そう願っている」


 見開いたジダイの瞳が鮮烈な光を放ち、クライクライを見据えた。


「そう思わせてくれたのは、ネイロとスバルとメノウだ。あいつらのために俺は戦える」


 ジダイの口元に不敵な笑みが浮かぶ。


「クライクライ。俺が、お前にこんな恥ずかしいことを話した理由が分かるか?」

「いいや?」

「これから、お前は勇者一行に滅ぼされるからだ。ネイロを見くびったこと、後悔させてやる」


 ジダイの言葉とともに、洞窟の一角が破壊された。外からの光が注ぐなか、逆光に小柄な人影が浮き立っている。


 ネイロだった。すでに白銀の燐光を帯びて勇者化している。その薄氷色の瞳がジダイを捉え、ネイロが大口を開けた。


「……!」


 ネイロが何か言ったようだが、透明な球体に閉じ込められているジダイには音が聞こえない。


「ネイロ! クライクライは何か企んでいる。油断するな!」


 球体を叩きながら叫ぶものの、ネイロの怪訝な表情を見ると、ジダイの声も聞こえていないようだ。


 ネイロは気を取り直し、クライクライへと攻撃をしかける。その全身がかき消え、霞の帯となってクライクライへ肉薄。


 瞬時に棺の前に達したネイロが拳を突き出す。殴られた棺は表面をへこませ、洞窟の奥まで吹き飛ばされた。その先には、大きな塊がある。


 棺が巨大な存在に激突。棺が衝撃で粉砕し、紫色の光が洞窟内に満ちる。それと同時にジダイを覆っていた球状の戒めが解かれた。


「ジダイさん! 無事ですか?」

「助かった! とにかく外に出よう。あいつ、何か企んでいやがる!」


 二人が出口へと走り出したとき、背後からクライクライの歓喜の声が追いかけてきた。


「感謝する、勇者よ! ここにあったのは、三百年前に神によって封じられた我が肉体。その封印を解けるのは、勇者の力のみだったのだ!」


 洞窟が振動し、岩盤が崩れるなかを走り抜け、ジダイたちは岩山から脱出した。数日振りに眩しい日差しを浴びたジダイが目を細める。


「おお、ジダイ! 無事か?」

「ちゃんと生きてたんだね。よかった」


 スバルとメノウが笑顔を浮かべる。すでにカブトは全滅していた。


「助かったよ! だけど、クライクライの奴、ネイロを利用して自分の肉体を復活させやがった。気をつけるんだ」


 ジダイの言葉に、スバルとメノウも再び面に緊張を漂わせた。

子どもたちだけでジダイを助け出すことに成功しました。

そして、ジダイ。言えたじゃねえか。

ジダイがこれまで隠していた本音は、本当は魔王と戦って死んでセイギの元に行きたい、でした。セイギを死なせた精神的苦痛から逃れるため、本心では死を望んでいたのかもしれません。

ですが、前向きな少年少女の姿を目にしたことで、生きたいという希望が出てきたようです。ネイロたちがジダイのことを『お人好しで便利なおっさん』ではなく、仲間として見てくれていたことで、ジダイも本当の仲間として戦う決心ができました。


そうは言いつつ、クライクライの念願も叶ってしまいました。

勇者を捕獲して管理下に置くのとは別に、封印された自分の肉体を蘇らせたかったようです。

本当の力を取り戻したクライクライは魔王のいない世界では、最強の魔族。

ここからがジダイたちの正念場です。

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