第2話 少年少女だけの冒険
ジダイが連れ去られた後、ネイロたち三人は戦いの疲れを癒すためその日は休息し、翌日には旅立つことを決めていた。
ネイロたちは花の国の入り口である森の外まで、ヒラリと花の精に見送られている。
「私たちがお送りできるのはここまでです」
「旅のご無事を祈っておりますね」
ヒラリとユルリの言葉に一行は笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
「この私がいながら、ジダイさんを連れ去られたのは不覚でした」
「気にしないでください」
ネイロが慰めてもヒラリの心痛は治まらないらしく、その柳眉に憂愁を刻む。
「ジダイさんは所詮下等な人間であっても、十三年前から花の国とは縁のある方。私も助けに行きたいのですが、花の王はこの国から離れられないのです」
「はあ……」
最後までヒラリたちの暴言に慣れることのできなかったネイロは、頬を引きつらせて曖昧な笑顔を浮かべる。
ヒラリたちはその言葉とは裏腹にジダイたちを慈しむ心は本物だ。ヒラリは瞳に親愛を込めて人間たちを見つめ、手を差し出した。
「これは花の国のお守り、〈竜胆の夢〉です。飲み込めばその人の肉体に根差し、守護の力を与えてくれます。みなさんに差し上げたいのですが、貴重で十数年に一つしか作れないのです。ぜひ、ジダイさんに渡してください」
「ありがとうございます。必ずジダイさんに渡します」
ヒラリが頷くと、ユルリが触手を動かして木の皮で編んだ籠をスバルに渡す。
「果物や野菜を乾燥させた保存食です。これなら不便でしょうもない人間でも口から摂取できますよね。栄養満点ですよ」
「不便でしょうもない人間からすれば、ありがたい贈り物ですな」
スバルも釈然としない表情で籠を受け取ると、ユルリが言葉を続ける。
「クライクライの言った『世界水車』というのは、以前に旅人から聞いた話ではここから北西に向かって三日ほどの場所です」
「分かった。親切にどうも」
ヒラリが佇まいを正す。
「ネイロさん、スバルさん、メノウさん。みなさんの旅に幸多きことを祈っています。そして、ジダイさんのご無事も。……あなたたちなら、きっと魔王を倒すこともできるでしょう」
「お世話になりました! また来ますね!」
「あんた方も、健康第一でなー」
「楽しかった。じゃあね」
花の国の住人に見送られ、ネイロたちは旅立った。
ところどころに花の咲く穏やかな景色が続く平原を一行が歩くこと二日。ネイロたちの視界に現れたのは、まさに天にも届く巨大な水車だった。
平原からその巨大な影が見え始めて一行を驚かせていた。雲上を突き抜ける水車はゆっくりと回転しながら水を運び、水車の下方は水飛沫のせいで白く煙っていて見えない。
平原の左手には、巨大な水車から運ばれた水が河川となって流れている。そこから派生した小川が幾筋も平原を横断しており、丸太で作られた橋を何度も渡ってネイロたちは歩き続けた。
花の国を旅立って三日後、ネイロたちは巨大な水車の麓にある村に辿り着いていた。
村の西側を流れる巨大な河が平原に続き、村のなかにも水路が蜘蛛の巣のように巡っている。巨大な水車から溢れる水のために薄く靄が張って、新鮮な水の匂いが強い。
木製の家屋が幾つも立ち並び、家の前には花壇や家庭菜園が設けられている。潤沢な水を利用した景観に一行は圧倒された。
「キレーな村だね」
「少し湿気が多くないか」
「まず話題にすべきは、あの水車じゃないの?」
とにかく一行は観光に来たのではなく、ジダイを助けるためにこの村を訪れたのだ。クライクライがジダイを連れ去る間際、『世界水車』の里に向かうように言い残した。地理的条件から考えても、この村が目的地であることは疑いない。
「クライクライが言っていたのは、この村だよな。ここに来て、えっと……」
「伝承を聞けって言ってた。その伝承を聞けば分かる場所にいるって」
「ジダイさんはそこにいるんだよね。早く助けに行かないと」
ネイロが両手を握りしめ、意気込みを露わにする。
「まずは伝承を聞くか。その辺の人に聞いてみよう」
スバルは手近な中年男性の村人に歩み寄る。
「こんにちは」
「こんにちは。君たちは、見ない顔だね。どこの子だい?」
「俺たちは旅をしていて。この近隣の住人じゃないんです」
「旅を! その年齢で⁉」
驚いたらしい村人が目を丸くしていると、ネイロが進み出る。
「この村の伝承を聞いてみたいんです。教えてくださいませんか?」
「なんとー!」
村人の男性はひどく感動したようにネイロの肩を掴んで揺さぶる。首をガクガクと揺らされて目が点になっているネイロに代わり、メノウが口を開いた。
「伝承を聞かせてくれる?」
「このような子どもたちが伝承を聞きに旅をしてくるなど、私は感動して……」
「伝承を聞かせろつってんの」
メノウの拳が村人の顔面にめり込み、村人が動きを止める。そのまま村人は言葉を続けた。
「で、伝承を聞くなら村長からがいいと思います。案内しましょう……」
村人に案内されるネイロたちは、幾つかの橋を渡って村のなかを歩く。村は平穏で、水路に足を着けて涼む老人や、釣竿を持って河へと走っていく子どもたちがいた。
やがて三人は村長の家に辿り着く。特に変哲も無く、外目には他の家よりも二間多いだけの家だった。
「ここが村長の家です」
「ありがとうございますー」
礼を言ったネイロたちは村長宅の庭に入り、スバルが玄関を叩いた。
「こんにちは。村長さん、いますか」
「どなたです?」
しばらくして玄関から出てきたのは、三十歳前後の男性だった。
「あなたたちは?」
「俺たちは旅の者です。この村の伝承を聞かせてほしくて」
「なんとー! 伝承を聞くために遥々子どもたちが旅をー!」
村長がスバルの方を掴んで揺さぶり、目を点にしてスバルが首をガクガクと振る。その横からメノウが進み出て村長の顔面に拳を一発。
「伝承を聞かせろつってんの」
「は……。どうぞ、みなさんなかへ」
鼻血を流した村長が手巾で顔を押さえながら一行を室内へ案内する。
村長の背に続きながら、スバルとネイロが小声を交わした。
「なあ、メノウってあんなに暴力的だったのか?」
「うーん。ジダイさんがいないから、歯止めが効かなくなっているのかも」
「ネイロから少し注意してくれよ」
「えー……。ネイロ、そういうの苦手だし」
二人が囁き合っていると、メノウが振り返る。
「どうしたの? 早く行こう」
「……はーい」
スバルとネイロは、笑顔で応じるしかなかった。
子どもたちだけだとこうなるというお話でした。
メノウの暴力が人間に向くのは、彼女なりにジダイを心配して焦っているのかもしれません。
スバルとネイロだとメノウに注意できないし、話を進めてくれる保護者の存在は大事でした。
花の国の人々との別れも短いシーンですが好きです。
旅の途中での出会いによって子どもたちは成長していると思います。
〈竜胆の夢〉というお土産をもらいました。竜胆の花言葉は「正義」です。
世界水車という大きな水車もお気に入りです。ファンタジーっぽくないでしょうか。
次はその世界水車の伝承もあります。




