第1話 捕らわれのジダイ
『ねえ、ジダイ。私のことどう思う?』
『え? うん、セイギは勇者として立派にやってると思うよ。今までたくさんの人たちを救ってきたんだから』
『……ありがと。でも、聞きたいのはそういうことじゃなかったんだけどな』
『えっと、どういうこと』
『ううん。別にいいんだけどさー。私は勇者であることに誇りを持っているんだ』
『俺も、セイギが勇者で良かったと思えるよ。強くて優しいって、勇者の理想だよ』
『ははッ! ちょっと誉め過ぎかな』
『そんなことないよ。俺も勇者のセイギと一緒に戦えることを誇りに思ってる』
『そっか。私もジダイが仲間で良かったと思ってるよ。あなたがいるおかげで、これまで戦ってこれたから。……でも、ときどき思うんだよね。私が勇者じゃなかったら、って』
『セイギが勇者じゃなかったら?』
『私が勇者じゃなかったら、私たちはどうなっていたのかな。今でもスズシロで過ごしていて、もしかしたら……』
『うん?』
『いやー、あははは……! 変なこと言っちゃったねー。気にしないで。さあ、行こっか。この高原に魔王がいるんだよね』
『うん。セイギなら、必ず勝てるよ』
『そだね。ジダイと一緒なら、怖くないかな』
『俺も、セイギと一緒なら……』
ジダイが目を覚ましたとき、視界は闇に染まっていた。
かつての仲間、もしくはそれ以上の間柄だったかもしれない少女と交わした会話を夢に見て、ジダイの胸は重苦しく塞いだ。
痛む頭を押さえてジダイは上半身を起こす。暗くて周囲の様子が分からないため、自分がどうなったのか、最後の記憶を辿った。
ジダイは花の国でクライクライ率いる魔族と戦っていた。花の王であるヒラリやネイロの奮戦もあり、クライクライの魔族は倒した。
その後、ネイロを庇ったジダイはクライクライに捕まり、それから……。
「目が覚めたかね。人間」
暗闇にクライクライの声が響くと、視界が薄明るくなった。
ジダイが周辺を見渡すと、湿っぽい岩肌が四方に広がっている。どうやら、広い洞窟のような場所に閉じ込められているらしい。
頭上に浮かぶ青い炎が光源だった。立ち上がったジダイは、その四囲が透明な球体の壁に囲まれていることに気付く。
「本当は勇者をここに連れてくる予定だったのだが、君を捕えてしまった。君には、人質としてここにいてもらおう」
「へえ。ネイロを捕まえて、どうするつもりだ」
ジダイの前には黒い棺が浮遊していた。魔王配下で最強の魔族、クライクライ。
「私の狙いの一つは、最弱の勇者ネイロを捕えて、その封印を解いてもらうことだった」
「封印だと?」
「後ろを見てみたまえ」
ジダイが振り返ると、洞窟の奥には巨大な岩が鎮座していた。
「あの封印が解かれれば、人間など問題にならない。魔王様が封じられている今では、あれが地上の覇者となるのだ」
「そのためにネイロが必要だったのか……! だが、残念だったな。ネイロは捕まえられず、あいつらはここには来ない」
「いや、勇者たちは君を助けるために必ずここへ向かってくる」
「どうして、そんなことが分かる」
クライクライから嘲笑が放たれた。
「私はこれまでに何人もの勇者を目にしている。正義感ややさしさ、人間がそう呼ぶものに溢れた、愚かな人物だけだった」
「そりゃ、勇者だから当然だろう」
「フッ。君は勇者になる人間がどのような人物か分かるかね」
「どのような、だと?」
ジダイが言い淀んだ。ジダイはセイギとネイロという二人の勇者を知っているが、その二人は偶然勇者になっただけだ。条件なんてあるはずもない。
「君に分からないのも無理はない。恐らく、勇者の力を宿すのは、私が先ほど言った正義感ややさしさ、そういった特性を有する人間なのだろう」
「魔族のお前が、どうしてそんなこと分かるってんだ」
「少し考えればね。勇者という存在が、魔族や神族の過剰な干渉から平界を守る役割である以上、勇者の力を悪用する独善的で下劣な人間が勇者に選ばれるわけはない。『勇者は他人のために戦うことを厭わない人間でなければならない』のだ」
「他人のために戦う人間でなければならない……」
「この世界からそのような人間が勇者として選ばれる。当然、仲間を見捨てるような人間が勇者になることなどありえない。君が知る、あの少女が仲間を見捨てるような人間なのかね」
ジダイは押し黙る。気弱ながら他人のために戦うことを決意したネイロが、ジダイを見捨てる選択をすることは無いだろう。
「そういうことだ。勇者は必ず、ここへやってくる。ともにその様子を見ようではないか」
クライクライが向きを変えると、壁面の一部に映像が映し出される。そこにはネイロたち三人の後ろ姿があった。
「私の使い魔が勇者たちを追っている。使い魔の見ている景色が、ここに映像となって送られてくるのだ。ともに楽しもうではないか」
クライクライの声音が不吉にジダイを包んだ。
ジダイが捕まったたため、次からは子どもたちだけのお話です。
クライクライの使い魔を通して、ジダイがその様子を見ている設定です。
子どもたち三人だけの場面はこれまでなかったので、新鮮な気持ちで書けました。
メノウの暴走とか。




