第10話 ネイロ、スバル、メノウ対ネコジタの戦い
ネコジタが操縦する魔装筐体、ラセツの右手が長大な刃に変形していた。
「ぶった斬るぞ! クソガキー!」
ラセツは右手の剣を縦横無尽に走らせるが、スバルは敏捷にその剣閃の隙間を潜り抜けている。スバルは息を切らせながらも被弾を許さない。
「えーい、なぜ当たらないのだー⁉」
「そいつはデカいだけ動きが単調なんだ。そんなんじゃ、一生当たらないぞ」
「言ってくれる! だが、我輩にはこういう手段だってあるのだー!」
ラセツは向きを変えてネイロへと直行。ネコジタの意図に気付いたスバルが疾駆してネイロの前で剣を構えた。
ラセツがネイロへと伸ばした左手をスバルが剣で受け止める。膂力に差がありすぎてスバルの足が滑り、徐々に押されていった。
「卑怯だぞ、動けないネイロを狙うなんて!」
「うるさい。勝てばいいのだ」
二人が言い争っていると、ネイロの横にいたメノウが進み出る。
「やっと霊力が溜まった。〈強欲を撲滅する絶火〉!」
本を開いたメノウが声を張ると、虚空より神界の竈が出現。竈が開かれて灼熱の炎が手の形になってラセツの胴体を掴む。その熱波にネコジタとスバルも巻き込まれた。
「あっつー⁉」
「メノウ、俺まで!」
ネコジタがラセツを操って後退し、スバルも下がってメノウに抗議する。その右腕の袖が少し焦げていた。
「俺まで巻き込むな!」
「ごめん」
素直に謝られて怒りの向け先に困ったスバルは、自身を落ち着けるように深呼吸する。
「とにかく、ネイロ。霊力はまだか?」
「うん。いつもより時間がかかりそう」
「そっか。それまではネイロを守らないと」
「ダイジョブ。わたしが終わらせる」
そう言ったメノウが前進する。その表情は嗜虐的な笑みが浮かび、聖女と呼ばれる面影は欠片も残っていない。
「久しぶりの獲物だぁ! ネイちゃんと花の国を守るという大義名分のためにシネ! 可能な限りの激痛を伴って!」
メノウの人差し指が天を指した。
「出でよ。〈断罪の方舟〉!」
かつてクレナの盆地では魔族のプトレマイナを一撃で屠った大技。だが、メノウの呼び声に反して天空は静謐のままで方舟は訪れない。
「あれ?」
「プー! クライクライ卿の〈闇降らしの紗幕〉で霊力が弱まっていることに気付かないでやんの。バーカ、バーカ! 青二才! へっぽこ!」
罵倒を受けたメノウからは笑顔が消え、その面には極低温の無表情が貼りついていた。
「直接ぶっ飛ばす」
「待てって、無理だろ」
腕まくりして突撃しようとするメノウをスバルが羽交い絞めにして押さえつける。
「バカガキにはお仕置きが必要だー!」
ラセツが推進器から黒煙を吹かして再び肉薄してくる。スバルは慌ててメノウをお姫様抱っこし、薙ぎ払われる剣を回避。続く斬撃も横っ飛びで安全圏に退避したが、ラセツの剣が地面に突き立った衝撃で転倒する。
空中に投げ出されたメノウをスバルが抱きしめて庇い、二人は地に寝転んだ。
「怪我は無いか?」
「うん。ありがと」
頷いたスバルが何気なくネイロを見やると、その肩がビクッと跳ね上がる。ネイロが向ける視線に仄暗い嫉妬が宿っていた。
「あ、あのネイロさん、まだかなーなんて」
「もう少し」
「はいー……」
「フフッ、ネイちゃんに嫉妬されちゃった」
「いや、メノウの方じゃないだろ」
「は?」
メノウの瞳に険が含まれると、スバルは頬を引きつらせて立ち上がった。剣を構えた姿は、どこか肩身が狭そうにも見える。
「やりづれー……。ジダイ、早く来てくれー……」
スバルの心労をよそに、ネコジタが勝利を確信したように高らかに笑った。
「フハハハハハ! 霊力が使えず統率の取れていないお前らに勝ち目などあるものか!」
「クッソー。メノウ、とにかくネイロが力を使えるようになるまで時間を稼ぐんだ」
「うん。〈絶叫をかき鳴らす楽器〉!」
ラセツの背後に十字架が出現し、伸びた触手がその全身を拘束する。そして前方では、螺旋状に溝の刻まれた円錐が回転し始めていた。
「ぐわー⁉ またこの技か! 人倫に悖り過ぎだろ、これ!」
「聖女でも相手にしているつもり?」
「お前は聖女だろーが! というか、このやりとりはヤメロ!」
言い合いをしている間にも、高速回転する円錐はラセツに迫る。
「ぬおー!」
死刑から逃れるため、ネコジタは操縦棹を必死に動かす。そのかいあって、ラセツの左腕は触手を引きちぎって前方に突き出された。青い光が円錐の進攻を阻む。
束の間、拮抗を続けていたが限界に達した円錐に亀裂が入って崩壊していく。円錐は崩れ落ちて虚空に溶けていき、それと同時に十字架も消失していく。
「よ、よし。勝った!」
安堵の吐息を漏らすネコジタだったが、スバルの姿が無いことに気付いて辺りを見回す。
「あのガキは?」
「ここだ!」
背後から聞こえた声にネコジタが振り向いたとき、スバルがラセツの背中に剣を突き入れていた。接合部の隙間に入った剣先が数本の操縦線を切り裂いている。
「こんのガキ、離れろ!」
ラセツの振り回した腕がスバルを直撃し、その身を吹き飛ばす。宙を飛んだスバルの身体はその先にいたメノウに直撃。二人揃って地面に打ち倒れる。
「クソ、左足が上手く動かん。まあ、いい。ラセツには遠距離攻撃も搭載されているからな」
ラセツが左手を伸ばして青い光弾を放った。光弾は横たわる二人の元で爆炎を上げ、その姿を煙のなかに覆い隠す。
「はっはっはっはっは! ついにバカガキどもを始末したぞ。身の程を知ったか!」
高笑いを上げるネコジタの視野で、ゆっくりと煙が晴れていく。そこに佇立していた人影を見出し、ネコジタが息を呑んだ。
「勇者……」
白銀の光に包まれて自身を睨むネイロの迫力にネコジタは圧倒される。光弾が着弾する直前、ネイロが割り込んで二人を庇ったのだろう。ネイロの背後に寝転ぶスバルとメノウは軽傷を負っているが、爆発からは守られている。
ネイロが背後に倒れる傷ついた二人を見てから、ネコジタに視線を移す。その瞳に大切なモノを傷つけられた怒りが内奥されていることに気付き、ネコジタは怯んだ。
恐れを悟られないようにネコジタが声を張り上げる。
「よ、よいか勇者! このネコジタがお前を……」
「ネコジタさんでも、仲間を傷つけるのは許さないよ」
「え?」
ネイロの姿が消え、瞬時にラセツの懐に踏み込んでいた。ネイロの動きが見えなかったネコジタは、だらしなく口を開いてその姿を見下ろしている。
ネイロが無造作に突き出した拳が触れた瞬間、凄まじい衝撃とともにラセツが弾き飛ばされる。宙を直線的に飛んだラセツは樹木に背を打ち付け、ようやく止まった。
「何が⁉」
ラセツの胴体に大穴が開いており、損傷部からは火花が散っている。
「こんな……、ひッ!」
ネイロが差し出した掌から白銀の光条が照射され、ラセツの左手が青い光で防御。二色の光が激突したとき、ラセツの左腕が粉砕されてその全身が爆発に包まれる。
「ぎゃあああああ⁉」
爆光が収まると、ラセツは全身から煙と火花を噴く鉄の塊になっていた。操縦席に伏せていたネコジタが顔を上げると、その惨状を目にして恐怖を浮かべる。
「クライクライ卿ー!」
ネコジタの本気モードが意外と強いです。
クライクライの〈闇降らしの紗幕〉によって霊力が弱まっているとはいえ、メノウでも危なかったと思います。
そのネコジタでも勇者化したネイロはほぼ一撃という強さ。
自信ありげなクライクライですが、ネイロをどうするつもりでしょうか。
しかし、ネコジタと子どもたちの口喧嘩は書いていて楽しいですね。
いい友達になれそうだったのに、ネコジタが魔族とは残念です。




